表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第二部
21/79

第20話 剣士の性

 1隻の旅客船を囲む3隻の中型戦艦。その1隻の甲板で、2人の兵士が銃を肩に掛け、暇そうに立っている。

「たった4人を捕まえるだけに、よくもまぁこれだけの金をかけるよな、上の連中もよ・・・」

「よく知らねぇが、それだけの価値のお宝を持ってるらしいぜ、そいつら」

  隣に同じ服装で立つ兵士も、同じように気の抜けた声で話す。

「例の女どもを護衛してる奴らは、化け物じみた強さをしてるらしいぞ。

  なんでも、ミルフィストで奴らを捕まえようとした、ルゴワールの孫組織・・・・何ていったかな?

  とにかく、そいつらが20人がかりで捕らえにかかったらしが、返り討ちにあったって噂だ。

  しかも、全員に銃を持たせていたのにも関わらず、だ」

「そんな馬鹿な話があるか」

  片割れの兵士は、全く聞く耳持たずといった風情でその噂を聞き流した。それを話した兵士自身もも信じていないのか、そりゃそうだ、と笑った。

「・・・それにしても、随分と静かになったな」

  包囲した旅客船からはいつの間にか銃声一つ聞こえなくなっていた。ほんの数分前までは、連続した銃声がここまで響いていたというのに。

「たった4人を捕らえるくらいなら、この程度だろ。そろそろ撤収準備にかかるか」

  欠伸を噛み殺しながら言う兵士。その時、もう1人の兵士が何の気無しに海に向けた目を、僅かに細めた。

「おい、アンカーフックのチェーンに・・・!」

「あ?」

  今、この船の砲門から伸びる巨大な鎖は、数百メートル離れた標的の旅客船に突き刺さり、この戦艦と繋がっている。兵士はその鎖の中程を指差し、戸惑いの声を上げた。

  もう一人の兵士はそれに視線を向け、そして目を剥いた。

  海の上を伝う巨大な鎖の上を、コートで身を包んだ人間が、走っているのだ。

「なっなんだ、ありゃあ!!」

「敵に決まってるだろ、撃て! 海に落としてやれ!!」

  二人は肩に掛けたライフルを鎖の上を走る男に向けて発砲する。

  ばす、ぼっ!

「!?」

  二人の兵士は、喉元が軽い音を立ててはぜ割れるのを感じた。

  鎖の上の影が撃ってきたのだ。

  ごぶりと喉が泡立ち、意識が闇に落ちる。


「何だ今の銃声は!?」

  数人の兵士達が、銃声の起きた甲板へと駆けつけた。

  そこには赤黒いコートで全身を覆った人間が立っていた。目深に被ったフードからは白い仮面が覗き、異様な雰囲気を漂わせている。その足元には、2人の見張りが喉から血を流して倒れていた。

「侵入者だ!!」

  その声と同時に、その場に居た兵士達から一斉射撃を受けるコートの男。

  しかし、無数の銃弾は男の体を僅かに揺する程度の事しかできなかった。コートに当たった銃弾は火花と煙を上げて潰れ、床にバラバラと落ちる。

「・・・お、おい! こいつ、どうなってやがる!!?」

  その光景に、兵士達は引き金を引きながら動揺と恐怖が入り混じった声を上げる。

  コートの男は全身に銃弾の雨を浴びながら、両腕をゆるりと上げる。その手には黒光りする拳銃が握られている。

ばす、ぼっ、ばん、

  コートの男の放つ銃弾は、小さな発砲音と共に兵士達の咽元に一発づつ飛び込んだ。

  兵士の数だけ銃弾を放ち、その場に立つのはコートを纏った仮面の男だけとなった。

  周囲に静寂が戻る。人間味と現実味が欠片も無いその人影は、まるで人を殺す為の機械人形のように見えた。そんな機械人形が突然、人間臭く溜息をつき肩を竦める。

「やれやれ・・・やっぱり向いてるんですかね。こういう仕事の方が」

  コートの男は、トキの声でそう呟いた。



  エアニスの右肩に、バルザックの短剣が食い込んでいた。

  刃はローブの下に着込んだ防弾服を貫通している。余程の力で突き刺されない限り、剣でこのような真似は出来ない。

  エアニスに腹部を何十発も銃で撃たれ、胸を真横から串刺しにされているバルザックに、それだけの力が残っているとは思えなかった。

「がっ・・・!!」

  バルザックが突き立てた剣を捻り、エアニスの口から思わず声が漏れた。

  彼はバルザックの胴から剣を引き抜くと、短剣を持つバルザックの右腕を斬り飛ばした。

  エアニスはバルザックから遠ざかり、肩に刺さった剣を引き抜く。慌てて右手で傷口を押さえつけた。

「・・・エアニス!?」

「エアニスさん!」

  異変に気付き、船内から状況を見守っていたチャイムとレイチェルが隠れていた壁から飛び出す。

「来るなっ!!」

  エアニスの大声に、チャイム達は身を竦ませ立ち止まる。

「・・・大したことないから・・・心配すんな」

  エアニスはそう言いながら、目の前の生きている筈も無い赤い人影を見据えた。

  彼はまだ立っている。自らの血溜りの中に。

  バルザックが大量の血を吐き出した。肩を震わせ咳き込み、息が落ち着いた頃にゆっくりと顔を上げる。

「酷いじゃないか。剣と剣の勝負じゃなかったのか?」

  バルザックは体の傷をものともせずに喋った。


「お前・・・」

  エアニスはバルザックが思った程、驚いている様子が無かった。むしろ、同情にも似た表情を見せている。それがバルザックを不機嫌にさせた。

「ちょっとした魔導を使っているのさ。すこしくらいの事じゃ、死なない体にしているんだ」

  バルザックは、エアニスに斬り飛ばされた自分の腕を拾い上げ、切断面を自分の腕に合わせる。斬られた筈の腕はそれだけで繋がったのか、指先がモゾリと動いた。蜂の巣にされた筈の腹部からも、出血は止まっている。

  普通の魔導では、こんな無茶な事は出来ない。しかし、これと似た事ができる魔導を、エアニスは知っていた。苦々しく、哀れむような声色で、その正体を口にする。

「生ける屍・・・か」

「屍などと呼ぶな。首が繋がっている限り、自我はあるんだ」

  バルザックは笑い、エアニスの言葉を肯定する。


  魔導の使えないエアニスだったが、それなりに魔導の知識は持っている。

  生ける屍。

  彼らは体がある限り、痛みを感じる事無く動き続ける。新陳代謝能力を損なわず、脳が活動している限りは、普通の人間と何ら変わる所は無い。しかし、いずれ彼らは肉を腐らせ、自我を失う。その末路は酷いものだ。人の形をした獣と成り果てる。

  人の尊厳を踏み躙る、決して使ってはいけない邪法中の邪法。しかし、この魔導を使えば不死身の軍隊をいくらでも量産できる。死体から"生ける屍"を作る事も可能なのだ。戦場に死体など文字通り腐る程あるのだから、材料には困らない。戦争という状況下では、非常に有用な術なのだ。実際エアニスも、戦場で使役される彼等を見た事がある。

  相当の魔力と魔導技術を持ち、なおかつ人外の倫理観を持つ者でないと術を発動させる事は出来ない。禁術にあたるため、術のプロセスを記した魔導書も簡単には手に入らず、もし使えるという事が分かれば、今ではそれだけで賞金首になってしまう。

  今となってはこの術を使う事が出来るのは極少数の人間のみである。


「施術者は誰だ? お前が自分で使ったのか?」

「まさか。

  "ルゴワール"の魔導師にやってもらったのさ」

  ギリッと歯軋りをするエアニス。

「奴らに利用されてるだけだぞ。不死身と言っても、その体じゃ遠くないうちに自我を失う。

  分かってるのか?」

  敵だと分かっていても、バルザックに哀れみを感じるエアニス。しかし。

「構わん。お前のような最高の使い手と存分に戦えるなら、そんな事などどうでもいさ」

  バルザックが凄絶な笑みを浮かべた。


「貴様はとんでもない化物だ」

「・・・誰が化物だ」

「ミルフィストで剣を交えてすぐに気付いたよ。お前の、常識から一歩だけ外側に居る、イカレた強さにな。

  お前は、俺よりずっと強い・・・がだ、根本はきっと俺と同じだ。

  いつ死んでも構わないという目を・・・している」

  エアニスは口を噤む。

  世界には、常識という一線から逸脱した強さを持つ者がいる。そういった者達は、大概メンタルという側面でも常識から外れている事が多い。

  人生を犠牲にして己に課せられた使命を全うしようと力を磨き続ける者。

  生まれながらにして人間らしい感情を一切植え付けられず、人としての枷から解放された者。

  そしてエアニスのように、自分の命を軽んじ死線を日常の一部とした者。

  人間の常識から外れた思考を持つが故に、やがてその力までもが人間の常識から外れる者は少なからず居る。

「俺と同じような奴には初めて会った、だから、嬉しかったよ」

  バルザックは狂気じみた笑顔を浮かべる。しかし、その目は狂気などに支配などされていない。それはまるで、ようやく望む物を見つける事の出来た歓喜に震える探求者の目だ。

「俺の体や、未来の事なんてどうでもいい!!

  俺にとってはお前と全力で戦える事が何よりも変えがたい喜びなんだよォ!!!」


  エアニスの心の奥がカッと熱くなった。バルザックに一瞬抱いた哀れみの念など、すでにどこかへ吹き飛んでしまった。自分でも良く分からない感情。でもそれは、きっと今バルザックが抱いている感情と同じ物のような気がした。

「そうかい・・・それは光栄だな。

  なら、全力で戦わなくちゃ、失礼か」

  バルザックの言葉は、エアニスにとっては最高の賛辞だ。

  誰がどう見てもバルザックは狂っている。エアニスも、そう思う。だがその根底に、剣士として強さを求めるバルザックの信念がある以上、エアニスはそれに向き合わなくてはいけないと思った。

  彼の気持ちが、分かるから。



「・・・続けようか。茶を濁して悪かったな」

  エアニスは機関銃を放り投げ、左手の剣を構え直した。

「あぁ・・そうだな」

  バルザックも剣を拾い上げ、エアニスに向き直った。


  エアニスとバルザックは甲板の上で剣を交える。

  いつの間にかエアニスは、チャイムとレイチェルを守るという役目を忘れ、バルザックとの戦いに夢中になっていた。全てを投げうってまで自分と戦う事を望む敵。その狂気に、エアニスは真剣に向き合う。

  バルザックの動きは衰える事は無かった。むしろ、徐々にその力も身のこなしも鋭くなってゆく。"生ける屍"の術で、身体機能が壊れ始めているのだ。人間は、自分の体を壊さないよう本能的に力のリミッターが作用している。バルザックはその力の制御が出来なくなっているのだ。バルザックが剣を振るう度、彼の関節と筋肉がメキメキと鳴いている。

  しかしバルザックはとても楽しそうに剣を振るう。

  そして、エアニスも。

  エアニスは、これだけ純粋に戦う事を楽しむ敵に、久し振りに出会った。

  そして、自分と、同じ性質を持つ人間に、初めて会った。


  ガィン!

  ギジャァン!!

  両者の剣が火花を散らし、ぶつかり合う。散った火の粉が甲板を飛び跳ねた。

  元々エアニスの腕力は人並み程度で、常人離れの瞬発力で斬撃の鋭さを高めていたが、右肩が動かない事で思うように剣に力を込めることが出来ずにいた。

  剣のぶつかり合いに押し負け、体の軸が振れた。そこを狙い、バルザックの突きがエアニスの脇腹を狙う。

  エアニスは体を半回転させて突きをかわし、その勢いを利用し鉄板の入った硬いブーツをバルザックの即頭部に叩き込んだ。普通なら脳を揺さぶられる程の衝撃に、バルザックは怯む事なく剣を振るい続ける。

(くそっ、ここまでてこずるとはな・・・)

  エアニスは苦笑いを浮かべて思う。ここまで本気で戦える相手には、戦争が終わってからは初めて会ったかもしれない。不死身の体がある事を抜きにしても、バルザックは強い。

「ッ!?」

  エアニスの蹴りによって切れた額から血が流れ、バルザックの右目を塞ぐ。

  絶好の好機と見取ったエアニスは、バルザックが失った右側の視界に飛び込む。バルザックはエアニスを見失い、慌てて視線を巡らす。左目の端に、風になびく琥珀の長髪が見えた。

  ききんっ

  バルザックの両手に軽い衝撃が走ったかと思うと、突然手から剣の重みが消えた。見ると、両手の短剣は根元から切り飛ばされていた。

「・・・!」

  バルザックは首筋と左腕をエアニスに捕まれ、足を払われた。うつ伏せに甲板に倒れ込むバルザック。その背中へエアニスがバルザックを押さえつけるように跨った。


  二人の剣士は動きを止める。バルザックはエアニスに押さえ付けられたまま抵抗しない。背後を取られ、剣を失ったのだ。バルザックの負けは明らかだった。暫く二人の乱れた息遣いだけが続く。

「もう・・・十分楽しんだか?」

  エアニスはバルザックを押さえつけたまま問いかける。バルザックは大きな溜息をついた後、小さく笑った。

「あぁ、最高だ。お前と、戦えた事を・・・光栄に思う」

  いつの間にか、バルザックの瞳から光が消えかけようとしていた。体の損傷と出血で、脳の活動が止まりかけているのだろうか。自我を失い、人の形をした獣になるのも時間の問題のようだ。

「・・・俺もだ。久し振りに楽しめた。

  ありがとよ」

  エアニスはバルザックの延髄に剣を押し当て、力を込める。

  バルザックの四肢から力が抜けていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ