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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第二部
17/79

第16話 痛定思痛

 トキは2人部屋の船室を2つ続きで取っていた。

大して広くもないし設備が整っているという訳でもないが、これでも見知らぬ人間と相部屋をする3段ベッドが押し込まれた船室の倍以上の金額を出している。

  その一室。エアニスとトキの部屋に、チャイムとレイチェルは何をするでもなく居座っていた。


「暇ねー・・・」

「んー」

  時刻は夜の8時。2人は船内を見て回ると、いきなりやることが無くなってしまった。 日が昇っているうちなら、ぼんやり海を眺めているだけでも退屈しないのだが、既に船の周りは灯り一つ無い夜の闇に包まれてしまっている。月明かりも乏しく、陸も水平線も空も何もかも真っ黒だった。

  目的地のアスラムまであと7日。先は長い。


「暇になる事は分かってたけどさー。

  あーあ、もっと暇潰し出来る物持ってこれば良かったなー」

  チャイムは2段ベッドの1段目に腰をかけて背伸びをする。因みにそこはエアニスのベッドだったが、船室に彼の姿は無い。

「あ、そいえばレイチェル、船酔いは大丈夫なの?」

「うん、酔い止め飲んだから、なんとか・・・」

  レイチェルはテーブルに頬杖をつきながら答える。彼女も安全な海の上に出た事で安心しているのか、今は緩んだ表情を見せている。しっかり者の珍しい一面に、チャイムは思わず笑ってしまう。


「あー、何か面白い事無いの、トキ?」

  チャイムは頭上の2段目のベッドを下からゴンゴンと叩く。2段目のベッドでは徹夜明けのトキが眠っていた。

「・・・なんでお二人とも僕達の部屋にいるんですか? 帰って下さいよ・・・」

「暇だし」

「勘弁してくださいよ、僕は昨日の朝からずーっと起きてたんですから・・・・」

「優等生だからって寝るの早すぎるわよ。まだ8時だって!」

「僕にとっては38時くらいなんですけど・・・

  あー・・・、じゃぁ僕の荷物にトランプが入ってるので、お二人でどうぞ・・・」

「ホント?

  用意いいじゃない。よっし、3人でやろ!」

「えっ。いや僕は・・・」

「2人でトランプやったって楽しくないじゃない。

  ほら、起きて起きて!」

「ちょっ、やめてくださいよ、あっ、あっ。」

  チャイムはトキのベッドまで登ってきて無理矢理毛布を剥ぎ取ろうとするも、トキはそれにくるまりながら反抗する。


「おー、チャイム。

  夜這いに来るにはまだ早くないか?」

  ドアが開き、エアニスが部屋に戻ってきた。

「ななななっ、何が夜這いよ!!!」

「エアニス、助けてください。貞操の危機です」

「あんたっこの、エロメガネー!!!」

  トキを枕でめった打ちにするチャイム。

「チャイム、トキさんは私達の為に寝ずに動いてくれてたんだよ。

  あんまりわがまま言っちゃ悪いわよ」

「うー・・・分ったわよ・・・」

  レイチェルにいさめられ、チャイムは渋々トキを解放する。途端にトキは団子のように毛布にくるまってしまった。


「暇なら丁度いい」

  エアニスは手に持っていた物をチャイムに投げ渡す。

「うわ、ぉ」

  ガジャッ。

  チャイムが受け取ったのは鞘に納まった剣だった。

「なに、これ」

「今日から剣術の稽古だ。アスラムまでの7日間を無駄にする事は無いだろ」

「・・・・・・は?」

  不敵な笑みを浮かべるエアニスに、チャイムとレイチェルは呆けた声を上げた。



  エアニスとチャイムとレイチェル、そしてトキは(結局起こされた)、人気の無くなった甲板へ上がり、機関室の屋根へ上った。

  この場所ならそこそこの広さもあり、人目にも触れる事は無い。剣戟の音もエンジン音に紛れて目立たないだろう。

「はっきり言って、俺とトキだけでお前らを守りきる自信は無い。

  四六時中一緒に行動してるワケじゃないからな。ある程度は自分の身を守れるようにはなって貰いたいってのが本音だ」

  ひゅうひゅうと冷たい風が吹きすさむ中、エアニスは淡々と稽古の趣旨を語る。

「まず、あんたらがどれだけ戦えるか知りたい。

  自分のエモノでいい。俺を殺すくらいの勢いでかかってこい」

  チャイムとレイチェルは顔を見合わせる。

  二人とも、エアニスの半端ではない強さを知っている。そんな相手と戦うのは、稽古と言えど怖かった。

「そうだ、トキが言ってたぞ。レイチェル。

  体術もロッドの扱いもなかなかのモノって話じゃねーか」

  ニコリと笑い、エアニスは愛刀で自分の肩を叩く。びく、と肩を竦ませるレイチェル。

「エルカカの戦いのセンスは普通じゃない。

  あんたも小さい頃から叩き込まれたクチだろ?」

「いえ、全然そんなこと無いですからっ。

  昔から私ほんとーに、組み手とかって苦手で・・・」

「遠慮はいらないぞ。はっきり言って、俺は一発も貰うつもりは無いからな」

「うわっ、ムカつく」

  チャイムは自信満々のエアニスの態度に思わず頬を引きつらせる。

  しかしエアニスの戦い方を見る限り、チャイムにはエアニスに一撃を入れる事は、途方も無く難しい事に思えた。

  レイチェルはエアニスの鋭い視線を受け止め、一度大きく深呼吸をすると、

「・・・わかりました。宜しくお願いします」

  レイチェルは自分のハンマーロッドを両手に握り締め。一歩前へ出た。その時チャイムには、レイチェルが不機嫌そうな顔をしているように見えた。

「・・・おや。レイチェルさんはひょっとして負けず嫌いとかですか?」

  眠そうに目をこすりつつ、トキがチャイムに問う。こんな時でもちゃんと人の表情に注意を向けているトキがなんとなく嫌だった。

「さ、さぁ。そんな事は無いと思うけど・・・。

  えっと、レイチェル、とりあえずそいつの鼻っ柱へし折っちゃえ!!」

「外野うるせぇ!! しばくぞ!!」

  言いながら、エアニスも鞘に収めたままの剣を片手で構える。


  4人の間に沈黙が落ちる。

  エアニスとレイチェルは少しも動かない。ただの手合わせなのに、その2人の対峙を真剣に見入ってしまうチャイム。

  先に動いたのは、レイチェル。

  ハンマーロッドを何度か空転させると、その遠心力に乗ってエアニスへ駆け出した。

  レイチェルの体を這うようにロッドは回転し、遠心力を無駄にする事無く流れるような動きでエアニスの体を狙う。

  しかし、ただ遠心運動を繰り返すだけの単調な攻撃に、エアニスは動じることはなく冷静にハンマーの軌跡を読んで身をかわす。

  ど、ひゅんっ!

  低い風斬り音と共にエアニスの目の前をハンマーが行き過ぎる。当たれば大怪我間違いなしの攻撃である。レイチェルはエアニスの言った通り、遠慮無しで戦っているようだ。その事に何故か笑みが浮かんでしまうエアニス。

  ハンマーロッドは力が無くても、梃子の原理と遠心力が使い手の力を何倍にも増幅してくれる。剣や銃以上に技術の必要な武器だが、小柄で華奢なレイチェルにはうってつけの武器だと思った。

  そんな事を考えていると、行き過ぎたハンマーの先端に続き、ロッドの柄がエアニスを狙って来た。先のハンマーの一撃から、ロッドが半回転するまで、コンマ一秒程度の間を置いて繰り出された瞬撃。

  ガィン!!

  流れるような連撃をかわしきれず、エアニスはロッドの柄を剣で弾く。予想外の攻撃だった。するとレイチェルはその弾かれた衝撃さえも利用し、再びハンマーの先端をエアニスの足元に繰り出す。

  しかも、今までのような単調な攻撃ではない。遠心力を利用しつつも、レイチェルはロッドに繋がった二本の細い鎖を操り、攻撃の軌道を複雑なものに変化させている。

  まるでロッドが意思を持っているかのようにエアニスへ襲い掛かる。

(マジでか・・・)

  エアニスはようやくレイチェルの実力に気付いた。正直、手を抜いて攻撃を裁いていたが、慌てて頭を本気の戦闘状態に切り替える。

  一瞬だけ足を浮かし、地を滑るようなハンマーの一撃をやり過ごす。そして、再び地に足を着けるエアニス。その瞬間、視界の端に何かが流れ、過ぎた。

  がくんっ!

  エアニスの足が、かわしたはずの一撃から僅かに遅れて払われる。ロッドに繋がったチェーンがエアニスの足を絡め取ったのだ。

「げっ!」

  腰が地に付く前に、払われていない逆の足で必死に地を蹴り、レイチェルから距離を取ろうとするエアニス。しかしチェーンはエアニスの片足をしっかりと捕らえている。レイチェルがロッドに繋がったチェーンを思いきり引き寄せるとエアニスは完全にバランスを失い、遂に背中から地面に倒れた。


『うぉぉぉぉおおおおおっ!!!!』

  思わず歓声を上げるトキとチャイム。

  反射的にエアニスは足に巻きついたチェーンを引き寄せ、レイチェルの武器の自由を奪おうとした。しかし、チャイムは自らエアニスとの距離を詰め、ハンマーを振り下ろす。

  ガキン!!

  座りこんだまま、頭上でハンマーの一撃を受け止めるエアニス。次の連続攻撃に警戒し、ロッドの先端がどこに振るわれるかを警戒する。しかし。

  とん。

  レイチェルのか細い左手がエアニスの喉を突いた。

『あっ』

  レイチェルを除く全員が間の抜けた声を上げた。

  剣を頭上に構えたまま、思わず硬直するエアニス。何が起こったのか、全て理解していても、もはや後の祭り。敗因は完全に自分の油断である。

「手加減して貰ってるのは分かりますけど、加減を間違えると足元すくわれちゃいますよ?」

レイチェルが、いつもより少しだけ強気な表情で勝利宣言をした。


「なんちゃって・・・その、ごめんなさい・・・」

  レイチェルは自分の台詞に照れたように笑い、ぽりぽりと頭を掻く。一瞬見せた強気な 表情は消え、いつもの謙虚なレイチェルの顔に戻っていた。

  レイチェルを除く3人はあっけに取られ、言葉を無くしていた。トキとチャイムは腰を浮かせ腕を振り上げた応援ポーズのまま固まっていた。


「レイチェル、すごいっ!!」

  黄色い声を上げてチャイムが大喜びしながらレイチェルに抱きつく。

「わっ。ちょっと、チャイムっ!」

「すごいすごい!!すごいすごいすごい!!!!

  レイチェルこんなに強かったんだ!!今、見ててぞくぞくしたわよ!!

  ほら見て、トリ肌トリ肌!!」

  チャイムは妙なテンションで舞い上がる。よっぽどレイチェルがかっこよく見えたのか、それともエアニスを負かしたのが嬉しかったのか。

  レイチェルも満更ではなくホクホク顔をしていた。


「うむむむ・・・」

  エアニスは右手で頭を掻き回しながら腰を上げる。

「あはははっ。油断大敵ですね。だから僕がいつも言ってるじゃないですか」

  トキ苦笑いを浮かべつつエアニスの肩をぽんぽんと叩く。笑ってはいたが、トキも今の結末に驚愕していた。油断していたとはいえ、あのエアニスが一本取られたのだ。

  確かにレイチェルは強かった。銃さえ持ち出されない限り、体術だけでルゴワールの刺客を軽くあしらえるだろう。

「レイチェル、お前これだけの腕持ってるのに何でルゴワールの下っ端供に追い回されてるんだ?

  あのバルザックとかいう奴はともかく、奴の取り巻き程度ならお前の相手にはならなかったと思うぞ」

  エアニスは複雑な表情でレイチェルに問う。何だか負け惜しみを言ってるような気分だったが、聞いておかねばいけない疑問だった。

「それは・・・実戦経験が、あまり無いからだと思います。

  自分の命を狙って襲ってくる人も、自分が人を傷付けようとする行動を取るのも・・・怖いんです。

  問答無用で魔導でドカン!って方法もありますけど、街中だと巻き添えが怖くてなかなか・・・」

「まぁ、そりゃそうか」

  いくら修練を積んでも、いざ命の関わる戦いになれば、よほど戦い慣れていない限りその実力を全て出し切るのは難しいだろう。あくまで修練という形だったからこそ、エアニスとの手合わせはレイチェルも思いきり攻める事ができたのだ。


「いやぁ、見事な負けっぷりねー、エアニス」

  チャイムがやたらと嬉しそうにエアニスの顔を覗き込む。

「・・・油断した。レイチェルがこれ程使えるとは思わなかったんだよ」

「いやいや、あたしはあれだけ大きなコト言うんだから、まさか負けるとは思ってなかったわよー。

  ホント、油断大敵、ね」

  まさに鬼の首を取ったかのようなチャイム。実際に取ったのはレイチェルなのだが。

  エアニスはチャイムの嫌味に気を悪くする素振りも見せずに言う。

「油断大敵・・・あぁ、そうだな。俺の悪い癖なのかもしれないな・・・。

  じゃあ、お前との手合わせは、本気でやらせて貰うとするか」

「・・・・・・。

  あれれ。そういう展開になっちゃうんだ・・・」

  チャイムは自分の発言を激しく後悔する事になった。


  ガシィイインッ!!

  エアニスに向かって繰り出されたチャイムの斬撃は、あっさりとエアニスに弾かれる。

「っく!」

  大して強く弾かれた訳ではないのに、チャイムは大剣の重みにバランスを取られ、余分な足運びを見せる。そして体の軸がズレたまま、再びエアニスに斬りかかる。

  じゃがっ

  エアニスは半歩動いただけでチャイムの剣を受け流し、彼女は勢いあまってエアニスの懐に突っ込んでしまう。

  エアニスはチャイムの腕を捕まえて支える。

「攻撃が大振りすぎる。相手にかわされやすいし、外してからのスキも大きくなる。

  あまり剣の重さに頼るな」

  短いアドバイスをすると、すぐにチャイムを突き飛ばし、元の間合いを取る。

「このっ!!」

  短い呼吸を吐き、チャイムはエアニスの間合いに踏み込み突きを放った。それなりの速さを持った突きを、エアニスは難なく横にかわす。

  しかし、チャイムはさらに踏み込み、突きを放った状態から横薙ぎの斬撃を放った。

  ガンッ

  しかし、エアニスの剣に簡単に受け止められる。

「攻撃の繋がりとしては悪くない。だが、二撃目に全然力が入っていないな。刃を潰したお前の剣じゃ全く意味の無い攻撃だ。

  それに」

  がつっ!

「わっ!!」

  エアニスは片足でチャイムの足を払う。あまりにも簡単に、チャイムの体は支えを無くし、床に尻餅をついてしまった。

「相手の間合いに踏み込みすぎだ」

  エアニスはへたり込んだチャイムを、さっきの仕返しとばかりに轟然と見下ろした。


「くっっっそ~!!!」

  チャイムは髪を掻き毟りながら悔しがる。

「まずお前には、そのでかい剣は向いていない。

  こんな重い剣、相当の豪腕じゃなきゃ上手く扱えないぞ。お前は力も無いし、体重も軽い。自分に合ったエモノ選びからスタートするんだな」

「む・・・」

  それなりのアドバイスをしてくれるエアニスにむくれた顔で頷く。元々人のアドバイスは素直に聞ける性格なのだが、エアニスに対しては素直になれないチャイムだった。

「さっき渡した剣を使ってみろ。

  使い易さではこのでかい剣よりずっとマシだろ」

  言われてチャイムは、部屋でエアニスに渡された剣を鞘から抜く。そして、その剣の形に眉をひそめた。

  長さや刀身の厚み、幅は普通の剣と同じである。しかし、剣の先端は扇状に広がっているという奇妙なデザインで、何より、この剣には、チャイムの大剣同様、刃がついていなかった。

「なによ、この剣・・・」

「"ボーンクラッシャー"って呼ばれる剣だ。人間の骨を砕くのを目的に、剣の重量、刃の鋭角が作られてる。

  拷問室に備え付けられてタチの悪い使い方をされる剣だが・・・逆に言えば、人を殺さないように作られた剣だ」

「・・・呪われてたりしないわよね?」

  エアニスの説明にますます顔をしかめるチャイム。

  だが、剣の重さや長さは丁度良い。重さに頼った強烈な一撃には期待できないが、扇状に広がった剣先に適度な重みがあり、今まで使っていた大剣に使い感触がある。

  チャイムはエアニスの言う通りこの剣を使ってみる事にした。



  それから2時間後。

  夜も更け、チャイムとレイチェルの体力が限界に差しかかった所で稽古の初日は終了した。

  チャイムとレイチェルはゾンビのような足取りで船室に戻って行った。甲板に残ったのは、エアニスとトキの二人。

「また剣術指南とは、ガラにも無い事を始めたものですね」

「別に人を殺す技を教えてるわけじゃない。あくまで、自分を守る為の術を教えてやってるだけだ」

  トキが勘違いしているかもしれないと思い、エアニスは自分の考えをはっきりと言葉にしておいた。

「俺が誰かを守り通す事なんて、出来る訳ないんだからさ」

  自嘲というよりは、寂しさを滲ませた声で、そう呟いた。

「もう、守らなくちゃいけない物は抱え込みたくなかったんだけどな・・・」

「・・・僕と一緒にいるのは、守る必要がないからですか?」

「お前は強いからな」

  苦笑交じりのトキの問いかけに、エアニスは煙草を咥えながら笑って答えた。端的な言葉だったが、それは信頼を表した言葉。

  エアニスはもう、誰かを失うという経験をしたくないのだ。



  途方もない喪失感に打ちのめされ、いずれ失うものなら初めから何も求めないと誓ったあの日。

  しかし、成行きでトキと行動を共にするようになり、今度はチャイムとレイチェルという、手の掛かりそうなお荷物を抱え込んでしまった。

  たった数日一緒に居るだけだが、エアニスはもうあの2人に情が移り始めている。

  情が移れば、失った時の哀しみは、大きい。

  だから、彼女達には少しでも自分の身を守る技術を知って貰いたくて、エアニスは稽古を提案したのだ。

  数え切れない程の人間を斬り、死に囲まれた世界で生きてきたエアニスだが、仲間の死というものにはいつまで経っても慣れる事ができなかった。

  慣れる事が異常だとは思わなかった。だから、いずれ慣れると思っていた。心なんてさっさと壊れてしまえばいいのだと思っていた。しかし、エアニスの心はいらない所で頑丈に出来ているようで、いつまで経っても彼は人間らしい心を失う事は無かった。

  だから、辛かった。

  にも関わらず、また新たに人間と関わろうとしている自分は一体何を考えているのか。

(いや・・・寂しいから、なんだろうな)

  エアニスは不本意にも沢山の人々の優しさを知ってしまった。知ってしまった以上、それを忘れる事が出来なかった。だから、無意識のうちに人との交わりを求めてしまうのだろう。

(お前と会うまでは、こんな事で悩む事なんて無かったのにな・・・レナ)

  エアニスに初めて本当の優しさを教えてくれた人を思い出し、自分を変えてくれた事に感謝する。

  同時に、エアニスの冷え切った何も感じない心を、暖かくも傷付き易い、しかし絶対に壊れない心に変えてしまった彼女を、少しだけ恨んだ。

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