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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第四部
38/79

第37話 オブスキュア

「今夜はここでキャンプを張る!

 各自グループの者とテントを張り、交代で見張りに着くように!」


 山奥の木々が少し開けた場所で、護衛隊の指揮をしているエベネゼル兵がそう言い放った。

「おいおい・・・」

 周りの傭兵達が、黙って寝床の用意を始める中、ザードは自分の耳を疑っていた。彼は命令を下したエベネゼル兵の腕を捕まえる。

「正気か?

 こんな山奥でキャンプを張るなんて、敵に襲ってくれと言ってるようなものだ」

 兵士はザードを鬱陶しそうに一瞥する。

「我々は3日以内にエベネゼルまで戻らなければならない。その為には今日中にこの山を半分は超えていないといけない。

 それに、これは上から指示されたスケジュールでもある。

 例え襲撃があったとしたら、その時は君たちの出番だ。その為に雇っているのだからな」

「・・・そうかい」

 何も考えていない兵士の言葉に呆れ、ザードは抗議を諦めた。

(まぁ、いいか。

 いつあるか分からない襲撃を警戒するよりは、襲撃しやすい状況に誘い込んだ方が、早くカタが着きそうだ)


 シスター・レナを護衛する為に雇われた傭兵は15人。その者は皆、一番大きなトラックに全員押し込まれて移動している。各自が持つ武器の他に、一丁づつ銃も支給されていた。そしてエベネゼル正規兵5人とシスター・レナの乗る車、物資の運搬トレーラーが1台と、20人程の人数で3台の車で移動していた。

 兵士達がキャンプ地に選んだ広場を3台の車で囲み、その囲みの中に4張りほどのテントと、幾つかのかがり火が立っていた。

 傭兵とエベネゼル兵は交代で見張りをしているものの、緊張感は今ひとつである。襲撃などある筈は無い。あったとしても銃が支給されているこの護衛隊ならば恐るるに足りないと誰もがタカを括っていた。

 ザードは眠る事を諦め、レナが眠っているトラックの周りで、徹夜で見張りを続ける事にした。かがり火を背にし、剣とライフルを抱えるように座る。


「あの、・・・」

 遠慮がちに掛けられた声に振り向くと、ショールを羽織ったレナが立ってた。

「なに外に出てきてるんだよ。車の中に戻ってろ。

 せっかく俺達が徹夜の護衛をしても、あんたがそれじゃ意味が無いだろ」

 そう言うザードに、レナはコーヒーの入ったカップを差し出した。

「どうぞ。私の乗る車に、いっぱいありますから」

「・・・どうも」

 ザードは素直にカップを受け取る。砂糖が少ないと不満を感じながらコーヒーをすすった。

「それにしても、大した護衛団だな。

 エベネゼルの指揮官は能無しのようだが、たった一人の魔法医の護衛にしては大仰だ」

 ザードはちらりとレナの顔を見て、

「そんなに凄い魔導なのか? あんたのオリジナルの術って」

 レナは大袈裟に両手と首を振ってみせる。顔をしかめ困ったように沈黙していたが、やがて言葉を選ぶように話し始めた。

「・・・傭兵さんは、魔導の知識はありますか?」

 なぜか寂しそうな声で、そうザードへ問いかけた。

「あぁ。魔導は使えないが、並以上の知識は持ってるつもりだ」

 それだけを訊くと、レナは少し硬い表情で、話し出す。

「人の"魂"は、何の事を指すと思いますか?」

 唐突な話題に、ザードは眉を寄せて、

「さあな。心臓か、脳ミソか・・・

 俺は哲学者じゃないから、そんな事考えた事も無い。

 って、何の話だ、そりゃ?」

 レナはぎこちなく言葉を紡ぐ。

「私のオリジナルの魔導は、人の魂に作用するものなんです。

 ですが、私達人間は、"魂"が何なのか、未だに掴みかねています。

 もちろん、私自身も」

 レナの話にザードの胸がざわめいた。

「そんな私に、人の魂を操る資格があるのかな、って・・・

 いえ、私の構築した魔導は、人が扱ってはいけない物ではないか、って感じているんです」


 二人の間に沈黙が降りた。ザードの胸のざわつきは収まらない。まるで、踏み込んではいけない一歩手前に立たされている気分だった。

 しかしザードは躊躇わない。躊躇無く踏み込んではいけない一線を越える。

「魂を操るってのは、人の生き死にを操るって事か?

 あんたは死んだ人間を生き返らせる事が出来るとでも?」

 命を操る魔導など、眉唾物の神話やおとぎ話ならいざ知らず、史上に存在していた記録は無い。

 もし命を操る術があるのなら、それを欲する者は幾らでもいるだろう。

 しかし、そんな事が出来る筈が無い。冗談や、ザード早合点であってほしい。そう思いつつレナに問いかけたザードだが、返って来たのは伏せられた視線と沈黙だった。

( ・・・マジかよ )

 それが本当なら、彼女はとんでもない争いの種である。一日に人が幾千と死んでゆくこの時代、彼女の技術を欲しがらない国は無いだろう。

 何故、自分程の使い手が、このような護衛隊に紛れ込まされたのかようやく理解して、ザードは思わず苦笑いを浮かべてしまった。



 ゴグワッ!!

 耳をつんざく爆音と、オレンジ色の炎の熱気が二人を襲ったのはその直後だった。遠くで男の悲鳴が響いた。

 傭兵達のテントに爆弾か魔導が打ち込まれたのだ。

 レナとの話に気を取られ完全に不意を突かれたザードは、立ち尽くす彼女の手を引き正規兵達が移動に使っていた車に彼女を押し込む。

「この車は防弾仕様だったな?

 ここから動くんじゃないぞ」

 レナは表情を無くし、防弾ガラス越しにザードの顔を見ている。ザードが親指を下に向け、"頭をひっこめろ"と言うと、レナは慌てて身を沈めた。

「さてと。どこのどいつだ」

 ザードの居る場所からは見えないが、爆破された傭兵達のテントからは悲鳴と怒号、銃声が続いている。襲撃者と護衛兵達が戦っているようだ。しかし、ザードは加勢には行かない。ザードの仕事は彼女を守る事である。他の傭兵達がどうなろうが知った事では無かった。

 茂みの中から、焼け付く殺気がザードの身に突き刺さった。

 パギィン!

 ザードが目の前で振るった剣が、虚空で火花を撒き散らす。剣で銃弾を弾き飛ばしたのだ。

 自分に向けられた殺意を鋭敏に感じ取る事の出来るザードは、自分に襲い来る殺意を視て取る事が出来た。暗闇の中、亜音速で飛来する銃弾ですら例外ではない。

 それは魔導とは違う、ザードの持つ"能力"だった。しかし彼が見えているのは"殺気"であり銃弾ではないので、万能の能力という訳でもない。もし今の銃弾にザードを殺そうという意志が込められていなかったら、銃弾を剣で弾くなどといった芸当は出来なかった筈だ。

 ザードを撃った茂みの奥に潜む気配が動揺の色を見せた。そして、その動揺は共に身を隠していた他の気配にも伝染する。

 数は、6人。

 相手の姿が見えなくても、ザードにはそれが分かる。

 そしてその気配が、人を殺し慣れた人間の物だという事も。


 ザードは剣を持つ左手に魔力を集中させると、魔力剣に刻まれた魔導式が起動し彼の魔力を無節操に吸い上げ始めた。剣に刻まれた魔導式が赤く光を放つ。

「来いよ。その人数でたった一人が怖いか?」

 ザードの挑発に、目前の6つの気配は一拍置いてから拡散し、人間離れした跳躍力でザードの頭上から襲い掛かった。

 ザードは飛びかかる刺客へ向かい、紅く光る剣を振るう。

 ヴンッ、と、刺客には羽虫の群れが通り過ぎたような音が聞こえた。彼はザードの間合いの遥か外に居たのにも関わらず、目に見えない衝撃に体を打たれ、自分の下半身が回転しながら宙を舞っているのを見た。

 これが、もう一つのザードが持つ常識外の力。敵を斬り倒す意思を具現化し、不可視の刃に変える魔法剣。ザードはこれを"オブスキュア"と呼んでいた。尋常では無い魔力を食い潰す魔法剣であり、ザードのように、エルフの魔力を持つ者でもなければ扱いきれない剣である。

 残りの刺客がザードに襲い掛かる。刺客達は揃いのマントを着込み、揃いの槍を持っていた。

 ザードは襲い来る切っ先を紙一重で交わし、素手で槍を掴んで先端の穂を地面へ突き立てた。勢いを殺された刺客はたたらを踏み、その隙を突いてザードは剣を刺客の腹部へ突き立てる。マントの下に鎧を着ていたのか、やや硬い手ごたえが伝わる。しかし、魔導式を起動させた"オブスキュア"は、鋼でも易々と斬り裂いてしまうため、相手が鎧を着込もうが関係無かった。

 一瞬で二人の刺客を倒された事で、残りの刺客達は攻撃を中断する。それを好機と見て、ザードはまだ動揺を見せている一人の刺客へ飛び掛り、剣を振るう。刺客は槍でザードの剣を受け止めようとしたが、ザードの剣は槍ごと刺客を切り裂いた。

「へっ、余裕ッ!」

 そう吠えるとザードは身をひるがえし背後に迫る刺客を迎え撃った。

 これが、"月の光を纏う者"の戦い方。

 自分に向けられた殺意が見える"能力"と、使い手の魔力次第で圧倒的な破壊力を発揮する"オブスキュア"。そして、ザード自身の人間離れした反射神経と瞬発力。これを武器に、たった一人でザードは幾千もの人間を斬り倒してきたのだ。


 ザード個人は普段通りの戦果を上げていたが、こちらの傭兵達が次々と敵に倒されてゆくのをザードは横目で見ていた。傭兵達が弱いのではない。刺客達は統率を持った動きを取り、戦闘技術もかなり高い。ザードはレナの隠れる車を守りながら戦っているので、傭兵達のサポートまで手が回らなかった。

( まずいな・・・ )

 銃を抜いた刺客をライフルで撃ち倒してからザードは思う。味方の傭兵達は、もう殆ど残っていないようで、ザードを囲む刺客の数が増え始めた。敵を全滅させるのは簡単だが、これだけの数の刺客を相手取りながらレナを守るというのは難しい。戦いの後に生かしておいた敵から、背後関係を喋らせるつもりでいたが、どうも刺客達の戦い方はプロのそれである。尋問したとしても、素直に喋らせる事は難しいかもしれない。

 ならば、ここで刺客と遊ぶ意味は無い。

 ザードはレナの乗る車の周りに居た刺客達へ向け、"オブスキュア"で放った紅い風を叩きつける。刺客が吹き飛ばされた隙を突き、車の運転席を空けた。

「逃げるぞ」

 後部座席で毛布を被って隠れていたレナが、ザードを見た。

 刺客の数人が運転席のドアをこじ開けようと、武器を突き立ててきた。ザードは助手席に立てかけてあった散弾銃を手に取り、防弾ガラスに銃口を押し付ける。

 バシャアァァァンッ!!

 防弾ガラスといえど散弾の零距離射撃には耐え切れず、ガラスは粉々に吹き飛び散弾と共に刺客たちを襲った。

 ザードは腰に仕込んだ小さなナイフを取り出し、ハンドル脇のキーボックスに突き刺して強引に回す。呆れるほど簡単にエンジンがかかった。すぐさまザードは車を発進させ、数人の刺客を撥ねながらその場から逃げ去った。



「やれやれ・・・何とか撒いたか」

 シートに深く身を沈めながらもアクセルは緩めず、ザードの運転する車は猛スピードで山を駆け下る。

「エベネゼルの兵士や、傭兵の人達は!?」

 レナが身を乗り出して訊く。

「さぁな。あの調子じゃ全滅だろ。

 あれほど使えない奴等だとは思わなかったな」

 他人事の様に言うザードへ、レナは声を荒らげる。

「戻ってください!! まだ助けられる人がいるかもしれません!!」

「俺の仕事はあんたの護衛。あいつらのお守りまでは料金外だ」

「見捨てるんですか!!?」

 ザードは舌打ちをする。

「じゃあ正直に言ってやるよ。俺達が逃げる時には、ほぼ全滅だった」

 レナは息を詰まらせ、黙り込む。

「悪いが、俺もあんたを守りながらあの数を相手にする自信は無い。だからこうして逃げ出したんだ。あいつらを助けに行って、あんたが刺客にやられたら元も子も無い」

 少しだけ柔らかい口調で、レナを説得しようとするザード。自分がどうすれば良いのか分からず、レナは俯き唇を噛んだ。

「・・・あの人達の狙いは、私、なんですか?」


 ざわっ

 ザードの全身が泡立った。背中に冷たい汗が浮かぶ。

「あぁ・・・どうやら、あんたで間違い無さそうだ」

 ザードの口調が変っていた。その声色にレナは眉を寄せる。

「追って来やがった」

 猛スピードで車を走らせているのにも関わらず、殺気の塊がどんどん車に近づいている。車に取り付けられたバックミラーを覗いても、車の後ろには黒々とした闇しか見て取れない。

 こんな嫌な殺気を浴びせられたのは久しぶりだった。

「車の運転・・・出来ないよな?

 あぁ、このペダル踏んで。で、真っ直ぐ走るようにハンドル持っててくれればいい」

 ぽかんとしているレナに、とてつもなく簡単な運転のレクチャーをしたザードは、運転席の窓から身を乗り出し散弾銃を構える。車が蛇行を始めたのでレナは慌ててハンドルを掴み、必死で車を真っ直ぐ走らせた。

 ザードは流れる景色を吸い込んでゆく車の後ろの闇を凝視する。何も見えないが、すぐ近くに猛烈な殺気を放つ何かが居て、ザード達の車と同じスピードで追いかけて来ている。暗闇からいつ何が現れても不思議ではない雰囲気である。


「ホラー映画かよ」

 チープなシチュエーションを鼻で笑い、ザードは散弾銃を暗闇に向かい乱射した。瞬間、

 ザゴンッ!

 暗闇から何かが飛び出し、車の屋根に突き刺さった。レナの驚きの悲鳴が聞こえる。自分に向けられた攻撃では無かった為、ザードは"能力"でこの攻撃を感知する事が出来なかった。

 車に突き立った物は、まるで死神が持っているような、異様に巨大で不気味な装飾の施された鎌だった。鎌の柄には鎖が繋がっており、その先は黒々とした闇へと繋がっていた。ザードは舌打ちをして、

「悪趣味ッ!!」

 オブスキュアで車に食い込んだ鎌を切り飛ばした。つもりだった。

 しかし、破壊するつもりで斬り付けたにも関わらず、大鎌には傷一つ付ける事も出来なかった。"オブスキュア"と同じ、強力な魔力を持つ魔導具のようだ。

 ジャギッ、と音を立て鎌に繋がる鎖が引っ張られた。同時に、がくんと車のスピードが落ちる。暗闇に身を隠す誰かが、車に突き刺さった鎌を引き寄せているのだ。さすがにゾッとするザード。

 ザードは剣を振るい、鎌の突き刺さった車の屋根部分をまるごと斬り飛ばした。大鎌は車の天井と共に跳ねて、暗闇の中へと消えていった。


「傭兵さんっ!!!」

 レナの声に前方へ振り向くと、先には道が無く夜空と遠くの山並みが見えていた。道が大きく曲がっているのだ。

「ちっ・・・!!」

 運転席へ戻ったザードは、慌ててハンドルを切り、ブレーキを踏みつける。しかし、間に合わない。

 車は崖から飛び出し、崖の下へ広がる森へと落ちていった。

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