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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第四部
36/79

第35話 依頼書

「ミルフィスト軍からの依頼で、レオニール侵攻の先陣を率いて欲しい・・・・

 依頼料は300万」

「ここから遠い。断る」

 ザードの即答に、ゲイルは次の依頼書をめくる。

「・・・ルゴワールからの依頼で、某国の要人暗殺。依頼料150万」

「安い。却下。なめてんのか?」

 ゲイルは口元をひん曲げ、次の依頼書をめくる。

「・・・・オーランド軍からの依頼で、国境付近に駐留するベクタ軍を潰して欲しい。駐留してる敵の数は8千」

「8千を俺一人で片付けろって事か? 買い被り過ぎだろ・・・

 無理だ。俺が一度に相手出来るのは一千が限界だ」

 ソレも常識外れだろうと思いつつ、ゲイルは次の依頼書をめくる。

「・・・オルガニア軍の正式な筋からの依頼で、隣国との国境警備に力を貸して欲しい・・・

 依頼料は一日あたり50万出すそうだ。

 危険も少なそうだし、依頼料も破格だ。こいつを逃すテは・・・」

「退屈そうだな。守る仕事は性に合わない」

「じゃあどんな仕事がいいんだよっ!!」

 依頼書を放り投げ、ゲイルが怒鳴った。


 どこの戦場からも離れた、比較的平和な街の宿にザードとゲイルは宿泊していた。二人は拠点を持たず、流れの傭兵として各地を飛空挺で飛び回っていた。傭兵として戦うのはザード、ザードへ仕事を運んでくるのがゲイルの仕事であった。

「次の仕事欲しいって言うから、依頼集めてきてやったのによー・・・

 お前、最近調子乗ってるだろ。最初はどんな仕事でも引き受けてたクセによ。

 お前のワガママに合わせて仕事取って来るのも大変なんだからな?」

 そう言ってゲイルは冷えた酒瓶をあおった。

「じゃあ、一緒に仕事するの辞めるか?」

 あっさりとドライな事を言い放ち、ザードは床に散らばった依頼書を拾い始めた。その言葉に、やさぐれていたゲイルの表情が、少しだけ真面目な顔つきに変わる。

「いいや。お前のような金ヅルは、なかなか居ないからな。手放すつもりはねーぜ」

 指を立て、悪そうに、にやりと笑うゲイルに、ザードも同じような笑みを返す。


 傭兵の仕事とは言っても、彼等のしている事は普通の傭兵業と違っていた。

 何せザードは戦場の伝説にもなりつつある、"月の光を纏う者" である。

 突然戦場に現れ、人間業とは思えぬ力を振るいたった一人で敵軍を壊滅に追い込む謎の剣士。何処かの勢力に意図的に肩入れする事は無く、その行動基準は全て依頼料によって決まる。昨日雇われていた国に、今日は敵として剣を振るう事だってある。世間ではまだ噂の域を出ない存在だったが、軍の上層部や裏の世界を詳しく知る者にとっては、"月の光を纏う者" は確かに存在する人物と認識されていた。

 "月の光を纏う者"は、戦場以外に一切姿を現す事は無い為、彼へコンタクトを取る唯一の方法は、とある情報屋を経由するしか無いと言われている。そしてその情報屋、ゲイルの手元には、独自の情報網から"月の光を纏う者"の力を必要としている者達の依頼が舞い込むようになっていた。

 こうしてみるとゲイルはザードを上手く利用し、自分は戦わず楽をして儲けているようにも見えるが、彼もザード以上に危険な橋を渡りながら旅をしている。

 なにせ、"月の光を纏う者"の力を欲する者や、また恨みを持つ者は星の数ほど居るのだ。それら全ての意識をゲイルは一人で受け止め、あるいは回避し、必要と判断した接触のみをザードに繋げているのだ。こうして街の安宿に何食わぬ顔をして宿泊しているのも、今も血眼になってザードを追っている者達の目を眩ませ、掻い潜ってきたからこそできる事だ。

 数日に一度、数百という人間を相手に戦うザードに対して、ゲイルは毎日情報戦という形で何千、何万という人間の意識と戦っているのだ。

 こうして互いを補い合う形で、ザードとゲイルは数年前から一緒に戦場を渡り歩いていた。


「大体、ザードは俺に対して感謝の気持ちが無さ過ぎる。

 お前の腕に見合った仕事なんて、俺くらいの情報網を持つ情報屋じゃないと、こんなに集められないぞ。

 お前に恨みを持つ奴が、お前の居場所を見つける事が出来ないのも俺の流してる偽情報のお陰なんだからな?」

 腕を組み偉ぶったゲイルの主張に対して、

「感謝してるよ。ありがとう、ゲイル」

 ザードは愛用の銃の手入れをしながら上の空で答えた。ゲイルはわざとらしく舌打ちをすると、呆れた様子で自分の部屋へと戻って行ってしまった。ザードは、" 何が気に入らないのだろう? "と言った様子で、首を傾げる。


 一通り自分の得物の手入れを終え背伸びをしたザードは、足元に広がった紙片を拾い上げる。ゲイルが放り出した依頼書だ。

 一枚づつ拾い上げ何の気なしに眺めていると、確かに先程ゲイルが読み上げた依頼以外は条件や場所が今ひとつで、ザードも引き受ける気になれないものばかりであった。

 その依頼書の一枚にザードの目が止まった。

 報酬や仕事内容は、ゲイルに無視されても仕方の無いような依頼内容である。しかし、ザードはその依頼の報酬に目を奪われた。

 暫く考え込むように依頼書を睨んでいたザードだったが、意を決したように立ち上がりゲイルの部屋のドアを叩いた。ドアからふてくされた顔を覗かせたゲイルに、ザードは依頼書を見せながら一方的に言い放った。

「ゲイル、この依頼、受けるぞ」



 ほんの偶然だった。

 普段、依頼書の選別はゲイルに任せきりで、ザードがそれに目を通す事など殆ど無い。

 ほんの偶然、気まぐれで見た依頼書の束。

 ほんの偶然、目に止まった一枚の依頼書が。

 全ての、始まりだった。



「絶対怪しい。絶対担がれてるよお前・・・」

「かもな。だけど、こんな報酬を書かれちゃ、無視は出来ないさ」

 数日後、ザードとゲイルは、宗教国家・エベネゼルの城下町を歩いていた。

 ゲイルの憮然とした表情の理由は、ザードが受けると言い出した依頼が、あまりににも胡散臭い仕事だからである。

 依頼内容は、"エベネゼルの王宮に傭兵として雇われ、とある護衛の仕事を引き受ける事"。

 依頼主が何の為にザードをエベネゼルに送り込もうとしているのか。全く依頼の意図が読めない仕事である。無論雇われる身である以上、雇い主の意図を雇われる側が詮索する事はルール違反なのかもしれない。普段の彼等ならば、雇い主の意図が読めないような怪しい仕事は鼻から引き受けない。しかし、ザードは依頼書に書かれた依頼者の肩書きと、その報酬を見て、この依頼に興味を持った。

「あのエルカカ民族の伝説に残るような、魔法剣が報酬だぞ。

 それに、依頼主はエルカカの長なんだろ?」

「あぁ、俺の調べた限り、依頼主の素性はそれで間違いなさそうだ。俺が心配してるのは、その剣のお宝がマジで存在してるのか、あとそいつの価値はそれなりのモノなのかって事だ」

「もし報酬が本物なら、この依頼を無視する事は出来ない。それに、俺を担いだらどうなるかなんて、俺を知る奴なら分かってるだろ?」

 そう言って、凄みの効いた笑みを見せるザード。

「おぉ、怖い。

 で、そのお宝ってのはどんなモンなんだ?

 俺は魔導に関する知識が無いからピンと来ないんだけどよ」

 ザードは視線を少し上げて、記憶を探りながら話す。

「"ノア"と呼ばれる魔法剣。俗な呼び方じゃ、マインドブレイカーとも呼ばれている。

 相手の体を傷つける事無く、精神のみを破壊する剣だ。言い方を変えれば、殺す事無く相手を倒す事の出来る剣、だな。

 今より魔導文明が栄えていた古代に量産されていた剣だという話だが、現存しているものは少ないらしい。俺が知る限り、もう何十年も世間に姿を見せたという情報は無いな。それと・・・」

 "ノア"という魔法剣について知りうる限りの知識をゲイルに伝える。しかし彼の耳は、"魔導文明が栄えていた古代に~"の辺りから、完全に聞き流していた。ゲイルは手をひらひらと振って、

「あぁ、もういいよ。

 ま、お前が興味を持つ依頼なんて稀だしな。たまにはこんな仕事もいいだろ」

「悪いな、我侭言って」

「んな事より、その剣はちゃんと高値でさばけるんだろうな?」

「売らないよ。殺す事無く相手を倒せる剣だぞ。こんな便利な物は無い。

 相手を殺さずに済むのなら、それに越した事はないしな」

 ザードのその一言に、ゲイルは驚いた。

 金に変える気が無いという点ではなく、相手を殺さずに済むなら、という点に対してだ。

「幾千もの人間を斬り倒してきたお前に、そんな思いがあったなんて驚きだな・・・。

 俺はてっきり、殺しを楽しんでるのかと思ってたぞ」

 ザードは一瞬、むっと顔をしかめるが、

「・・・どうだろうな。自分でも良く分からない」

「じゃあ聞くけどよ、お前、何の為にこんな事してるんだ?

 金のためか? ただ暴れたいだけなのか?」

 ゲイルの問いにザードは暫く空を見上げ、

「分からない。

 最初は生きる為に戦ってただけだったのに・・・。

 いつの間にこんな風になっちまったのかな」

 自分の在り方に疑問を感じているような台詞だが、ザードはそれをまるで他人事の様な口調で呟いた。


「さてと、じゃあ行って来るよ」

 ザードはエベネゼル城の城門前で、ゲイルと別れる。彼の手には、依頼主が送ってくれた、エベネゼルへの紹介状が握られていた。本物かどうかは分からないが、この紹介状を見せればエベネゼルの傭兵としての試験を受ける事が出来るらしい。もちろん、今回はザードの素性はエベネゼルには秘密である。

「一応言っておくが・・・やりすぎるなよ」

「あぁ」

 ゲイルの忠告に手を上げて答え、ザードは城門の奥へと消えた。

 その1時間後。傭兵としての紹介状を衛兵隊長に見せたザードは実技試験としてエベネゼルの兵士と手合わせをした。

 ザードは、対戦相手に "女のような奴だ" とからかわれた事に腹を立て、相手を徹底的に叩きのめした。ついでに、仲間の仇といわんばかりに襲い掛かる兵隊達も全員薙ぎ倒し、乱闘を止めに入った者までも薙ぎ倒し、ザードは必要以上に圧倒的な強さを誇示してしまった。

 結果その強さを買われ、晴れてザードはエベネゼルお抱えの傭兵としてかなりの依頼料で雇われる事となった。

 "月の光を纏う者" としての依頼料と比べれば、微々たるものではあったが。

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