第11話 動き始める今と過去
エアニスはすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干し、小さく息をつく。
テーブルを囲む4人は皆、エアニスと同じような表情をしている。
一通りの事情を話し終えるとレイチェルは言葉を切り、部屋には沈黙が落ちていた。
誰も、何も言おうとはしない。
何を言えばいいのか、わからない。
既に窓から差し込む日は傾き始め、部屋を茜色にそめていた。
「私が倒れてたレイチェルを偶然見つけて、馬車を捕まえて街まで運んだの。
・・・丁度その街には腕のいい魔法医がいたから、レイチェルの銃創もすぐに治せたわ」
言葉の途切れたレイチェルに代わり、その後のいきさつをチャイムが代わりに説明する。
「それで今の・・・レイチェルの事情を聞いてね。
放ってはおけなかったから、旅の護衛と道案内を引き受けてるの」
簡単に言ってしまったが、それはチャイムにとってもそれなりに覚悟を要した決断だった。自分が手を貸したくらいで何とかなる問題だとは思わなかったが、それでも事情を聞いてしまった以上、放っておく事は出来なかった。因みに、その事情もチャイムが無理矢理レイチェルから聞き出したようなものだった。レイチェルは他人に事情を話し、自分のいざこざに巻き込んでしまうのを恐れていたため、彼女から事情を聞きだすのには苦労をした。
「昨日の黒服達は、ルゴワールの人間なんですか?」
レイチェルの話が始まってからずっと黙っていたトキが初めて口を開いた。
「ううん、確かあのバルザックって呼ばれてた赤毛は、"エイザム"って組織を名乗ってたわ」
「"エイザム"、ですか。
最近勢力を伸ばしてきて、ルゴワールに取り入ったばかりの組織でしたね・・・。
ルゴワールからの覚えが良くなるように、手柄を上げに来たといった所ですか・・・」
「ギルドのバルガスもそんな事を言ってたぞ。
最近、田舎の本拠地から大挙してこの辺りにやって来たらしい」
エアニスも自分の聞いた事を話す。すらすらとそんな情報が出てくる二人の会話に、チャイムは呆気に取られる。
「・・・と、とにかく、その"エイザム"って連中以外にも、色んな組織がこの"石"を狙って動いてるみたいなの。
ルゴワールは幾つもの犯罪組織と繋がりがあるって事も知ってるし、国にも影響力を持った組織だと聞いたわ。だから、軍や役人に話す事もできなくて・・・ 私たちは、極力見つからないように旅を続けてきたんだけど、最近は頻繁に刺客に襲われる様になってて・・・その、困ってるの・・・」
まわりくどい言い方をするチャイム。気丈な彼女からは、助けて欲しいという言葉は出そうに無い。
エアニスは溜息をつきながら椅子にもたれかかり、額に手を当て眉間にしわを寄せる。
「話はこれで全部か?レイチェル」
「・・・はい」
話をするレイチェルも辛かっただろう。疲れた表情で頷いた。
「そうか」
「・・・辛かったな」
エアニスはどう声をかければ良いのか分からなかったので、素直に自分の思ったままを言葉にした。普段のように、ふざけたり、茶化したりする余裕が無くなった時にしか出ない、エアニスの本当の言葉だった。
その言葉を聞くと、レイチェルは顔を伏せ、声を殺して泣き始めた。
「おい!ちょっと・・・!」
「あー、エアニス女の子を泣かせるなんて最低ですねー」
からかうトキの言葉にさらに慌てるエアニス。
「違うだろ!?俺のせいじゃないだろ!?」
狼狽するエアニス。トキのアオリも受けて、本当に自分が泣かせてしまったような気分になってきた。
「あぁっもう、休憩だ!!お前ら外出てアタマ冷やして来いっ!!」
「あっ、ちょっと待ってよっ!」
ばたん。
エアニスは二人を立たせて、無理矢理家の外へ追い出してしまった。
◆
戸を閉めて、エアニスはトキに振り返る。
「さてと、大変な事になっちまったな・・・
お前、どうするんだ?」
慌てふためいていた顔とは一変、真面目な顔でトキに問いかける。
「僕にも関係の深い話ですけど、"石"については、エアニス。あなたの方が他人事ではないんじゃないですか?」
今から二年半前。
まだ世界が戦火の渦にあった頃。
エアニスは前回の"石"の争奪戦に関わり、エルカカ側の人間として戦った事があったのだ。だがそれはあくまでエルカカの為ではなく、ましてや世界平和の為でもなく、ただ"石"を守る事が自分の大切な人を守る事に繋がっていたから、エアニスはエルカカに力を貸していたのだ。
その時に、レイチェルの父親、シャノンにも出会っていた。ひょっとしたらその時にレイチェルと会っているかもしれなかったが、それはエアニスの記憶に無かった。
ただ、エアニスはこの話を改めてレイチェルにするつもりは無かった。二年半前の事を話すと、必然的に自分の過去を話さなくてはならなくなるからだ。それは嫌だった。
「別に俺が昔"石"を守ってたのは、石が大事だから守ってた訳じゃない。ただの成行きだ。今回だって、レイチェルの持つ石がどうなろうが、正直知ったことじゃない」
トキはエアニスの過去を、大雑把ではあるが当人から聞いていた。エアニスが世界の為に戦うといった立派な人間ではない事も知っているので、それは最もらしい意見だと感じた。
「じゃあ、ほっときますか?」
淡白な口調で問うトキに、ガジガジと頭をかきながらエアニスは答える。
「放っといたら、あいつら殺されるだろ。さっきの話を聞いた以上、そればっかは寝覚めが悪い。
悪すぎる。
まぁ、その・・・手助けする理由はそれで十分なんだけどな」
にっこり、とトキがいつもの笑顔を見せた。
「それにあいつの父親には、二年半に世話になったし、迷惑も掛けたしな。
いつか借りを返さなきゃと思っていたのに・・・連中のお陰でそれも出来なくなっちまった。その礼はさせて貰うさ」
軽い口調ではあったが、その事実がエアニスにとって一番アタマに来ていた事だ。たとえ相手がどれ程巨大な存在だろうと、仲間や友の仇は必ず取る。許せないと感じた相手は必ず潰す。相手が街のチンピラだろうが犯罪組織の首領だろうが、自分の感情を押し込めたりなどしない。エアニスの中で最も強力に働く、彼の行動原理だ。そのお陰でエアニスは今も昔もトラブルが絶えないのだが。
「で、俺なんかより、お前はどうするんだよ」
エアニスが話題の中心をトキに戻す。
見方によっては、この問題はエアニスよりもトキの方が因縁深いのかもしれないのだ。
トキは目を伏せ溜息を吐いた。いつもの様な芝居がかった仕草ではなかった。
「・・・全く、これは何の因果なんでしょうね・・・」
それについてはエアニスも同意だった。神様のお導きか運命の悪戯かは知らないが、出来すぎている。
エアニスはトキと同じような溜息を吐いて、言った。
「まぁ、お前がルゴワールに居た事は、レイチェルには黙っていた方がいいな」
トキは、何も答えなかった。
「まだ組織を抜けて一年半程度だろ?
まだお前の事を探している奴も居るかもしれないのに、ルゴワールとやり合っても大丈夫なのか?」
トキは俯き、珍しく神妙な面持ちで自分の考えを語る。
「さっきの話を聞いて、正直いい切っ掛けだと思ったんです。
傷も完全に治りましたし、そろそろ逃げ隠れするのも終りにしようかな、とね。
・・・あ、僕のせいで皆さん迷惑をかける事は無いと思いますよ。僕一人の事より、"石"の方がルゴワールにとって重要な問題でしょうからね。むしろ、各地の拠点や幹部の顔を知っている分、役に立てると思いますよ。
腕も、まぁそれほど鈍ってはいないでしょう」
昨日の感覚を思い出しながら、トキは言った。銃を撃ったのは何ヶ月ぶりだったろう。
「その辺は心配してないけどさ・・・」
どう訊いたものか。少しだけ逡巡した後、エアニスはやはりストレートな言葉で問うことにした。
「仇、取りにいくつもりか」
「えぇ」
エアニスが一番聞きたかった答えは、たった一言で返ってきた。
「先に言っておきますが、手を出したら許しませんからね」
「わーってるよ」
肩をすくめるエアニス。とにかく、トキもルゴワールと戦う覚悟はあるようだ。
「レイチェルにお前の素性を隠し通せると思うか?」
「・・・いずれバレてしまうでしょうが、今は黙っておきましょう。今それを話す事に何のメリットもありませんからね。
それに、別に隠すというつもりはありません。ただ、今は話す必要が無いというだけです。機会と必要性があれば、大人しく全てを話しますよ。エアニスも、無理に隠そうとしなくても結構です」
トキの姿勢は状況任せのいい加減なものだった。それでもやはり、それは間違いなのだろう。無駄とは知りつつも、エアニスはトキに念を押す。
「いいのか? 話すのが後になるほど、あいつを傷つける事になるかもしれないぞ?」
エアニスの言葉にトキは口ごもり、そして観念したかのように言う。
「嫌なんですよ・・・。
僕たちの過去は進んで人に話したくなるような物でも無いでしょう」
トキは正直に答えた。その言葉にエアニスは反論できずに苦笑を浮かべる。エアニスも、トキと同じ理由でレイチェルに二年半前の出来事を話したくはなかったからだ。
「お前、昨日の朝食の時さ、俺が昔と変わった様に見えない、とか言いやがったよな?」
「・・・さて。そうでしたっけ?」
トキは白々しくとぼけて見せる。もっとも、エアニスもこの話をした時は言葉の真意を汲みつつも、しらを切ってしまったが。
「お前も俺も全然変わってないよ。未だに過去を引きずっている。
忘れられる訳が無い。まだ変っちゃいけないんだろ・・・
やっぱり、俺もお前も、これで終りにするのは駄目なんだ」
トキは目をつむり、小さく頷いた。
対してエアニスは、ニッと粗暴な笑みを見せる。
「隠遁生活は終りだ。思い切り暴れてやろーぜ」
◆
一方、家の外に追い出されたチャイムとレイチェル。
薪の束に腰掛け、レイチェルは涙を拭いていた。
「大丈夫・・・?」
心配そうに声を掛けるチャイム。話を聞く限りでは、レイチェルは気が触れてもおかしくない悪夢を見てきたのだ。彼女はその現実を受け止め、今まで気丈に振舞ってきた。レイチェルのしっかりとした物腰に慣れてしまっていたが、きっと今まで無理をして来たのだろう。チャイムはレイチェルの内心に気づいてやれなかったのかもと、少し悪い気がしていた。
「私、また迷惑かけてるよね・・・」
涙を拭いながら、レイチェルが言った。
「私のやらなきゃいけない事なのに、関係の無いチャイムを巻き込んだ上、また人に頼ろうとしてる・・・」
「ばか。私たちで何とか出来る事じゃないでしょ。
それに、何でか知らないけど、あいつら乗り気だから気にする事ないわよ」
「でも・・・」
「アイツも・・・エアニスも言ってたじゃない。
"自分の手に負えないものを一人で背負い込むのは馬鹿だ"って。
今の私達には、信頼できる協力者を探す事が必要だわ。
事情はさっき話したし、それでもあいつらが付き合ってくれるんだったら、レイチェルがそれを悪いと感じる事は無いと思う。
あんまり一人でしょいこまないのっ」
釈然としないレイチェル。その通りなのだが、迷惑をかけている事には変わりは無い。自分は、己の身に起こった事をありのままに話す事で相手の同情を誘い、協力を断りにくくしているのではないだろうか。チャイムも同じ理由で、自分に仕方なく付き合ってくれているのではないだろうか。そんな事すらも考えてしまう。
「迷惑かけて悪いと思うんだったら、あんたが今へこんでる場合じゃないんじゃない?
この旅の中心はレイチェルなんだから。私達がどうすればいいのかしっかり指示して、自分と"石"をルゴワールから守る事を考えなきゃ。ねっ?」
元気付けるよう微笑みながらレイチェルの顔を覗き込む。レイチェルもつられるように微笑む。
「エアニスさん達、協力してくれるかな・・・」
「してくれるよ、きっと」
確証も根拠も無いが、そんな気がしていた。
「・・・よしっ。部屋戻ろっか」
「・・・うん」
すなわち、エアニス達に事情を知った上で協力してくれるかどうか、最後の答えを聞きに行くという事。
もし断られた事を考えると、エアニスの返事を聞くのが怖くなってしまった。
◆
「おい、まず何処に行けばいいんだ?」
部屋に戻るなり、そんな事を聞かれた。
テーブルには地図が広げられており、トキが難しい顔で地図に何かを書き込んでいる。
「・・・え・・・その・・・」
レイチェルが恐る恐る問いかける。
「協力、して頂けるんですか・・・?」
「今更何言ってんだよ。そんな話聞かされて、放っておけるか」
「まぁ、僕達にとっては利のある話のようですから、協力させて頂きますよ」
今度は喜びの涙を浮かべるレイチェル。そのまま何も言わずに、深々と二人に頭を下げた。チャイムも安堵の息を吐いて、笑った。
「・・・で、どこに行けばいい??」
レイチェルの気持ちに構う素振りをみせず、淡々と話を進めようとするエアニス。レイチェルも慌てて地図と向き合う。
「その、詳しくは・・・話せませんが、バイアルス領のバイアルス山脈北側に、石を封印する神殿があります」
レイチェルは言いにくそうに、曖昧な場所を指し示した。
「わかった。詳しい場所はバイアルス領に入ってから聞こう。とりあえず、バイアルスまでのルートは・・・」
エアニスはレイチェルの意図を汲み、あえて詳細な場所まで聞こうとはしなかった。
「ねぇ、レイチェル。あたしもバイアルスの何処かって事しか知らないんだけど、詳しい場所も教えておいた方がいいんじゃない?」
エアニスの配慮をぶち壊すようにチャイムが言葉を挟んだ。
「えっと、それは・・・」
予想通りレイチェルは言葉に詰まる。やれやれ、といった口調で、エアニスはチャイムに向き直る。
「チャイム。お前、もし連中に捕まって拷問にでもかけられたら、レイチェルから聞いた場所を黙っていられる自信あるか?」
「う」
ここで初めてレイチェルの意図に気づき、言葉に詰まるチャイム。同時に、そういう相手を敵に回しているのだという自覚が足りない事に気付かされた。
「って事だ。別に今知る必要は無い。ココからバイアルスは結構遠いからな」
最も、エアニスとトキには捕まるつもりも秘密を喋るつもりもさらさら無いが。
それに、話によると石の封印場所はエルカカの民の中でもエレクトラの直系の子孫にしか伝えられていないと言う。その秘密を出会って一日そこらの相手に話すのは抵抗があるのだろう。
今はバイアルス領に向かという事で十分だ。封印を行う神殿とやらの場所は旅の途中でレイチェルの信用を得てから聞けばよい。
コツコツ、と地図をペンで叩き、トキが提案をする。
「バイアルス山の北側にら、海路でアスラムへ渡り、南下した方が良いかもしれませんね」
チャイムが驚きの声を上げる。
「それって、超遠回りじゃない!
ここから真っ直ぐ北へ向かえば一ヶ月ちょっとで到着するのに・・・」
「リビス」
こつん、と、トキが地図の地名の一つをペンで指した。
「レオニール、アルムディム、バルハラ、ハルフト」
「・・・・・・??」
トキは次々と地図を指して地名を挙げていく。その全ては、このミルフィストからバイアルス領の間にある地名だ。
「それが・・・何よ?」
「すべて統治者がルゴワールと強く関わりを持つ国です」
チャイムとレイチェルは言葉を失った。
「彼らの力なら、僕達を犯罪者に仕立て上げて、憲兵隊や軍に探させる事くらいは出来ますからね。
ルゴワールだけを相手にするのならともかく、ルゴワールに協力している国家を相手にするのは、流石に無理があります」
話しながらトキは地図に線を引く。
「それよりも、ここから海路でアスラムに渡り、陸を南下してバイアルス領に向かえば、道中ルゴワールの息のかかった国を通る事ははありません。このルートなら、彼らから見ればかなり刺客を送りづらい場所だと思いますよ」
もちろん、全く刺客に襲われる事は免れないだろうが、少なくとも国に犯罪者に仕立て上げられたり、泊まっている宿に軍隊が突入してくるといった事はないだろう。
そういった大きな行動が取れない以上、相手は少数精鋭で攻めてくる筈だ。それならば、たった4人でも巨大な犯罪組織に対抗する術はいくらでもある。それがトキの考えた作戦だった。
「それに山脈の北側が目的地ならば、ここからだとバイアルス山を越えなければなりません。標高6,000m級の山々が何処までも続く山脈ですので、生身での山越えは不可能です。飛空艇が定期的に運行されては居ますが、ここもルゴワールの手が伸びる可能性が高いでしょう。やはり、僕の案のように最初に船で山脈を迂回するという手が最善かと」
「そうかもしれないけど・・・これじゃバイアルスまで半年はかかっちゃうじゃない」
「そこは心配するな。車を使えば、このルートでも2ヶ月程度の旅で終われるさ」
「・・・・」
「車、持ってるの・・・・?」
「あぁ」
どこか呆れたような表情で問うチャイムに、エアニスは事も無げに頷く。
エアニスの家の半分を占める納屋に、その車が停まっていた。
街で良く見かける軍隊のトレーラーに似た、小さなバスのような車だった。4人乗っても十分にゆとりがある大きさだ。車の他にも納屋には何に使うのか分からない機械部品や、分解された車のエンジン、バラバラになったバイクなどが乱雑に並んでいる。どれもこれも、普通の生活をしている人間には見かける機会の無いものばかりだ。
ごん、とエアニスは車を叩く。
「DEM社製、マローダ・タイプⅡ。外装は全て防弾仕様、ガラスもだ。燃料はガソリンだが、魔力を動力原に代用する事も出来る」
いよいよ現実感が無くなって来た。
「ねぇ・・・あんた達一体何者なワケ?
どこかの秘密結社のスパイか何か??」
こめかみに指を当てて唸るチャイム。車など、国の軍隊か、比較的大きな企業しか所有出来ないものだ。エアニスたちは普通では無いと思ってはいたが、まさかこんな物まで持っているとは思わなかったのだ。
「そんなに金はかかってねーよ。どれもこれも街から少し離れた戦場跡で拾ったスクラップだ」
「エアニスはガラクタ集めと機械弄りが趣味なんですよ」
趣味にしてはお金がかかりすぎているし、修理部品だって簡単に手に入る物ではない。
「ここだけの話、戦争中に荒稼ぎしてな。金には困ってないし、けっこう恨まれる事もしてきたから、いつでもドンパチ出来る用意はしてあるんだ」
言いながら床板を外す。すると今度は床下から機関銃などの大型銃火器が何丁も出てきた。
チャイムは思わず立ち眩みを起こしてレイチェルによりかかった。
「ごめん、レイチェル・・・
あたし達とんでもない奴に協力頼んじゃったかも・・・」
「・・・・・・」
レイチェルは固まって言葉も出ない。
「資金も物資も十分だ。事が"石"に絡んだ事なら、ここにある物を惜しまず使え。俺達も"石"とお前達を守る事に出来る限りの事はするよ」
エアニスは車に背を預けながら言う。
「でも・・・どうしてここまでしてくれるんですか・・?」
レイチェルがそう思うのも無理はないだろう。もうこれは親切の域を超えている。知り合って間もないのに、ここまでしてくれる事に疑問を感じるのは当然の事だ。
「・・・金も有り余ってるし、時間ももて遊んでる。
お前の事情を聞けば、奴らのやり方にムカっ腹が立った。
バイアルスの山は昔から一度見てみたいと思ってたし・・・。
何より最近、暴れてない」
宙に視線を漂わせ今感じている事を順に並べていくエアニス。
「不謹慎だとは思うが、楽しそうだからってのもあるんだ。
昨日やり合ったあのバルザックって野郎、かなりの腕で久々にゾクゾクしたよ」
笑いながら言うエアニスに眉をひそめるレイチェルたち。どん引き、である。命の取り合いを楽しいと言うのは、まともな感性では無い。
「まぁ、それ以外にあんたの話を聞いて、俺もトキも色々思う所があってな」
「思う所、ですか?」
エアニスは悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
「ま、その辺りの事は、追々気が向いたら話してやるよ」
「話を戻すが、ルートや移動手段は、さっきトキが提案した方法で文句は無いな?」
思い出したかのように、チャイムとレイチェルが顔を合わせる。
「・・・私なんかより、トキの方がこういうのに詳しそうね。あたしは異論ないわ」
その言葉を聞くと、レイチェルはエアニス達に頭を下げる。
「宜しくおねがいします!!」
「あぁ、まかしとけ」
親指を立てて笑うエアニス。そんなキャラでも無いんだけどなぁ、と思うが、こちらがテンションを上げていかねばレイチェルが申し訳なさそうにするので仕方ない。意外と気遣い出来てるんじゃないかなと自賛するエアニス。
「では、早速用意をしておきます。街で買っておく物もありますので、出発は明日の昼ごろで宜しいですか?」
トキの言葉に3人は力強く頷いた。
◆
ベッドに潜り込み、安堵の息と共に目を閉じるレイチェル。目前の不安が消え去り、随分と穏やかな気持ちになっていた。彼らと出会うまでは何もかも不安で、まともに眠る事すらも出来なかったというのにだ。
唯一気になる事と言えば、何故彼らはここまでしてくれるのかという事だった。
それに、エアニスの"色々と思う所がある"と言う言葉も気になった。
そういえば、エアニスは以前エルカカに立ち寄り、レイチェルの父に会った事があると言っていた。
その時、ふと彼女の脳裏に昔の記憶が蘇った。
あれは確かレイチェルが13歳か、14歳の頃だった。その日、レイチェルの父は村の外の人間を家に招き入れたのだ。
レイチェルは眠りに落ちる狭間で、あの日見た情景を思い出す。
栗色の髪の少女と、髪の長い青年の二人。その二人と向き合い、レイチェルの父は何かを話していた。顔は、よく思い出せない。
レイチェルはそのうちの一人、髪の長い男の後姿を思い出す。その後姿はエアニスに似ているような気がした。
でも、違う。その髪の長い青年は、エアニスではない。
レイチェルはその青年と目が合った時の事をよく覚えている。静かな深海を覗き込んだような冷たい瞳。
しかし、それはモノを見ているかのように冷たく、無感情な瞳だった。レイチェルは彼にそんな目で見つめられた。それはエアニスとは似ても似つかないものだった。
それにレイチェルが見た青年の髪は、鈍く輝く銀糸の髪だった。エアニスのようなくすんだ琥珀の髪では無い。それはとても綺麗だったので、良く覚えている。
思い出せば思い出す程、それは全く関係のない思い出のような気がしてきた。
(考え過ぎね・・・)
レイチェルはそこで考える事を止め、眠りに就く事にした
◆
翌日。
エアニスの家の前で、チャイムは自分の大剣の柄革を巻き直していた。その横で、レイチェルは自分のマントのほつれを気にしている。
「そいえば最近、慌しかったから身の回りの物を手入れする暇無かったね」
「そうねぇ。あたしも柄革新しくしないと、もうボロボロだわ。
あっ、服のほつれも昨日のうちに縫っておけば良かったわね・・・」
自分の頭を叩くチャイム。
「入用な物があるなら、港街で買出ししておけばいい。俺達も買い物するからさ」
納屋から出した車を点検しながら、エアニスが言った
エアニスは昨日までの服装と違う服を着ていた。黒い首元まで覆う貫頭衣とゆったりとしたズボンは同じだが、その上からローブのような服を羽織り腰布で纏めていた。胸元と足元は前で開けておりそこそこ動き易さは感じたが、剣士の服装というよりは魔導士のそれに近い。
「うん、そうしたいのは山々なんだけどね、ちょっと持ち合わせも心細くて・・・」
「昨日も言ったろ。金なら気にするな。有り余ってるからさ」
本当にどうでもよさそうな口調でエアニスは言う。思わず顔を見合わせるチャイムとレイチェル。
「でも、あまり世話になるのも悪いわよ。あたし達、何もお礼できないし・・・」
そこで、はっ、とチャイムが顔を上げた。
「あんたまさかっ、礼はあたし達のカラダで!とか言うんじゃないでしょうね!?」
自分の体を両手で抱き、チャイムはそんな事を言った。
彼女の冗談を聞いたエアニスは、とびきり馬鹿にしたような顔で、ヘッと失笑する。
がすっ!
間髪入れず、チャイムの投げつけた拳程の石がエアニスの腰にめり込む。エアニスはその場に崩れ落ち悶絶する。
「こ・・・この程度の事で・・・キレて人に向かって投石とか・・・」
腰を抑えながら息も絶え絶えに呻くエアニス。
「今のむかつく顔は赦せないッ!!
それにオトシゴロの女の子がそこまで興味無さげな態度取られたらプライドが傷つくじゃないの!!」
「へぇ、あっそう。別にいいんだぜ、そー言うお礼で 」
みなまで言わさず、レイチェルの拳がエアニスをのけぞらせた。
「冗談に決まってるでしょーがっ!! 何本気になってんのよ馬鹿変態っ!!」
「ど、どうしろっつーんだよ!!」
理解不能なチャイムの言動にエアニスは狼狽し、彼女から逃げ回る。
そんなやり取りを目を点にしながら見ていたレイチェルに、
「なんだか馬鹿な話でもりあがってますね」
「きゃあっ!!」
何の気配も無く、いつの間にかトキが隣に腰掛けていた。
「うわっ、いつ帰ってきたのよ!?」
「お前気配を消して近づく癖やめろよ!!」
「・・・僕そんなに存在感無いですかね?」
ズボンをはたきながら立ち上がるトキに、レイチェルが尋ねる。
「どこに行ってみえたんですか?」
「大学です。とりあえず、3ヶ月の休学届けを出してきました」
その言葉に驚くチャイム。
「そうじゃん、トキって、ミルフィストの大学通ってるんでしょ?
3ヶ月も休んで・・・大丈夫なの?」
「えぇ。こう見えても割と優等生なんですよ、僕。
一年くらい休んだって卒業できちゃいますから」
「へぇ、そう・・・」
自慢しているつもりは無いのだろう。だからこそ、その余裕の表情が癪に障るチャイム。
「よし、じゃあ全員用意できてるな?」
ばむん、と車のトランクを閉め、気持ちを切り替えるように声を張るエアニス。
そろそろ、出発予定の時刻だ。
「あ、少し待っててください」
トキが駆け足で家に入り、すぐに荷物を持って出てきた。
その手には荷物のザックの他に、黒っぽいロングコートが抱えられていた。チャイムはトキに似合わないそれをめざとく見つけた。
「何その殺し屋みたいなロングコート?」
「えっ。・・・あぁ、失礼ですねぇ。まぁ僕の旅装束みたいなものですよ。普段は袖を通しませんがね」
「ふぅん」
するとトキはコートを折りたたみ、車のトランクへ荷物と共に放り込んでしまった。
◆
「じゃ、行くぞ。家、鍵かけたか?」
「もちろん。不法侵入者に対する必殺の罠も沢山仕掛けておきました。僕達が帰ってくる頃には死体の山が出来ているかもしれませんね」
「解除してこい」
「冗談ですよ」
もはやエアニス達の非常識な会話に突っ込む気になれず、無言で後部座席に座るチャイムとレイチェル。因みに車は3列シートで、3列目のシートには使用頻度の高い荷物が纏めて押し込まれている。
トキが助手席に、エアニスが運転席に座り、車のエンジンに火を入れる。
ズロロロロロゥン・・・
低い排気音とともに車が揺れる。
「うわぁ・・・私、車乗るの初めてなんです」
ずっと山奥で暮らしていたレイチェルは、車がとても珍しいらしい。車の小さな窓越しに見える景色と、独特の振動、排気音を感じ、レイチェルはワクワクしながら言った。車の持ち主のエアニスとしては、悪い気はしない。
「さてと、それじゃあ・・・」
「行きますか」
エアニスの言葉をトキが続けた。
「改めて、宜しくお願いします」
「安全運転で頼むわねっ!」
後ろの席からレイチェルとチャイムも準備OKの合図を送る。
重い役目を背負った苦難の旅の始まりだというのに、二人の声は楽しげだ。
気楽なもんだな、と二人の態度に呆れるエアニスだが、その二人の笑顔は他ならぬエアニスとトキが与えた物なのだ。
それならば、この車の旅を少しでも楽しいモノにしてやろう。親切心によるものか悪戯心によるものか。エアニスはそんな事を思うと、アクセルを踏んで唐突にクラッチペダルから足を離す。
ゴギャッ!!
エンジンとミッションが唸り、車は後輪を滑らせながら急発進する。
「ちょっとっ・・・エアニスさん!!?」
エアニスの荒い運転に、レイチェルは思わず隣に座るチャイムの腕を握り締めた。周りの景色が激流のように流れてゆき、車が少し曲がる度に地面とタイヤの擦れる音が聞こえる。車とはこんなにも乱暴な乗り物なのだろうか。
「大丈夫、レイチェル? 声震えてるわよ・・・。
てか。腕放して・・・爪刺さってて痛いんだけど・・・!
っつーかエアニス!!スピード落としなさいよ!!あんた運転下手過ぎ!!!」
「あははっ、エアニスは運転凄く上手いですよ。ただ乱暴で雑ですがね」
横Gに体を左右にぐぉんぐぉんと振られながら、トキは笑って言った。
「ちょっと急いで日が沈む前に港に入るぞ。出航の手続き今日中に済ませば明日の朝イチにアスラムへ向かって旅立てるからな」
車はあっと言う間に山の麓まで駆け降り、平坦な街道に出た所でエアニスは更にシフトノブを一段高いギアへ叩き込む。
小高い丘を飛び越えると車は宙に浮き、その浮遊感にレイチェルは悲鳴を上げた
レイチェルにとって初めてのドライブが良い思い出になってくれればいいな。そんな事を思いながらエアニスはハンドルを握り笑った。
ここから4人の旅は始まる。
チャイムとレイチェルにとっては、心強い仲間を得ての旅の再開。
そしてエアニスとトキにとっては、錆付きもう二度と動く事は無いと思われていた歯車が、再び廻り出した瞬間だった。
- 第一部 おわり -