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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第三部
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第25話 ブルー ・ バカンス

「・・暑ぃ・・」

 エアニスがハンドルを握りながらぼやいた。

「この辺りは周りの地形も手伝って、大陸で一番温かい気候が続く土地ですからねぇ。

 この先のロナウ山脈を越えれば、少しは涼しくなると思いますけど」

 何故か涼しげな顔をしたトキが、助手席で地図を眺めながらエアニスを励ます。

「その山脈越えるには、あとどのくらいかかる?」

「そうですねぇ。このペースで走れば、5日もあれば十分かと」

「まだまだじゃねぇか・・・」

 ますます気力が削がれ、エアニスはハンドルを抱え込む。

 エアニス達の車は、草木がまばらに生える荒野を走っていた。すぐ近くには広大な砂漠が広がっており、このままでは数年でこの辺りも砂に飲まれてしまうだろう。よって気温は年間を通して高く、さらに時刻は正午を回った辺りで一番暑い時間帯でもあった。

 既にエアニスはローブと上着を脱ぎ、長い髪をポニーティルに纏めて極力涼しくなる格好をしている。髪を纏めた事によって、チャイムに"可愛い"などと、からかわれたが、そんな事に構っていられない程、エアニスは暑さで弱っていた。

「そんなに暑いの苦手なんだ・・・エアニス」

「・・・あ ぁ・・・」

 チャイムからの質問に、元気の欠片も無い声でエアニスが答える。

「あたしは夏は大好きだけどなー。

 なんて言うか、他の季節には無い、開放感があるじゃない。暑いんだけど、それだからこそ、何するにしても楽しいっていうか、キモチイイって言うか、さ」

「・・・何言ってるか分かんねーよ」

「むう。

 じゃあエアニスは何で夏が嫌いなのよ」

「冬は寒いけど、寒かったらその分着込めば暖かくなるからいいんだよ。

 夏は暑いからと言って、服全部脱いだとしても、やっぱ暑いもんは暑いじゃねーか。

 何より汗かくのが嫌だね。夏は1日に3度、風呂に入りたい」

「アンタ、ほんとに庶民的な意見ばっか言うわね・・・。

 そんなに暑いのが嫌なら、まずそのむさっ苦しいロン毛をなんとかしなさいよ」

 エアニスはピクリと眉を動かしチャイムを横目で睨む。

「貴様、女のくせに、人の伸ばした髪を簡単に切れなどと良く言えるな。

 乙女心持ってんのか?」

「失礼ね。アンタよりは持ってるつもりよ」

「いいや、俺の方が持ってるね」

「・・・男が乙女心について張り合ってどうすんのよ・・・」

 ここまで話した所で、チャイムは思わずクスリと笑ってしまった。

「何が可笑しい?」

 イライラした表情でチャイムを睨むエアニス。

「ううん。なーんにも」

 何が嬉しいのか、妙に清々しい笑顔のチャイムはエアニスの問いを受け流した。エアニスは毒気を抜かれたような顔で、頭の上に疑問符を躍らせる。


 チャイムが喜んでいたのは、エアニスがようやくいつもの調子に戻った事であった。

 船上での襲撃以来、エアニスは暫くの間、何をするにも上の空といった様子だったが、墓参りから帰って来てからは、いつもの調子を取り戻していた。チャイム達と別行動を取っていた3日の間に、エアニスに何があったのか知らないが、エアニスがいつもの調子に戻った事は喜ばしい事であった。

 それが2日前。

 早朝にエアニスが墓参りから戻り、その日の昼から4人は再び目的地へ向けて旅を再開したのであった。


「何だよ、気味悪いな・・・言いたい事があるなら言えよ」

「ねぇ、レイチェルは夏と冬ならどっちが好き??」

「俺の話聞いてる?」

「やっぱ冬の方が好きかも・・・。

 わたしも、暑いのは苦手だから・・・」

 大きく開けた胸元に、ぱたぱた風を送りながらレイチェルは答える。無防備なその仕草に、チャイムとエアニスは思わずギョッとする。

「こら、レイチェルっ!

 エアニス達もいるんだから、もーちょっと、何というか・・・

 って、エアニス! 見てんじゃないわよスケベ!!」

「み、見てねぇよ!!」

 エアニスはチャイムに首を捻じ曲げられながら、必死でハンドルを握る。一般の女性に比べ、このテのモラルが欠如しているレイチェルは、何でチャイムとエアニスが慌てているのか理解できずに首を傾げた。

「・・・エアニス、はしゃぐのはいいですが、ちゃんと前を見て運転してくださいよ」

「こんな砂しか無い場所でどうやったら事故るってんだよ!!

 ・・・っーか!! お前もレイチェルの胸ガン見してんじゃね  」

 どぐわしゃっ!!

 突然の衝撃に、エアニス達は一斉に前へつんのめった。



 炎天下の中、4人はボンネットから煙を上げる車を眺めていた。

「・・・ラジエータポンプが潰れてますね」

 トキが車の損傷具合を調べながら言う。

 エアニス達の車は大人の膝くらいまである岩に衝突し、車体の前面をぐしゃぐしゃに潰していた。

「走れない事はないですが、この暑さでラジエータ無しで走っていたら、すぐにオーバーヒートしてしまうでしょうね。どこか修理できる街まで持てばいいのですが・・・ねぇ」

「・・・すまん」

 トキのジト目に、エアニスはうなだれるように頭を下げた。

「この先のオーランドシティに、軍の基地がある。車の修理をしてくれる技師も、あそこなら居るはずだ。

 10キロも無いと思うが、そこまで持ちそうか?」

「オーランドシティ?」

 エアニスの提案に応えたのはトキではなく、チャイムの戸惑うような声だった。

「どうしたの?」

 チャイムの不自然な反応に、レイチェルが心配そうな声を上げる。エアニスとトキもチャイムに視線を向けた。

「あうぅ、と・・・・

 オーランドといえば、ホラ、観光地!!

 海があるわっ!!!」

 はぁ? とエアニスが呆れた声を出す。

「レイチェル、海で泳いだ事、無かったんだよね!

 丁度いいじゃない、このまま進むとどんどん寒くなっていくから、ココが海で遊ぶ最後のチャンスよ!!」

「海・・・かぁ・・・」

 レイチェルも嬉しそうな表情を浮かべる。

 やれやれ、といった様子でエアニスは頭を掻き、トキもそんな2人を笑顔で眺める。

 オーランドシティは、この辺りで唯一の観光都市であり、各地から海へ泳ぎに来る観光客が多く集まる。確かにチャイムの言う通り、この先の山脈を越えれば一気に気温が下がり、秋の終わりといった気候になっているだろう。赤道が北を走るこの大陸では南下を続けるほど寒い気候の土地となるので、海で泳げるような街は、この先オーランドシティしか無い。

 どうせ車の修理で街に寄らなくてはいけないのだ。車の修理をしている間、海で羽を伸ばすのもいいだろう。

「構いませんよね、エアニス?」

 にこやかに言いながらも、どこか否定は許さないといった空気を漂わせトキが確認する。

「まぁ、いいんじゃないのか?」

「やったぁ!」

 苦笑いで頷くエアニスに、表情を輝かせるチャイムとレイチェル。

「そうと決まったら早速、オーランドシティへ出発よ!」

 皆を急かすようにチャイムは3人の背中を、車に向かって押した。

「オーランドシティですか。僕一度も行った事無いので、楽しみですねぇ」

「お前まで観光気分かよ。やむを得ずの寄り道なんだから、修理が済んだらすぐ出るぞ」

「あぁああー、でも、せめて一泊はしていきたいです・・・」

 何だかんだで楽しそうな3人の後ろで、チャイムは気付かれないように小さな溜息をついた。



「この型のラジエータはウチには置いて無ぇなあ」

 街外れの小さな自動車修理工場でエアニスは車の修理を頼んでいた。軍のトラックや装甲車の修理を主に受け持つ、街に幾つかある修理工場の1つだ。

「街の同業者にゃ当たってみるが、もし部品が無かったら街の外から取り寄せなきゃならん。

 そうなったら部品が届くまで2週間はかかるぞ」

 白髪交じりの技師が難しい顔で唸る。

「部品さえあれば1日で終わる作業なんだが・・・」

「壊れたラジエータ周りを、丸々別の車の物と交換する事は出来るか?」

「そりゃ出来るが、金は結構かかるぞ。大作業になっちまうから、修理も3日がかりだな」

「3日、か」

 エアニスは息を吐いて頭を掻いた。

「分かった。もし部品がこの街で見つからなかったら、その修理で頼む。金はかかってもいいから、1日でも早く修理をしてほしいんだ」

 技師は無精髭の生えた顎を撫ぜると、エアニスに力強く頷いた。



 工場を出て、エアニスは溜息をつく。少なくとも2日、最悪の場合4日程度、この街に滞在しなくてはならないようだ。自分の運転ミスを心底悔やみながら、大通りに向かい歩く。

「・・・いや、でもアレは全部俺のせいってワケでもねぇよな・・・やっぱ」

 レイチェルの胸チラとかチャイムのヘッドロックとかトキのはばかる事の無いセクハラ視線とか。考えれば考えるほど腑に落ちず、だんだん貧乏くじを引かされた気分になってきた。


 エアニスは一人で歩いていた。街の中心地でチャイムとレイチェル、トキを車から降ろし、エアニス一人で街外れにある修理工場を訪ねたのだ。今頃チャイム達は宿に荷物を置いて休んでいる頃だろうか。

 こうして街外れを歩いていると、嫌が応にも目に付く物がある。

 ブロック塀に穿たれた無数の銃弾痕。壁に食い込んだまま折れた剣の切っ先。焼けて倒壊したままの民家。

 常夏の観光都市として有名なオーランドシティだが、街外れには先の戦争の爪痕が生々しく残っていた。大戦中、この辺りは特に戦火が激しく、市街地にまで戦場を広げ多くの一般市民を巻き添えにしているのだ。

 まだ戦争が終わって1年半という事を考えれば、このような光景が残っているのは珍しくは無いのだが、街の中心街の栄え具合と比較すると、どうしても取り残されている感がある。

 エアニスが大通りに出ると、目の前を一台の車が走り去った。軍の車でも、仕事や旅の足に使われる汚れて傷だらけの車でもなく、趣味人が乗るようなピカピカの高級車だった。どこかの富豪が観光にでも来ているのだろう。その先には極色彩で彩られたホテルや飲食店の看板が立ち並んでいる。

 ふと、エアニスは今歩いてきた裏路地の町並みに振り返る。大通りに比べると、まるで別の国か、別の時代である。どことなく不愉快な気持ちになるが、別に自分には関係の無い事である。ならば、何でこのような気持ちになるのか自分でも分からず、エアニスは首を捻った。



「おー・・・」

 エアニスは目の前に広がる白い砂浜と、コバルトブルーの海に感嘆の声を漏らす。柔らかな千切れ雲が抜けるような青い空にぽかぽかと浮かび、陽射しは暑いものの木陰に入るだけで随分と涼しく感じられる。頬を撫ぜるカラッと乾いた潮風が気持ちよかった。エアニスはチャイムの提案も悪いものじゃなかったなと考えを改めた。

 宿へ戻る前に浜辺へ寄ってみたのだ。天気も良く、海水の透明度も驚くほど高い。長い間大陸の各地を旅してきたエアニスだったが、今まで見た中で最も綺麗な海かもしれない。白い浜辺には点々と水着姿の観光客が見えた。思った程観光客は少なく、これならば快適に海で遊べるだろう。

「あー、エアニス戻ってきたんだ。早かったわね」

 聞き覚えのある声にエアニスは振り向いて、そして言葉を詰まらせた。

 目の前には予想通り、チャイムとレイチェル、トキの姿があった。しかし、チャイムとレイチェルが水着姿だという事は、エアニスの予想外であった。


 チャイムは赤いタンニキタイプの水着を着て、ビーチパラソルを担いでいる。その後ろには、長い髪をいつものようにまとめた、水色のビキニ姿のレイチェル。ついでにいつもと同じ姿の、両手に色々と荷物を持たされたトキがいた。

 普段、野暮ったい旅装束やマント姿しか見たことの無いチャイムとレイチェルが肌をあらわにした姿に、エアニスは思わず視線を明後日の方角へ外した。

「な、何だよ、その格好は・・・」

「何って、水着。宿で売ってたから。まだお昼だし、すぐにでも泳ぎに行かないと損でしょ!!」

 チャイムは、今にも駆け出して海にダイブしそうなテンションだ。レイチェルも、さっきから海に視線がクギ付けになっている。

「えへへー。レイチェルの水着もあたしが選んだのよ。どう、かわいいでしょ!?」

 照れ臭そうにはにかむレイチェルの肩を掴み、自分のセンスを自慢するチャイム。確かに似合っていると感じたが、それは水着のお陰ではなくレイチェルのスタイルの良さによる処が多いだろう。

 透けるような白い肌に、形の整った手足と胸元。それでいて華奢なイメージを与えるボディラインに似合わない水着など無い。スタイルの良さは、チャイムも負けていない。レイチェルに勝るとも劣らぬプロポーションに、ほどよい肉付きの四肢が彼女の性格と同じ様な躍動感を感じさせた。なおかつ2人とも、なかなかの美人ときている。2人は浜辺にたむろする男達の視線を集めていた。それと、胸の大きさがチャイムよりレイチェルの方が大きいという事を、エアニスは今日この日、初めて知った。

「まぁ、・・・似合うと思うぞ。うん」

 妙に落ち着きを無くしたエアニスは、そのセリフを何故か2人の後ろに立つトキを見ながら言った。

「え。エアニス、それ僕に向かって言ってるんですか?」

「んな訳ないだろ!!」

「だったら僕を見ながらそういうセリフを言わないでいださいよ」

 トキの抗議にレイチェルに視線を戻すが、数秒と持たずエアニスの視線は泳ぎ始めた。

「あー・・・」

 チャイムがにんまりと笑顔を浮かべる。

「さてはエアニス、テレてるなーっ! このっ!!」

 チャイムはエアニスに自分の白い肩をドンとぶつける。

 図星を突かれたエアニスは顔を赤く染め、慌てて顔をそむけた。

「うるさい黙れ殺すぞ!!

 遊びに行くならとっとと行って来い!!」

「えへへー、エアニスの弱点見ーっけ!

 今日はこのネタでずーっとからかってあげるわっ!!」

 満面の笑みを浮かべながらガッツポーズを見せ、チャイムは砂浜へ走り去った。

「いやー、羨ましい限りですねー、エアニス。代わって貰いたいものです」

「黙れドMが・・・」

 色々と荷物を担がされたトキがポンとエアニスの肩を叩いて浜辺へ歩いて行き、

「あ、エアニスさん、チャイムが言ってたんですけど、後でエアニスさんでスイカ割りするって・・・

 わたし、スイカ割りっていうゲーム知らないから、後で教えてくださいね!」

「おぉぉ・・・チャイムを使ったスイカ割りなら教えてやるよ。後でスコップを用意しておけ。とりあえずレイチェルも行って来い・・・」

「はい!」

 悪意の欠片もないレイチェルの無邪気な笑顔を、エアニスは頭を抱えて見送った。


「馬鹿ばっかだ・・・」

 そう呟いたエアニスの口元は何故か緩んでおり、いつの間にかこの状況を楽しいと感じている自分に、僅かながら驚いた。

「はっ、俺も一緒、か」

 エアニスもブーツを脱ぎ捨て、素足で浜辺へ降りた。

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