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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第三部
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第26話 求め与えられるもの

 陽射しは強いものの、海辺という事もあり、それなりに涼しい風が吹いている。

 エアニスはズボンを膝下まで上げて、波打ち際に立っていた。足元を波が洗い、なかなか気持ちが良い。妙に平和な気分に浸りながら、水平線を眺める。最初はこんな事をしている暇など無いと思っていたが、今ではもう暫くここでゆっくりしていたいと思うエアニスだった。


 後ろで波を蹴る足音がした。

 エアニスは無造作に一歩横へ動くと、エアニスがいた空間をチャイムの飛び蹴りが行き過ぎていった。エアニスは行き過ぎるチャイムの足を思い切り払い、空中で半回転したチャイムはうつ伏せで思い切り水面に叩き付けられてしまった。

「・・・おーい、生きてるかー」

 チャイムは暫くうつ伏せのまま水面に浮いていたが、肩を落としながら立ち上がった。

「ぐそー・・・なんで一発も当てられないかなー・・・」

 水着姿のチャイムは、鼻を押さえながらエアニスを睨む。アスラム行きの船で始めた剣術稽古はまだ続いている。よって、エアニスに一発でも攻撃を当てられたら合格という課題も今だ続いており、チャイムはこうして思いつきのように不意打ちをしてみるのであった。

「今のお前じゃ、一生かかっても無理だな」

「むう」

 頬を膨らませるチャイム。まぁいいや。今日は諦めた。

「エアニスは泳がないの?」

 チャイムとレイチェルが泳いでいる間、エアニスはこうして、足だけ海に入り、景色を眺めているだけだった。服装も当然水着ではなく、いつもローブの下に着ている黒いシャツとズボン。腰にはいつも通り剣が下がっており、海で遊んでいる格好には見えなかった。

「俺はいいよ」

「あー・・・さてはエアニス、泳げないとか??」

「いいや、人並み以上には泳げるつもりだけどさ」

 チャイムの茶々に、エアニスは淡々と答える。

「まだ体に傷が残ってるんだ。先の戦争のな。あんまり上着を脱ぎたくないんだ」

「あ・・・」

 悪い事を聞いた、と、チャイムは自分の頭を叩く。

「傷跡・・・」

「ん?」

「あたしで良かったら治そうか?

 あたしなら、かなりの古傷でも目立たない位まで綺麗に治せると思うけど・・・」

 チャイムの申し出にエアニスは驚く。自分の治療魔法の力を人に頼られるのを嫌う彼女が、たかが古傷の痕を消す為だけに、その力を貸してくれると言うのだ。それなりに信頼されている証拠のような気がして、エアニスは思わず笑みをこぼす。

「いいや、そんな事の為にお前が力を使うことはないさ。ありがとな」

 素直に笑って礼を述べるエアニス。チャイムはあ、そう、といった表情で頬を掻いた。 チャイムに遠慮したというよりも、まだエアニスにとって戦争中に付いた傷跡は、消えてしまってはいけないような気がしたのだ。傷が消えることで、戦争の事を忘れてしまうような気がしたのだ。

「かき氷買ってきましたよー」

 間延びした声で、トキがレイチェルと一緒にカップに盛られたかき氷を持ってきた。

「おー、悪いな」

「ありがとー。いちご味ある?」

 チャイムはかき氷を手に取り、トキの姿を見る。ズポンの裾を捲くりビーチサンダルを履いているという所意外、彼も普段と同じ格好をしていた。チャイムはエアニスに意味ありげな視線を送り、エアニスがそれに気付く。

「トキも似たような理由だ」

「・・・そっか」

 肩を竦めて答えるエアニスに、チャイムは残念そうに息を吐く。

「何の話です?」

「別に」

 しれっ、とトキの問い掛けを受け流し、かき氷を口に運ぶエアニス。

「いやらしいですね。お二人で内緒のお話ですか。視線だけで分かり合える仲ですか」

「そうだ!!」

 エアニスとトキの口論が始まる前に、チャイムが名案を思いついたかのような顔でエアニスに掴みかかる。

「な、何だ何だ!!?」

 チャイムの満面の笑みがすぐ目の前に迫る。髪が濡れているせいで、妙にチャイムが色っぽく見えてしまい、つい視線をそむけてしまうエアニス。

「ビーチバレー!!

 みんなでやろう!!」

「・・・ビーチバレー?」

 反射的に、面倒くさい、と言い返そうとするエアニスだったが、チャイムの嬉々とした表情に言葉が詰まり、そして理解する。要はエアニスやトキに気を遣って、水着に着替えなくても皆で一緒に遊べるゲームを提案してくれているのだ。

「・・・ビーチバレー、ね。よし、やるか」

「あらま。珍しく乗り気ですね、エアニス」

「じゃ、私、ボール買ってきますね!」

 レイチェルは売店に駆け出し、チャイムは流木を拾って砂浜にコートを描き始めた。

 エアニスも、腰に下がる剣をベルトから外し、髪を纏めて準備運動を始める。



 傾いた太陽が水平線に触れる。

 沈み行く夕日を、4人は砂浜に座り込みながら見ていた。

「あ゛ー・・・疲れた・・」

「あはは、久し振りにいい運動になりましたねー」

 エアニス&チャイム VS トキ&レイチェルとなったビーチバレー対決は、負けず嫌いなお互いのリベンジ合戦を延々と夕刻まで続ける事になった。

 最後はトキとレイチェルが根負けしてエアニス、チャイムチームの勝利に終わったのだった。

「お前ら・・たかがビーチバレーにむきになり過ぎだ・・・」

「一番むきになってたのはエアニスさんじゃないですか・・・」

「・・・そうか?」

 エアニスを除く三人が同時に頷き、皆で笑った。

「はは、あー・・・。こんなに笑ったのは・・・どのくらい振りかな・・」

 エアニスが誰に言うでもなく呟いた。本当に、どのくらい振りだろうか。

「・・・そうですね。けっこう殺伐とした人生歩んでましたからね。

 僕もまさか今頃になって、こんな青春ごっこをするとは思いませんでしたよ」

「ははっ」

 チャイムとレイチェルは、そんな二人のやり取りを夕日を見つめながら聞き流した。

 エアニスやトキが、今までどのように生きてきたか、改まって聞いたことは無い。興味が無いといえば嘘になるが、たかが興味本位で聞ける事では無いような気がするからだ。

「これからも、もっとみんなで笑っていられればいいですね」

 レイチェルがぽそり、と呟く。

「私はあの日・・・何もかもを無くしたと思ったけど・・・。もう、お腹の底から一緒に笑える人達が居るんですから。

 ホント、人生って何があるかわかりませんね」

 そう言うレイチェルの笑みは、何処と無く寂しげだ。

「そうよっ。過去はどうあれ、未来があれば、これからいくらでも笑っていられるわっ!」

レイチェルを元気づけるように、チャイムは拳を振り上げる。

「未来があれば・・・ですか。そうかもしれませんね」

 ここで4人は言葉を切り、波の音を聞きながら日の沈む水平線に目を向けた。


「俺は 」

 エアニスの言葉に、トキ達の視線が集まった。しかし、何かを言いかけただけでエアニスは口をつぐんでしまい、親指で唇をはじいた。

「あーあー、ヤメだ、ヤメ。宿に戻るぞ。 ココにいると、どうにも変な気分になっちまう」

 すく、と立ち上がり、鞘に収めた剣を肩に担いだ。

「何よ、気持ち悪いわねー。最後まで話しなさいよ」

 チャイムの抗議を無視し、エアニスは宿の方へ向かい、歩き出してしまう。

「もー、勝手なんだから・・・」

 不満を漏らしてみても、時刻はすでに夕刻。海水浴もお開きにする時間であったので、チャイムとレイチェルも肩にシャツを羽織り、エアニスの後を追った。



「楽しかったけど、まだまだ遊び足りないわねー」

「売店のおじさんから、西の浜辺から少し沖に出れば、珊瑚礁が見れるって聞いたわ」

「へぇ、いいじゃないですか。明日ボートでも借りて見に行って見ますか?」

「珊瑚礁か。悪くねーな・・・」

 とっぷり観光気分に浸った4人は、宿に向かって広い街道を歩いていた。

「あぁ?」

 エアニス達の向かう方角から、突然タイヤを滑らせながら黒い車が猛スピードで現れた。反射的にエアニスは肩に担いだ剣の柄に手を掛けたが、車はエアニス達の脇を抜けてそのまま走り去っていった。

「危ねー運転する奴だな」

 エアニスが車を横目で睨んで先に進もうとすると

 ボガンッッ

 エアニス達の泊まる宿の方角で爆発が起こった。


「おいおい・・・!?」

「エアニスさん、さっきの車・・・!」

 レイチェルがハッと声を上げた。猛スピードで走り去った車と、車の来た方角での爆発。レイチェルの連想は最もだ。車の走り去った方角を見ると、まだ車はエアニス達の視界の範囲に居た。

「トキ、銃は・・・!」

「駄目です、人目が多すぎます」

 街道にはエアニス達以外にも、地元住民や観光客が歩いており、爆発の煙を眺めていた。本来、軍隊しか持つ事の許されない銃をこの場で使うには問題がある。そうしているうちに、車は見えなくなってしまった。

「ちょっと、エアニス、爆発した宿って、あたし達がチェックインしたホテルよ!!

 ひょっとして荷物ふっ飛ばされてるかもしんない!!」

「マジかよっ!!」

 今からあの怪しい車を追うのは無理である。それよりエアニス達は、自分達の荷物が心配になり、慌てて爆破された宿屋へ向かい走り出した。


 4人は宿の入り口へ辿りつく。幸いと言うべきか、爆発はエアニス達の部屋から離れた宿の入り口で起こったようだ。胸を撫で下ろすエアニス。

「何だ・・・ルゴワールの刺客・・・か?」

「ルゴワールの手口にしては、稚拙すぎると思いますがね」

 トキは崩れて焼け爛れた宿の外壁を見て、何が起こったのかを推察する。

 爆発地点と思われる場所で、人だかりが出来ていた。行き交う怒号と、女性の泣き叫ぶ声。どうやら怪我人が居るようだ。

「どいて!」

 チャイムは真っ先に人垣を押しのけ、騒ぎの中心へ向かう。また騒ぎに首突っ込みやがって、と内心毒づきながらエアニスも後に続く。

 人だかりの中央に、子供が倒れていた。口と腹部から血を流し、全身を石やガラスの破片で傷だらけにしていた。

 思わず口元を歪めるエアニス。一目見ただけで、手遅れだと直感した。内臓を大きく痛めていれば、魔導でも治療する事は難しいからだ。しかしチャイムはその子供に駆け寄り、子供の手首を触り、瞳の反応を探る。

「レイチェル!!」

「な、なに!?」

 普段見せない剣幕でチャイムはレイチェルを呼びつけ、その細い腕を掴んだ。

「レイチェルの魔力を分けて。この傷じゃ、私の魔力だけじゃ治療しきれない!!」

 その会話にエアニスが反応する。

「待て、チャイム。お前、魔力を人から奪う術を知ってるのか?」

 魔導の術の一つに、人から魔力を奪い取り、自分の力へ変換するという術がある。しかし、その術自は普通の魔導と異なり、魔力を一切使わず、精神コントロールのみで魔導を構築させるという特殊な術であり、習得も難しい部類に入り使い手は少ない。

 エアニスが他人の殺意を明確に感じ取れる能力と同じで、魔導というよりも体質的な特殊能力といった方が近い。

「エアニスはちょっと黙ってて!」

 焦るようなチャイムの怒声を無視し、エアニスはチャイムの横にしゃがみ込み、チャイムの手を掴んだ。

「なら俺の魔力を使え。いくら二人分とはいえ、人間の魔力じゃ心細いだろ」

 ようやくエアニスの言葉に耳を傾けたチャイムは、エアニスに握られた手へ意識を集中する。

「・・・・っ!!?」

 びくん、とチャイムの肩が跳ねる。

「エアニス・・・あんた・・・!?」

「早く始めろ。でないと、この子供、死ぬぞ」

「あ・・・うんっ!」

 そしてチャイムはアニスと繋いだ手から、エアニスの魔力を抽出する。それを自分の魔力へと変換し、治療の魔導を発動させた。



 チャイムの治療により息を吹き返した子供は、駆けつけた街の救護隊へと渡され、その他の怪我人達と共に街の病院へと連れて行かれた。幸い、死亡者は一人も出なかったのだ。

 爆発のあった現場では、街に駐留する軍隊や役人が、野次馬から話を聞いたり、爆破跡を調査するなど、事件の捜査が始まっていた。

 その脇で、チャイムは、レイチェルとトキに付き添われ、座り込んでいた。そこへ、情報を集めに辺りを歩き回っていたエアニスが戻ってきた。

「やっぱ、ルゴワール絡みじゃないな。ここ数ヶ月のうちに、何度かこんな事件が起きてるらしい。犯人は、町外れに住む低級層の住民だろうってよ」

 聞いてきた話を簡単に伝えるエアニス。しかし、チャイムはそのような話はどうでもよかったようだ。

「エアニス・・・、その・・・」

「俺の魔力の事か?」

「・・うん、そう。助かったわ、あの子の怪我、私とレイチェルの魔力だけじゃ、治しきれなかったから・・・」

「そうか、良かったな。お役に立てて何より、だ」

「う、うん」

 ぎこちない受け応えのチャイムと、いつもの調子のエアニス。そんな二人の会話にレイチェルは首を傾げる。

「エアニスの魔力、とても人間の器とは・・・思えないわ」

 チャイムが言いづらそうに話した言葉で、レイチェルはようやくチャイムの様子がおかしい理由を理解した。トキに関しては、ノーリアクションである。エアニスは頭を掻きながらそっぽを向き、

「あぁ、別に隠してるつもりは無かったが・・・

 まぁ、ココで話すのも何だし、荷物引き上げて、別の宿で落ち着いてからにしようぜ」

「う、うん」

 歯切れの悪い返事を返し、チャイムは腰を上げた。


 そこに、白いマントを羽織った男が近づいてきた。チャイムはそのマントを見て、ハッと息を呑む。かつて、自分が所属していた、エベネゼル宮廷魔導師のマントだったからだ。

「失礼ですが、ここで大怪我をした子供を魔導で治療して下さったのは、あなた方ですか?」

 金髪の長身の男だった。歳は40代前半といったところか。

「いいや。人違いだろ」

 エアニスはチャイムの手を引き、かばう様にして騒ぎの場所から立ち去ろうとする。しかし、当のチャイムが、その場から動こうとしなかった。

「? おい、チャイム。行くぞ」

「・・・チャイム?」

 エアニスの呼びかけに反応したのは、チャイムではなく、宮廷魔導士の男だった。

「これは・・・驚きました。

 久しぶりですね。チャイム=ブラスハート」

 男の口から、一度だけ聞いた事のある、チャイムのフルネームが呼ばれた。ハッ、とエアニスはチャイムを見る。

「まさかこの街で会えるとは思ってもみませんでしたよ。元気でしたか?」

 チャイムは、その男の優しい笑顔を見たまま、呆然と立ちすくんでいた。

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