第24話 月の光を纏う者
トキが先頭に立ち、立て付けの悪いギルドの扉を開けた。
ギギィ、という音に反応するかのように、カウンターやテーブルで騒いでいたごろつき達の視線が集まる。
「うぁ・・・」
思わず威圧感に声を上げてしまうレイチェル。
どこのギルドも似たようなものだが、いかにもといった人相の男達が狭いエントランスにたむろしていた。この風体を見ただけでは、旅人なのか町のチンピラなのか判断出来ない。
チャイムはムッとした視線を男達に突き返し、レイチェルは男達の視線を避けるようにトキの背中に隠れた。トキはいつもの笑顔でごろつき達の視線など気にも留めない。
ギルドに似つかわしくない3人組みは、鉄格子越しの窓口へ向かう。
「すみませーん。預けたお金を受け取りにきたんですけどー」
トキのはばかる事の無い間の抜けた声が、ごろつき達の視線を更に集める。
「ヤだなー・・・こいつら、あんたをカツアゲしようって考えてるわよ、絶対」
小声でぼやくチャイムに、トキは書類にペンを走らせながら、あははと笑って見せる。
レイチェルは慣れない雰囲気に戸惑いながら、彼等の視線をかわすように視線を壁に走らせた。
そこには人の顔写真と数字が記された紙が、沢山貼り付けられている。
「これ・・・みんな賞金首の手配書ですか?」
レイチェルの声にトキはペンを止める。
「あぁ、そうですね。壁に張り出されているのは、ごく最近手配された賞金首ですね」
「こんなに・・・」
チャイムが壁を見回すと、ここだけで50枚以上の手配書が貼り付けられている。この数で最近手配された一部の手配書だというのだ。今、賞金が懸かっている人間は一体何人いるのだろうか。
金額も、数日食べて行ける程度のものから、暫くは働かずに暮らせるような金額まで、様々なものがある。賞金首がこれほど沢山いる事を知らなかったレイチェルは、驚きと共にショックを受ける。
その中にあった、奇妙な手配書にレイチェルの目が留まった。
「トキさん、これは?」
レイチェルが指さした手配書は、壁に貼られた真新しい手配書の中で、1枚だけ古く、日に焼け色あせた手配書だった。そして一番奇妙なのは、その手配書には写真が無かった。男の名前と、正気の沙汰とは思えない賞金額のみが記されているのみだ。
トキはレイチェルの指す手配書を見て驚いた顔を見せる。
「おや、これはまた・・・まだこんな物が貼り出されているのですか」
「なになに??」
チャイムが首を突っ込み、手配書の金額を見て固まる。
「なによ・・・コレ、人1人が一生遊んで暮らせる金額ね。
何やったのかしら。この人?」
「なんだい、嬢ちゃん、旅人なのにこの男の事を知らんのかい?」
トキが言葉を発するより先に、鉄格子の内側から初老の男が声をかけて来た。ギルドの職員だ。
「有名人なの?」
「そりゃそうさ、こんな賞金が懸けられているんだ。
聞いた事は無いかい、" 月の光を纏う者 "、ザード = ウォルサム を」
◆
刺客の一人が、ばらばらになって散らばった。
エアニスは無造作に刺客達の円陣に斬り込み、あっさりと囲みを破って彼等を切り崩し始めていた。
一瞬で目前にまで迫って来たエアニスに、刺客達が銃を乱射する。しかしエアニスは、まるで銃弾が見えているかのように弾丸をかわし、または弾き飛ばす。
ジュッ
血の焼ける匂いと共に、刺客の体が断ち切られる。エアニスが軽く振るった剣は、まるで紙でも裂くかのように次々と人を肉片へと変えてゆく。
その肉片は焼き切られた様な断面を見せ、辺りには殆ど血が流れていなかった。それ故に、切り捨てられた刺客達の体は異様な光景を見せていた。
まるで、夜道に打ち捨てられたマネキンのように。
間延びしてくぐもった破裂音が響いた。
聞き慣れない発砲音に視線を向けると、エアニスの視界一杯に投網が広がっていた。エアニスは引かずに前へ飛び、横薙ぎの一閃で網を斬り裂く。しかし網は右腕と右足に引っかかり、彼の動きを妨げた。その隙を捉え刺客の一人がエアニスに掴みかかり、剣を持つ左手を押さえつけた。残りの刺客達が、銃をエアニスと、彼に掴みかかっている刺客に向ける。アダマンタイトを纏った黒マントの刺客は、銃撃が効かないという事を活かし、味方ごとエアニスを撃つつもりなのだ。
エアニスは自由な右手で胸元の短銃を抜き、刺客の被るデス・マスクに銃口を押し付け弾丸を打ち込む。1秒も無い間に、連続して3発。アダマンタイトで作られた仮面はエアニスの銃弾をことごとく弾き飛ばすも、3発目の銃弾の衝撃が仮面越しに刺客の額を割った。崩れ落ちる刺客のマントを剥ぎ取りエアニスが自分の体を包むのと同時に、周りの刺客達から一斉射撃を受ける。しかしアダマンタイトのマントによって、襲い来る銃弾の雨はエアニスの体を揺さぶる程度の効果しか生み出さなかった。
エアニスは奪い取ったマントのフードを被り、そのまま刺客たちを斬り倒しにかかる。銃弾を避けたり、剣で弾き飛ばす必要が無くなり、彼の刺客達を倒すペースは格段に上がる。
土煙を巻き上げエアニスの足元が破裂した。着弾と同時に弾が破裂する榴弾だ。しかしエアニスは地面が弾けるよりも先に宙へ舞い、一番高い丘に立つ榴弾銃を構えた刺客に飛び掛かっていた。
丘に立つ刺客は慌てて榴弾を弾を放つが、エアニスは羽織ったマントを振り抜き榴弾を絡め取る。
「ぅ、うわ ぁあああっ!!」
丘の上の刺客が声を上げた。
ジュドッ
着地と共に、刺客の肩口を深々と切り裂く。刺客は、歪んだ人影となって、地面に崩れ落ちた。
思わず刺客達の動きが止まった。
丘の上に立つ、紅い剣を持った人影。
やけに大きく見える月を背に、髪を風に揺らしている。
その琥珀の髪は、月の光を照り返し銀糸の髪にも見えた。
それを見た刺客の数人は、一つの可能性に気付き、凍りつく。
◆
「月の光を纏う者・・・?」
「あぁ、誰が付けた二つ名か知らんが、世間にはその名前で通ってるぜ。
突然戦場に現れて、たった一人で何百人という人間を斬り殺して行く、とんでもない化け物って話だ」
身振りを交え、男は大仰に語った。
「たった一人で・・・何百人も?」
その話を聞いたチャイムは、すぐにとんでもないホラ話だと斬って捨てたが、チラリ、とエアニスやトキの顔が頭をよぎった。
エアニスは船に乗り込んできた数十人もの刺客を、たった一人で倒してしまった。トキもどうやったかは知らないが、たった1人で戦艦を1隻、乗っ取ってしまった。そして、2人の魔族。
常識では測れない存在がいるという事を、チャイムはつい先日実感したばかりだった。
男は楽しそうに噂話を続ける。
「何者なのか、どのような意思で動いていたかも一切謎。
写真も無いから、手配書には本名かどうかも分からない名前しか記されていないんだ。
突然戦場に現れ、奴が肩入れした勢力に必ず軍配を上げて行く。ただ、どこの勢力に肩入れするかは奴の気分次第らしく、結局何が目的で動いていたのか分かる事はなかったらしい。
こうやって奴に賞金をかける奴もいれば、逆にザード=ウォルサムを英雄として祭ってる国もある。戦場に現れることで、各国の戦力の均衡をとっていたと言う噂もあれば、ただ自侭に人殺しを楽しんでいたという噂もある。そんな所から、"戦荒らし"なんて呼ばれ方もしていたな」
ごくり、と喉を鳴らすチャイム。
この世界には、エアニス達以外にも、まだまだ常識を超えた強さを持つ存在がいるのだろうか。
「ま、たった一人で何百人も斬り殺す奴なんて居るわけ無いわな。戦争が終わってから、ザード=ウォルサムが現れたという話は全く聞かなくなっちまったし。実際、賞金は賭けられているが、そんな存在自体、実在してるかどうかも怪しいもんだ。ただの都市伝説、噂だよ」
結局、最後はそう笑って話を締めるギルドの職員。話をしていた彼自身も信じてはいなかったらしい。しかし、チャイムやレイチェルには、冗談には聞こえなかった。
「その、"月の光を纏う者"って呼び名は、どういう意味なの?」
「ふむ。それにも色々説があるんだがな」
ギルドの職員はチャイム達と話をするのが楽しいのか、調子良く噂話を続ける。
「ザード=ウォルサムには大きな特徴があってな。長く伸ばした銀の髪をしているらしい」
確かに銀の髪を持つ人間はこの国では珍しい。体の色素に異常がある者や、元々遺伝的に色素の薄いエルフ族にしか見られない特長だ。
「そして奴が現れるのは夜の戦場だけで、まぁ、そうなると奴の姿が目撃されるのは月明りのある夜に限られるわな。だから月と紐付けた二つ名がつけられたんだろう。
そして、奴の姿を見た数少ない目撃者達は、皆同じような例えで奴の姿を語るって話で・・・」
「月明かりが銀糸の髪を淡く輝かせ、
まるでザード=ウォルサムは、月の光を纏っているかのようだった」
突然、黙って書類にペンを走らせていたトキが口を挟んだ。
『・・・・・。』
突然割って入ったトキの言葉に、ギルドの職員とチャイム、レイチェルは言葉に詰まってしまった。
なぜ、と言われればはっきりとは言えないが、チャイムとレイチェルには、トキがイラついているように見えたのだ。
「書類、書けました。
お金頂けますか?」
まるで話を中断させるかのように、トキは職員に手続きの催促をした。
◆
「まさか・・・こいつは・・・!」
刺客の一人が恐々と呟く。他の刺客達も同じ想像へ行き着いたのか、戦意を失いじりじりと退ずさっている。
「・・・ッ!」
マントを翻し、刺客の一人が逃げ出した。それに続くように、他の刺客達もエアニスから離れてゆく。
ヴン・・・
エアニスの握る剣にまとわり付いた赤黒い光が、虫の羽音に似た音を立てその輝きを増した。
「 逃がすか 」
笑みを噛み殺す様に、かすれた声でエアニスが呟く。
ばがっ!
エアニスに背を向けた刺客の体が両断された。
エアニスが紅く輝く剣を刺客に向けて振るった。たったそれだけの事で、剣の間合いの遥か遠くに居た刺客は斬り倒されてしまったのだ。
「魔導だと・・・!?」
斬り飛ばされた刺客とは違う方へ飛んだ刺客が目を剥く。そして、その刺客も首元に不可視の衝撃が打ち込まれ、視界がグルリと回転し彼の首は地面へと落ちた。
彼が最期に見たものは、月の光に照らされ淡く輝く銀の髪。
それは、とても綺麗だった。
◆
墓標の丘に静寂が戻る。
そこに立っているのは、風になびく髪を月の光で鈍く光らせたエアニスのみである。
「まだ・・生きていたのか・・・」
呻くような呟きにアニスは振り向く。彼が斬り倒した刺客の一人だ。仰向けに倒れこみ、腹の傷口を押さえながらエアニスを見上げる。
「教えてくれ・・・お前は、まさか・・・」
どっ
エアニスの剣に右胸を貫かれ、刺客は静かに目を閉じていった。
( だれも傷つけないで )
かつてレナに言われた言葉が、耳鳴りのようにエアニスの中で響いていた。
「俺は、何も変わってない・・・」
エアニスは墓標の前に座り込み、頭を抱えうずくまる。
「少しアタマに来ただけで・・・このザマか・・・」
襲い来る刺客ばかりではなく、逃げようとする刺客まで、すべて斬り捨ててしまった。 逃げる者をまで倒した理由は、ここでの出来事がルゴワールの上層部へ報告される事を危惧したというより、単純な"怒り"による所が大きかった。
銃弾で欠けた墓石を指でなぞり、沈み込んだ声で呟く。
「当分、お前に合わす顔が無さそうだ。
まだ暫く、こんな事を続けなきゃならないみたいだしな・・・」
レナとの約束を忘れた訳ではなかった。しかし、だからといって今エアニスが身を置く戦いを放棄する訳にはいかない。"彼女"達を、守らなければいけない。
こんな想いをするのなら、初めからあんな事に首を突っ込むんじゃなかったと、エアニスは後悔する。
「もう仲間を奪われたくないんだ。
お前との約束を守れなくても、これ以上手を汚す事になっても、もうそれだけは嫌なんだ」
彼女達を見捨てるつもりが無い以上、エアニスはこれからも手を汚し続けなくてはいけないだろう。葛藤がエアニスの心に渦巻く。
「・・・行くよ。ごめんな」
立ち上がりレナの墓標に背を向けたエアニスの右手を、不意に温もりのある何かが触れた。
「!」
驚いて振り返ると、そこにはエアニスの手を握る、レナの姿があった。
しかしエアニスは、自分への嫌悪感からレナの顔を見る事は出来なかった。レナがどのような表情をしていたのか分からなかったが、レナの唇が言葉を紡ぐのを見た。
その声はエアニスの耳に届く事はなかった。
しかし、エアニスは確かにレナの唇が、その言葉を紡いでいたのを見た。
- 守ってあげて -
「っ!
レ ナ ・・・!!」
エアニスはその言葉に弾かれたように面を上げ、彼女の手を取ろうとする。
しかし、気付いた時にはそこには誰も居らず、虫の声が響く丘にエアニスは一人で立っていた。
まるで夢から覚めたかのような感覚。しかし、それが夢でも幻想でも無い事を証明するかのように、エアニスの右手には彼女の温もりが残っていた。
自分の右手を握り締め、頬に当てる。
「ああ・・・分かった」
レナの意思に触れる事が出来たような気がして、今まで張り詰めていた気持ちが解放されてゆく。
エアニスの頬に雫が流れた。
雨でも降ってきたのかと空を仰ぐが、そこには雲一つ無い降るような星空と、銀の月。
すぐに雨では無いと気付き、エアニスは自分の目元を押さえた。
涙は流れていたが、エアニスの心は穏やかだった。