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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第一部
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第10話 秘密の故郷 -後編-

 村のあちこちで響いていた銃声はすっかり止んでしまった。

 もう村の中で生き残っているのは、侵入者達と戦っているレイチェルの父達だけなのであろう。

 戦いの場は静寂が支配していた。黒マント達が着ていたコートとマントは銃弾も通さず、魔導にも耐性のある、人間一人を装甲車並の戦力に仕上げる戦闘服だった。それがレイチェルの父親が放った得体の知れない術に、いとも容易く断ち切られてしまったのだ。その出来事に黒マント達は動揺し、攻撃を仕掛けられずにいた。


「どんな強靭な戦闘服だろうが、空間ごとえぐり取られれば意味は無いだろう」

 両手に黒い霞をまとったレイチェルの父が、黒マントたちの前に立ちはだかる。

「シャノン・・・!」

 生き残っていたレインバークが、彼の名を呼んだ。年長者であり彼の親友であるレインバークだけが、彼の事を"族長"ではなく名で呼ぶのだった。その声に、金髪の黒マントが反応する。

「そうか、貴様がシャノン=ブラスハートか。この村の主、伝説の魔導士の子孫、だったな?

  一応、部隊を指揮する者として自己紹介はしておこう。ルゴワールという組織は知っているか?

  私はそこの第六研究所・実験部隊マスカレイドの隊長ツヴァイだ。短い間だが、宜しく頼む。

  因みにお前らが殆ど片付けてくれた軍服の連中は、頭数を揃える為に他所の隊から集めた雑魚どもだ。一緒にはしないでくれよ」

 金髪の黒マント、ツヴァイはふざけた挨拶とともに、こうべを垂れた。シャノンが苦い表情を浮かべる。

「国の軍じゃなく組織の人間か・・・手口に品がないと思ってたところだ」

 ルゴワールとは世界で最も名前の通った犯罪組織た。その影響力は、幾つかの国の実権を影で握っていると噂される程。先の戦争中期に生まれた若い組織で、武器の製造、輸出、そして戦火を拡大させる裏工作により、さらなる武器の需要を生み出し尋常ではない速さで巨大化していった組織だ。幾つもの犯罪組織が傘下に入っており、名実共に裏社会の頂点に立つ組織であると言える。

 ふとツヴァイが気づくと、自分のコートの裾もスッパリと切れており、特殊加工した繊維と、その間に仕込んだ魔導金属が見事な断面を見せていた。

「貴様の魔導、聞いた事があるぞ・・・。

  貴様の一族だけが受け継ぐ、空間操作の術・・・。魔導式の起動圏内にどんな硬度を持つ物があっても、空間ごとその対象を抉り取る事が出来る」

 これが大魔導士エレクトラの血を引く者が使える、秘術の一つだった。250年前、エレクトラはこの術をヘヴン・ガレッドの力で増幅し、魔物達を異空間へ閉じ込めたとされている。

 シャノンが倒れたレグサス達に目をやる。

「貴様ら・・・エルカカに来た目的は何だ?」

 声は怒りに震えていた。ツヴァイは肩をすくめ、答える。

「そんな事言う義理は無いだろ。

  それとも、言うまでも無いって言った方が近いか?」

 シャンッ。

 鋭い音を立てて、ツヴァイのマントから、細身の刃が飛び出した。仕込み式のサーベルのようだった。

「しかし、貴様の術は少し厄介だな。

  お前ら、下がってろ。コイツは俺がやる」

 ツヴァイが一歩、シャノンの前に歩み出た。後ろに控えた黒マント達は、周りを囲む数人の魔導師達を気にしながら、後ろへ下がった。

 ツヴァイは、仮面とフードを外し、抜いたサーベルを上段に構えた。

 警戒するエルカカの魔導士達。シャノンの両手にまとわり付いた黒い霞がその濃さを増した。

 次の瞬間、僅かな動作でツヴァイが駆け出した。その動きを見ながら、シャノンは両手の空間転移魔導をツヴァイの進路上に発動させた。

 どどっひゅん!

 しかし、黒い霧が現れる寸前でツヴァイは身を切り返していた。まるで術の発動する場所が分っていたかのように、黒い霞の間を縫うように駆けた。

 それはほんの数秒の出来事。投げ付けられたナイフを受け止めるような、人間離れした反射神経と運動能力を持つが故に出来る事だった。

「なっ!?」

 驚きの声を上げるシャノン。既にツヴァイは目の前に居た。次の術を発動させる暇は無い。シャノンは腰の剣を抜いてツヴァイに向けて振るう。しかしツヴァイはシャノンの体を中心に回り込むようにして彼の背へと回り込む。そしてツヴァイは自分の脇下から、シャノンの背へとサーベルを突き刺した

「が・・・っ・・!!」

「どんな凶悪な魔導でも、当たらなかったら意味は無いよな?」

 自分の背とサーベルをシャノンへ押し付けながら、彼に言われた言葉を真似るツヴァイ。引き抜いたサーベルを次は肩口に突き立て、シャノンの体を地面に繋ぎ止めた。

 そしてサーベルから手を離す。

「こいつはこのまま生かしておけ。残党狩りを始めるぞ」

 ツヴァイはデスマスクとフードを被り直し、後ろへ控える部下に言った。



 家々が燃え村が紅く染まり始めた。

 生き残っていた侵入者達は、エルカカにある書物、魔導的に価値のあるものばかりを運び出し、その作業を終えた家に火を放っていた。

 村の中央の広場。エルカカの魔導士達との戦いが終わり、そこには数人の兵士と、ツヴァイの姿。そして血を流して横たわる、エルカカの魔導士達。

 ツヴァイの指示通り、シャノンはまだ生かされていた。

「"石"だ。村に無い事は分かっている。誰が持って逃げたんだ??」

 傷口を押さえながら、静かに呼吸をするシャノン。重傷だった。自分でも長くは持たないと理解出来る程に。シャノンは懐から、黒い宝玉の納まった首飾り出した。思わず驚きの表情を浮かべるツヴァイ。

「はっ、この場にまで持ってきてくれてたとは、いたみ入る」

 笑いながら言う。

「とりあえず、本物かどうか、確かめさせて貰おうか」

 石に伸ばされたツヴァイの手をシャノンは振り払った。

「本物かどうかは、・・・俺が見せてやるよ」

「何?」

 言葉の意図が読めないツヴァイ。

「残念だが、エルカカの村は、これで終わりのようだ・・・

  だが、ここで我々が守り通してきた石を、お前達に渡す訳にはいかない」

「言うのは自由だが、お前にその"石"は守り切る事はできない」

「そうかな?」

 未だに消えない余裕の表情に、ツヴァイの胸に嫌な予感がよぎる。

「俺の空間転移の術を、この石で増幅させれば、この村ごと、お前たちを消すことができるんだぜ」

 ツヴァイの表情が強張る。

「たいした覚悟だな。俺達だけでなく仲間まで巻き込んで心中するか?」

「俺は死なない。俺以外の全てがこの村から消えるんだ。そうすれば、少なくともこの場でお前達に石を渡す事も無い・・・」

 それは生き残っている仲間達をも道連れにする方法だった。しかし、レイチェル達は今頃村の外へ通じる地下道に居る筈だ。シャノンは、彼女達に未来を託そうとしていた。

「・・・ハッタリだ」

 ツヴァイはシャノンの言葉を鼻で笑う。

「いい案だと思いますよ・・・おれは、賛成です」

 声を開けだのは辛うじて意識を保っていたレグサスだった。

「そのかわり、族長は生き延びて、絶対石を封印してくださいよっ・・・」

「ヘマったら許しませんからね・・・」

「頼んだぞ・・・」

 まだ息のある他の魔導士からも声が上がった。

「あぁ。まかしておけ」

 シャノンの目に、一層強い光が宿る。

 ズヒュウヴヴヴッ!!

 シャノンが握っていたヘヴンガレットに、急速に黒い霧が収束し始めた。ここに来てようやくツヴァイは彼が本気だという事を理解する。

「ッ・・・っさせるか!!!」

 サーベルを振り上げ、シャノンの首を跳ねようとする。


「わぁああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 突然、何処からか女の叫び声が上がった。悲鳴ではない。己を鼓舞するかのような力強い声だった。驚いたツヴァイは思わず声のした方を振り向くと、

 どがぁあっ!!

 彼の側頭部に衝撃が走り、そのまま突き飛ばされるように地面へと倒れ込んだ。

 驚愕の表情を浮かべるツヴァイと、そしてエルカカの魔導師達。

 そこに立っていたのは、ハンマーロッドを握った金髪の少女。レイチェルだった。

 兵士達は反射的に銃口をレイチェルに向ける。しかし彼女はそれに構う事無く、組み上げた魔導式をハンマーロッドの先端に宿し、それを地面へと打ち付けた。

 ボガァアッ!

 ハンマーロッドで叩いた地面が盛大にめくれ上がり、その土砂が兵士達の一斉射撃を防いだ。津波のような土砂はツヴァイ達へと降り注ぎ、その姿を土砂の中に隠してしまった。

 不意を突いたとはいえ見事な手並みだった。しかし今は関心している場合ではない。シャノンは傷を抑えながら立ち上がる。

「レイチェル!! お前、どうしてここに・・・!!」

 シャノンの胸には心配や動揺といった感情が複雑に織り交ざる。そんな彼を、娘のレイチェルは目に涙を滲ませながらも決然として言った。

「こいつらと一緒に村のみんなも道連れにするなんて、そんなの絶対にダメよ!!!

  みんな助けて、全員でここから逃げよう!!」

 彼女は一人で村に戻り、倒れたシャノンとツヴァイの話を途中から聞いていたのだ。足は竦み、恐怖に震え身を隠していたが、父の窮地に恐怖をねじ伏せ彼女は戦場に飛び出してきたのだった。

「ははっ、これは好都合だ。その女、お前の娘か何かか?」

 レイチェルの巻き上げた土砂を押しのけ、ツヴァイが立ち上がった。その頭からは血が流れていた。

「族長・・・・!」

 レグサスがシャノンへ術の発動を促す。

「しかし・・・っ」

 一度は覚悟を決めたシャノンだが、術の発動に躊躇していた。

 今ヘヴンガレットで増幅した空間転移術を発動させれば、レイチェルまで巻き込んでしまうからだ。

「ふはははッ、流石に躊躇うよなぁ・・・

  一族の勤めを果たす為に、娘の命まで犠牲にするのはよ・・・」

 その通りだった。シャノンにとって、レイチェルの命は一族の使命よりも大切なものだ。ツヴァイが首を鳴らしながら呟く。

「それにしても、さっきの一撃は効いたぜ。まだ足に来てやがる」

 レイチェルのハンマーロッドは、彼の側頭部を掠めていた。衝撃を吸収するフードもデスマスクも被っていなかった為、まともに当たっていたら死んでいたかもしれない。

「これは・・・ただじゃすまないぜ」

 頬を伝う血を舐めて、土砂に埋まりかけていたサーベルを拾い上げた。

 レイチェルは呪文を唱えながらハンマーロッドを大きく振りかぶり、その勢いに体を乗せツヴァイへ飛びかかった。

 がんっ。

 ツヴァイは片手でレイチェルのハンマーロッドを受け止めた。素手ではない。マントと同じ素材で作られたグローブだ。それだけでハンマーロッドの衝撃を殆どを吸収してしまう。そのままハンマーを掴んで彼女の体を引き込むと、いとも簡単に両腕を捻り上げ、呪文も唱えられないように後ろから口を塞ぐ。

「レイチェル!!」

「動くなよ、族長さん。分かるだろ?」

 シャノンは絶望的な表情でその場に立ち尽くす。

「大人しく石を渡すんだ。

  おかしな真似をすれば、この小娘の喉を掻き切る」


「・・・・・・」

 動く事の出来ないシャノン。レグサス達も、事の成り行きを見守る事しか出来なかった。

「どうした、早く 」

 言いかけたツヴァイの言葉が途切れる。彼は視界の端で、自分の懐に黒い霞がまとわり付いているのを見た。

 空間転移の術。しかし、気付くのが遅かった。

 どひゅんっ!

 低く、鈍い音が周りの空気をひずませた。

「うぐおおああああああああああっ!!!」

 レイチェルを捕らえていたツヴァイは身を仰け反らせ、絶叫する。

 ツヴァイの腕と、脇腹が消失していた。腕は肘の部分の殆どが抉り取られ、腕の先は二の腕と皮一枚で繋がっていた。脇腹からは、自分の臓物がこぼれている。それを見たツヴァイは片腕で腹を抱え、血を吐きながら悶え苦しむ。

 空間転移の術を発動させたのはレイチェル本人だった。彼女もまた伝説の魔導師の血を引き、シャノン程ではないにしろ呪文詠唱無しで空間転移の術を制御する事が出来たのだ。

「ぎ、貴様、かぁあ゛あああぁぁぁっ!!!」

 ツヴァイは顔に死相と憎悪を貼り付け、地を這いながらレイチェルを見上げる。

「ひっ! あぁぁ・・・!」

 その形相に術を使ったレイチェル当人が怯え、足をもつれさせて転んだ。

 自分の手で相手に致命傷を与えた事。その人間が無残な姿を晒しながら自分に憎悪を向けてくる事。レイチェルにとって、それはどちらも初めての事だった。

「殺す!!」

 ツヴァイは血と臓物を滴らせながら立ち上がり、サーベルをレイチェルに向けて振り下ろす。レイチェルは恐怖と罪悪感に囚われ、動く事ができなかった。

 ズボシュッ!

 しかし低い音と共にツヴァイの体が震え、そのまま押されるように地面へ倒れた。

 まだ意識を残していたレグサスが、黒マントの落としたライフルでツヴァイを背中から撃ったのだ。やはりこの銃は特別製なのか、着弾の衝撃はマントを突き抜けてツヴァイの意識を刈り取った。

 レグサスもまたそこで力尽き、ごとり、とライフルを取り落とし地に伏した。


 暫くは時が止まったかのように静かだった。

 やがて早鐘のような心音と、自分の荒い息、ガチガチと鳴る奥歯の音が聞こえてきた。実際に周囲から音が失われた訳ではなく、目の前の出来事が処理出来ずこれ以上の情報の入力を拒んでいた視覚や聴覚が機能を取り戻し始めたのだ。

「レイチェル」

 肩を掴まれ驚いて振り向くと、そこには血を流した父の姿があった。

「そ・・・そうだ、逃げよ・・お父さん、早く・・・!」

 しかしシャノンは静かに首を振る。そして怯えきったレイチェルを落ち着かせるよう、優しい声で話し出した。

「父さんは、一緒に行けそうにない」

 笑みさえ浮かべてそう言った。

「レイチェル、"石"を封印する場所は、覚えているな?」

 首を縦に振るレイチェル。随分昔、レイチェルの家系の人間しか知ってはならないという、ヘヴン・ガレットの封印場所を教えて貰ったことがある。シャノンは石をレイチェルに握らせた。

「"石"の封印は、お前がするんだ・・・すまんな、役立たずな父さんで・・・」

 レイチェルの目から涙が溢れる。シャノンの傷は、誰が見ても重傷だった。たとえ今から助けが来たとしても、彼の助かる見込みは無いだろう。それはレイチェルも悟っていたが、認めたくなかった。

「無理よ!! わたし、まだ村の外に出た事すら無いのに・・・お父さんも一緒に・・・」

「お前なら大丈夫だ。自覚は無いかもしれないが、お前はエルカカの魔導士としては、もう立派に一人前だ」

 レイチェルの頭を撫で、涙で濡れた頬に手を添える。

「だが、無理に一族の宿命を背負う事はない。嫌だったら"石"は海に捨てて、お前は村の外に自分の居場所を見つければいい。お前の好きなようにやればいいんだ」

 その言葉に、レイチェルは父の手を握り、涙を拭い、決心した。レイチェルは激しく首を横に振る。

「私が、絶対石を封印するから!!お父さんやお母さんは、その為に戦ってきたんだから、私がここで終わりになんか絶対にしないっ!!

  だからっ・・・・」

 その先は言葉にならなかった。たとえ願ったとしても、それはきっと叶わない。父の手を握り締め、再び泣いた。いくら拭っても、涙は止まりそうに無かった。

 ぽん、とレイチェルは頭を叩かれた。

「無理はすんなよっ」


 トン、と、レイチェルは軽く体押された。

「?・・・お父さん?」

 低い音を立て、シャノンの両手に、黒い霞がまとわりついた。

「これからお前を、村の外へ続く洞窟の入り口まで送る。とにかく、先に避難した村人達と一緒に近くの街まで逃げるんだ」

「っ! おとうさ・・・・」

「じゃあな」

 ドヒュン!!

 レイチェルの全身が黒い霞に包まれ、消えた。空間転移の術は対象の全身を包むように発動させ、移転先の場所までイメージして使えば、瞬間移動といった使い方も出来る。

 どさり、と腰を下ろすシャノン。無理に作り笑顔をしていたが、意識を保つのも限界に近づいていた。

 遠くから増援の兵士達が近づいて来るのが見えた。その中には例の黒マントも居た。シャノンは溜息をつくと足元に転がっていた拳銃を拾い上げ、自らのこめかみに当てる。

「・・・エレクトラよ、願わくば、私の娘に、ご加護を。

  ・・・レイチェル・・・」



 レイチェルが目を開くと、そこは薄暗い森の中だった。目の前には、小さく口をあけた村の外へ続く洞窟。後ろには紅く燃え上がる村が見えた。思わず村の方へ足を踏み出してしまったが、胸元の石を握り締めると、思いを振り切るかのように身をひるがえし洞窟の中へと降りていった。

 ハンマーロッドの先端に付いた宝玉に光の術をかけ、暗い洞窟を照らした。宝玉と同じ、薄い紫の光が洞窟の壁を照らす。先に洞窟へ入った村人達はだいぶ先に行ってしまっているだろう。レイチェルは洞窟の入り口で、皆の制止を振り切り、単身村に戻ったのだった。皆に心配を掛けてしまっただろうか。

「私、村に戻らない方がよかったの・・・かな・・・?」

 あのままシャノンが敵も味方も巻き込んで空間転移の術を使っていれば、少なくともシャノンは生き延びていたのかもしれないのだ。考え方によっては、自分のせいで父は・・・。

 答えの出ない悩みを抱え一人洞窟を歩いていると、そこには再びレイチェルの認めたくない現実が現れた。

 レイチェルより先に村を脱出した村人達。全員が銃で体を撃たれ、冷たい血の海に横たわっていたのだ。

「うそ・・・でしょ・・・?」

 ガラン、と、明かりの灯ったロッドを取り落とした。もうレイチェルの顔には表情すら浮かばない。見知った村人に駆け寄り、体をゆする。

「ダグラスさん、ねぇ、何があったの・・・ディアベル、ライアンさん、ミゼットおばさんっ!!!」

 問い掛けの声は叫び声に変わる。震える両手で頭を抱え、レイチェルは声にならない叫びを上げ続ける。気が狂いそうだった。

 突然、強い光を正面から浴びせられた。

「誰だ!?

  誰か居るのか!!」

 幾つかの投光機の光と共に、複数の足音が洞窟の入り口から近づいてきた。確かめるまでも無い。村を襲った侵略者達である。

「何だ。まだ村人が残っていたのか」

 兵士の人数は5、6人。屈み込んだレイチェルの前で立ち止まる。

「この女、どうします?」

「殺すに決まってるだろう。上からの命令は皆殺しだ」

 隊長格の兵士は自ら手にしていた拳銃を、レイチェルの頭へ突き付ける。

 ボガン!!

 レイチェルの右手に、火花と共に巨大な火炎球が生まれた。

「!!こいつっ魔導士・・・っ」

「うぁああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 兵士達は慌てて銃口をレイチェルに向けるも狙いをつける暇まではなかった。彼女が叫びと共に解き放った術は兵士達の足元に炸裂し、彼等は爆炎と熱風に焼かれ吹き飛ばされた。

 爆発は洞窟を揺らし、狭い空間で渦巻く爆炎は術を解き放ったレイチェル自身にも襲い掛かる。

 ず・・・ずず・・・ずぅん・・・

 地響きが収まり煤で汚れた顔を上げると、兵士達が居た場所の天上は崩れ洞窟の入り口を塞いでいた。彼等は術が炸裂した瞬間に苦しむ間もなく焼け死んだだろう。力が抜け、ぺたり、とその場に腰を落とす。

 人を殺した。だがその実感は薄い。罪悪感も無い。

 当然の事だとさえ思った。

 レイチェルは涙を拭うと横たわる村人達に黙祷を捧げ、何もしてやれない事を心の中で詫びた。そして、必ず自分が一族の宿命をまっとうすると、"石"を握り締めて誓った。


「痛っ・・!?」

 歩き出そうとすると、腹部に鈍い痛みが走る。痛みの元を見ると、その周りの服が真っ赤な血で染まっていた。

 火炎の術が炸裂する直前、一発だけ兵士の放った銃弾が彼女の脇腹を貫通していたのだ。

「あ・・・」

 最初は全く痛くなかったのに、傷を確認した途端、耐え難い苦痛に見舞われた。冷たい汗がどっと滲んだ。それでもレイチェルは傷口を押さえつけ、顔を上げる。

「石を・・・封印しなくちゃ・・・」



 それから先のレイチェルの記憶は曖昧だった。

 どれだけ歩いたか定かでは無いが、気付くと洞窟の外に立っていた。時刻は早朝だろうか。薄暗く、霧が出ている。辺りは草原に覆われ、遠くに街道のような細い舗装道路が見えた。

「誰か・・」

 身も心もボロボロだった。レイチェルは少し歩いた所で草の上に倒れ込んでしまう。猛烈な眠気に襲われる。これは疲れから来る睡魔か、それとも死か。

 レイチェルは胸元のヘヴンガレットを握り締め、願う。

( ここで、死ぬわけには、いかないの・・・お願い、誰か・・・助けて・・・ )

 レイチェルの意識は、ここで闇に落ちた。

 ただ、意識を失う直前に誰かが近づいて来たような気がした。


 石はレイチェルの願いを叶えたのだ。

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