第09話 秘密の故郷 -中篇-
「気付かれたか・・・」
黒いコートを着た男が夜空に舞う火の粉を見上げて呟いた。
男の周りには銃火器を手にした、黒いマント姿の男達。そしてその足元には、血を流し倒れている数人のエルカカの村人。
村の周りで見張りをしていた男達だった。今の火柱は、銃器を手にし襲ってきたマントの男達に、村の見張りが放った火炎の魔導だった。だが術が放たれる直前に男は銃で撃たれ、彼の術は暴走し見当違いの方向で炸裂したのだ。その爆炎によって、彼らの侵入はエルカカの住人達に気付かれてしまう事になる。
「まあいい、ここまで近づけば村は目の前だ」
コートの男は襟元のマイクで、部下達が個々に持つ通信機に指示を出した。
「これから突入を開始する。手筈は変更なし、だ。
村には戦える魔導士が50人以上いる筈だ、術を使わせるな。術の詠唱中に撃ち殺せ」
コートの男は懐から白い仮面を取り出し、顔に当てた。
白く、飾り気の無い、目の部分だけに細く切れ目の走るデスマスク。
「始めろ」
村の周囲を囲む120人の兵士の耳元へ戦闘開始の指示が送られる。
茂みから幾つもの人影が次々と姿を現した。
◆
村では突然の爆発音にざわめき立っていた。何事かと、皆が窓から顔を覗かせている。
村の入り口に10人程の男達が集まっていた。エルカカに残り村を守っている魔導士達だ。
「南の見張りの連中は!?」
「わからん。連絡も、戻ってくる気配もねぇ」
男達は全く状況が掴めず、行動を起こせずにいた。
「最後の石を狙っていた連中が居るそうじゃないか。
まさか、そいつらに村の場所が・・・」
「おい!!」
男の一人が話を遮り、暗がりになった森の方を指差す。茂みと闇が蠢いていた。次の瞬間、闇の中から嵐のように銃弾が魔導師達に降り注いだ。
ボシュッ、シュボッ、
くぐもった破裂音と共に数発の照明弾が上げられ、村全体がまばゆい光に照らされる。
既に村には何十人もの銃器を持った兵士達に侵入されていた。
兵士達は特徴の無い黒く身軽そうな軍服に身を包み、全員がライフルか機関銃を手にしていた。本来なら防弾服を身につけている彼らだが、魔導師達の前でそれは無意味だと判断したか、とにかく身軽に素早く相手を撃つための装備をしていた。彼らは統率された動きで無駄なく次々と村人達を"処理"して回る。
彼らの目的は、最後のヘヴン・ガレットと、それを守る部族の抹殺。
抵抗を見せる村人もいたが、魔導を放つ事も出来ず、近代兵器の前に次々と倒れていった。攻撃の為に僅かな時間とはいえ呪文を唱える必要のある魔導士にとって、多数の銃を相手にする事は非常に分の悪い戦いであった。
「なんだ、村人の殆どが魔導士って話だからビビってたが、こいつら何もできねーじゃねーか!!」
既に村の中心まで侵入者達は到達していた。思いの他簡単な任務に、一人の兵士が上機嫌に言った。
「おおぃ、向こうに女が逃げてったぞ!!」
「後続隊が追いつくまで、この場を確保する、雑魚は放って置け」
この部隊のリーダらしき男が指示をするが、その兵士は興奮冷めやらぬといった様子でマシンガンの弾倉を詰め替え、叫ぶ。
「冗談!!上からの命令は村人の皆殺しだぜ!!俺は任務優先させてもらうさ!!」
「おい!」
静止を無視し、まるで狩りを楽しむかのように駆け出す兵士。しかし。
ぱしゅっ。
駆け出した兵士の体は、軽い音と共に上下に両断された。もつれるように崩れた兵士は、投げ付けられた人形のように地面へ転がった。
何が起こったか分からず、居合わせた兵士達は硬直する。
建物の影から蓬髪の青年が、細身の剣を構え、現れた。
「貴様がやったのかっ・・!?」
兵士の一人が銃口を蓬髪の青年に向ける。同時に青年も剣を兵士達に向けて、一振りした。
ざふっ
剣を振る。ただそれだけの事で、間合いの遥か外に立つ兵士達の胸元が、深々と切り裂かれた。兵士達には何が起こったのか、分からない。
「嘘だろ・・!・こいつら、魔導を呪文の詠唱無しで使えるのか!?」
目の前の魔導師は術を唱えている様子も、その時間も無かった。兵士の呟きを相手にする事無く、再び青年が剣を振るうと、兵士達は銃を構える事も出来ず、壊れたマネキンのように崩れて落ちた。
「貴様ら、生きて帰れると思うなよ・・・」
青年の放つ憎悪の感情に、侵入者達は圧倒されていた。
◆
村の北側、レイチェルの家の裏手の森に、逃げてきた村人達が集まっていた。
「これで全員、か・・・」
レイチェルの父が逃げ延びた人数を確認し、愕然とする。
「違う場所へ逃げ延びた者もいるとは思いますが・・・」
「戦えるのは、何人だ?」
「私と族長を含め、ここにいるのは6人、今、村の中でレインバークやレグサスが足止めをしています」
「ヴィッツはどうした!?」
「・・・死にました」
「くそっ!!」
木立に拳を叩き付けた。
最初の爆発騒ぎから、時間にしてまだ半時も経っていない。この短時間の間に村の殆どが制圧されていた。
(やはり、近代兵器の前ではエルカカの力は無力なのか。
いや、認めない。
我々の250年間の戦いを、こんなに簡単に終わらせてたまるか・・・ッ!)
レイチェルの父は、消え入りそうな戦意を奮い立たせ、顔を上げた。
彼は呆然と村を見つめるレイチェルに向き直る。
「・・・村の外に続く地下道は知っているな。
お前とディアベルは戦えない村人を連れて、そこから村を出るんだ。
残りの戦える男は、村に戻りレインバークたちと合流し、敵を叩く」
村には、数十年前に作られた長い地下道があった。周囲を深い山々に囲まれたエルカカだが、その地下道を数時間も歩けば、比較的人通りのある街道近くに出る事ができるのだ。無論、街道側の出口には物理的なカムフラージュと魔導による結界が張られている。
「私も戦えるわ!!」
レイチェルが反論する。だがその声は微かに震えていて、無理をしているのは明らかだった。
「お前は皆と一緒に逃げるんだ、私達もすぐに追いつく」
「でも、私だって魔導は使える! 居ないよりは・・・」
「居ない方がいい、お前は足手まといだ」
「どうしてよ!?」
「お前は人を殺した事が無いからだ」
レイチェルがハッと息を呑む。
「そんな奴がいても足手まといになるだけなんだ」
「・・・・・・」
それだけを言って、背を向けてしまうレイチェルの父。レイチェルの方は言葉が出ない。いざ人を殺すとなった時、自分にそれが出来るとは思えなかったからだ。
「じゃあな。すぐに戻るから」
レイチェルの父は一度だけ振り返りいつもの笑顔を見せると、他の魔導士達と共に村へと戻っていった。
その後ろ姿を見送るレイチェル。
彼女は、このままではもう二度と父に会えないのではないか、という不安を感じていた。だが、今のレイチェルには父の後を追うことは出来ず、父に言われた通り村から遠ざかる事しかできなかった。
◆
村の中心では戦いに変化が起きていた。
一方的に攻め進んでいた侵入者達が、たった5人の魔導士達に圧倒されていたのだ。
村の中心で軍隊と戦っているのは、エルカカの民の中でも特に手練の魔導士達であった。
「うわぁっ!」
短い悲鳴と共に銃を乱射する兵士。銃弾は剣を持つ蓬髪の青年へと向かうが、銃弾は青年に届く前に明後日の方向へと弾き飛ばされる。
小さな風斬り音を上げ蓬髪の青年が剣を振ると、その前にいた兵士達が一斉に見えない刃に断ち切られ崩れ去った。
耳障りな異音と共に、初老の魔導師の手から光の帯が伸びる。それは物陰に身を隠す兵士の背を追う様に弧を描くと、彼等を次々と打ち倒してゆく。しかしそれほど俊敏な動きを持たない光の帯は幾つか的を外し、兵士が盾にしていた建物を盛大に破壊した。
「レインバークさん、あんまり村を壊さないでくださいよ!!」
「こんな時に何をいっとるか!!
それよりレグサス、結界と風の剣はまだ持つのか!?」
「ここに居る雑魚どもを片付けるくらいの力は余ってますよッ!」
言いながら敵の只中へ突進をかける、レグサスと呼ばれた蓬髪の青年。確かに銃は脅威だったが、それを扱う兵士達に特筆するべき力は無かった。
「エルハノイ、カルマはレグサスの援護を!!結界が持たなくなったらすぐに引け!!
アレンはいつでも結界と治療の術が使えるようにしておけ!!」
初老の男、レインバーグの号令と共に、斧を持った男と、鎖鎌を持った男が弾幕の薄くなった村の広場へ飛び出す。
その姿を認め、兵士達は2人に向かい一斉に射撃を始めるが、弾丸は魔導師達に届く前に弾速を失い、力なく地面へと散らばる。そして間合いを詰められた兵士達は次々と倒されていった。
エルカカの民の強さの真骨頂は、魔導と武術の両道であった。彼らは武器に持続性のある特殊な術をかけ、呪文の詠唱無しに、武器を介して魔道を発動させる術を得意としていた。レグサスの、かまいたちを放つ剣のように。
村の中央広場には、累々と兵士達の死体が折り重なっていった。
レグサスが背後の兵士を切り伏せると、いつの間にか周囲に敵の兵士が一人もいなくなっている事に気づいた。
「なんだ、逃げだしたのか?」
流石に肩で息をしながら、レグサスは広場の中央に戻ってくる。大斧を持った男、エルハノイと、鎖鎌を持った男、カルマと背を合わせ、辺りの様子を伺った。
「何人連れて来たかは知らないが、ここにいるだけでも30人以上は殺ったな・・・」
「後味悪い戦いですね・・・」
レグサスは言葉の割に何も感情の篭っていない軽口を叩くと、視界の端で何かが動いた。反射的に視線を巡らすが、何も変化は無い。
「上!!」
彼らを遠巻きに見ていたレインバークが鋭く声を上げた。3人は上を見上げる事もせずに、反射的にその場を飛びのいた。
がががっ!
レグザスの腕と足に何かが喰い込む。傷の確認さえも後に回し、襲い来た敵を確認する。
異様な風体だった。
人数は5人。全員が赤黒いマントを着込み、フードを被った顔は白い仮面で覆われていた。仮面のデザインは個々によって微妙に違ったが、それから受ける不気味な印象は全て同じだった。まるで恐ろしい夢や童話に出てくる、死神のような姿。
レグサスは腕の傷を確認する。細かい金属の欠片が幾つも喰い込んでいる。どうやら防ぎきれなかった銃弾が砕け、結界を貫通したようだ。
良く見ると、黒マント達の手には、ライフル型の見慣れない銃が握られていた。村を蹂躙していた兵隊達の銃とは違う、精練されたデザインの銃だ。
「大丈夫か、レグサス」
「えぇ。気をつけてください、奴らの銃、結界では防ぎ切れないかもしれませんよ・・・」
「戦車の装甲よりも厚いお前の結界を抜けるってぇのか・・・」
レグサスたちを囲んだ5人の黒マントが、じわり、とその輪を狭めた。レグサスは剣を、円を描くように一閃させた。かまいたちで、周りの黒マント達を斬り飛ばすつもりだ。
しかし、放たれたかまいたちは、黒マントたちの体を大きくのけぞらしただけだった。
「な・・・っ!?」
思わず絶句するレグサス。
間髪いれずに、エルハノイは大斧で黒マント達を薙ぎ払おうとするも、常人離れした動きで黒マントは身をかわす。
ざりりりんっ!
身をかわし空中に飛んだ黒マントに、突然伸びてきた鎖がまるで意思のある蛇のように巻き付いた。カルマの持つ魔導で制御した鎖鎌だ。
「焼け死ねっ!」
バシバシッ!!!
鎖と黒マントから閃光と火花が散る。鎖を伝い、雷撃の術をかけたのだ。そのまま鎖をうねらせ、黒マントを地面に叩き付けた。
思わずその黒マントを見つめる3人。レインバークも遠目で事の成り行きを見守る。
しかし、普通の人間なら間違いなく死んでいる筈の攻撃に耐え、黒マントは薄い煙を上げながら、ゆっくりと立ち上がった。
「なんだ、こいつら・・・・」
思わず息を呑むエルカカの魔導師達。これは、普通の相手ではない。
「この服は特別製でな」
突然、黒マントの一人が仮面を外して話し始めた。
僅かに驚くレグサス。黒マント達があまりにも異様な雰囲気を持っていたため、人間を相手にして戦っているという実感が薄かったのだ。しかしフードの中から覗いた顔は、金髪を長めに伸ばした若い男だった。森の入り口で通信機を使い、兵士に指示を出していたコートの男だった。今は他のマント姿達と同じ様に、コートの上に赤黒いマントを羽織っていた。
「普通の銃弾じゃ貫通はおろか、衝撃も殆ど吸収する。物理的な攻撃じゃなく、魔術にも耐性がある、特別あつらえの戦闘服さ」
調子良く話す男に構わず、レグサスは腰に差したナイフを男の額に向けて投げつけた。
「っと」
軽いリアクションと共に、男の手が霞む。次に男の手を確認した時は、レグサスの投げつけたナイフが握られていた。
「・・・!」
レグザスは男の動体視力と人間離れした反射神経に驚愕する。
「もちろん、このマントが与えられる人間も、特別製という事さ」
思わず動きが止まってしまったレグサスに、男はそのナイフを投げ返した。
どすっ
胸に自分の投げつけたナイフを受け、レグサスが倒れる。
「さきまっ!!」
エルハノイが斧を構え、黒マントたちに踊りかかる。
大斧の一撃は黒マントの一人をまともに捉え、黒マントは自動車に撥ねられたかのような勢いで民家の塀に激突した。
たが斧の刃は全く相手を傷つける事はなく、更にその衝撃も大した事が無いとでも言うように、塀に叩きつけられた黒マントは立ち上がった。
びゅん、
後方からレインバークの放った術がエルハノイの背を飛び越え、放物線を描くように黒マントに突き刺さる。途端に一際大きな連続爆発が起こるが、煙が収まった後には、えぐれた地面に何事も無かったかのように立つ、黒マント達の姿。
「・・・・・・」
絶句する、エルカカの魔導士達。剣も魔導も歯が立たない。次の手が思い浮かばず、攻撃の手が止まってしまった。
金髪の黒マントは再びマスクを被り、やれやれ、といった調子で指示をだした。
「もういい、やれ」
その声と共に、黒マントたちは、一斉に銃口をエルカカの魔導士達に向けた。
慌てて結界を張り直し弾幕を受け止める。だが、黒マント達の放つ銃弾は、結界に深々と食い込み、徐々に結界へ侵食を始めた。
「駄目だ・・・持たない・・・っ!!」
黒マント達と向かい合っていた、エルハノイとカルマは銃弾の雨に結界を破られ、倒れた。
「ぐ・・・」
少し離れて援護をしていたレインバークと、共に援護をしていた魔導士にも、黒マントたちの銃口が向けられた。
死を覚悟するレインバーグ。
どひゅん
突然、何かが辺りの空気を低く振るわせた。金髪の黒マントが音のした背後を振り返ると、そこには腰から上が丸ごと無くなった部下の下半身が立っていた。
「・・・ッ!?」
もちろん、どんな攻撃にも耐える赤黒いマントごと、部下の体は無くなっていた。暫く立っていた下半身も、バランスを崩しゆっくりと地面に倒れた。
金髪の男は倒れた仲間の断面を凝視する。断ち切られた、特別性の戦闘服の断面を、凝視する。彼は部下の死ではなく、戦闘服が断ち切られていた事に驚愕していた。
残りの4人の黒マント達の周りに、じわり、と幾つもの黒い霞が現れた。
「ッ! 散れ!!」
本能的に危機を感じ取り、その場を離れる黒マントたち。
ずどっどっ、どひゅっ!
黒マント達の周りに現れた黒い霞は、唐突にその濃度と質量を上げ一抱えほどの黒い球体へと姿を変えた。そして、その球体は一瞬で収束し、消えて無くなる。
どざざっ。
黒マントの一人がまた倒れる。彼はマントの一部と足の膝から先を失っていた。
まるで、黒い球体にえぐり取られたかのように、彼の体は消失していた。
すぐ横手の民家から、魔導士達が黒マントに飛びかかった。レイチェルの父と一緒に戦場へ戻って来たエルカカの魔導士達だ。
黒マント達は得体の知れない力に恐れ、シャノン達から距離を取った。
彼の前に姿を現したレイチェルの父は、その眼差しに静かな怒りをたたえ、黒マント達を見据える。