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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第三部
24/79

第23話 マスカレイド - 仮面の素顔 -

 チャイムが読んでいた本から目を離すと、トキが棚や鞄を探りながら部屋の中を歩き回っていた。

「さっきから何してんの?」

 トキは頬を掻きながら答える。

「えぇ・・・そろそろ夕食でしょう?

 何か食べ物を調達してこようと思ってるんですが・・・

 チャイムさん、僕とエアニスの財布知りませんか?」

「えっ!?」

 この旅の資金は、エアニスとトキが共同出資している出所不明の謎資金でまかなわれている。二人の共通の財布はチャイムも見た事があったが・・・。

「あれって、トキが管理してる筈じゃないの?」

「そうなんですけど・・・僕の記憶が確かなら、車の中に置きっぱなしにしてしまったような気が・・・」

 自信なさげな返事をして、ついチャイムから視線を逸らしてしまうトキ。

「じゃあ財布は車に乗ってっちゃったエアニスが持ってるって事ね・・・・

 って、どーすんのよ、今日の晩ゴハン!!」

「チャイムさんのお金を、今晩の食事代分貸して頂けないでしょうか?

 僕個人の持ち合わせも無くなってしまいましてね」

「あたしもレイチェルも遠の昔に一文無しよっ!!」

「・・・それは・・・初耳ですね」

 ベットではレイチェルが頬を掻いている。


「仕方ないですね。ちょっとお金下ろしてきますか」

「え、トキ、銀行にお金あるの?」

「いえ、銀行ではなく、ギルドに預けたお金がありますので」

「・・・トキもギルドで仕事してたんだ・・・

 な、なんかイメージ違うな」

 ギルドというのは仕事の斡旋や賞金首の手配等を行う、いわば旅人の仕事の紹介所だ。必然的に柄の悪い、流れのごろつきばかりが集まってしまう場所でもあり、チャイムはギルドに立ち寄った事は無かった。エアニスは時折、ミルフィストのギルドへ顔を出しているような事を言っていたが、トキも出入りしているとは少々意外だった。

「まさか。僕はあんないい加減な所で仕事はしませんよ。

 僕のお金では無く、エアニスの稼いだ賞金が預けられたままなんです。

 暗証番号等、引き出しに必要な知識は頭に入っているので、問題ありません」

「問題ありませんって・・・いいの、そんな事勝手にしちゃって。

 エアニス個人のお金なんでしょ?

 それに、なんでアンタがそんな事知ってるのよ??」

「しかし、困りましたね。

 エアニスも居ない事ですし、買い物の為に僕がお2人から離れるのも考え物、ですか」

「・・・」

 チャイムの質問をあっさり無視して問題点を切り替えるトキ。一瞬突っ込もうかと思ったが、エアニスのお金を勝手に引き出しても困るのはそのエアニスだけである。今晩の食事の為に、チャイムは涙をのんで突っ込みを自重した。

「わたし達も一緒に行きましょうか?」

 ベッドから身を起こし、レイチェルが提案した。

「でもレイチェル、体は大丈夫なの??」

「うん。魔力はもう十分回復してるし、体調もほとんど戻ってるから、大丈夫」

 乱れた髪を整え、元気そうな笑顔でレイチェルは言った。トキとチャイムも安堵の表情を浮かべる。

「それなら、買出しも一緒に済ませて、久し振りに美味しい食事の出来る所でも探しますか」

「賛成っ!」

「あ、でもエアニスさんには悪いですね・・・」

「いいのよ、アイツはアイツで一人で羽伸ばしてるんじゃないの??」

「んー・・・だといいんですけどねぇ」

 意味ありげなトキの相槌にチャイムとレイチェルは訝しげな顔を浮かべる。

「まぁ、仲間外れも可愛そうなので、エアニスには何かお土産でも買っておきましょうか」

「あんたのお金じゃないのに良く言うわねー・・」

 流石のチャイムも、今度ばかりは思わず突っ込みを入れてしまった。



 小高い丘の上にある小さな墓標。

 その隣に立つ木立に背を預け、エアニスは眠っていた。レナの墓参りに来る時は、いつもここで眠る習慣がついてしまっていた。秋が訪れていたミルフィストよりかなり北に位置するこの土地は、まだ夏の終わりといった気候で、薄い毛布にくるまるだけで十分眠る事ができた。

 これからバイアルスへ向けて南下して行く程寒い気候に変わり、目的の場所へ到着する頃は冬の入り口に差し掛かる頃だろう。

 そんな事を思いながら浅い眠りに浸っていると。


 突如、夜の闇に陰湿な殺気が満ちた。

 ざっ。

 エアニスは毛布をかなぐり捨て、抱いて眠っていた剣を抜き放った。

( 誰か、見ている )

 それも、複数の人間が、敵意・・いや、殺気を込めた視線で。

 エアニスは軽く舌を打つ。やはり最近の疲れが溜まっていたのか、今まで気配に気付く事ができなかった。

 もぞり、と、闇が動いた。

 茂みの中から、木立の影から、丘の稜線から。次々と黒い影が浮かび上がり、エアニスを取り囲むように立ち並ぶ。20人程か。

( こいつら・・・トキと同じ・・・ )

 エアニスは彼等の姿には見覚えがあった。黒いコートとマント。そして、フードの中から覗く、白いデス・マスク。

 そう。トキが戦う時に身を包む、あのコートとマスクと良く似ているのだ。

 しかし、トキの戦装束と同じだから知ってる、というだけではない。エアニスは一年半程前に、彼等と剣を交えた事があるのだ。ルゴワールの精鋭を集めた実験部隊。彼等が羽織っているコートとマントは特殊な防弾服で、人間一人を装甲車並の戦力に仕立て上げる事ができる。

 部隊名は確か、"マスカレイド"。

 そして、レイチェルの故郷を焼き払ったのも彼等だという。

 この中にエルカカを襲った連中は混じっているのだろうか。それならば、仇をとるチャンスだ。

 エアニスの正面に立つ黒マントが、エアニスに歩み寄る。

「レイチェル=エルナースの護衛だな?」

 黒マントの言葉にエアニスは安堵する。彼等はレイチェルの護衛であるエアニスと、一年半前に彼等と戦ったエアニスを紐付ける事が出来ていないようである。

 しかし、エアニスに問いかけた男はその答えを数秒と待たず、問答無用で銃口をエアニスに向けた。

「!!、よせ!」

 短く制止の声を上げるエアニス。

 ガヒュン!

 ヒギィイン!

 同時に響く破裂音と金属音。黒マントが放った銃弾は、エアニスの振るった剣に弾き飛ばされた。驚愕する黒マント。

「!!

 なる程、噂通りとんでもない化け物のようだな!!」

 確証を得た、と言わんばかりに歓喜の声を上げる黒マント。そのマスクの下には、歪んだ笑みが浮かんでいる事が容易に想像できる。

「・・・・」

 しかしエアニスには黒マントの声が耳に入っていなかった。

 エアニスの足元。弾けた銃弾が当たったのだろう。レナの墓標の端が欠けていた。

 その墓標を見て、エアニスの頭は真っ白になった。

 エアニスを撃った男は、その様子に構う事なく興奮した表情で喚き続ける。

「最近はくだらない任務ばかりで退屈していた所だ!!

 いつも相手にするのは抵抗もしない腰抜けばかりで、いつも貴様のような化け物と戦って見たいと思って  」

ガヒィン!!

黒マントの嬉々とした声は、体を突き抜ける凄まじい衝撃と、耳をつんざく金属音にかき消された。

「がっ・・!?」

 黒マントの男が呻く。気付くと視界からエアニスが消えていた。見えているのは、自分の顔のすぐ真下にある、風で広がる琥珀の髪。

10メートル以上離れたていたエアニスが、まばたきをする程の時間で、その間合いを一足飛びで詰め、男の胸に剣を突き立てていたのだ。

 耳障りな金属音は、マントの下に仕込まれた金属板を貫いた音だ。彼等のコートとマントの生地に仕込まれた素材は、鉄鋼弾すら貫通する事の無く銃弾の衝撃すらも緩衝してしまう、魔導技術で精製された金属、アダマンタイトだった。それが、エアニスの剣に易々と貫かれていた。

 ジャギイィッ・・

 エアニスは男の胸から一気に刃を引き抜き、

 ドシャアァァァッ!!!!!!

 振り上げた剣で、脳天から股下まで男の体を両断した。

『・・・・・!!』

 硬直する黒マント達の足元に、カン、カランと音を立て何かが跳ねて来た。それは左右二つに断ち切られた、彼等の上官のデスマスクだった。硬度だけで比べるなら、このデスマスクは彼等の羽織うマントよりも硬い筈だ。

 流石に殺しの専門家達も、その凄惨な光景に戸惑いを見せる。そして、彼等が絶大な信頼を置くアダマンタイトの防弾服が斬り裂かれた事に驚き、冷静さを維持する事が出来なくなった。

 我に返った黒マント達は、何かに急き立てられるかのようにエアニスへ向け一斉に発砲を始めた。両断された上官の体も銃撃に巻き込まれるが、彼の体はアダマンタイトの防弾服を着ていた事を証明するかのように銃弾をことごとく弾き飛ばしていた。

 男の体を盾にしながら、エアニスは驚異的な跳躍力で黒マントの囲みを飛び越える。空中でも銃弾を浴びせられるが、宙を飛んでいる最中でも襲い来る銃弾の全てをエアニスは叩き落とす。

 ザ、と、小さな砂の音だけを立て、エアニスは丘の一番高い場所へ降り立った。黒マント達は銃撃を一旦止めて、再度エアニスを取り囲む。

 エアニスは左手の剣を真横に構え、刀身の腹に刻まれた文字を2本の指でなぞり、ボソリと何かを呟いた。普段使われる事の無いエアニスの膨大な魔力が剣に注ぎ込まれる。まるで儀式のような短い仕草を終えると、エアニスの剣は、脈打つような紅い光に包まれていた。


 丘を低く唸る風が吹き抜ける。

 黒マントの誰かが、辺りに漂う異質な空気に息を呑んだ。

 風に吹かれて髪に隠れていたエアニスの顔があらわになる。そこには欠片の表情も浮かんでおらず、黒マント達が被っているデス・マスク以上に無表情だった。

 どくん ずくん、

 紅い光と共鳴するように夜の空気が脈打つ。

 月の光を纏い滲む黒い影となったエアニスが、仮面の刺客達へ飛び掛った。

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