第38話 在らざる者
ぼやけた視界へ最初に写ったのは、土と岩の天井だった。
何処かの洞窟のようだ。
「・・・くそ。しくじったな」
ザードは仰向けのまま、朦朧とする頭を抑え何が起こったのかを思い出す。
ふたりの乗る車が、崖から森へ落ちた時。
ザードはレナを抱えて車の外へ飛び出したのだ。良く覚えていないが、森に落ちる瞬間に、周りの木々をでたらめに掴み、落下の衝撃を和らげようと足掻いてみた記憶がある。その後、まともに動かなくなった自分の体と、気を失ったレナを引きずり、なんとか洞窟に身を隠したのだ。
べりっ
血で、背中に服が張り付いている。良く見ると、ザードの体のあちこちに血がへばり付いていた。記憶が曖昧だが、崖から落ちた時に、左足と左肩を派手に壊した覚えがある。しかし、傷口は何処にも無い。
「あいつか・・・」
ザードは左肩をさすりながら呟く。レナが魔導で怪我を治してくれたとしか考えられない。という事は、今まで気を失っていたザードよりは、レナは軽傷だったという事か。しかし今、ザードの周りにレナの姿は無かった。
ザードが横になっていたのは、浅い洞窟の奥だった。ザードの居る場所からでも、外の日の光が見える。腰の懐中時計を見ると、時刻は正午だった。
「寝坊だな」
ザードが慌てて身を起すと、途端に立ち眩みに襲われる。怪我は治っているようだが、相当の出血をしたようだ。ザードは自分に掛けられていたレナのショールと、傍らに置かれていた"オブスキュア"を手に取り、洞窟から外に出た。
ザードはレナの姿を求め、洞窟の周りを探した。少し離れた場所で、ザード達が乗ってきた車がグシャグシャに潰れていたが、レナの姿は無い。さらに森の奥では小川が流れていたが、その周りでもレナを見つけられなかった。ザードは早々に探す宛を失い、崖の上の山道を見上げる。
断崖絶壁、という崖では無い。少し気を付けてさえいれば人の足でも登れる程度の崖である。最後の心当たりの場所として、ザードは昨晩襲撃のあったキャンプ地まで戻る事にした。
「くそっ・・・」
崖を登り切り、昨晩護衛車で走り抜けた山道を駆け足で戻るザードだったが、急激に血液を失ったせいか少し体を動かすだけで脈が上がり、意識が朦朧とし始めた。このような状態で敵に襲われたら流石のザードも対処し切れないであろうが、今のザードはそのような簡単な判断すら出来ない状態だった。
そして襲撃のあったキャンプ地に戻り、ザードは不可思議な光景を見る事になる。
昨晩まで何も無かったキャンプ地が、墓地になっていたのだ。
墓標の一つ一つは太い木の枝を十字に組んだだけの簡単な物であったが、それが墓地と呼べるだけの数が集まり、広まった山道の片隅に並んでいる。
ザードは場所を間違えたのか、参っている体が幻でも見せているのかと疑ったが、ここは間違いなく昨晩のキャンプ地で、頭を振り目を擦ってみても、目の前にある光景は変わらなかった。
「何だ・・・これは」
ザードが墓標の間を縫うように歩いていると、進む先の木立の影から人の足が見えた。剣を抜いてゆっくり歩み寄ると、そこには木立に身を預け、眠っているレナの姿があった。
ひとまず安堵の溜息をつき、ザードはレナを起そうとする。レナの肩を揺する前に、ザードの目がレナの指先に止まった。
土に汚れて、血が滲んでいる。爪も、割れている。着ているローブも、土やススのようなもので随分汚れていた。そして、目元には涙の跡。
はっと、ザードは息を呑む。
「まさか・・・この墓、こいつが作ったのか・・・?」
思わず背後の墓標の群れに振り返ると、
「わたしのせいで・・・この方たちは死んでしまったのですから・・・」
目を覚ましたレナが、ゆっくりと、まるでうわ言のような口調で言った。
「私の術なら、何人かは助ける事が出来ると思って、ここまで戻ってきたのに・・・
全ての遺体が、焼かれていたんです」
レナの表情は虚ろだった。ザードは掛ける言葉を見つけられず、黙ってレナの言葉に耳を傾ける。
「私の構築した魔導は、死んでしまった人でも、魔導で怪我をちゃんと治療してあれば、生き返らせる事が出来るんです。でも、体の全てを焼かれてしまったら、私の術でも、助ける事は出来ない・・・!」
それ以上言葉を紡ぐ事が出来ず、レナは顔を抑え、声を殺して泣き出した。
「だからといって・・・お前が、こんな事をする必要は無いだろう・・・」
何か声を掛けなくては、と言葉を捜していたザードだったが、結局そんな事しか言えなかった。
レナは顔を抑えたまま被りを振る。
「私には、この程度の事しか出来ませんから・・・」
この程度?
レナの言葉に、ザードはそう聞き返しそうになった。こいつは、たった一人で20を越える人間の墓穴を掘る事を、この程度などと言うのか。しかも彼女は、護衛兵達を自分のせいで死なせてしまったと感じている。そのような気持ちで相手を弔うのは、一体どれ程の重圧なのだろう。
よく見ると、墓標の数は護衛団の総人数よりも多い。という事は、彼女は敵の遺体までも埋葬したという事か。
ザードは人の気持ちを進んで理解しようとするタイプではない。だから、今のレナの気持ちはザードには理解出来ないし、したいとも思わない。
しかし、レナの気持ちは分からなくても、墓標の下で眠る護衛兵達の気持ちなら分かるような気がした。
だから、それが分からないレナにザードは彼らの言葉を代弁する。
「連中は、お前が思っているようなモノは求めていないさ。
これで、十分だ。連中にとっては、これ以上無い事だろうよ」
その言葉に泣いていたレナは面を上げ、ザードを見た。
励ますように、柄にも無く出来る限り優しい声でザードはレナに言葉をかける。それで少し落ち着いたのか、レナは涙を拭き目の前の墓標を見た。
「なんで、ここまで酷い事を・・・」
「あんたの魔導の素性を知ってる奴が、口封じ目的でしたんだろう・・・。
でなければ、わざわざ死体を焼くなんてマネはしないだろうよ」
未だにレナが死者を蘇らせる術が使えるという事を信じ切れていないザードだったが、敵が彼女の術でも蘇生が出来ないように護衛団や返り討ちにあった刺客達の遺体を焼いた事を考えると、それはレナが死者の蘇生が可能だという敵からの証言とも取れる。
そこまで考えてから、ザードは今はそんな事を考えている時では無いと気付き、レナに手を差し伸べる。
「歩けるか? ここは危険だ。とりあえず、どこかに身を隠そう」
「・・・はい」
レナは涙を拭き、ザードの手を取って立ち上がった。そしてザードを見て、何かを思い出したかのように固まった
「どうした?」
「・・・そういえば、傭兵さんのお名前、まだ聞いていませんでしたね」
礼を言おうとして、レナはまだザードの名を知らない事に気付いた。
彼は少し言い淀んでから、
「・・・ザード = ウォルサム。
"月の光を纏う者"って言った方が、通りが良いかもな」
◆
キャンプ地に残された物全てが焼かれており、"使える車が残っているかも" というザードの望みはあっさりと断ち切られた。それでもしつこく焼けた荷物を調べていたら、トラックに積まれていた食料や生活用品、幾つかの銃火器が辛うじて焼け残っていた。それらを回収し、ザードとレナは崖の下の洞窟へ戻った。
レナは、ザードのふたつ名を知っていた。殺戮者としての悪名を持つザードに対し、レナは怯えや恐れも見せず普通に接してくれた。
そして、ザードはレナへ自分が知っている事、エベネゼルとは別の雇い主からレナを守るようにとの依頼を受けていた事を明かした。
最も、ザード自身何故自分が彼女の護衛をしているのか分かっていないので、話した所で意味の無い事であるばかりか、依頼人に操られるがままの自分の間抜けさ加減を晒してしまうだけだった。レイチェル自身も、ザードの依頼主に心当たりは無いという。
洞窟に差し込む光が橙色に変わる。ザードの懐中時計も夕刻を指していた。
ザードとレナは、トラックから持ち出した食料と、川から汲んだ水で食事を取った。レナは食欲が無かったのか、少ししか手を付けなかった。対してザードは、レナを差し置き3個目の缶詰へ手を付けていた。
「すごい食欲ですね・・・」
レナはやや圧倒されたような表情を見せる。ザードは不本意そうな表情を見せてから、
「随分と血を失ったからな。こればっかりは、メシ食って自分の体で直すしかない。
少し無理してでも食べておかないとな。
そいえば、怪我を治してもらった礼がまだだったな。ありがとう、助かった」
「いえ、お礼を言うのはこちらです。ザードさんの怪我も、わたしをかばって負ったものなのですから」
「そう言えば・・・俺、どのくらいの怪我を負ってた? 実は、記憶が曖昧で覚えていないんだ」
ザードの質問に、レナは考えるように視線を漂わせる。
「聞かない・・・方が良いかもしれません・・・・」
「・・・・・そうか」
言いづらそうに答えるレナに、ザードも追求はしなかった。
暫く洞窟にはザードのフォークが缶詰と触れ合う音だけが続く。
「これから・・・どうしましょう」
レナが、消え入りそうな声で問いかけた。
「悪いが、明日の朝までは動くつもりは無い。大量に血を無くした今の俺の体じゃ、まともに戦う事も出来なさそうだからな。今日のうちにメシを食って、一晩眠れば何とか戦えるくらいには体調を戻せるだろう」
そこでザードはわざとらしく言葉を切る。
「お前は、どうしたい?
とりあえず、村に戻る事は進めない。昨日の襲撃の二の舞になりかねないからな」
素っ気無く言ったザードの言葉に、レナの表情が凍る。
「予定通りエベネゼルに向っても良いが、敵の目的が分からない限りそれも正しいかどうかは分からない。今の俺達には、判断要素が少なすぎる」
朗々と考えを述べた割には、結局ザードもどうすれば良いのか分からずにいた。ザードは空になった缶詰を洞窟の隅へ放り投げた。
「俺もあんたに聞きたい事が幾つかあるが・・・あんたもかなり疲れているだろ。今日は何も考えずに休んだ方がいい。そんな時に捻り出した案を採用しても、ロクな結果を生まんからな」
ザードは荷物から毛布を引っ張り出すと、それに包まって横になった。ちらりと横目でレナを見ると、相も変わらず塞ぎ込んだ表情をしていた。
「心配するな。俺の噂は知っているんだろ?
雇われている以上、あんたの身の安全は保障してやる」
ザードはレナを安心させるため、余裕を見せた口調で話す。それに対し、やはりレナは消え入りそうな声で、
「また襲撃があったら、ザードさんは戦うんですね」
「それは・・・当然だろう」
レナの質問の意図が読めず、一拍置いた後にザードは返事をした。
「もう敵であろうと、人が死ぬ所は、見たくありません・・・」
レナの呟きに、ザードは思わず黙り込んだ。
「ならば、奴等に大人しく連れて行かれればいい。
そうすれば、あいつらも俺も、殺し合わなくて済むぞ」
その提案に、レナはハッとした表情で顔を上げる。
ザードにはレナが、その手があったか、などと考えているように見えた。
「・・・冗談だからな。こんな手荒な真似をする奴等だ。
連れて行かれりゃロクな目に遭わないぞ」
「じゃあ、どうすれば・・・」
「戦うんだよ。これ以上、あんたの巻き添えで死ぬ奴が出ないようにな」
レナは割り切れない、といった表情でザードから視線を外す。
ザードは困った顔で頭を掻き、これで話はお終いと言うように毛布を被って横になってしまった。
( 優し過ぎるな・・・・こいつは・・・ )
◆
突然生まれた気配でザードは目を覚ました。
気配はどんどん増えてゆく。洞窟を囲むように。しかし、どういう訳か殺気は感じられなかった。
「起きろ。この場所から離れるぞ」
ザードに腕を捕まれ、座ったまま眠っていたレナは飛び起きた。
「また・・・あの人達ですか・・・?」
「さあな。もう洞窟を取り囲まれている。気配を消して忍び寄ってきやがった」
ここまで近づかれるまでザードは敵の気配に気づく事が出来なかった。相手は気配を隠す事が出来る程の手錬れだと予想できた。
ザードは荷物を鞄に押し込み肩に掛ける。洞窟の入り口まで行き、月の照らす森を見渡してみるも、敵の姿は見えない。正確な気配の数は把握できないが、少なくとも10人以上。しかし、ザード達の洞窟を取り囲むだけで、襲い来る気配が無かった。
「こっちから仕掛けて・・・車を奪うか」
腰に散弾銃を吊るし、オブスキュアを握る左手に力を込めた。柄を握る力の入り具合に違和感を感じ、まだ本調子ではない自分の体を確認する。神経を研ぎ澄ませ、容易に突破できそうな場所を敵の気配から探っていると。
「ザード、さん」
レナが不意に声を掛ける。突破口を探るのに集中しているザードは返事をしない。
「うしろ、」
レナの張り付いたような声色に、ザードは弾かれたように後ろを振り返る。
ザードの背筋か凍る。
ザード達が眠っていた洞窟の奥に、いつの間にか人が立っていたのだ。真っ黒でボロボロのマントを幾重にも羽織った若い男。緩くねじれた黒髪は肩まで伸ばされ、端整で青白い顔をしていた。そして肩には死神が持つような、巨大な鎌。その姿を確認した途端、強烈な殺気がザードを射抜いた。
( 昨日の奴だ・・・・!)
「いつからそこに居た・・・?」
そう問いかけて、ザードは自分の声色に驚いていた。動揺しているのか、自分の声が上ずっていたからだ。
ザードとレナは洞窟の一番奥で眠っており、洞窟の外の気配に気付き、洞窟の入り口まで移動した。どう考えても、この大鎌の男がザード達の背後に回れる筈は無い。しかし実際、男は全く気配を感じさせる事無く、幽霊のように洞窟の一番奥に立っている。
男は深々と一礼し、腰を屈めたままザードを見据えた。
「昨晩は失礼したね。こうやって直接僕が出向けば早い話だったんだが、表向きは部下達の仕事にしないといけないからね」
男の声は物静かだが、どこか軽薄な印象を与える口調だった。
「でも、あの"ザード=ウオルサム"相手じゃ、流石に人間どもの手には余ったか」
「・・・何を、言っているんだ?」
ザードは男の独り言に動揺する。既にザードの名前を知っている事、そして自分の部下を"人間ども"と表現する奇妙な口振り。男はザードの質問を無視し、
「僕の名前はデミル。君を殺す前に、教えておくよ」
ぞがあっ!!
デミルの振るった大鎌が、洞窟の壁をごっそりと抉り取った。
自己紹介と同時に向けられた殺気を感知し、大鎌の一撃をかわしたザードは、レナを抱え洞窟の外へ駆け出していた。
「良いカンしてるねぇ。まるで先が見えているようだ!」
背後からデミルの声が聞こえたと思ったら、吹き付ける殺気は、瞬時にザードの頭上へ移動していた。
( 速すぎる・・!!)
まるで瞬間異動だ。ザードはレナを突き飛ばし、上を見上げる間も惜しむように剣を頭上へ振るった。
がぎん!
大鎌の一撃を何とか受け止めたザードだったが、異様に重いその一撃を支えきれない。
「ぐっ!!」
斬撃を受け流し切れず、デミルの大鎌がザードの左腕を斬り裂いた。ザードの利き腕である。ザードは怪我に構う事無く、すぐ後ろに居る筈のデミルを斬りつける。が、剣は虚しく空を斬るのみだった。
( どうなってる!!?)
デミルの身の動きは尋常ではなかった。パワーも、とても人間のそれとは思えない。再び振り返った先には、酷薄な笑みを張り付かせ大鎌を振りかぶるデミルの姿があった。ザードに、迎え撃つ暇は無かった。
振り下ろされたデミルの大鎌が、慣性法則を無視したかのように、ぴたりと止まった。
レナの額の、ま正面で。
レナが、ザードとデミルの間に割って入ったのだ。大鎌は彼女の額のほんの数センチ手前で止まっていた。デミルの手先があと数ミリ狂っていたら、額どころか彼女の体は断ち割られていただろう。
3人の時間が、暫しの間止まる。
「・・・お前は殺さない。どけ」
「嫌です!」
自分を見下ろすデミルに、レナは両手を広げ毅然とした表情で立ち塞がる。
「ばか・・・・! 邪魔だ、退いてろ!!!」
ザードがようやく硬直から抜け出し、そう叫んだ時。
森の奥で、爆発音が響いた。
銃声と男の悲鳴が幾つも上がり、それが広がってゆく。ザードとデミルが眉をひそめる。
「人間どもめ・・・何を遊んでいる?」
洞窟を囲んでいたデミルの部下達が、何者かと戦っているのだ。予想外の出来事に、デミルは森の奥へ注意を向ける。デミルがレナに突きつけた大鎌を下ろすと、
ガンッ
「ぐッ!!」
突然、森の奥から飛来した光弾がデミルの頭に当たり、砕けた。仰け反りたたらを踏むデミル。
状況は理解出来なかったが、ザードは剣に指を滑らせ、短い呪文を口ずさむ。魔法剣"オブスキュア"に込められた魔導式が起動し、刀身が紅黒い光を放った。
「!?」
ザードの剣の変質に気付いたデミルは、"それ"の正体に気付き、戦慄する。
「くたばれ化け物!!」
ザードはレナの背後から、突き上げるようにデミルの脇腹と肺を斜めに貫いた。
「うぐぉおおおあああああああああっ!!!!」
苦痛に顔を歪めるデミルの姿が、一瞬霞んで見えた。それが何だったのか考えるより先に、ザードはデミルに突き立てた剣を、胸を突き破るように、薙いだ。
大きく開いた傷口からは、赤い血の代わりに、黒い霧のような気体が噴き出した。
「ぐお・・ぁ、"オブスキュア"、だと・・・!?」
憎悪に満ちた眼差しで、デミルはザードの持つ剣を睨みつける。その姿が砂嵐のように乱れる。
「何、だ、これは!!?」
追い討ちをかけるのも忘れ、己の目を疑うザードとレナ。今、デミルの姿は幻が消えるかのように霞み、ザードに斬られた傷から血の代わりに黒い霧を撒き散らしている。
「こいつ・・・本当にバケモノかよ・・・!?」
レナもザードの後ろで、この世に在らざる光景を呆然と見ていた。
「 ザード、ウオルサム ・・・・!!」
壊れた蓄音機のような音で、デミルがザードの名を呼ぶ。
「 次 に 会う 時は、必ず殺す!!!」
顔が判別出来ないほど霞み、歪んだデミルの姿は、ザードを指差しながら消えていった。
「何・・・だったんだ・・・あの野郎は・・・」
デミルの消えた場所を見つめながら、ザードはその場で腰を下ろした。レナは、硬直したまま立ち尽くしている。
流石のザードも、あのような非常識な存在と戦ったのは初めてだった。何が起こったのか考えてみても、全く理解が及ばない。
あの男は、デミルは人間では無かった。
その時、葉ずれの音と共に、森の奥から人の気配が生まれる。
「あれは、人間に肩入れしている魔族の一人だ」
突然背後から声を掛けられ、いったん腰を下ろしたザードは、立ち上がり再び剣を構えた。
森の奥から現れたのは、20代後半の旅装束を着た短髪の男だった。その男に続き、同じような服装をした者達が4、5人現れた。若い女もいれば、壮年の男もいる。森の中で、洞窟を囲んでいたデミルの部下達と戦っていたのは彼らだろう。
「大丈夫、我々は君たちの味方だ。
ザード = ウオルサム 君に、レナ = アシュフォード さんだね」
ザードとレナは互いに顔を見合わせる。二人の知り合いでは無かった。
「ザード君にとっては、私は雇い主になるのかな?」
その一言で、ザードは理解した。男はザードとレナを交互に見た後、挨拶をした。
「初めまして。
私はシャノン = エルナース。エルカカという村で長を務めている」




