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RE:新撰組

総司

作者: 翡翠 樹

「ほら、そこ。間違ってる」

 勇がシャープペンシルでノートを指す。

「そーちゃん。ほら。聞いてる?」

 勇がため息混じりに言う。

 頭をがしがしと掻きながら、沖田総司は目の前にある英語の問題集と格闘していた。

 目の前にはいとこの勇が怖い顔をして睨んでいる。

「ご免なさいね勇ちゃん。総司もちゃんとお願いしなさいよ」

 勇より二つ年下の総司は今年高校受験である。

 そこで学校の成績には定評のあるいとこの勇に家庭教師を頼んでいると言うことだった。

 総司にすればいつも優しい勇が家庭教師をしてくれるのなら、辛くないと思っていたのだったが思惑は外れた。

 勇は結構厳しかったのだ。

「ほら、また間違えた。ちゃんとここ、見てた?」

 何度もやり直しさせられる。

 まぁおかげでというか、成績はよくなった。格段に。

 元々勇に甘える性格だった上に、可愛がってもらっていたと言うこともあり、大好きだったのだが、家庭教師をされてからはますます頭が上がらなくなった。

「勇ちゃん、病み上がりなのにいいの?」

 総司の母、沖田光恵が心配そうな声を掛けてきた。

「別に大丈夫ですよ、もう。それにここに来るの楽しみだし。だって光恵おばさんの新作スイーツ食べられますもん」

 沖田家は洋菓子店である。ケーキがおいしいと近辺の女性からは評判だ。時として、開店早々に売り切れるという人気商品もある。

 勇は時々光恵からお菓子の手ほどきをうけたりもするし、バレンタインの時には材料を頼んだりもしているのだ。

 今も目の前には、まだ店ではお目にかかっていないケーキが出ていた。

「新作ですねっ」

 顔を輝かせた勇に、

「あとで感想聞かせてね」

 そう言うと光恵は、総司にちゃんと習いなさいと念を押して出ていった。

「かぁさんも五月蠅いなぁ……」

「そう言うなら、やることやってから言いなさい」

 総司が文句を言ったとたん、勇から怒られた。思わず首を縮める。

 問題を解きながら、総司が聞いた。

「勇ちゃん。歳也さんとの結婚どうするの」

 ちらりと勇の表情をうかがう。

「ん?」

 勇が頬杖をつきながらふわりとした笑みを浮かべた。

「どうって?」 


 あれは、勇が退院してきて間もなくのことだった。

 土方歳貴、つまり、歳也の父が見舞いをかねて会いに来たのだ。

 そして。

 あることを切り出したのだ。

「勇ちゃん、慌てて答えを出さなくてもいいが……。おじさん達の頼みを聞いてくれるか」

「?」

 歳貴は正座をする。

「君も知るとおり来年の五月には歳也は十八になる。わかるかい。法的に結婚が認められる歳になるんだ。そこでだ……」

 歳貴は頭を深く下げる。

「勇ちゃん、入籍してくれないか。別にすぐに嫁に来てくれとはいわない。君もやりたいことはあるだろうし。ただ、僕たちは怖いんだよ。君がいなくなるのがね。本当は一日も早く君を我が家に迎えたい。でもそれは我々の我が儘だ。大人の都合さ。でも、君が行方不明の間我々は後悔もし、恐れもし、心配もしたんだ。君も知るように近藤家の女の子は……」

 そこで言葉は止まった。

 言ってしまうのが恐ろしかったからだ。言った言葉は本当になるという迷信じみたことだったが、絶対に現実になどしたくないことだった。

……近藤家の女の子は、大人にならない。なぜなら、その前に死ぬからだ。 

 今までも、何人もの近藤家の女の子は若くして死亡している。幼いままに死んだ子もいて、それを防ぐために五歳まで勇は男の子として育てられたくらいだ。

「我々の悲願なんだ。望み……希望なんだよ。かなえてはくれないだろうか」

 何代か前の両家で取り決められた誓い。

 いつか二つの血筋を一つに。

 勇と歳也は生まれたときからの許嫁なのだった。

「わかりました。かまいませんよ籍を入れても」

 あっさりと勇が言う。

 歳貴は今の言葉が聞き間違いかと耳を疑ったくらいに、あっさりと答えたのだった。

「昔ッから決められてたことだから今さらそう言われてもって思うし、あたしはずっとトシと一緒にいたから別に違和感はありませんよ」

 顔を上げた歳貴の顔は喜びに満ちていた。

「本当かい。そうか……いいんだね」

「ええ」

 もはやスキップでもしそうである。

「勇介さん(勇の父)に言わねば。君のお母さんにも了解してくれたと報告しないと」

 鼻歌を歌いかねない様子でへやを出ていった。

 

「まぁ、トシの誕生日に入籍するってことみたい。しばらくはたまに泊まりに行くぐらいかな。でも名前は暫くは近藤姓のままかな。高校で名前替えると面倒だもの」

「そんなんじゃ今とたいして変わらないじゃん」

「そうだよ」 

 あっさりと勇が言うのに総司は拍子抜けした。

「なぁんだ」

「何期待したの」

「別にっ」

 総司は口をとがらせると再び問題に向かった。

「ちぇ、おれのほうが勇ちゃん大好きなのに」

 くすくすと勇は笑う。

「いつまでたっても子供だねぇ、総司は」

 そう言うと総司の頭をなでた。

「子供扱いするなよぉ」

 総司が口をとがらせた。

「そう言うならさっさと問題解く!」

 シャープペンシルでノートを指され、ぶーたれながら問題に向き合う。

……いつか歳也のやろーに意地悪してやらなきゃ気がすまねー。

 腹の中で黒い決心をした総司だった。



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