第15話 積み上げる矛盾
「あはははは。
早速チャイムさんと朝帰りとは隅に置けませんね、エアニス」
「お前、俺達のこの状態を見て、よくそんな事が言えるな・・・」
クマがかかった眠そうな目を引きつらせ、エアニスはトキを睨みつけた。
時刻は早朝。買出しに出ていたエアニスとチャイムは、ようやく宿に帰って来ることが出来た。
「チャイム、帰ってきたの!?」
部屋の奥からレイチェルが飛び出してきて、二人の姿に息を呑む。
エアニスは返り血で服を汚し、チャイムは右腕を血まみれにしたまま買い物袋を抱えているのだ。
「あ、大丈夫よ。ケガはもう治ってるから」
「俺のコレは自分の血じゃないから」
二人は心配するな、と揃って手を横に振る。
昨晩からトキ達に何の連絡を入れずに、宿を出たままだったのだ。二人には心配をかけただろうと思い、安心させようと二人は必死で作り笑いを見せる。しかし説得力は無い。
「何があったんですか・・・?」
レイチェル心配そうに問いかける。
「別に、大したことじゃないよ。"石"の件とは別件だから。
悪かったな、連絡入れられなくて」
エアニスは買い物袋をテーブルに置き、汚れたローブを脱いで自室へ向かう。
「悪い。結局一睡もしてないんだ。ちょっと眠らせてくれ・・・
トキ、船の乗船手続き、頼んだ・・・」
あくびをしながら隣の自室へ去って行った。
「一睡もしてないのは、僕もレイチェルさんも同じなんですけどねぇ」
「あは、あはははっ・・・」
チャイムがトキの愚痴に乾いた笑いを上げる。
「ま、事情は気が向いたら聞かせてください。チャイムさんも、今は休んで。
後の事は僕が済ませておきますから」
トキはチャイムの買い物袋を受け取り、隣の部屋へ向かう。
「レイチェルさんも。やっと休めますね」
「でも、トキさんに全てお任せするのも・・・」
「気にしなくていいですよ。僕は船に乗ってから休ませて頂きますから」
毎度毎度、トキの気配りに頭が下がる。レイチェルは申し訳無さそうに微笑んだ。
トキが買い物袋を抱え自室に戻ると、エアニスがブーツも脱がずベッドに倒れ込んでいた。
「まったく・・・。エアニス、シーツを汚したら怒られちゃいますよ?」
トキがエアニスを揺さぶる。
「なぁ、トキ。お前、人を殺す時、心が痛む事はあるか?」
「はい? 何の話ですか、突然?」
「いいから答えろよ」
トキは顎に手を当てながら考える。
「そりゃあ、相手によりますけど・・・
敵を倒すのに心を痛めるなんてウェットな感情は、遠の昔に壊れてますよ。僕は」
・・・いえ、初めからそのような物は無かった、と言う方が正しいのかもしれませんね。
心の中で、トキはそう付け加えた。
「はは・・・
俺もそうだと思ったんだけどなぁ・・」
「何かあったんですか?」
「チャイムの目の前で、人を斬った。
見ず知らずのクズどもだ」
「・・・それで?」
それが何て事も無いように、トキは言葉を促す。
「もの凄く後味が悪かった」
「・・・はぁ」
そんな事を気に病むエアニスに、トキは内心驚いていた。
戦争中、数え切れない程の人間を手に掛けてきたエアニスが、こんな事で気分を悪くするとは思ってもみなかったのだ。
「"レナさん" との約束がまだ引っかかってるんですか?」
エアニスは驚いてベッドから半身を起す。
「いや、そうか。お前には話した事あったな・・・レナの事」
「もう誰も傷つけない、でしたっけ?
・・・僕たちのような生き方をしてきた人間には、なかなか難しい事かもしれませんね」
トキは荷物から自分の黒いロングコートを取り出しながら言う。
「戦争が終わったとはいえ、こんな世の中です。周りがそれを許してはくれません」
「周りや時代の問題なのかね・・・」
「自分だけではどうにもならない問題ですよ。
でもねエアニス。あなたの力はこの荒れた世界の役に立てるはずです。
誰も傷つける必要の無い世界を作る事に、エアニスの力は貢献していると思いますよ?」
「気に入らない奴を斬って捨てるだけの力がか?
争いは争いを生むって言葉を知らない訳じゃないだろう?」
「エアニスの振るう正義っていうのは、それほど間違ってはいないと思いますけどね。
これまでも、この世の害悪を的確に潰してきたのではないですか?」
トキの言葉をエアニスは鼻で笑い、静かな声で言い返した。
「俺にとっては、レナを奪ったこの世界全そのものが害悪だ」
絶句するトキ。
その言葉を口にした彼の周りで、空気がチリリと焼けたような気がした。
冗談、には聞こえなかった。
「・・・エアニス、本当に大丈夫ですか?
らしくないですよ?」
「いや、悪い。冗談だよ、忘れてくれ」
エアニスはすぐに普段の様子を取り戻し、ブーツを脱ぎ捨て毛布を手に取り、トキから顔を背けた。
「・・・じゃあ、僕は行きますね。早ければ昼過ぎの船には乗れますので、それまでしっかり休んでおいてください」
「悪いな。おやすみ」
ベッドから手を振るエアニス。トキは心配顔のまま、部屋を後にした。
部屋に一人になったエアニスは、天上を見つめながら、要らない事を喋ってしまったと、少し後悔する。
倉庫街からの帰り道でチャイムの話した事が、かつてエアニスが唯一剣を捧げた人を思い出させるのだ。
チャイムの甘い考えと尊い思想は、"彼女"に良く似ている。
しかし、その思い出は懐かしさよりも、悲しみ、寂しさ、そして憎悪と、負の感情ばかりを呼び起こす。
エアニスは腕を額に当て、自分の中で湧き上がる暗い感情を押し殺すように息を吐き、心を静めた。
やっぱり俺は、この世界を憎んでいるのかもしれない。
体は疲れているのだが、こんな気持ちの時に眠ると、また昔の嫌な夢を見てしまいそうだ。
エアニスはそれが怖く、結局眠る事が出来なかった。
◆
それから5時間後の昼過ぎ。エアニス達は宿を後にし車で港へ向かった。
「すごい・・・!」
レイチェルは岸壁に立って感動の声を上げた。
「すごいって何が??」
「私、こんなに間近で海を見たの、初めてだから・・・」
その言葉に、エアニス達は驚く。
「そうか、エルカカは大陸の奥地だからな。初めて海を見るのか?」
「ずっと遠くからなら・・・見た事はあるんですけど・・・」
雄大で美しい海の眺めに気を取られ、エアニス達との会話など うわの空といった様子だ。海を見たと言う、ただそれだけの事にとても嬉しそうなレイチェルが、妙に微笑ましかった。
「惜しいわねー。もうちょっと暖かければ泳げたのにねっ」
「あのな・・・いや、もういいや・・・」
エアニスが文句を言いかけるも、今は眠くてチャイムの言葉を咎める気にはなれなかった。
「この船の目的地であるアスラムは砂漠地帯です。
向こうなら、まだ泳げるくらいの暖かさはあると思いますよ?」
トキのアドバイスにチャイムの瞳が輝く。
「あ、そうか。じゃあさ、向こうに着いたら水着買って、ちょっと遊んでこうよ!
って、そいやレイチェルは泳げるの?」
「うん、エルカカには大きな湖があったから・・・」
無邪気にはしゃぐ二人を、エアニスは仏頂面で、トキはにこやかに眺める。
「・・・あのお二人、随分と元気になりましたね」
「元気すぎだ、アレは・・・」
エアニスは煙草に火を点けながら言う。
「でも、出会った時はお二人とも心身共に疲れ切った感じだったじゃないですか」
「・・・」
「良い事じゃないですか」
「・・・まぁな」
苦笑い、といった表情で答えるエアニス。
チャイムに関しては昨晩の出来事で塞ぎ込んだりしないかと心配もしたが、そんな心配は無いようだ。
「それはそうと・・・エアニス」
「何だ?」
真顔になって話題を変えるトキ。
「やってくれましたね。街中大騒ぎですよ。
"大量銃器密売組織摘発! 密売組織構成員を一斉検挙!
バイス=オルウェス議員が関与か? 遺体となって発見!"
はいこれ、さっき街で配ってた号外です」
トキに渡された薄い新聞には、港の倉庫に密輸された銃が大量保管されていた事、そして組織の幹部達が一斉に逮捕されたという記事があり、この国の密輸組織を一網打尽にする足掛かりが出来た、という記事であった。
「聞くまでも無いですが、エアニスの仕業ですよね?」
「まぁ、その、成行きで。
っつーか議員が関与って凄いな。でも遺体となって発見って・・・どういう事だ?」
「僕が知る訳無いでしょう。
大方、斬っちゃった人の中に居たんじゃないんですか? その議員さんが。
ともかく、この街で銃を手に入れることは出来なくなっちゃいましたねー・・・」
「いいだろ。別に」
「どこがですか?」
困り顔のトキ。自分の得意とする武器の調達が出来なくなったのだ。彼にとっては結構な懸念事項だ。
「これでまた一歩、人を傷つけなくてもいい世界になったろ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるエアニス。その言葉の前では、トキも目くじらを立てることはできなかった。
「まったく・・・都合の良い解釈ばかりして・・・」
「悪いか?」
「いいえ。
ただ、この騒ぎと僕達を、ルゴワールが結びつけて考えるのではないかと、少し心配になりましてね。
まぁ、考え過ぎだとは思うのですが・・・」
事件はレイチェルの"石"とは全く関係の無い所で起こっている。ルゴワールがこの騒ぎとエアニス達を結び付けるという事自体、考えにくい。もちろん宿帳への名前記入や、乗船手続きは4人とも偽名で通している。
「まぁ、どのみちもう暫くしたら俺達は海の上だ。奴らも手は出せんさ」
「もし出せてしまうとしたら、船の上では袋の鼠ですよ?」
「・・・その時はその時だ」
トキの懸念を他人事のように切って捨てた。
「じゃ、俺は貨物室へ車を入れるから、トキたちは先に乗っててくれ」
「わかりました。
チャイムさ~ん、レイチェルさ~ん、行きますよー」
「ほーぃ!」
脳天気なチャイムの返事を聞きながら、エアニスは船員に指示されたドックへと車を走らせる。
それから数分後、エアニス達を乗せた船は、ヴェネツィアの港を後にした。
◆
「あれ?」
入港管理局で書類を書いていた職員が、疑問の声を上げた。
「おい、今出航して行った船って・・・・マゼラン176号船、だよな?」
問われた女性の職員が双眼鏡を手にし、窓の外から見える今しがた出航した大陸間移動船を見る。
「そのようですが・・・どうかしましたか?」
「いや、176号船の出港手続きに関する書類が無いんだけど・・・。
新人の野郎、書類書き間違えたのか?」
「176号船の事は、忘れるんだ」
書類を捜す職員に、突然声を掛ける、年配の男。
「室長? どういう事です?忘れろって・・・?」
「あの船に関する資料は全て破棄するんだ。
今日の分だけではない。過去の出航記録全て、今すぐだ」
非常識な指示を出す入港管理局の室長。流石にそのような指示に従う事は出来ず、職員は理由を問いただそうとする。しかし彼は、室長が顔色を失い額から汗を流している事に気付いた。
その様子にただ事ではない何かを感じ、抗議の言葉は飲み込まれた。
その日、ヴェネツィア港から一隻の船が、乗船員の名と共に記録から消えた。




