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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第四部
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第43話 崩壊序曲

 森の中に何人もの男達が居た。

 彼らの殆どは、白と青の神官服を模した軍服を着る30人程の兵士達。全員が大振りの長剣を帯びており、数人がライフルを持っていた。その兵士達の列から離れるように、彼らとは違う雰囲気を持つ2人の男が居た。

 一人は兵士達と同じ軍服にコートを羽織った、太った中年の男。軍服には高い地位を示すバッヂがこれみよがしに輝いている。

 もう一人は20代半ばのスーツを着込んだ若者。狡猾そうなその顔には、丸い眼鏡がかけられていた。

 そして彼らの頭上には、魔導機関を動力とするエベネゼルの飛空艇が音も無く宙に浮いている。

 彼らから少し離れた茂みで、葉の擦れた音がした。兵士の一人が剣を構え、スーツの男がそれを制する。


「時間通りですね、ゴードンさん」

 茂みから現れたのは、エルカカから続く地下通路を抜けてやって来たゴードンと、両手を縛られたレナの二人だった。

「その少女が例のシスター、レナかね」

 太った軍人が偉ぶった口調で尋ねる。ゴードンは彼らを警戒するように距離を置いて、頷いた。

「肝心の"石"を見せてもらおうか」

「・・・見せたところで、これが本物かどうか判断できるのですか?」

「それは船の中で待つ魔導士と学者に判断してもらう」

 ゴードンの問いに、スーツの男が答えた。

「・・・シスターを渡す前に、私の家族の安全を確認させて欲しい」

「残念だが、今証明できるものは無い。

 なに。君もこの船で我々やシスターと共にエベネゼルまで来てくれればいい。

 家族と共にエベネゼルに移住すればいいだろう。君の市民権も仕事も用意する。協力して貰った礼だと思ってくれ」

 スーツの男の提案に、ゴードンは口をつぐんで考える。

「すまないね、レナさん。私と一緒にエベネゼルへ来て欲しい」

 苦虫を噛むような顔で、ゴードンはレナにそう言った。

 レナは、未だ自身の身の振り方に答えを出せずにいた。レナが軍服の男とスーツの男に問いかけた。

「あなた方は、エベネゼルの方々ですか?

 私を・・・連れ戻しに来たのですか?」

 軍服の男が、両手を広げ、嬉しそうに答える。

「そうだ。君をさらったテロリスト共の一人・・・ゴードン君に協力を依頼してね。

 お陰で穏便に君を助け出す事が出来たよ」

 にこやかに言う軍服の男の態度に、普段滅多に怒らないレナの頭に血が登った。

「ゴードンさんの家族を人質に取って、無理矢理協力させたんじゃないですか!?」

「・・・。」

 レナが見せた鋭い視線に、軍服の男は苦い表情で黙り込む。スーツの男は、その反応を鼻で笑った。

「ところで、この飛空挺・・・軍艦は何だ?

 ただの足にしては大仰じゃないか・・・」

 頭上に浮ぶ巨大な船を見上げて言うゴードンに、軍服の男が、

「我々は、このままテロリスト共の集落を攻撃するつもりだ」

 事も無げに言い放たれた言葉に、レナとゴードンは耳を疑った。

「な・・・!?

 なんだそれは!! そんな話、聞いていないぞ!!」

「君たちの部族は、シスター・レナが持つような強力な魔力増幅器を世界中で集め回っているそうではないか。そのような危険な力を持つ者達を、放っておけると思うか?」

「ふざけるな!!

 我々は自分達の利の為に"石"を集めている訳じゃない!!

 貴様等のような奴等から守る為に・・・・ッ」

 軍服の男に向い、激昂するゴードン。しかし、全ては自分が撒いた種である事に気付き、言葉は後に続かなかった。

 僅かな沈黙の合間にスーツの男が割り込む。

「もう良いではないか。君の居るべき場所は、エベネゼルの家族の元なのだろう。

 今まで君を掟や規則で縛り付けてきた故郷に、未練はあるのか?」

 ゴードンはうなだれるように俯いている。

 レナは俯くゴードンと目が合った。その時レナにしか聞こえない小さな声で、ゴードンは言った。

「すまない、私が間違っていたようだ・・・」

 その呟きとともに、ゴードンは小声で呪文の詠唱を始めた。


「少佐!!

 船です!! 小型の飛空艇が近づいて来ます!!」

 頭上の飛空挺から連絡を受けた兵士が声を上げた。それと同時に、空気を震わせながら騒々しいエンジン音が近づいてくる。

 兵士達が空を見上げた時、滞空する彼らの戦艦の下に、もう一隻の小さな飛空挺が滑り込んで来た。その船は樹海の木々の高さギリギリを滑空しており、彼等の船のレーダーでは見つける事が出来なかったのだ。現れた船は一気に急降下し、森の中で僅かに広がった草原、レナやゴードン達の居る場所に突っ込んできた。蜘蛛の子を散らすように、兵士達がその場から逃げ出す。

 小型飛空挺は、逆噴射で盛大に砂と木の葉を舞い散らし、ほんの僅かな滑走で着陸した。黒塗りの小型のグライダー。レナも見覚えのあるそれが完全に停止するより早く、ばがん、と飛空挺のハッチが跳ね上がった。

「レナ!!」

 飛空挺の副座からザードが立ち上がり、その名を呼んだ。そして、すぐ近くで草むらで尻餅をついてこちらを見上げる彼女と、その腕を縛った縄を掴むゴードンの姿を見つけた。

「きさまっ!!」

 ザードは騒然とする兵士達に目もくれず、飛空挺の上からゴードンに飛びかかった。左手には、抜き放たれた"オブスキュア"が握られている。

「まって、ザードさん!!」

「!!」

 両手を縛られたままのレナが、ザードとゴードンの前に立ちはだかる。ザードは空中で身をよじり、レナのやや手前に着地する。ゴードンにとっても、レナの行動は予想外である。

 ザードは周りの兵士達が剣と銃を構え、にじり寄ってくる姿を横目で捉えながら、

「状況を聞きたい所だが、悠長にしている暇は無いようだな。

 そいつ・・・ゴードンは、俺達の敵じゃないんだな?」

「はい。ゴードンさんは、何も悪い事はしていません」

 はっきりとレナはそう断言する。ゴードンは驚いて彼女を見た。

「じゃぁ、この・・・エベネゼルの兵隊達は?」

「この人達は、これからエルカカの村に攻撃を仕掛けるって・・・エルカカの人達の事を、テロリストだって・・・」

「あぁ?」

 それを聞いたザードは驚き、周りの兵士達を見下ろし鼻で笑った。

「はっ。止めといた方がいいぜ。

 あの村の連中はどいつもこいつもケタ違いだ。お前らみたいなボンクラじゃ返り討ちに遭うのがオチだ」

「何だと貴様!!」

 馬鹿にした口調のザードに、軍服を着た男が激昂する。

「君が、ザード君だね?」

 名を呼ばれ、ザードは憤慨する軍服の男には目もくれずスーツ姿の男を見据えた。その眼差しや落ち着いた口調から、この男は周りの腰の引けた兵士達とは違うように見えた。

「何故俺の名前を?」

「君の事はデミルから聞いているよ」

 ザードはその名が、一瞬誰の事か分からなかった。

 そして、ザードを追い詰めた、この世に在らざる力を持つ魔族の姿と、夜の森での襲撃の事を思い出した。エベネゼルの人間が、あの魔族の仲間。

「貴様等か・・・!!

 レナの護衛隊に襲撃を仕掛けたのは!!?」

「え・・・!?

 でも、どうして・・・・」

 あの晩の襲撃がエベネゼルからの刺客によるものだとしたら、エベネゼルが同士討ちをした事になる。レナがその矛盾に戸惑う。

「シスター。あなたの存在はとても危険です。あなたと"石"を狙う者は、これから次々と現れるでしょう。よって我々エベネゼルは、あなたに一度死んだ事になって貰おうと考えた。それがあの襲撃です」

 ザードに警戒するそぶりすら見せず、スーツの男は歩きながら淡々と話し始めた。垂らした前髪に隠れた丸眼鏡のツルを持ち上げ、話を続ける。

「事実、あなたに同行した護衛隊には他国のスパイも居ました。まぁ、素性も知れぬ日雇いの傭兵を募ったのですから、スパイに来て下さいと言ってるようなものだったのですがね。

 護衛隊に紛れずとも、遠くから貴女を監視していた者達も居たのですよ?

 あれは、その全ての視線からあなたを隠すための作戦でした」

「エベネゼルがレナと"石"を失ってしまったかのように見せるための自作自演だったってのか・・・。

 で、その目論見は上手く行ったのか?」

 男は大袈裟に両手を広げ、眉を傾ける。

「台無しですよ。彼女がせっかく仕立て上げた襲撃現場をご丁寧にお墓に変えてしまいましたからね」

 男の言葉にザードは笑った。

「そしてエルカカ族と"月の光を纏う者"の介入・・・予想外もいいところです。

 という訳でどうでしょう? ザードさん。レナさんやゴードンさんと一緒にエベネゼルへ来て貰えないでしょうか?

 歓迎致しますよ?」


「クソ喰らえだ」

 そう即答したのは、ザードではなかった。

 ゲイルが船から身を乗り出し、初めてこの場に姿を見せた。

「・・・っ!!

 おまえ・・・は!」

スーツの男が、驚愕の表情を浮かべる。


「ザード。そのスーツの男はエベネゼルの人間じゃないぞ。

 帝国の・・・ベクタの諜報員だ」

「何だって?」

 脈絡も無く出た世界最大の軍事大国、ベクタの名を出され、ザードは思わず訊き返した。

 ザードだけではない。その場に居る全員がゲイルの言葉を信用できず、戸惑いを見せる。ゲイルは仕方無い、といった様子で溜息を吐いて、

「だから、まぁ・・・知り合いだよ。っつーか、俺の元同僚。

 久しぶりだな、オルレイ。

 そんな驚いた顔をするな。お前の得意技は笑顔とポーカーフェイスだろう?」

 ゲイルの言う通り、オルレイと呼ばれたスーツ姿は幽霊にでも遭ったかのような、驚きと焦りの表情を見せている。ゲイルに指摘され、ハッと表情を引き締めるが、もう遅い。

「ゲイル・・・貴様、死んだんじゃなかったのか・・・?」

「そうだよ。そういう事にしておいてくれ。内緒だぞ、俺が生きてるって事は。

 それより、これはどういう事だ。ベクタがエベネゼル軍を利用してるのか?

 それとも、ベクタとエベネゼルはグルって事か?」

 軍服の男はビクリと跳ね上がり、うろたえる様な目でゲイルを見た。取り巻きの兵士達に動揺の気配が走る。その反応を見ていたゲイルは、

「その軍人さんの反応からして・・・グルってセンか。

 そっょとして部下の兵隊さん達は知らされてないのかな?」

 軍人達の分かりやすいリアクションから関係を見抜かれてしまったオルレイは、呆れるように溜息をついた。


「どういう・・・事ですか?」

 レナが誰ともなく尋ねた。オルレイが諦めにも似た色を含ませ、その疑問に答える。

「分りませんか?

 貴女の護衛隊を襲ったのは我々ベクタの手の者です。エベネゼルは我々に情報を流し、自分達の護衛隊を襲わせたんですよ。貴方の存在を公に消す為の事件を演出する必要があったからです。

 いえ、もちろん本当に貴方を死なせてしまうつもりはありませんでした。暫くは石の話を色々と聞かせて貰う必要もありますからね。あくまで、演出です」

 レナは自分に殺意が向けられているという訳では無い事理解し、ある程度の安心感を得た。同時に、多くの人達を傷付け迷惑をかけている自分が、そのような事で胸を撫で下している事を心の奥底で恥じた。

 オルレイの言葉は続く。

「エベネゼルには"石"の力の運用にもご協力を頂く予定です。我々の国は科学技術では抜きん出た力を持っていますが、魔導技術には疎い所がありますからね。

 そうして"石"の力をベクタとエベネゼルで独占する・・・それが我々の描いていたシナリオだったのですが・・・さて、どうシナリオ修正をするかな」

 そこまで話すと、オルレイは片手を頭に当てて俯きながら溜息を吐いた。

「何でそんな回りくどい事を?」

 首を傾げて聞くゲイル。しかし口調はどうでも良いといった様子だ。

「回りくどいのは認めるよ。

 しかし、ベクタは我々と協力関係にある事を世間に知られたく無かったらしい。だからシスターを連れ出す時の口実は、我々に "売る" というものではなく、"さらわれてしまった"という事にしたかったそうだ。護衛隊も襲撃も、その為のお芝居だ。

 下らない話だろう?」

 ザードもゲイルも、レナも。そしてゴードンも、呆れて言葉を失った。

「前々から保身ばかりを考える気に入らない国だと思っていたが・・・そこまで下衆だったか。

 そんなに世間体が気になるか、エベネゼルは」

 見下した目で、エベネゼルの兵士達を睨め付けるザード。オルレイは肩を竦める。

「らしいな。

 何せ、世界で最も平和主義を掲げている大国だ。

 世界で最も忌み嫌われる国と協力関係を結ぶなど、とても公に出来ないんだろう。

 俺には理解出来ない考えだがな。下衆は下衆らしくしていればいい。我々のようにな」

 呆れるように手の平を向けて、"やれやれ"のポーズを見せる。少し離れた場所で棒立ちになっていた太った軍人の顔が怒りに染まっていた。

「極力穏便に事を進める事がエベネゼルの意向だったが・・・君達が登場してくれたお陰で、もう実力行使しか手段は無くなってしまったよ」

「それは悪かったな」

「いや、感謝しているよ。私としても、こちらの方が手早く済みそうだからね」

 剣を構えて一歩踏み出すザードに、オルレイは強気な口を叩きつつも、一歩後ずさる。

 そして少しだけ空の彼方へ視線を向けて、こう呟いた。

「来い、デミル」


 オルレイのその声が戦いの合図となった。

 突如虚空に現れた黒い渦より、闇を纏ったかのような死神、デミルが姿を現す。その姿を認め、ザードの顔には思わず獰猛な笑みが浮かぶ。剣を構え、駆け出した。

「会いたかったぞ人間!!」

 デミルもザードと同じ表情を浮かべて、右手の大鎌を振り抜いた。間合いのはるか外の斬撃だが、ザードはその場に身を伏せる。

 一瞬の後、ザードの背後でエベネゼル兵数人の上半身が見えない刃に斬り飛ばされ、あたりに血飛沫を撒き散らした。

「ひゃあああああああーっ!!!」

 それを目前で見てしまった軍服の男は裏返った悲鳴を上げ、森の奥へと逃げ出してしまった。残った兵士達も指揮官を追う様に、慌てて森の奥へと姿を消してしまう。

 そしてこの場には、ザードとゲイル、レナとゴードン。そしてオルレイとデミルの6人だけとなった。

「邪魔者が消えて助かる!」

 船から飛び降りたゲイルはレナとゴードンに駆け寄り、ナイフでレナを縛る縄を切った。ゲイルはその横に佇むゴードンに目を向け、

「アンタはどうするんだ。返事によっては、ここで撃ち殺させてもらう」

 そう言いながらゲイルは意外な手早さで銃を抜き、ゴードンの胸元に銃口を突きつける。しかし、ゲイルが引き金を引くより前に、ゴードンの首元が血霧と共に爆ぜた。

 オルレイがゴードンの背後、ゲイルの正面から銃を撃ったのだ。ゴードンの首を貫いた銃弾はゲイルの頭上を行き過ぎる。ごぼりと血を吐いて、ゴードンは崩れ落ちた。

「ゴードンさんっ!!」

 レナが叫ぶように名を呼ぶ。仰向けに倒れた彼は、懸命にレイチェルに何かを言おうとしていたようだが、喉を破られている為それは言葉にはならなかった。

 白煙をたなびかせる銃口を向け、オルレイが歩み寄る。

「ゴードンさん、聞こえますか?

 最期に一つお教えしましょう。

 お預かりしていたあなたの家族の事ですが・・・

 実は、もうとっくにこの世には居ないのですよ」

 ゴードンとレナの表情が凍りつく。事情を知らないゲイルは今にも飛び出して行きそうなレナの腕を掴み、オルレイの言葉に耳を傾ける。

「だから、安心して逝って下さい。ご家族も向こうで貴方を待っている筈ですから」

 オルレイは目の前で自分に睨みつけるレナに視線を向ける。

「確か、貴女の蘇生術は相手の肉体の損傷が大きいと使えないのでしたよね?」

 確認するように言うと、オルレイは倒れたゴードンに次々と銃弾を打ち込んだ。

「いゃああああーっ!!!」

 悲痛なレナの悲鳴。驚いたゲイルは、レナに掴んだ腕を振りほどかれてしまう。ゴードンに駆け寄るレナの足を狙って、オルレイは銃口をゴードンから外した。

「おぁああああっ!!!」

 レナの悲鳴に反応したザードが、オルレイに向い斬りかかる。戦っていたデミルに背を向けての行動だった。

「ッ!!?」

 ザードの声でレナへの射撃を中断したオルレイはザードの斬撃を紙一重、ほぼ偶然とも言えるタイミングでかわした。

「ぐ・・・!」

 身を掠めた濃厚な"死の匂い"。オルレイの全身から冷や汗が吹き出る。オルレイの崩れた体勢に、ザードは追撃の刃を振り下ろす。

 しかし、オルレイを切り伏せる前にザードの身体は前方へと弾き飛ばされたいた。デミルに背中を斬り付けられたのだ。しかし大鎌が浅く当たった事と、ローブの下の防刃服のお陰で大きなダメージは無かった。すぐに立ち上がり、レナを守るように傍らに立つ。

 ザード達と、オルレイ、デミルは、大きく間合いを空けて対峙した。

 レナは膝を地に突き、動かなくなったゴードンの体に手を当て声も無く泣いていた。口径の大きな銃で全身を撃たれていた。レナの経験上、"石"の力を使っても救える状態では無かった。

「レナちゃん・・・大丈夫か・・・?」

 ゲイルが優しく聞くが、レナは無反応だった。その表情はザードとゲイルからは見えない。

「ゲイル、レナを頼めるか?

 正直、あのバケモノを抑えるだけで手一杯だ」

「・・・まかせろ。

 オルレイの奴はなんとかしてみせる。

 ・・・とは言っても、喧嘩は専門じゃないんだけどなぁ」

 ゲイルは、人を殺した事はあるが、"殺し合い"をした事は無かった。

「俺が足止めをするから、レナを連れて森へ逃げ込め。森の中なら銃弾もかわし易い。

 あのバケモノを片付けたら、俺もすぐ行く」

「分かった。・・・死ぬなよ」

「死ぬかよ。

 レナ、そういう事だ。とりあえず、ゲイルと一緒に逃げてくれ」

 ゲイルはレナの手を引き、やや強引に彼女を立ち上がらせた。涙で濡れたレナに表情は無く、まるで抜け殻のようであった。その姿に、ザードとゲイルの胸は締め付けられる。


「じゃあ、続けるか・・・」

 剣を肩にかけて、体操するように腰を曲げるザード。その表情が消えると同時に、ザードはデミルへ向い駆け出した。ザードを迎え撃つ為に飛び出すデミル。その隣のオルレイは、ゲイルに向い銃口を向ける。

 その時、ザードが無造作にオブスキュアを投げつけた。デミルに向かってではなく、オルレイに向かって。

「な・・・ッ!? ぐっ!」

 ざこん!!

 横に回転するように飛来した"オブスキュア"は、飛び退がったオルレイの足を浅く斬り裂き、その足元の地面に突き立った。

「今だ、走れ!!」

 ザードがゲイルとレナに向って叫ぶ。ザードの稼いだ時間は、二人が森の中へ駆け込むのに十分だった。

「馬鹿が!!」

 デミルは丸腰のザードに向い、大鎌を振り下ろす。

「うぉらぁああああっ!!」

 気合いの声と共に、デミルの視界からザードが消えた。デミルの刃は虚しく空を斬る。ザードはただデミルの足身元へスライディングをして背後に抜けただけだった。まさか武器を構えた相手の懐へと飛び込んで来るとは思わず、デミルはザードの姿を一瞬見失う。草の上を滑りながら立ち上がったザードは、姿勢を低くしてオルレイに向い走り出す。オルレイとの直線状に突き立った"オブスキュア"をすれ違いざまに引き抜き、そのまま斬りかかろうとするも、

 ガギン!!

「馬鹿にするなよ、オマエの相手はこの俺だろうが!!」

 背後から迫る焼け付く殺気に耐え切れず、振り返ってデミルの大鎌を受け止めていた。

「デミル!!

 その人間を始末しておけ。私は女を連れ戻しに行く!」

 冷や汗を拭い、オルレイはデミルに命令を下す。

「あぁ、コッチはこの人間と楽しくやらせて貰うよ!!」

 狂気の笑みを浮かべるデミルに力負けし、ザードは背中から地面に叩きつけられる。痛みで息が詰まったザードの顔に、大鎌が振り下ろされた。

 オルレイは狂ったように暴れる魔族を見て、呆れるように息を吐く。

 そして、ゲイルとレナを追い足を引きずりながら森の奥へ駆け出した。

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