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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第三部
31/79

第30話 逃れられぬ罪業

 エアニス達の乗ったボートが船着場に戻った時には、もう日が暮れ始めていた。

 何事も無かったかのようにボートの返却手続きを終え、その後市場で今晩の夕食と、旅で必要となる消耗品等を買い込み、4人は他愛の無い雑談を交わしながら帰路に就いていた。

「やー、いい買い物したわ。この魚、エベネゼルで買ったら3倍の値段はするわよ」

「あそこは内陸地ですからねぇ。エベネゼルで魚介類を口にする機会は少ないのですか?」

「少ないわねー。食べる機会があっても、鮮度が落ちててあまり美味しくないのよね。レイチェルは??」

「エルカカには大きな川と湖があったから、そんなに珍しくないかな。海の魚は珍しいけど。

 それにしてもチャイム、こんなに食材買ってどうするの?」

 4人の両手には沢山の買い物袋が抱えられていた。その半分近くは肉や魚などの食材である。

「どうするって、料理するに決まってるじゃない。エアニス達の部屋にはミニキッチンがあったわよね。

 アンタたち、あたしの料理の腕見せたげるから覚悟なさい。あ、レイチェルは手伝ってね」

 ここで、一人黙り込んでいたエアニスがため息をついた。

「・・・信じられるか?

 こんな平和な会話をしてるのに、俺の鞄にはこの街を吹き飛ばせるような爆弾が収まってるんだぞ・・・」

『・・・・』

 現実逃避していた3人が、エアニスのつぶやきで現実に引き戻された。

「あり得ねーよ、なんで偶然海の底から核爆弾拾って来れるんだよ。

 チャイム。いい加減お前のトラブル体質は神がかっている。一度、マジで御払いしてもらった方がいい」

 チャイムは乾いた笑みを浮かべるだけで反論が出来ない。チャイム自身も最近は何かに憑かれているのではないかと思う程、非常識なトラブルに巻き込まれ過ぎていると感じているからだ。

「さっさと海に捨てちまえばいいのに、なんで俺がこんなモノ持ち歩かなきゃならんのだ。

 まさか、このまま部屋に持ち帰るつもりじゃないだろうな?」

「そのつもりですけど?

 ゴミ箱に捨てる訳にも行かないでしょう」

「その方がマシだ。どうすんだよ。こんな複雑な爆弾、解体出来るのか?」

 トキは眉間に指を当てて暫し考え、

「あ、チャイムさん。パイナップルがありますよ。デザートにどうでしょう?」

 エアニスを無視し、果物の並ぶ露店を指差した。馬鹿らしくなったエアニスは、ここで会話を打ち切る事にした。

 宿代わりの病院へ着き、エアニスは一人であてがわれた病室へ向っていた。他の3人は食堂で足りない調理器具の調達へ向かい、エアニスは一人で荷物運びをさせられていた。

「ん・・」

 エアニスの進む先のベンチに、あまり顔を会わせたくない相手が座っていた。白衣を羽織ったクラインは妙に疲れた表情でエアニスに手を振った。

「・・・何だ。ひどい顔してるな」

「えぇ、また街で爆発事件がありましてね。怪我人がウチへ運び込まれて来たんです。つい先程まで治療に当たっていましてね・・・

 そうだ、煙草、頂けますか?」

「病院内は禁煙じゃないのか?」

「このフロアの責任者は私です。許可しますよ」

 エアニスは苦笑いをして自分の煙草のケースを渡し、ついでに昨晩クラインから借りた銀のオイルライターも手渡した。

「綺麗だな、このオイルライター。少し欲しくなったよ」

「・・・気に入られたのなら差し上げますよ?」

「要らねーよ。こんな、"探索"の魔導がかかったライターなんて」

 エアニスの言葉にクラインは驚き、思わず咥えた煙草を落としてしまう。

 "探索"の魔導。要は、魔力を込めた対象物の現在地や、持ち主の状態を術者に伝える、魔導式の発信機である。

 昨晩、クラインは"探索"の魔導を仕掛け、エアニスにオイルライターを貸し与えたのだ。

「いつ気付かれたのですか?」

「受け取った時からだ。

 なめるなよ。何のつもりだ」

「自分の教え子が、伝説になるような殺戮者と一緒にいるんです。普通は気になるでしょう?」

「・・・何の事だ?」

 クラインが自分をどう見ているのか知りつつ、エアニスはシラを切って見せる。

「あの子は、あなたの素性を知らないのですね?」

 クラインは落とした煙草を拾って、再び咥えなおした。

「・・・そろそろ行かせて貰うぞ。早く戻らないとチャイム達がうるさいからな」

 エアニスにとっては、これ以上クラインの話を聞きたく無かった。クラインはエアニスの素性に気付いている。知らないフリもこれ以上続けるには限界があり、愚痴をこぼしながらもエアニスはこの場をどう切り抜けようかと必死に考えていた。

 クラインはエアニスの言葉を無視し、不意に自分の服をまくりあげ、エアニスに自分の胸を見せる。

「!」

 驚き目を剥くエアニス。

 クラインの胸の右側に、大きな刀傷がついていた。傷跡は胸の前面だけではなく、背中にまで繋がっている。即死していても不思議では無い怪我であっただろう。

「2年前、エベネゼルの宮殿であなたに斬られた傷です。

 あなたは覚えていないかもしれませんが、私はあなたの顔をしっかり覚えているんですよ」


 クラインの言葉に不思議とエアニスは驚きを感じなかった。

 正確には、クラインの言葉を理解する事を、頭が拒絶していた。ただ、全身の血が引いて行く様な冷たい感覚と、どうしようもない罪悪感が胸に広がる。

 2年前。自分の大切な人を奪ったエベネゼルへ報復する為、たった一人で宮殿に乗り込み何人かの高官と、自分の邪魔をする人間を斬り殺した、あの夜。忘れたい過去の一つだが、今でも鮮明に覚えている。

 気付くと、足が震えていた。さっきまで、この場をどう誤魔化そうかと必死で働かせていた頭も、完全に止まっている。

「あ、エアニスさん!」

 不意に背後から名を呼ばれ、飛び上がるエアニス。

「な、なんだ、レイチェルか。どうした?」

「チャイムに、エアニスさんを探して来いって言われて・・。

 チャイム怒ってますよ。料理の食材持って、どこほっつき歩いてるんだーっ、て」

「あ ・・・」

 レイチェルは頭から角が生えるようなジェスチャーを見せる。それほどチャイムは怒っているらしい。


「エアニスさん?

 少し、顔色が悪いみたいですけど・・・」

「あぁ、ちょっと疲れたかもな。大丈夫、行こうか」

 そう言い、エアニスは床に置いた荷物を持ち上げる。そして、言わなければならない言葉を小声でクラインに伝えた。

「・・・すまなかった」

「!」

 たった一言、しかし、エアニスがクラインの言う事を認めた証。

 まだ問いただしたい事は沢山あったが、思っても見なかったクラインは何故かエアニスを引き止める事ができなかった。



その晩。エアニス達は夕食として、チャイムの作った手作り料理を囲んでいた。

「これはまた・・・驚きましたね」

「・・・おいしい。凄く」

 トキとレイチェルは目を丸くしながらチャイムの料理に舌鼓を打つ。

「うんうん、当然よ。こんだけ良い食材をあたしが料理したんだからねー」

 得意満面で頷くチャイム。テーブルに並んだ多種多様な料理。盛り付けや野菜切りなどはレイチェルも手伝ったが、調理は全てチャイムの手によるものだった。

「チャイム、凄いわ。こんなに沢山レシピ知ってるなんて」

「いやいや~」

「このパエリアなんで絶品ですね。いやはや、人は見かけによらないと申しますが・・・」

「そこのメガネ一言多い」

 チャイムにパエリアの皿を奪われ、トキは悲しそうな表情を見せた。

 ふと、黙々と食事を進めるエアニスに視線が止まる。もともと無口なエアニスだが、先程から一言も感想を言わない事にチャイムは不機嫌になる。

「ちょっと、エアニスも何か言いなさいよ。ね、おいしい??」

「・・・」

「・・・ちょっと・・・コラ。」

「あ?」

 チャイムに頭を鷲掴みされて、ようやくエアニスは返事をした。どこかうわの空といった様子だ。そんなエアニスをレイチェルが心配する。

「エアニスさん、さっきクライン先生と話していた時も顔色が悪かったですよ。

 先生に見て貰っていたんですか?

 体調、悪いんですか?」

 レイチェルの心配顔に迫られ、思わず仰け反るエアニス。

「そんな事無い。俺はいつもこんな調子のつもりだけどな。心配いらない。ありがと。

 料理も美味いよ。凄いな、チャイムは」

 妙に穏やかで素直な笑顔に、チャイムとトキは口を歪めた。

「・・・エアニスが変です」

「・・・確実に変ね。エアニス、アンタ熱でもあるんじゃないの?」

「・・・今の俺の台詞、どこか変か?」

「台詞自体は普通だけど、アンタが言うと違和感バリバリなんだけど」

「・・・そう、か」

 そこで会話が途切れてしまう。エアニスは黙って食事を進める。エアニスを除く3人は互いに顔を見合わせた。チャイムは心配そうな顔でエアニスに向き直る。

「エアニスー、ホントに大丈夫? あたし本気で心配になってきたんだけどさ・・・」

 チャイムの言葉を聴きながら、エアニスは別の事を考える。

 ついクラインに言ってしまった "すまない" という言葉。自分が傷つけた相手を、いい加減な言葉で誤魔化そうとするほど、エアニスは自分の罪を軽く受け止めてはいなかった。

 人の命に価値を感じなかった、かつての自分。

 その自分に命の価値を教えてくれた彼女。

 その彼女を奪ったエベネゼルの高官達。

 自分の罪。

 クラインとの会話の後から、エアニスの頭の中では忘れていたかった過去の出来事が次々と巡ってゆく。

 認めてしまったのだ。もう無理に隠すことも無い。クラインに、そしてチャイムやレイチェルにも、自分の素性を明かしておくべきだろうと、エアニスは考えてした。しかし、それでもエアニスは恐れていた。

 もし俺がクラインを斬った事をチャイムが知ったら、チャイムは俺を許すだろうか?

 もし俺が宮殿で斬り殺した人間の中に、チャイムの友人や、仲間が居たら、

 チャイムは、  俺を、

 とても食事のできる気分では無かった。まるで大きな氷塊を胃に押し込まれているようだ。


「そうそう、例の爆弾の件ですけど」

 不意にトキが話題を変える。エアニスは軽く頭を振り、皆で抱えている問題に頭を切り替えた。

「僕とレイチェルさんで調べたのですが、ちょっと、解体は僕達の手に負えるものではなさそうですね。

 僕も爆弾の知識はそれなりに持っているのですが、レイチェルさんの見た目では、どうも爆弾の制御には魔導技術も取り入れられているようです。流石に魔導は僕の専門外でして、正直解体できる自信がありません。

 で、どうするかという話ですが、軍に引き渡して賞金を頂きますか?

 それとも、誰も見つけられない場所へ、捨ててしまいますか?」

 トキの問い掛けに、3人は押し黙る。やがてエアニスが口を開いた。

「・・・捨てよう」

「えぇええ!!800万の賞金が懸かってるんじゃないの!!」

「そうなんですけど・・・この爆弾を欲しがっている人は沢山居る筈なんですよ。

 適当な役所や軍の基地へ渡しに行っても、この爆弾がちゃんと処分される かどうか信用出来ないのです。いいとこオーランド軍に横取りされるか、兵器会社に売られるか、ヘタをすれば犯罪組織に流れて行くかもしれません」

 まぁ、僕達の知った事ではないのですがね、と不要な一言を付け加えトキは黙る。

 街を一つ消し飛ばす程の爆弾。そのようなものはベクタが開発した、この"イヴォーク"以外に存在しない。よって"イヴォーク"の仕組みや構成を知りたがっている者は沢山いるのだ。

「何者かは分りませんがイヴォークを狙っている者がいた以上、少なくともこのオーランド領内で捨てるのは辞めた方がいいですね。もう暫く南の、ロナウ山脈を越える時、山の中にでも捨てますか」

「いや、捨てるなら海だろ。

 ってか、ひょっとして何か。ただでさえ"石"をルゴワールや、あの魔族の二人組みに狙われてるってのに、今度はその爆弾を欲しがってる奴からも狙われるようになるって事か?」

「まぁ、今更大して変りませんよ」

「えー・・・そーかなー?」

緊張感の無い声で、料理に手を伸ばすチャイム。その様子はどこか他人事のようだ。それを見たトキは、やっぱりチャイムさんはエアニスに似てきましたね、と思うのだった。

「それにしても、一体誰がどこからこんな物を手に入れてきたんでしょうかね」

トキは肩をすくめ、床に転がる爆弾ケースを爪先で蹴飛ばした。



 そして、オーランドシティでの2度目の夜。

 真夜中。エアニスが突然身を起こした。それに僅かに遅れ、トキも身を起こす。

「んー・・・お客ですか?」

「みたいだな」

 トキは眠そうに、エアニスは眠そうではないものの、面倒くさそうに囁く。部屋の外に数人の人間の気配がした。扉越しに伝わる気配に特別な物は感じないので、大した相手ではなさそうである。

「お目当ては石か、爆弾。どっちだと思う?」

「石だったらこの部屋には来ないんじゃないですか?」

 エアニスのベッドの横には、例の爆弾ケースが無造作に転がっていた。エアニスとトキは枕元の短銃を手に取り、扉へ向けた。夜中の病院という場所に気を遣い、迎え撃つ側にも関わらず銃にサイレンサーを取り付ける余裕ぶりである。

 しかし。エアニスは、扉の向こうから放たれる殺気の中に、"確信"という意識が込められている事に気付いた。

「・・・!

 やば・・・!」

 猛烈に嫌な予感が走り抜けた。

 エアニスが感じた殺気は、敵が "確実に相手を倒せる" と思っている時に発する、驕りにも似た殺気だった。この状況でこの殺気を向けられた時の展開に、エアニスはおおよその見当がついた。

 エアニスは爆弾のケースとトキの襟首を掴み、窓ガラスを叩き割って外へ飛び出した。 次の瞬間、扉を突き破り何かが部屋の壁に突き刺さった。

 バヴン!!

 窓を飛び出したエアニス達の背中を爆風が押し出す。3階の窓から飛び出したエアニスとトキは、そのまま大きな木に突っ込み、枝に引っかかりながら地面へ落ちた。

「・・・あ、ちょっと僕、久し振りにアタマに来ました。僕達の荷物、吹っ飛びましたね。あれは」

 トキは木の葉まみれで仰向けに横たわり、煙と炎を上げる部屋を見つめた。



「ケースはどこだ、もっと良く探せ!!」

 エアニス達の部屋に炸裂弾を打ち込んだ5人組の男達は、焼け焦げて滅茶苦茶になった部屋を掻き回していた。男達の様子には落ち着きが無く、部屋で眠ってい た相手の姿が消えている事にも気付かず、必死で家捜しを続ける。しかし、目当てである爆弾の詰められたケースは見当たらなかった。

「何してんのアンタたち!!」

 隣の部屋から、寝間着姿のチャイムがボーンクラッシャーを片手に駆け込んで来た。扉の前にいた男が反射的にナイフを片手にチャイムに襲い掛かる。しかしチャイムは慌てず一歩引き、横薙ぎの一撃で男の左あばら骨を叩き折った。

「このっ・・・取り押さえろ!」

 残りの男達が同時にチャイムへ飛び掛る。チャイムはさらに後退し、狭い扉から一度に出てこようとする男達へ向けて、剣を振るう。チャイムは襲い掛かる相手 を一人ずつ、顎を、肩を、胸を叩き、男達の自由を確実に奪ってゆく。ものの十数秒で、男達は気を失い、または骨を砕かれ、まともに動けなくなってしまった。

「私の出る幕無かったね」

 手を出す暇も無く終わった戦いを見届け、レイチェルは魔導で作り出した氷の霧で僅かに部屋に残る炎を消し止めた。

「あいつらは・・・?」

 部屋を爆破されたとは言え、エアニスとトキの事である。無事でいるだろうが、姿が見えなかった。とりあえずチャイムは、部屋の焼け焦げたシーツを裂き、それで男達の手足の自由を奪った。

「アンタ達、何者よ。あたし達に何の用?」

「とぼけるな! イヴォークを持ち逃げしたのは貴様等だろ!」

 チャイムに見下ろされた男は痛みに顔をしかめながら叫ぶ。

(・・・うわ、マジで核爆弾だったんだ・・・)

 心のどこかで、トキの話が間違いであって欲しいと願っていたチャイムとレイチェルだったが、どうやらトキの目と知識は確かだったようだ。

「そーよ。アンタ達はあれを何に使うつもりだったの。話によっては返してあげてもいいわよ」

 そんなつもりは欠片も無かったが、上からモノを言う場合は下の者に甘さや妥協を見せる事で話が上手く進む場合がある。因みにこの知識はエアニスを見て学んだ物だ。

「俺達は、大戦後の混乱に乗じてこの町の土地を占領し、観光地にしちまった金持ち共と戦っているんだ!

 あれは俺たちの土地を奴等から取り返すための、脅しの道具だ!!」

 男の口上に、チャイムとレイチェルは顔を見合わせた。そして、チャイムは弾かれたように、昨日の事を思い出す。

「・・・観光ホテルばかり狙う爆弾テロ集団って、アンタ達の事?

 昨日の宿の爆発も、あんた達の仕業?」

「そうだ・・・。

 昨日だって奴等は俺達の要求を無視した、俺達に返す土地も金も、一切無いと言いやがった、だから・・・」

がつっ!

 チャイムは思わず男の鼻面を殴りつけていた。そのまま襟首を掴み、床に押し付ける。

「爆発に巻き込まれた子供が死にかけたのよ!!

 どういう理由であれ、そんな事が許される筈が無いでしょう!!」

 チャイムの激昂を見たレイチェルは、思わず身を竦ませる。しかし、殴られた男の方は違った。

「貴様に何が分かる!!

 戦争が終わって故郷に帰ると、自分の居場所が余所者に奪われているんだぞ!!

 俺の家族も、今じゃ町外れのスラム暮らしだ。奴等が大人しく俺達の土地を返せば、こんな事をする必要も無いんだ!!」

 尚も男は反論をする。男の事情も分らない事はないが、だからといってそれが正当だと認める気は無い。チャイムは再び拳を振り上げる。しかし、その拳は振り下ろされる前に誰かの手で包まれた。

「よせ、時間の無駄だ」

 いつの間にか背後にエアニスが立っていた。そのエアニスの冷静な声に、チャイムも相手に腹を立てる事が馬鹿らしく感じてしまった。力なく振り上げた拳を下ろし、小さく溜息をつく。

「なるほど、この町の爆発事件にはそんな背景があったのですね」

 一緒に現れたトキの手に持たれたケースを見て、チャイムに殴られた男は声を上げる。

「それは・・・っ」

「おっと、返しませんよ。これはあなた達のようなテロリストには過ぎた長物です。こちらで処分させて頂きますよ」

 そう言いながら、トキは爆破された自分の部屋を覗き込む。

「あぁあぁ、無茶苦茶にしてくれましたね。せっかく買い込んだ物がパァですよ。どうしてくれましょう?」

 あ、怒ってる。

 いつも通りのニコニコ笑顔のトキだったが、チャイムとレイチェルはその笑顔からとてつもない威圧感を感じて乾いた笑みを浮かべた。

 止めた方がいいかな。チャイムがそんな事を思っていると、

 突然、周りの空気が変った。

「う、ぐ・・・」

縛られた男達は突然の圧迫感に胸が詰まり、呻き声を上げる。そして、それはエアニス達にも襲い掛かった。

「何だ、何が起こった・・・?」

異変には気付きつつも、その正体が分からずに辺りを見回すエアニス。体に感じる異変は、喉に絡みつくような空気による息苦しさと、突然の虚脱感。真っ先に毒ガスなどの兵器の可能性を考えたが、違う。周囲の空気には魔力的な力が満ちている。

トキ達もエアニス同様、息苦しそうに胸に手を当て辺りの様子を伺っている。しかし、目に見える変化は・・・

あった。病院の窓の外に、薄い紫色をした霧が立ち込めている。レイチェルが窓から身を乗り出す。

「結界の魔導・・・?」

レイチェルが、どこか自信なさげに呟く。

「まさか・・・ここから見える範囲でも、かなり広く覆われてるわよ。こんな大きな結界を作る事が出来るなんて人間の魔力じゃ・・・」

魔導を知るチャイムでもレイチェル同様、推測を述べる事しか出来ない。

「・・・これをやったのは人間じゃないってのはアタリみたいだな」

一度だけ遭遇した、"彼女"の存在を感じながら、エアニスは呟く。エアニス以外の3人は、その気配を感じる事は出来なかったが、エアニスの言葉と硬い表情から、嫌な予感を感じる。

「来るぞ」

その言葉の後、突然床の一部が歪み、黒ずんだ泉に変った。そしてその泉からゴシック調の短いドレスを纏った少女が現れる。


「どうも、お久し振りね。探したわよ、色男さん」

それは数日前、アスラムへ向う船で戦った魔族、アイビスだった。

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