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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第四部
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第40話 踊る世界

 この戦争の始まりは、大国ベクタがアラアスカという国へ攻め込んだ事が切っ掛けだった。

 アラアスカは荒れた大地の真ん中に存在する、巨大なオアシスを中心とした小国であった。国の周りは草木一本生えない不毛の大地だというのに、城壁の内側はどの国よりも豊かであったという。

 国を囲む広大な砂漠が自然の城塞と化しており、貿易などといった他国との交流は無く、また敵対する国も無い、文字通り世界から孤立した国。

 中立国であるアラアスカを侵略したベクタは、世界中から非難された。しかし他国からの声に耳を傾けようとせず、ベクタは更に隣国への侵攻を開始。それを機に火種は拡散し、世界中で戦争が始まったのだ。

そして、それは20年後の現在に至っている。


「アラアスカがどんな国か知っているかい?」

 シャノンがザードとレナに尋ねる。

「今じゃ砂漠に飲まれて無くなった国だと聞いたが・・・

 ベクタに攻められるまでは、他の国との軋轢もない、豊かで平和な国だったらしい」

「アラアスカのある広大な砂漠は知っているね?

 何故あのような不毛な大地に、水も、豊かな土地もあったのだと思う?」

「さあな」

 ブーツのかかとを鳴らしながら、どうでも良さそうにザードは答える。シャノンのもったいぶるような話し方に、イライラしていた。

「アラアスカには、"石"が・・・"ヘヴンガレット"があったからだ。国の中心に"ヘヴンガレット"で魔力増幅を行うための塔を築き、そこで魔力を様々なエネルギーに変換し、国中へ送っていたのさ。水や、土壌への養分、電力やガスに、国を砂嵐から守る自然結界までね」

 途方も無く嘘臭い話に、ザードがシャノンを見る視線に疑惑の色が混じる。シャノンは目の前の"ヘヴンガレット"を指差し、

「これは、魔力増幅器でもあるし、永久機関でもある。使い方次第で、僅かなエネルギーを無限の力へ変えてくれる。その術を知っていた彼らは国を作り、石の存在を隠す為他国との関わりを絶った」

 シャノンの話に、レナは興味深そうな表情で、ザードは白けた表情で耳を向ける。

「アラアスカにやって来た他国の人間の中に、疑問を持った者がいたのだろう。何故、このような不毛な大地に、これだけ大きな国が存在できる豊かさがあるのか。

 そして、アラアスカで使われていた魔力増幅器の存在を知った」

「それが欲しくて、ベクタはアラアスカに攻め入った、と?」

「そう。しかし、アラアスカは"石"を武力として使う事を考えていなかったらしい。"石"の力を持ちながら、あっさりとベクタに陥とされたそうだ。

 そしてベクタは石を手に入れ、それを使い軍事力の強化、兵器開発を進め、世界を力で統一しようとした。今でも、そのつもりなんだろうけどね。」

「ベクタは今も"石"を持っているのか?」

 シャノンは首を振り、そして何でもない事のように言う。

「もうベクタは石を持ってはいない。

 私たちが5年前、ベクタから石を奪ったからね」

「奪った?」

 嘘臭い話の連発で、もうザードはどのような反応を見せれば良いのか分からない。

「言ったろう。世界中に散ったヘヴンガレッドを探し、集めるのが我々の仕事・・・いや、使命だからね。

 5年前の戦いでは、こっちもかなりの被害を受けたけど、何とか出し抜く事が出来たよ。

 でも、ベクタは今も石を取り返そうと我々を探している。そして同時に、世界の何処かにある残りの"石"も手に入れようと動いている。

 そして、それはベクタだけの話ではない」

「ベクタ以外にも石を欲しがる奴が居るのか?」

「戦争の初期、アラアスカから石を奪った直後のベクタの侵攻は凄まじかった。ベクタの敵対国の幾つかは、その力はアラアスカから奪ったとある力によるもの・・・つまり、ヘヴンガレッドの力だと突き止めた。

 そして、世界中に散らばる7つの"石"の昔話は真実だと認識されるようになり、ベクタに対抗する為に多くの国々がヘヴンガレッドを手に入れようと躍起になった」

 レナはシャノンの話を聞きながら、ずっと自分の"石"を見つめている。

「今、世界中で起こっている戦争はね、ヘヴンガレッドを手にした者が勝利すると言っても過言では無い。

 今やこの戦争は、ヘヴンガレッドの争奪戦になっているんだ」

「・・・世界中が、石とそれを欲しがる人間に踊らされてるって事か」

「もちろん、石の存在を知らず、他国の侵攻から自分達の領土をを守っているだけの国や、大戦に乗じて領土拡大や他国の資源を奪おうと普通の戦争をしている国もある。

 "石"の存在は、一部の国の一部の人間しか知らない筈さ。

 ベクタを始めとする幾つかの国々は、石を奪った上での世界統一を狙っているんだよ」



 まるで途方も無い話である。

 20年近く続いているこの戦争は、実はおとぎ話に出てくる石ころが原因だと言うのだ。しかも、殆どの者達はその存在すら知らずに戦っている。

 いや、踊らされているというのだ。

 とても信じられる話では無い。正直、話の中盤からザードがシャノンを見る目は嘘つきを見る目になっていた。

 そもそも、世界の国々が血眼になって探しているその"石"が、目の前のテーブルに転がっていると言うのだから益々実感が湧かない。

「ベクタ以外でこの石の存在を知っているのは、何処の国だ」

 ザードは恐る恐る、レナのブローチを指でつつきながらシャノンに聞く。今の"石"は、再びレナのブローチの中に封じ込まれており、さっきのように胸の詰まる魔力を撒き散らしてはいない。彼女のブローチは"石"の魔力を遮断するためのものだったようだ。

「それはちょっと教えられないね。

 でもま、大体予想は出来ていると思うけど、エベネゼルは知っている筈だよ」

 レナはエ驚いて面を上げる。ザードにも、ようやく話が見えてきた。

「エベネゼルも、ヘヴンガレッドを欲しがっている・・・。

 だから、私を王宮に呼んだという事ですね・・・」

「エベネゼルも、石の力を使って何処かに攻め込むつもりだって言うのか?」

 レナとザードの問いかけに、シャノンはどうでも良さそうな口調で、

「さあ、どうかな。

 あの国の姿勢なら、石をアラアスカのように良い方向へ使ってくれるかもしれないが・・・

 だとしても、我々はエベネゼルに石を渡すつもりも協力するつもりも無いけどね。我々の目的は石の封印だから」

 ここでシャノンは言葉を切り、紅茶を飲んで咳払いをした。

「我々が何で石を探しているのか、って所から、その石を取り巻く情勢まで、とりあえず話せる事はこれで全部なんだけど。少しは信じて貰えるかな?」

「信じられる話じゃないが、本当だったらなかなか面白い話だな」

 このような時だけ笑うザードに、レナは非難の目を向ける。不意に、ザードの表情から笑みが消えて、いつもの無表情に戻った。

「あんたの話だけじゃ何とも判断はつけられないな。嘘臭すぎる。

 今の話を聞かせたい奴が一人いるんだが、生憎今は・・・」

 ザードの呟きを遮り、ドンドン、と激しくドアがノックされ、一人の男が入ってきた。ザード達が乗ってきた飛空挺にも居た男だ。

「族長、ちょっと・・・」

 男がシャノンの耳元で小声で用件を伝えると、シャノンは少し驚いた顔を見せた。

「ザード君。村の近くまで君の連れが来ているそうだよ」



 ザード達が再び村はずれにある飛空挺の格納庫へ向うと、そこには見慣れた黒塗りのグライダーが止まっていた。そして、そのすぐ横に、エルカカの魔導士達に取り押さえられた、ゲイルの姿があった。ザードがその場に駆け寄る。

「ゲイル!!

 ・・・何やってんだお前?」

「ごあいさつだな、お前を探してココまで来たってのによ・・・」

 シャノンがゲイルを取り押さえる魔導士達に拘束を解くように伝える。自由になったゲイルは、自分を取り押さえていた魔導士達を睨みつけた。

「どうやってここまで来たんだい?

 この村の周りには迷いの結界が張られていて、普通ではここまで辿り着けない筈なんだけどね」

 ゲイルは押さえつけられていた肘をコキコキと鳴らしながら、顎でザードを指した。

「そいつに発信機みたいな物を持たせているんだ。

 やっぱり何か結界が張られてたか。船の計器が狂い出したから、機械式発信機の方を信じて飛んで来たが・・・正解だったな」

 エルカカを覆う結界は、人の方向感覚や魔導式の計器を狂わす事は出来るが、純機械式の発信機に対しては役に立たなかったようだ。いとも簡単に村への侵入を許してしまった事実に、シャノンは頭を抱えた。

 ザードは自分の身をまさぐりながら、

「発信機って、俺そんな物持ってたか?」

「こっそりとな、随分前からお前の持ち物に仕込んであるんだ。

 何に仕込んであるかは教えてやらねぇ」

 にやりと笑うゲイルに、ザードは眉を寄せて嫌そうな顔をした。



「思い当たるフシは・・・あるな」

 シャノンの権限により、ゲイルは常にシャノン達と行動を共にするという条件付きであっさりと村へ入る事ができた。そして、シャノンとザードからこれまでの経緯を説明され、5年前のエルカカとベクタの戦いについてそう呟いた。

「5年以上前のベクタ軍の資料は、不自然なまでに散失してしまっているんだ。たった5年前の話なのに、諜報機関の人間ですら把握していない。

 分かっているのは、他国に残る、でたらめのような噂話だけでな・・・」

「でたらめって、どんな話だ?」

「魔導の砲を積んだ戦車の大群に攻めてきたり、いくら切っても死なない兵士が攻めてきたり、城のような飛空挺が攻めてきたり・・・そんなだ」

「・・・どれも信じられる話じゃないな」

「でも、石の力を使えば、様々な不可能が可能になってしまう。アラアスカという国が、不毛の大地で栄えていたようにね」

 可能性を肯定するシャノン。ザードは何となく、昨日の魔族の事を思い出していた。あのような存在を知ってしまった以上、彼の世界に対する認識は足元から覆されてしまった。そう考えると、死なない兵隊や城のような飛空挺も否定すね事が出来ない。

 そう考えているうちに、自分の見た異常な存在を再認識し、一度落ち着いて心の整理をした方がいいかもしれないな、と、やはり他人事のように考えた。

「で、今から5年ほど前・・・丁度、アンタ達がベクタから石を奪ったという時期を境に、ベクタの侵攻は止まった。国の体制も今のものに成り代わり、今では国境で小競り合いをする程度の力しかない。

 確かに、ベクタの弱体化と、アンタ達がベクタから石を奪ったと言う時期は一致している。

 ベクタは5年前、中枢をゲリラに襲撃されてかなりの損害を出している。

 その時に資料の多くが焼失したって聞いているが、残った資料や人の記憶を元に、ある程度の資料の復元はされるべきだ。それが行われていないってのは不自然だとは思ってたが、石の存在を隠す為にそれまでの記録を全て破棄したと言うのなら納得が行く。

 やっぱ、5年前のゲリラは、その"石"を奪いに来たアンタ達なのか?」

「ち、ちょっと待ってくれ・・・!」

 スラスラと裏事情を暴露するゲイルに、シャノンは待ったをかける。

「ゲイル君、なんでそんなにベクタの内部情報に詳しいんだい?

 5年前のベクタ本国の戦いは、一般には公表されていない事件の筈だ」

 シャノンは、いくらゲイルが情報屋をしているとはいえ、ベクタ本国についての詳しさについては異常だと感じた。

「こいつ、俺と組む前はベクタの諜報員をしていたんだよ」

 ザードが何も考えずにゲイルの素性をバラしてしまった。ゲイルはそれに怒る事も無く「まぁ、今はベクタに追われる身なんだけどね」と付け加えた。

 単純明快な回答に呆気に取られる。偶然にしてはとてつもなく有益な人材を味方につける事が出来た事を喜ぶべきか。あるいは、あまりにも出来すぎた偶然に疑念を抱くべきか。シャノンは暫く悩む事になった。


 ザードは溜息をついて、長過ぎる前髪を掻き上げる。

「随分と面倒な話になってきたが・・・とりあえず、俺はレナの護衛として雇われているつもりだ。

 アンタの嘘臭い話を信じる気も無いし、石の争奪戦に関わるのはつもりは無いって事でいいな?」

 本当に必要な所だけをかいつまんだ雑な解釈で、シャノンに確認するザード。

 彼にはシャノンの言う事が本当なのか嘘なのか判断する事は出来ないし、もし本当だったとしても、そのような争い事に関わろうという気は無い。

 今のザードにとって気になる事は、レナをさらいに来た魔族と、この事件の顛末である。ならば、レナに付いていれば自ずと敵と結果は転がり込んで来る。

「酷い言い草だね・・・まぁ、それで構わないんだけど」

 ザードの認識は、シャノンにとっても十分なものであった。

「それで、こちらからの要望だが、レナちゃん」

「は、はい!?」

「この石を、我々に譲って欲しいんだ」

 これまでの話から、当然の流れである。しかし、レナはどうすれば良いのか分からず戸惑った表情でザードを見た。

「・・・だから俺を見るなよ。

 俺はお前を護るだけで何も口出しはしないぞ」

 にべもなく言われたレナは、人に頼りっ放しの自分に活を入れるかのように両の頬をぱしん!と叩く。そして、真剣な面持ちでシャノンに向かい合った。

「シャノンさん達は、これからこの石をどうするのですか?」

 シャノンは少しだけ声のトーンを落とし、真摯な面持ちでレナの質問に答える。

「ここからずっと離れた場所に、これまで集められた石を封印してある神殿がある。

 神殿の場所は、この村の中でも私を含めごく僅かの者しか知らない。石を狙う者には絶対に知られてはいけない場所だからね。

 目立つ飛空艇は使わず、歩きで向う。片道1月ほどの道のり、とだけ言っておこうか」

「そのほこらまで、私も同行させて貰う事は?」

「流石にそれは無理だね」

 シャノンにハッキリと言われ、視線を落とすレナ。彼等にも譲れない一線があるのだろう。

 暫くの沈黙が続いた後、シャノンは困った顔のレナを見かね提案する。

「答えはすぐに出さなくても良いよ。こちらも石をほこらへ運ぶ旅の準備が必要だからね。

 今日会ったばかりの我々の話をこの場で信用してくれというのも、無理な話だろうしね。

 とりあえず、君たち3人は村の空いてる屋敷に暫く留まってもらうつもりだ。その間に、答えを出してくれればいい」

「えっ?」

 レナは驚きの声を上げ、自分の両脇に座るザードとゲイルを交互に見る。

 彼らと同じ家で寝泊りしろというのか。

 それは少し恥ずかしいな・・・と思いつつ、非常事態とも言えるこの状況の中不満は言えないと考え、レナは口をつぐむ。

 シャノンの提案を聞くと、ザードは伸びをして立ち上がった。

「なら長話はこのくらいで勘弁してくれ。

 屋敷ってのは何処だ。こう見えても体はボロボロなんでな。今日はもう引き上げさせて貰う」

 ゲイルもザードと同じく気だるそうな表情で、

「俺も、始めっから金になりそうも無い話には興味無いから。失礼するよ」

 シャノンは苦笑いを浮べながら言う。

「分かった、案内しよう。ザード君もレナちゃんも、まともな食事をしていなかったね。夕食も作らせよう」

「あ、そのくらいでしたら私が・・・何もせずにお世話になる訳にもいきませんし」

「お、嬉しいなぁ。こんなかわいい子の料理が食べれるなんて」

「ゲイル。レナを口説くな。斬るぞ」

 そんな事を話しながら三人は席を立った。


 後にって、ザードは思う。

 様々な疑問や問題を抱えてはいたが、エルカカの村にレナと留まっていた数日間は、これまでのザードの生涯の中で最も穏やかで、優しい時間だったと。

 大した目的も無く剣を振るっていたザードが、初めて得た"戦う理由"。

 そして、自分の生き方を変えてしまった、レナの存在。


 この時のザードには、まるで想像もつかない事であった。

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