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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第四部
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第36話 夕陽の丘の少女

 仕事道具の詰まった鞄を枕代わりにして、ザードは荷台の隅で寝そべっていた。

 どごん、とトラックが揺れて、荷台の幌から、ホコリか何かが顔に落ちる。

 苛立つようにそれを払い除け、ザードは舌打ちをした。


 ザードは今、エベネゼルの傭兵として要人護衛の仕事を請け負い、その人物が住む村へ向かう為軍のトラックに揺られていた。

 もう3日も窮屈な車内に押し込まれたままなので、ザードの退屈も極地へ達している。トラックの荷台にはザードの他にも多くの傭兵達が乗っていたが、ザードには見知らぬ相手と世間話をするだけの社交性も無く、これといった暇つぶしのネタも無いザードは、ひたすら目的地への到着を待つ事しか出来なかった。

( ゲイルの飛空挺なら一瞬で行けるのにな )

 因みにゲイルはエベネゼルの城下町で待機である。世界的にも高い生活水準を持つ国である。滞在している宿もさぞかし快適なことだろう。

 それに比べザードの宿は、軍の持ってきた巨大テントで、むさ苦しい男供と雑魚寝である。そのような環境で落ち着いて眠る事の出来ないザードは、テントから少し離れた場所で一人野営をしていた。しかし、この季節は朝になると朝露が落ち服が濡れてしまう為、目覚めは良いものではない。それでも見知らぬ野郎と雑魚寝をするよりマシだと割り切り、我慢をしていた。

(こんなストレスの溜まる仕事させやがって・・・これなら、最前線で一人で戦ってる方がまだマシだ・・・)

 そう思い、ザードは顔も名前も知らぬ依頼人を呪う。最も、報酬に釣られて依頼を引き受けてしまったのは自分自身なのだが。そんな事を考えていると、窓際に座る傭兵達が遠くの景色を眺めながら騒ぎ出した。

 どうやら目的の村へ着いたようである。



 そこは何の変哲も無い、街道沿いにある小さな村だった。

 ザード達はトラックから降ろされ、何やら偉そうな兵士にここで待機するよう命じられた。トラックに乗せられて来た傭兵と兵士達は、トラックの座席に戻ったり、地面に腰を下ろし談笑を始める。

 ザードは背伸びをしながら長閑な農村風景を見回す。なだらかな丘がどこまでも続く静かな村である。物々しい雰囲気を醸し出す自分達の存在がとても不釣り合いに見えた。この場に居ても居心地が悪いだけなので、ザードは少しの間、村を見て回る事にした。


 とはいえ、どこを歩いても同じような造りの家や、似たような稜線を描く丘ばかりでザードは早々に飽きてしまった。目前にこの周りで一番高い丘の天辺が見えていたので、とりあえずそこまで歩いてから隊へ戻ろうと考える。

「・・・へぇ」

 ふと、ザードが振り返ると、今登っている丘から、村全体を高い視点から見渡す事ができた。手前にはここまで歩いてきた緩やかに曲がる小道と、同じ建築様式の家々が並び、その周りは何も無く、ただひたすら何処までも広がる緑の丘陵地帯。絶景と呼べるかどうかは分からないが、これだけ開けた風景は心地の良いものだった。暫くその景色を眺めた後、丘の反対側の景色も気になり、ザードは再び丘を登り始めた。


 歩みを数歩進めた所で、不意にザードの足が止まった。

 歌が、聞こえる。

 女の声。とても綺麗な声だと、ザードは感じた。目の前の丘には一本だけ大きな木が立っているのだが、歌声の主はその反対側に居るようだ。別に行く先に誰が居ようが構う事は無い、と思いつつも、ザードは何となく足音を忍ばせて坂を上る。

 大きな木の反対側に居たのは、ザードより少し年下、16、7歳くらいの少女であった。ザードが歌声から連想した姿より、ずっと幼い姿をしていた。芝の上に腰を下ろし、目の前に広がる丘陵を眺めながら歌を歌っている。

 つい、少女の歌声に聞き入ってしまったザードは、段々と覗き見をしているような気分になってくる。ここで立ち去るのも声をかけるのも不自然だと思ったザードは、代わりにわざとらしく、くすん、と鼻を鳴らした。

 びく、と肩を震わせ、少女がザードに振り向いた。

 ザードと少女の視線がぶつかる。歌っていた所を見られたのが恥ずかしかったのか、少女が顔を赤らめた。



「・・・悪い、邪魔したな。

 気にせず続けてくれ」

 ザードが頭を掻き、そっぽを向くと、

「そう言われても、改めて知らない人の前で歌うなんて恥ずかしいですよ」

 少女は困ったような顔で笑った。

 見知らぬ人間に向ける表情にしては、屈託のない笑顔だった。


「こんにちは。旅の人ですか?」

 少女が長いスカートを払いながら立ち上がった。

「まぁ、そんなところだ」

「何も無くて退屈な村でしょう?」

「あぁ。いや、でも、この景色を見たら、そうでも無いって気になったよ」

 ザードは少女が眺めていた草原を見渡す。予想通り何も無く、どこまでも、どこまでも続く丘。空気が澄んでいて、遠くの稜線まではっきりと見えた。

「そうですか。私も、ここからの眺めが大好きなんです」

 自分と同じ思いの相手である事が嬉しかったのか、少女は軽く身を揺らして喜んだ。しかし、その表情はすぐに寂しげに曇る。

「・・・私、今日から暫く村から離れるんです。だから、この大好きな景色を最後に見ておこうと思って・・・」

 その言葉にザードは、おや? と首を傾げた。まさかとは思いつつ少女に尋ねる。

「ひょっとして、この村からエベネゼルまで護衛つきで招待される客人って・・・」

 少女も、ザードと同じように驚きの表情を浮かべた。自分の予想が当っていた事を確認するとザードは親指で村を指し、

「エベネゼルの護衛隊は、とっくに村に着いているぞ。肝心のアンタがこんな所に居ていいのか?」

「も、もうそんな時間ですか・・・!?」

 サードの呆れた声に、少女は足元に置いたバスケットを開け、その中にある懐中時計で時間を確かめた。少女の顔が強張る。

「ごめんなさい、私、もう行きますね!」

 一方的にそう言うと、少女は丘を駆け下り始めた。そして一度足を止めて振り返り、

「私、レナ = アシュフォードと言います! よかったらお名前を教えて貰えますか?」

 少女、レナの問いかけに、ザードは呆れた表情で肩をすくめて言った。

「あんたの護衛その1だ」

 きょとん、と、レナの表情が呆けた。


「エベネゼルには、何の用事で行くんだ?」

 村に戻る道すがら、ザードはそれとなくレナに聞いた。雇われの身である以上そのような情報は耳に入ってこないので、自分の置かれた状況を確認することの出来るチャンスだと思った。

 エベネゼルではない、あの依頼書を送ってきたザードの本当の依頼主は、恐らくザードにこの仕事をさせる為、ゲイルに依頼を持ちかけたのだろう。依頼内容は、"エベネゼルに雇われ、護衛の仕事を受けろ"というものであったが、直接的な依頼内容は、"この少女を守れ"という事で間違い無い筈だ。

 では何故?

 何故、このような回りくどい依頼をするのか?

 ザードは依頼主から"護衛の仕事を受けろ"と指示を受けただけで、何故その必要があるのか、ザードがこの仕事を受ける事によって、依頼主にはどのようなメリットがあるのか、全く知らされていない。

 護衛の仕事をこなす上で必要な情報では無いのかもしれないが、この少女に自分を始めとする十数人もの護衛が必要な理由に、ザードは興味があった。

「詳しい事はお話出来ないのですが・・・

 エベネゼルの方々から、わたしのオリジナルの術を解析したいという申し入れがあったのです」

「それは・・・鬱陶しい話だな」

 個人の魔導士がオリジナルで作り上げ、魔導式として成立している術には、どんなものでもそこそこの価値を持つ。それをわざわざ他人に教えるという事は、自分の手の内を晒してしまう事であり、当の魔導士にとっては面白い話では無い筈だ。

「私は村で魔法医をやっているのですが、私が村を出ている間もエベネゼルからの魔法医を派遣してくれるという事でしたし、術の解析に協力すれば、村への配給や駐留する兵隊さん達の数も増やしてくれるという事だったので」

 レナの言葉に、ザードは気の無い相槌を打つ。レナは話を続ける。

「村から5日ほど歩いた国境では、隣国の侵攻が激しくなっていると聞きました。村でも食べ物にも困り始めているんです。

 ですから、私がエベネゼルへ協力する事で、少しでも村が豊かになるのなら、その労力は惜しみません。

 それに、私の術で、もっとたくさんの人を助ける事が出来るなら、その機会を与えてくれるエベネゼルには感謝をしたいくらいです」

「ふぅん。立派な事で」

 ザードの素っ気無い返事に、むっとした表情を浮かべるレナ。

「正直、理解できないな。

 どんな術かは知らないが、自分で技法を本にしたり、技術を独占すれば金になる話だってのに。せっかくの儲けの種を他人の為に不意にするなんて、勿体無い話だ」

「村のみんなは私の家族も同然です。他人なんかじゃありませんよ」

 ザードは眉間にしわを寄せる。家族、という言葉に思う所があったのだ。

「あなたは、家族へ水や食べ物を分け与えるのを、勿体ないなんて思うんですか?」

 レナの言葉に、反射的に悪態をつこうとしたものの、ザードはその言葉を飲み込み、溜息を吐く。

「・・・良く分からない。ずっと、一人だったからな」

 今のザードには家族と呼べるものはいない。いた事もあったが、それは昔の話だ。仲間という関係は幾つか持っていたが、その関係は"利害"で結ばれているものが殆どで、家族のような結び付きとはまた違っているように思われた。ザード自身、普通の人間が当たり前に持つ感情の幾つかを持ち合わせていないという自覚はあった。

 レナは少し視線を落とし、謝る。

「すみません・・・悪い事を聞いてしまいましたね」

「別に、そんな事はないよ」

 二人は暫く小道を歩き、頃合を見計らい、ザードは一番肝心な疑問に触れた。

「そのオリジナルの術って、どんな魔導なんだ?」

「それは、教えられません」

 レナは困り顔をしながらも、きっぱりと答えた。


 レナが村を抜け出していた事で村では少々の混乱はあったが、予定通りにザード達のトラックは村を出発する事が出来た。

 村で唯一の魔法医であったレナは村人達からの人望も厚いようで、予定では一月少々で帰ってくると分かっているのに、村人達はまるで今生の別れと言わんばかりにレナを見送った。彼女は困ったように手を振っている。

「よっぽど村人達から好かれてるんだな・・・」

 ザードはトラックの窓からその様子を眺め、何と無しに呟いた。

「家族・・・ね。」

 不意に、レナと視線が合った。

 彼女はザードに向い軽く頭を下げる。無視するわけにもいかず渋々と手を振り返し、トラックの奥へ引っ込んだ。


「さてと、これから何が起こるのか・・・楽しみだな」

 ザードは枕代わりにしていた鞄の中の仕事道具を確認をする。

 依頼主がどういうつもりかは知らないが、ザードをこの護衛団に紛れ込ませたという事は、依頼主はかなりの確立で護衛団への襲撃がある事を確信しているのだろう。

 ザードの仕事はここからが本番である。


 そしてシスター・レナを迎え入れた護衛団はエベネゼルへ向けて来た道を引き返し始める。

 しかし彼女が故郷に帰って来る事は無かった。

 その後、彼等の中で後再びこの地を訪れる事が出来たのは、ザード=ウォルサムただ一人のみだった。

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