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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第一部
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第03話 teatime

「これで・・・大丈夫でしょう」

「・・・ありがと」

 チャイムの肩に巻いた包帯を留めて笑顔を浮かべるトキに、チャイムはあまり感謝していないような口ぶりで礼を言う。


 場所は騒ぎを起こした路地裏からそれほど離れていない、人目の多い大通りに面した宿屋。部屋に居るのはエアニスとチャイムと、ベッドで横になっているレイチェル。そして学校帰りにエアニスに捕まったトキだった。出来ればもっとあの騒ぎの現場から離れたかったが、レイチェルが気を失ったままだったので、とりあえず人目の多い手近な宿へエアニスが二人を連れ込んだのだ。

 少女らの事情は分からなかったが、あの場でさよならできるほどエアニスは冷たくはなかった。彼の名誉の為に言っておくと、エアニスには決して下心などは無い。ただ単に、彼は女子供に対して甘いのだ。


「なかなか手馴れたものね。あなた、こういう仕事の経験あるの?」

 チャイムは的確な手当てを施された肩をさすりながら、トキに聞いた。

 最初は自分で手当てするつもりだったが、トキに僕が手当てをしますと、やんわりと押し切られてしまい嫌々ながらも任せていたが、彼の処置の正しさと手際の良さに途中から感心していたのだ。

「いやぁ、それほどでも。昔はこのくらいの怪我はよくしたものですからね、自然と慣れてきちゃったんですよ」

 さらりと意味深な言葉が出てくる。

「・・・あなた、元軍人か何か?」

「うーん、まぁ、そんな所ですかね」

 トキは笑いながら背を向けると、話の途中にも関わらず、治療に使った道具を持って洗い場の方へと行ってしまった。

「・・・変な奴」

 ぽつりと呟き、チャイムが部屋に視線を巡らすと、窓際でボーっとしているエアニスと目が合った。

「あいつにアレコレ尋ねたところで疲れるだけだぞ」

「・・・そーみたいね」

 チャイムはトキの事を、不思議な雰囲気の男だなと思った。何処にでも居る普通の青年に見えるが、その姿は何処か作り物めいていた。もちろん外見の話ではなく、内面の事だ。ちゃんと会話が成立しているのにも関わらず、彼の全てが虚ろに感じられた。空気のような、掴み所の無い態度とでも言うのだろうか。チャイムにとってのトキの第一印象はそれだった。

「じゃあ、あなたに聞くわ」

「は?」

 エアニスはチャイムに丸い瞳と指先を向けられ、間の抜けた声を出す。

 意思の強そうな赤みを帯びた茶色い瞳が印象的だった。エアニスより少し年下、一緒に居た金髪の少女より上、といった年頃だろう。明るい色の艶やかな赤毛は肩にかかる長さで雑に切り揃えられており、それが少し勿体無く感じられた。顔立ちは小さく、首や肩の肉付きも薄く頼りなさを感じる。路地裏で男に追われていた時に剣を振るっていたが、とても剣士のそれとは思えなかった。

 何故そんな所まで見ているのかというと、彼女はトキに手当をして貰ったままで、上半身は下着と薄いシャツを身に着けているだけなのだ。エアニスは居心地が悪くなり彼女から目を逸らす。因みにベッドで未だに気を失ったままの金髪少女の方が、胸が大きいような気がした。

「あなた、ずいぶんと強いじゃない」

「まあな」

 自分で言うのもどうなんだろう、と突っ込みたくなったチャイムだが、事実その通りである事と、それをどうでも良い事として捉えているような気の無い返事に、茶々を入れる気は失せてしまった。

「子供の時からずっと旅してたからな。その辺のごろつきなんか、相手にならねーよ」

「へえ、」

「剣なら誰にも負けない自信はあるぜ。今は引退・・・いや、休暇中?ってことで、この街に住んでるんだけどな。さっきのメガネも同じような境遇で・・・」

 突然、ニコリと笑みを深くするチャイム。

「・・・何がおかしい?」

「ごめん、見かけの割には良く話すのね」

「・・・放っとけ・・・」

 小声で呟いて、また窓の外を向いてしまったエアニス。気分を害してしまったらしい。チャイムは彼の、調子よく自分の事を話す姿と、ごろつきを一瞬でたたんでしまった姿とのギャップがおかしかったのだ。

 戦い慣れした人間と接するのは少し怖いものだが、エアニスには彼女が勝手に抱くそんな威圧感など微塵も無かった。むしろ話しやすくて、彼の中性的な容姿は安心感を抱かせた。

「ごめんー、だって、そういう雰囲気の人に見えなかったんだもん」

 その一面に安心してか、すでにエアニスに対しての口調は馴れ馴れしくなっていた。エアニスは振り向こうとしない。


「う・・・ぅん・・・」

 ベットの上で気を失っていた少女が身を動かす。

「お。やっとお目覚めか?」

「レイチェル!」

 小走りでベットに駆け寄るチャイム。エアニスも少女の顔を覗き込んだ。

 16、7歳くらいだろうか、色白で華奢な四肢。とても旅人には見えない、深窓のお嬢様のようだと例えてもいい。首の後ろで一本に三つ編みされた長い金髪と、深い紫色の瞳が印象的な少女だった。

 エアニスは彼女の瞳の色に僅かな既視感を感じた。しかし、それが何によるものなのかは分からなかった。

 まだ寝ぼけているのか、緊張感の無いぼんやりとした表情で辺りを見回す。

「チャイム・・・ここ、どこ?」

 困った顔でチャイムはエアニスを指差し、

「ほら、路地裏であいつらに襲われて、この人に助けてもらったのよ」

「人を指さすな」

 彼女の癖だろうか。二度も指を指されているので、一応エアニスは突っ込んだ。

 そこでエアニスは初めて少女にじっと見つめられている事に気づく。

「・・・どうも」

 何を言えばいいのか分からず、間抜けたリアクションを返した。

 すると少女は突然飛び起きてチャイムの肩を掴む。

「"石"は!?」

「だ、大丈夫だって! あんたの首にかかってるでしょ!!」

 ハッ、と自分の胸元を見る。そこには黒い石が収まった少し大きめのブローチ。そのブローチに嵌めこまれた石をを両手で包み込み、少女は安堵の表情を浮かべる。

「あなたが助けてくれたのですね。本当に有難うございました」

「あ、あぁ、別に気にすんな」

 さっきまでの顔とはうって変って、キリリとした表情を見せるレイチェル。それだけで急に少女が大人びて見えた。


「おや、丁度いいですね。金髪のお嬢さんもお目ざめになられましたか?」

 ひょこりとトキが顔を覗かせた。

「下のカフェでケーキを買ったので、お茶を淹れたのですが」

 二人の少女の目が点になる。

「おぉ、気が利くな。何がある?」

「ショートケーキと、チーズケーキ。モンブランにミルフィーユです。

 紅茶はダージリンでいいですか?」

「紅茶は何でもいいや。それより俺、チーズケーキいただきな」

「駄目です。チーズは僕のです」

「・・・何だとこの野郎」

 とぼけた二人のやりとりを見ていて思わず笑ってしまう二人だった。


「まさか、こんな流れでナンパされるとは思わなかったわー」

 チーズケーキを口に運びながらチャイムは呟いた。結局チーズケーキは彼女の元へと行った。チャイムもそれが好きだと言い、トキが譲ったのだ。彼女は遠慮の欠片もなくそれを受け取った。

「いやぁ、こんな可愛らしいお嬢さん方とお茶ができるなんて光栄ですよ」

「やだもー! 上手いんだからー!」

「ノってんじゃねーよ。それに、これがナンパに見えるか?」

「あ、あはははは・・・」

 路地裏での緊張感は何処へやら。レイチェルは乾いた笑いを上げる。

 4人は午後のティータイムを楽しんでいた。ほんの少し前まで命の危険に遭っていたというのにだ。

「そいえば、自己紹介すらしていませんでしたね。

  僕はトキと言います。ここで、大学生をやっている者です。えっと、今年で19歳になります」

 トキが二人の少女に視線を送る。

「あ、えっと、チャイムよ。見ての通り、旅の剣士ってとこかな・・・、えーと・・・、あたしも19よ」

「レイチェルと言います。

  一応、魔導を使えます。私も旅人で、17歳になったばかり」

 そうして順に自己紹介を進めててゆく。残ったエアニスが何も言い出さないので、三人の視線がエアニスに集まる。

「・・・エアニスだ」

 エアニスは一言だけ呟くとそっぽを向いてしまう。

「それだけ・・・・?」

 チャイムが控えめに突っ込む。

「ほら、何かあるじゃん? 何してるとか、出身とか歳とか!」

「別に話せるような経歴なんて無いよ」

「・・・あ、もしかして、あたしが良く喋るのねって言った事、気にしてる?」

 図星を突かれ口元が強張るエアニス。そこに、トキがフォローを入れる。

「エアニスはですね。アレです、ただの無職の風来坊です」

「フォローになってねぇ!!」


「そいえばレイチェル。体の方は怪我ないの?」

 エアニスを弄るのに早くも飽きてしまったのか、チャイムは話題を本筋へと戻す。

 チャイムの言葉に、思わず自分の体を見回すレイチェル。

「気を失ってたからさ、どこか怪我したのかなーって思ったんだけど」

「別に・・・どこも怪我してないけど・・・」

 眉をひそめ、レイチェルは思い出すような仕草で考え込む。

「ま、拳銃突き付けられたら、普通は誰だって怖気づくだろ。アイツ等追い返して、安心して気が抜けたんじゃないのか?」

 ここで自己紹介の話をぶりかえすのも何なので、思ったままの感想を口にするエアニス。

 あの時の事を思い出したのか、レイチェルにハッとした表情が浮かんだ。

 恐怖に凍った、表情。

「・・・ああいった経験は初めてか?」

 どことなくエアニスの声は優しい。

「いいえ、初めてと言う訳じゃないけど、あそこまで追い詰められたのは久し振りだったので・・・」

 今まで明るかった二人の少女の顔が陰る。

「今までもこんな事があったのですね?」

「まあね・・・」

「ワケありか?」

 チャイムとレイチェルは困ったように顔を見合わせる。

「何か協力できる事があれば、力になりますよ?」

「おいおい・・・」

  トキが初めて真面目な顔をして話に入ってきた。トキが本気で言っている事を感じ、エアニスは慌てる。

 だがしかし、チャイムとレイチェルは彼の言葉に戸惑うように口をつぐんだ。レイチェルが顔を上げる。

「すみません・・・事情が簡単じゃないんです。

  誰にでも事情を話せるなら、もう誰かに助けを求めてます・・・。

  ・・・ごめんなさい」

 気まずそうに彼女は謝り、部屋に沈黙が落ちる。

 トキもその答えは予想していなかったようだ。

「まあ、そうだよな」

 露骨にエアニスの口調が白けていた。

「命まで落としかねない事情に他人を巻き込むなんてとんだ迷惑な話だ。

  俺だって自分だけで何とかしようと思うね」

 その言葉に、トキが神経質そうに肩を揺らした。

「エアニス。それで昔、痛い目を見た事を忘れたんですか?」

 眼鏡を押し上げ、非難するような声で言った。眼鏡に当てた手が影になり、その表情は三人には見えない。

 益々気分を害したエアニスは、すっと目を細めた。

 険悪な空気が流れ始める。だがエアニスはトキに反論できなかった。痛いところを突かれたという自覚があるため、一度トキを睨みつけただけで何も言わず視線を逸らしてしまった。

「エアニスさんの言うとおりです。これは、私の問題ですから・・・。

 私がやらなくちゃいけない事だから・・・」

 沈黙を破ったのはレイチェルの思いつめたような声。

 その表情に、不安を覚えるエアニス。こんな顔をして全てを背負い込み、大変な思いをしていた少女を、エアニスは知っている。それは、とても見ていられるものではなかった。だから、エアニスの口から余計な言葉が漏れる。

「まあ・・・・自分の手に負いきれないものを背負い込むのは・・・

 それ以上の馬鹿かもしれないけどな」

  思わず口を突いてしまった言葉。自分の心無い言葉のフォロー、という訳ではない。自分にとっての教訓、戒めだった。

「まあ、どうでもいいけどさ。

 それより、その事情ってのはアンタの・・・レイチェルの事情なのか?

 "私がやらなくちゃ"って言ったろ?」

 気を取り直し、そんな事を尋ねるエアニス。突き放すような事を言ったが、彼なりに彼女達の事を心配しているのだ。

「そうです。チャイムは・・・私の事情に巻き込んでしまっただけなんです」

 申し訳なさそうに言うレイチェルに、慌ててチャイムが口を挟んだ。

「何言ってんのよ、首を突っ込んだのは私の方なんだから、レイチェルが気にする事ないわよ。それに、私はちゃんとあんたに雇われて護衛してるんだから」

「でも、雇ってるって言っても・・・」

 レイチェルは笑っているような、困っているような顔で言う。

「護衛なのか、お前が・・・。1日いくらで雇われてんだ?」

「一日、100で」

 何故か誇らしげに答えるチャイムに、思わず椅子からずり落ちるエアニス。トキも口が開きっぱなしである。傭兵一人を雇う相場は大体一日15,000からである。100という額は、子供の一日あたりの小遣い程度である。

 雇われているというのは、どうやら建前のようだった。




「大体、でかすぎるんじゃないか、この剣。あんたの力や体重じゃ、こんな重い剣振り回せないだろ?」

 エアニスは壁に立てかけられたチャイムの剣を手に取る。

「あっ、こらっ!! 勝手に・・・」

 鞘から刀身を抜いて窓から射す光にかざしてみる。手のひらを広げたくらいの両刃の剣。分厚い刀身には縦溝が入り肉抜きがされているが、それでも重さは見た目通りでかなりの豪腕でないと使いこなせそうにない。

「なんだ、この剣・・・?」

 思わず眉をひそめるエアニス。路地裏で彼女の剣を見た時は気づかなかったが、彼女の剣は刃が潰され紙すら斬ることができない代物だった。

「これだったら、相手を殺すことなく戦えるでしょ?」

 チャイムのそんな言葉に、エアニスは今度こそ呆気に取られる。

「馬鹿か、お前。命のやり取りをしてるんだぞ。そういう余裕は、もっと強くなってから見せろ。死ぬぞ」

「・・・う」

 エアニスはチャイムの目を真っ直ぐに見て言う。その声には茶化しもからかいも無く、彼女はたじろぐように目を逸らす。

「たしかに、悪い姿勢ではありませんが、相手の身を案じて戦うのは、とても難しい事です。まずは先に自分の身を案じるべきですね」

 やんわりとトキに追い討ちをかけられ、チャイムは机を叩き反論する。

「い、いいでしょ!! あたしにとっては譲れない一線なのよ!!

 だいたい、あんた達には関係ないじゃない!」

「そうだな。俺達には関係の無い話だ」

 無関心そうにそう答え、エアニスは彼女の剣を鞘に納める。その時、柄に付いた小さな飾りに気づいた。十字架と天使の羽をあしらった紋章、縁取りに蛇が絡みついた精緻なエンブレム。それはエアニスの良く知るものだった。

「・・・お前、エベネゼルの出身か?」

「そ、そうだけど・・・」

 小さく溜息をつくエアニス。エベネゼルはこの世界で最も大きな宗教国家である。どの国にも加担する事なく、常に中立を保つ国。魔導、科学を問わず医療の進んだ国で、先の戦争でも世界中の戦場へ医者や魔法医を大勢派遣していた。

 この世界で最も大きな国は大戦を引き起こしたベクタ帝国だった。しかし終戦と共にベクタは解体され、今ではエベネゼルが世界で最も大きな国だ。しかし中立を貫くエベネゼルには大国としてのリーダーシップというものがなく、現在この世界には中心となる国が無い。世界中の国から頼りにされており、多くの民に世界の中心となる事を望まれる、非常にクリーンなイメージを持った国家である。

 しかし、エアニスにとってエベネゼルは最も忌み嫌う国の名であった。

「なるほど、偽善の国の使者か・・・」

「え?」

 エアニスの嘲笑交じりの呟きは誰にも聞こえなかったようだ。

「なんでもない。ホラ、返す」

「うおーーっとぉおーーー!!」

 エアニスが放り投げた鉄塊をチャイムは何とか受け止める。やはり、剣の重さに腕力が追いついていない。

 エアニスは、何故彼女がエベネゼルの紋章が入った剣を持っているかという疑問を問おうとしなかった。エベネゼルのでの出来事を思い出すのが嫌だったのだ。また結局のところ、彼女達の身の上など、どうでもよかったのかもしれない。

「さて、と。そろそろ帰ろうか、トキ」

 ケーキの欠片を口に放り込み、おもむろに立ち上がるエアニス。急に不安そうな表情に変わるチャイム。その時、彼女はエアニス達と居た間は自分が安心しきっていた事に遅まきながら気づいた。そしてその安心感は、ずっと周りを警戒しながら旅を続けていたチャイムにとって久しぶりの事だった。

「ですが、エアニス・・・・」

 トキは困った声を上げるが、毅然としたレイチェルの顔を見ると無理に手助けを買って出るという訳にもいかなかった。彼女達にも思う所があるのだろう。その思いは尊重せねばならない。

「宿代くらいは持ってやるよ。ここに連れ込んだのは俺だしな。ま、悪い事は言わないから、役人に保護してもらった方がいいぞ」

 席を立ち、扉へ向かうエアニス。チャイムはエアニスに言葉をかける事が出来なかった。内心では彼を引き止めて助けを求めたい気持ちはあったが、あくまでこれはレイチェルの問題であり自分がどうこう言える事ではない。

「・・・ねぇ!」

 チャイムが突然立ち上がり、エアニスを呼び止める。彼は首だけで彼女の方へ振り向く。

「その・・・・あ、ありがとうって言ってなかったから・・・」

 どもった口調で礼を告げる。本当は、他に言いたい言葉があるのに。

「別に」

 その一言だけを残してエアニスは部屋を出て行ってしまった。溜息をつくトキ。

「僕達は街の裏山にある家に住んでいます、もし、何かあったら訪ねて来て下さい。きっとエアニスも協力してくれる筈ですから・・・」

 トキは、勝手にエアニスの家を教えてしまった。出すぎた真似だったかもしれないが、この事をエアニスは怒らないと思ったのだ。

 そして一礼を残し、トキも部屋を出て行ってしまった。


  部屋に残されたチャイムとレイチェルは、暫く言葉が出なかった。

「・・・・ね、レイチェル・・・。無理してない?」

 優しく話しかけるチャイム。そんな事は聞くまでもない事だったかもしれない。

「まあ、ね・・・

  でも、これ以上誰も巻き込みたくないの・・・」

 レイチェルは今にも泣き出しそうな顔でチャイムを見返す。

「ごめんね、チャイム。巻き込んじゃって・・・」

 その顔を見ると、チャイムは言葉より先に体が動いた。おもむろにレイチェルの頭を抱き抱え、そのままベッドに倒しこんだ。

「なーにいってんのよ! 首を突っ込んだのはあたしの方なんだし。ここまできたら最後まで付き合わせなさいよっ!」

 両手でレイチェルの金髪をわしゃわしゃかき回しながら笑う。

「ねっ?」

「チャイム・・・」

 くちゃくちゃになった前髪の下でレイチェルは瞳を潤ませる。


 レイチェルにはチャイムの明るい優しさがたまらなく嬉しかった。同時に、自分と同じくらい不安であるはずのチャイムに、無理をさせている自分にはがゆさを感じていた。

 エアニス達といた間消えていた不安が、二人の胸へと帰ってきた。ずっと同じものを抱えて旅をしていたはずなのに、今の二人にはそれはとても重く感じられた。

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