8 会えるかな
俺は、何をやっているんだ・・・。
弥勒は広大な霊山、佐保山を前につぶやいた。
たかが、女に会うためだけに、こんな所までノコノコ来るなんて。
いや、別に女に会いに来たわけではない。
あの姫巫女の占力が本物かどうか、確かめに来ただけだ。
しかし、これでは。
『満月の夜の次の日の正午に佐保山のふもとの林に行くことじゃ。上手くいけば、会えるかもしれぬ』
佐保山まで、半日かかる。佐保山へ正午に来るために、昨日王宮を出て前泊までしていた。「佐保山のふもとの林」はべらぼうに広い。どこまでが「山」で、どこからが「ふもと」かもわからない。これでは、初音がどこかにいたとしても、会える方が奇跡だ。
姫巫女もいっていた。上手くいけば、会えるかも、と。
なんとおおざっぱでいい加減な姫巫女か。言われた時に気付くべきだった。
これは占いでもなんでもない。
姫巫女がでたらめをいったところで、こちらには暴くすべもない。
俺は、馬鹿だ。
しかも、饅頭までつつんでいそいそやってきて。
大馬鹿だ。
ここは神領区だ。霊山はうかつに入れる場所でもない。今のところ、会う人はみな弥勒と従者の格好に遠慮してか遠巻きに見ているだけだ。
どうしたものか・・・。
弥勒はため息をついた。
・・・・・・・・・・・・
佐保山にも小さな神殿はある。本殿と違って小さな屋敷だが、きちんと手入れが行き届き四季折々の花が咲く。小さな神殿の中で初音は欠伸をした。
「あ~疲れた。筋肉痛になっちゃったよ。あの衣装、綺麗だけれど重すぎるよね~」
初音は畳にだらしなく寝そべり、昨夜の舞の疲れを癒していた。
昨日は霊山で舞の奉納の行事に駆り出された。舞を舞うだけなのだが、身を清め、化粧をし、重い衣装を着て舞うのはかなりの重労働だ。
山の女神の恵みに感謝の気持ちをあらわす行事である。昔、引きこもりになった女神様の前で騒いで起こしたのが巫女だったので、感謝するのも巫女になってしまった。
「私のヘタクソな舞よりさあ、絶対イケメンの裸踊りの方が喜ぶよ、女神様。神官の榊なんかがへそ踊りするといいんじゃない? 別の山の女神様なんか、女人禁制にして逆ハーやってるんだって」
初音はでろーんと寝そべったまま、ブツブツと呟いている。初音はどこで仕入れてくるのかたまに怪しい知識を披露している。
「姫巫女様、しゃんとしてくださいな。お行儀悪いですよ」
女官の亜紀も付き添って来ていた。
「さて、そろそろ薬草摘みに行こうかな。亜紀、頼んでおいたお弁当できてる?」
初音はだらだらと起き上がるとうーん、と伸びをした。
「できていますよ。ただね、村人達から聞いたんですけれど、見慣れない変な男がうろついているみたいなんですよ」
亜紀が心配そうにいう。
「変な男?」
「ええ。それが、立派な格好をした武人風の男で、従者も連れているんですって。かなりガタイの良いイケメンらしいんですけど、土地に不慣れなのか、ウロウロしているみたいで。霊山の入り口をくぐって、北の沢の方へおりて行ってしまったそうですよ」
「ふーん」
ふーん、といってしばらくして初音ははた、と思い当たった。
「ちょっと、その男って、背の高い、少し怖い感じの男?」
初音は慌てて薬草摘みに行く恰好に着替える。行脚中の修行僧のような、動きやすい服だ。
「え? がっしりした、背の高い、かなりイイ男だそうですよ。姫巫女様、今日はお出かけは止めた方がいいのでは・・・」
亜紀は初音を心配そうに見あげる。
すっかり忘れていた。
そういえば、ミロクに占ってやったんだった。
サル娘と会える場所を。
わざわざ姫巫女の占いの真偽を確かめに来たのか。あの陰険男は。
もし、これでサル娘に会えなかったら、姫巫女の占いは当たらないと言いふらすかもしれない。
しかも、北の沢へおりた?
北の沢はマムシが多く、意地の悪いキツネがたくさん住んでいる。
キツネに化かされて沢に落ち、怪我をする者もいる。村人達は北の沢にはけっして近づかないくらいだ。
初音は舌打ちをした。
本当は南の林に行くつもりだったのに!!
初音は弁当と薬草を入れるカゴを引っ掴むと、外へ飛び出した。
「はーつーねーさーまー」
遠くで亜紀の声がひびいていた。