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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第三部
29/79

第28話 揺ぎ無き思い

 エアニスが屋上から当てがわれた部屋へ戻ると、そこにいたのは堂々と銃を分解清掃しているトキのみだった。

「チャイムとレイチェルは?」

「・・・今、チャイムさんが戻ってきて、二人で隣の部屋へ行きました。・・もう休むそうです」

 トキは銃のバレルを覗き込みながら、半ば上の空で答える。

「そうか」

 エアニスは自分のベッドに腰を掛け、考え込むように口元を押さえた。

「・・・話を聞いて欲しいって顔してますよ」

 その様子を見たトキがエアニスに茶々を入れた。

「聞いてくれるか?」

「・・・まあ・・・聞くだけでしたら、ね」

 カチン、と、銃の部品を組み立てながら答える。

「あの野郎、俺の素性に気付いてるかもしれない」

 銃ばかりに視線を向けていたトキが、ようやくエアニスを見る。

「本当ですか・・・?」

「あぁ。2年前、俺がエベネゼルの宮殿に居た事を知っているような話をされたよ」

 2年前、まだ知り合う前のエアニスが何をしていたのか知る由も無いトキは、首を傾げる。

「エアニスはエベネゼルの宮殿へ行った事があるんですか?」

「あぁ。2年前に、1度だけ。

 レナが殺された直後、俺は報復としてエベネゼルの宮殿を襲い、国の高官を何人か殺している」

 絶句するトキ。

 エアニスの大切な人である"レナ"という女性が、エベネゼルの政略に巻き込まれ命を落とした事をトキは大まかに聞いていた。しかし、エアニスがその報復をしていたという話までは聞かされていなかった。

「だが俺のやった事は、ベクタの暗殺者が宮殿に侵入して行った事だと事実を捻じ曲げられて公表されているんだ。

 なのに奴は、宮殿で俺を見たような気がすると、白々しい事を言いやがった」

 恐らくクラインは知っているのだ。あの日宮殿を襲ったのはベクタの暗殺者などではなく、エアニスだという事を。直接その目で宮殿に這入り込んだエアニスを見たのか、あるいはクラインが捻じ曲げられた真実を知る事が出来るほど、エベネゼルの中枢に近い人間なのかまでは判断が出来なかったが。

 エアニスは髪を掻き上げて憂鬱そうな顔で笑う。

「・・・バラされるかな、チャイム達に」

 トキはエアニスにかける言葉を持たなかった。



 真夜中

 胸が押し潰されるような感覚に襲われ、チャイムは目を覚ました。

 夢を見ていたようだが、どのような夢かは思い出せなかった。代わりに何とも言えない不快感と、涙の跡が残っていた。反射的に、かつてこの街で魔法医として働いていた時の事を思い出した。やはり、あの時の夢を見ていたのだろうか。

 突然、抑えきれない感情がこみ上げ、思わず声が漏れた。隣のベッドを見ると、レイチェルが静かな寝息を立てて眠っていた。チャイムはレイチェルを起こさないよう、そっと自室を出た。


「あ・・?」

 浅い眠りについていたエアニスが、隣の部屋で動く気配に気付き目を覚ます。エアニスは昔から眠っている時でも周りの気配を感じ取る事ができた。その為深く眠る事の出来る日が少ないのだが、その分睡眠時間を長く取っているので問題は無かった。そして今日も、周囲の気配に気を配りながら眠っていた。

 感じたのは隣の部屋から人が廊下へ出て行く気配。チャイムかレイチェルが廊下に出たのだろう。トイレか、とも思ったが、気配が進んでいった方向は、トイレとは逆の方向だった。時刻は真夜中。少し不安を感じたエアニスは、その気配を追う事にした。



「おいおい、こんな時間に何やってんだよ・・・」

 気配の後を辿り、エアニスは暗い廊下を小走りで進む。気配は階段を上り、屋上へ向っているようだった。

 ガゴン。

 屋上へ続く鉄扉を開けると、昼間の暑さが嘘のように冷たい風が吹き抜けた。屋上の広場には、入り口に背を向けるチャイムの姿があった。エアニスは舌打ちをして、チャイムに声を掛けた。

「おい、チャイム。何してんだこんな夜中に」

 ビクリと肩を震わせて振り向いたチャイムは、口元を手で覆いながら、泣いていた。

「え、エアニス・・・!?」

 驚くチャイムに、ぎょっと目を剥くエアニス。振り向いたチャイムは、再び顔を背けてしまう。

「なっ、何の用よ。こんな、時間にっ」

 平静を装っているつもりかもしれないが、その声は震え、うわずっていた。

「へ、部屋からお前が出て行った気配を感じたから・・・。何事かと思ってよ」

「あたしが夜、どこに出歩こうが勝手じゃないの・・・」

「あぁ。そりゃそうだが・・・」

 困ったようにエアラスは頭をかく。こんな時、どんな言葉を掛ければいいのか分らない。

「・・・放っておいた方がいいか?」

 チャイムは鼻をすすり、溜息混じりに答える。

「気が利かないわね・・・あんた、泣いてる女の子放っておいて寝ちゃうつもり?」

 頬を濡らしたまま、いつもの意地の悪い笑みを浮かべる。

「少し、付き合いなさいよ」

 その表情を見て、エアニスは少しだけ安心し、肩を竦めた。

「はいはい。仰せのままに・・・」

 エアニスはチャイムの隣で、屋上を囲う柵に背を預けた。


 キーン、と通る音と共に、エアニスはオイルライターに火を灯す。

「あんた、そんなシャレたライター持ってたっけ?」

「お前の先生に借りたんだ。いつもの使い捨てライターはどっか行った」

 ぐずり、と鼻をすすって問うチャイムに、エアニスはクラインから借りた銀のオイルライターをもてあそびながら答える。そして、少しだけ話すべきか迷った後、口を開いた。

「奴から、お前がこの街に派遣されてた時の話を聞いたよ」

「!」

 僅かに動揺の色を見せるも、諦めたような顔で目を伏せるチャイム。

「もう・・・」

「・・・悪い」

「って、なんでアンタが謝るのよ」

 暫し、二人の間で会話が途絶えた。


 沈黙に耐えかね、エアニスが口を開く。

「この街に寄るのは、しんどかったか?」

「べつに、そんな大袈裟な事じゃないわよ。

 でも、どうしても、思い出しちゃうのよね・・・。この街で、起きた事を」

 目を閉じると、あの日の光景が鮮明によみがえる。沈み、潰れそうな気持ちを誤魔化すように、空を仰いで背伸びをするチャイム。

「この街での出来事が、魔法医を辞める切っ掛けだったのかもね。あれほど自分が無力だと感じた事は・・・無いわ」

 エアニスはふと、ヴェネツィアの港でチャイムが言った言葉を思い出す。

「魔法医は傷ついた人しか助けられないが、騎士は傷ついていく人を守ることができる。

 だから、今は騎士として、人助けをしながら旅をしてる・・・だったか?」

 チャイムは目を丸くして驚く。

「そうそう、ソレ。良く覚えてるわねー・・・」

「あぁ、お前にしては名言だったからな」

 えへへ、と、頭を掻いて照れ笑いを見せるチャイム。

「あの日以来、無性に"力"が欲しくなったわ。魔法医なんて、力の前では何も出来ない、無力な存在って、思い知らされたからね。だから、魔法医を辞めて、騎士団に入ったの。傷ついた人を助けるんじゃなくて、人が傷つく前に助ける事が出来るようにね。

 ・・・それまで魔導を教えてくれていた先生には悪い事をしたなって思ったけど・・・。今日、久し振りに会えて、良かったわ。先生、私の択んだ道を認めてくれていたから・・・」

 エアニスはチャイムの話を聞きながら小さく頷く。チャイムが何故、人を助ける道ではなく、人を守る道を択んだのか、ようやく理解することができた。

「でも、あたしは一体何がしたいのかな・・・

 人の力になりたくて魔法医になって、今度は目の前のものを守れるだけの力が欲しくて騎士になって。

 多分、私は人の為に何かしてないと、自分の存在意義っていうのが見出せないのかも知れないわね・・・。

 とは言っても、最近じゃ何をしても自分の無力さを思い知るばっかだし・・・」

「そうか? お前に助けられた奴は、きっとお前が思っている以上に救われていると思うぞ。

 俺を含めて、な」

 そう言ってチャイムに治してもらった左肩を叩いた。

「そんなんじゃ駄目よ。あたしが納得できる形じゃなきゃ意味無い。

 そんな感謝のされ方じゃ、私が同情されてるみたいじゃないの!」

 こぶしを突き上げ、力いっぱい自分の思いを主張するチャイム。しかし、すぐにため息と共に振り上げた腕を下ろした。

 エアニスは苦笑いを浮かべ、一つ、咳払いをしてから自分の考えを話し始めた。

「お前が選んだ道は、きっと一人じゃ誰も成し遂げる事の出来ない事だ。俺だって、目の前のものぐらいは守れると思っていたが、結局、自惚れだった」

 手が届きながらも失ってしまった、大切な人を想うエアニス。

「この旅の出発前にも言っただろ。一人で抱え込むなってな。

 俺達全員でなら、お前の納得する形でレイチェルのやらなきゃならない事を手伝えるんじゃないのか?」

 チャイムもそれは理解していた。人一人の力では、どうにもならない事はいくらでもあるのだと、他でもない自分自身が知っているから。

 だが、旅を始めてからずっと一人だったチャイムは、それまでとは違う今自分を取り巻く環境に気付く。

(そっか・・・今は、一人じゃないんだ・・・)

 ずっと一人だったので、一人で成し遂げなくてはいけないと思い込んでいた。しかし、今は違う。

 そう思うと、胸のわだかまりがすぅっと、消えてゆくのを感じた。

「うん。絶対、レイチェルをバイアルスまで連れて行ってあげようね」

「あぁ」

 まだ涙の跡が残る顔を、満面の笑みで飾るチャイム。エアニスもそれに応えるように、力強く笑って見せた。


「ごめんね。愚痴ばっかで。なんか楽になったわ」

「別に」

「あーあ、何だかエアニスには、要らない事をいっぱい喋っちゃってる気がするなー・・・」

 チャイムのこの言葉で、エアニスは夕方の事を思い出した。

「それじゃ、俺も一つ、まだ話していない事を教えてやるよ。夕方話しそびれたが、俺の、魔力の話だ」

 あっ、と、チャイムが声を漏らした。ふざけていた二人の顔から、笑みが消える。昼間、チャイムが大怪我をした子供の傷を治療するため、エアニスから魔力を分けてもらった時の事。エアニスから感じられる魔力のキャパシティは、人間のそれでは無かった。


「まぁ、見当ついてるだろうが・・・その、俺はハーフエルフだ」

 人より優れた知能と魔力、そして長い寿命を持つ、人間と殆ど同じ容姿の種族、エルフ。大昔、エルフはその高い能力から人間かにとって畏怖の対象とされていた。しかし、250年前にあったとされる魔族との戦争により、大幅にその数を減らした彼らは、今や人間社会にとって畏怖の対象では無かった。

 人より長い年月を生きるエルフは、どうしても人間と共存する事が難しく、人の街に、エルフ族が住む事は稀だ。現在では人間とエルフは互いに干渉する事無く理想とも呼べる形でこの世界を住み分けている。

「別に隠してるワケじゃなかったけど、どうでもいい事だし改まって言う事でもないし、言う機会も無かったからさ」

「へー・・・やっぱり」

「・・・期待してた訳じゃないが薄いリアクションだな?」

 心なしか寂しい顔を見せるエアニス。

「うーん。あ、でも納得できるトコはいっぱいあるかな。魔力もそうだし、肌の色だってあたしより白いし、こんな陽射しの強い街に居るのに全然日に焼けないし。エルフは食べても太らないって話だし、やっぱエルフって美形ばっかなワケ?」

「び・・・いや、ソレはお前ら人間が勝手に持ってる固定概念だぞ。

 エルフにだって太ってる奴もいるし、まぁ、正直な話不細工な奴だっている」

「へー・・・そうなんだ」

「・・・あぁ。・・・・感想は、そんなもんか」

「うーん。うん。そう、かな」

「あ、そう・・・」

 互いに気の抜けた声で頷くと、エアニスが肩を震わせて笑い始めた。

「なっ、何よ、気味悪いわね!!?」

「ははっっ、悪ぃ。何だろう、ちょっと安心してな」

「安心?」

「情けない話だが、エルフだって言う事で、お前達に今までと違う目で見られないだろうかって、少し心配してたんだ。

 でも、そんな事気にするタイプじゃなかったな、お前は」

「へー。アンタでも、人にどう思われてるかなんて気にするんだ。意外ね」

「どうしても寿命の違いから、俺たちを遠い存在として見る人間は少なくないからな」

 エアニスのその言葉に、チャイムは少し怒ったような表情を見せる。

「そんな些細な事しにしないわよ。小さく見られたものね」

「お前の場合大雑把というか雑なだけなんじゃ・・・」

「何 か 言 っ た?」

「いや、別に」

 エアニスは笑いながらそっぽを向いた。

「寿命なんてどうでもいい事よ。今日明日とかに死なれちゃ困るけどさ。

 別にアンタなんかと一生付き合っていくワケじゃないんだし?」

「・・・何だ、寂しい事を言うな?」

「あら何? あたしとずっと友達で居たいの?」

 小悪魔めいた笑みを浮かべながらチャイムはエアニスの顔を覗きこむ。エアニスは少しだけ寂しそうに笑うと、

「この旅が終わったらそれっきり、なんてのはご免かな」

「・・・・・・」

 ぽかんと口を開くチャイム。

 そんなエアニスの言葉と表情に、二の句を継げなくなってしまった。

「なんか、ズルイわ・・・そーやって急に素直になるのって・・・」

「何だって?」

「何でもないっ!!」

 そこまで話すと、二人で声を出して笑った。エアニスが、心のどこかでずっと心配していた事は、随分と馬鹿けた事だったらしい。そう思うと、何故だか笑いがこみ上げてくる。

「さて、と。まだ夜明けまでだいぶあるし。もう寝ておかないと明日辛いぞ」

「ん。そーね」

 どこかさっぱりした顔の二人は、階段へ向けて歩き出す。エアニスは吸っていた煙草を捨てようと、備え付けの灰皿に吸殻を押し込む。そこで、数時間前に自分で蹴り付けた灰皿の傷を見た瞬間、エアニスは反射的にチャイムにへ振り向いた。

「チャイム!」

「な、何よ!?」

 思わず大きな声でチャイムを呼び止めるエアニス。しかし、その後に何を話せば良いのか、分からなくなってしまった。

 クラインが自分の過去を知っているかも知れない事。それは、チャイムとレイチェルに隠しているエアニスの過去。自分がハーフエルフという事などより重要で、でも、できれば話したく無い過去の話。

 とはいえ、いつまでも隠し通すのはエアニスにとっても辛く、恐らく"石"に関わりながら旅を続ける以上、いずれ話さなくてはいけない時が来るだろう。

 チャイムがあの男の、クラインの口からエアニスの過去を聞く事になるかもしれない可能性が出てきた今、いっそここで自ら打ち明けてしまおうか。

 自分がハーフエルフだという事を軽く受け入れてくれたように、彼女は自分の過去も受け入れてはくれるのではないだろうか。

 そんな甘い考えが、頭をよぎる。


「エアニス?」

 話を切り出そうとしないエアニスに、チャイムは訝しげな声をかける。

「もう1つ、話していない事がある」

「何よ・・・あらたまっちゃって」

 乾いた笑みを浮かべて、エアニスに向き直るチャイム。

「俺の昔の話だが  」


「はーっくしょん!!」

『!!?』

 エアニス達が突然上がったくしゃみの声に振り向くと、屋上の入り口の扉から、顔を半分覗かせたレイチェルが見えた。

「あっ・・・」

 エアニス達と視線が合ってしまったレイチェルは、慌ててドアの影に隠れた。暫くすると、おずおずと顔を覗かせる。

「あの・・・その・・・えと・・・・・ごめんなさい・・・・」

 泣きそうな顔で謝るレイチェルの後ろから、今度はトキがヒョコリと顔を覗かせる。

「いゃあ、お邪魔しました。僕達に構わず、どうぞ続けてください」

 鼻をすすりながら笑っているトキ。先のくしゃみはトキがしたものだった。無表情のまま、ぴくりと頬を引きつらすエアニス。

 エアニスは備え付けの灰皿台を持ち上げると、トキの脳天めがけて叩き落した。



「レイチェルさんが、チャイムさんが居ないと僕達の部屋に伝えに来ましてね。まぁ、僕はこんな事だろうと心配していませんでしたが、レイチェルさんが気にされていたようなので、一応こうやって探しに来たんですよ」

 屋上へ引きずり出されたトキとレイチェルから、何の真似をしているのかと聞きだすエアニスとチャイム。

「で、見つけた俺達をそのまま覗き見してたワケか。どうせトキが扇動したんだろうが・・・

 レイチェルもこんな覗きのようなマネしてると、トキのエロメガネが染るぞ」

「言い得て妙ですね」

「黙ってろ」

 トキを睨みつけるエアニス。しかし、トキの言葉は止まらなかった。

「いや、悪いのは本当に僕ですから。

 眠る前に僕がレイチェルさんにあんな怪談をしなければ、レイチェルさんも僕を呼びに来なかったのでしょうしね」

「ち、違いますよ!! 本当にチャイムが心配になってトキさんを呼びに行ったんですっ!!

 部屋で一人で居るのが怖くなったからトキさんの所へ行った訳じゃありません!!」

「あれれ。僕そこまで言ってませんよ? やっぱ一人で眠るのが怖かったんですね」

「ト、トキさんっ!!」

 ごんっ

 エアニスに頭を殴りつけられる事で、トキはようやく口をつぐんだ。

「ごめんね、チャイム・・・」

 肩を落としてレイチェルは謝った。

「だーかーらーっ!!

 別に聞かれちゃマズイ話してた訳じゃないって!」

「赤くなりながら言うなっ」

 何故か慌てて弁解するチャイムに、エアニスは突っ込みを入れる。

 チャイムはふと思い出したかのようにエアニスを見上げた。

「あ。そいえばアンタ、さっき何か言いかけてなかったっけ」

 彼女はトキのクシャミの直前に、エアニスがあらたまって何かを話そうとしていた事を思い出す。

「・・・そうだったか?」

「んー・・・まぁ、いいけどさ」

 とぼけるエアニスに合わせ、チャイムも話を受け流した。聞かれても困る話をしていたつもりはないが、いざ全員が集まっている前で、二人で話していた事を掘り返すのは、何故か照れくさく感じた。

「ほら、もう寝ないと。明日は船借りて珊瑚礁見に行くんだろ? とっとと寝ろ」

 エアニスはチャイムとレイチェルの背中を押して、部屋へ戻るように促す。そして、彼女達に見えない所でトキの横腹を抉るように小突いた。

「なんで邪魔をした?」

 小声でトキを責める。彼は困ったように頬を掻き、

「だって、あのままお二人を僕達が覗き見ていたら、後々エアニスは怒ってたんじゃないですか?

 あの後、チャイムさんに自分の昔話を聞かせるつもりだったったんでしょう?」

 図星を突かれ暫し口ごもると、エアニスは溜息をついて頭を掻く。トキの気遣いは間違ってはいなかった。

「まあ、邪魔してしまった事には変わりないですからね。それについては、すみませんでした」

「いいや、いい。やっぱり、まだ話すべきじゃないかもしれないしな。

 出来れば、話したくないし・・・」

 らしくもない、弱気な口調のエアニスを見て、顔を曇らせるトキ。トキは、エアニスの意見は誤りだと思った。エアニスがチャイム達に隠している事は、できれば二人に打ち明け、その事実を受け入れてもらうべき事だと思った。しかし、トキもエアニスと似たような過去をチャイム達に隠しているので、エアニスに意見できる立場ではなかったため、黙っていた。

 少なくとも、まだ話すのには早いような気がした。

「ね、ねぇ、チャイム!!廊下の明りってどこ?真っ暗なんだけどっ!!」

「ちょっとー、何してんのー。早く部屋戻ろうよ!」

「馬鹿野郎! 夜中だぞ、明り点けるな!! 大声出すな!!」

 階段の下から響くチャイム達の呼びかけに、エアニスも大声で応える。

 そんな3人のやり取りを見て、トキは額に手をあてて顔をしかめた。

 今回ばかりはトキは自分の軽率な行動を恥じていた。自分の過去を打ち明けようとしたエアニスは、それなりの覚悟をしていただろう。それをトキは、自分の都合で邪魔をしてしまったのだ。

 しかし、あのまま身を隠してレイチェルにまでエアニスの話を聞かせる訳にもいかなかった。それはエアニスにとっても不本意だっただろう。そんな事を言って自分の行いを正当化する気はなく、とにかく、今回はトキがレイチェルを連れて覗きのような真似をしなければ良かったのだ。

「・・・でも、あそこでいきなりあの話を始めるエアニスにだって責任ありますよねぇ・・・流石に話の流れが読めませんよ」

 全てにおいて自分が悪い事を自覚しつつも、一人でささやかな悪態をついてみるトキ。

 今日、エアニスが自分の過去を打ち明けるきっかけを逃した事で、今後チャイム達に誤解を与えたりする事にならないだろうかと心配するトキだった。

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