6 くるみ
この前とりそこねたチコの実をもう一度採取したい。この時期を逃せば、来年まで待たなければならない。
初音は女官達の目を盗むと神殿から抜け出した。
痛い思いをした場所にはあまり近づきたくないが、チコの木はこの前、木から落ちた所にしか生えていない。
素早く木によじ登り、泉の方をみる。
この前とは違い、木々の葉がだいぶ落ちて、見晴がよくなっている。
初音は人の姿が無い事に安堵した。
しばらく木の実採取に精を出していたが、もう一度、この前の泉に目をやった。
あれ・・・?
人の姿は無いが、この前、男に腕を手当された泉のそばに見慣れないものを見つけた。
泉のすぐ横の木の枝に黄色の布袋と、何か光るものがぶら下がっている。
何だろう?
そっと足を忍ばせ、泉まで下りていく。ここは王宮の敷地だ。
「何だろう、これ?」
木の枝からぶらさがっている黄色の布袋の中にはごつごつした丸いものがいっぱい詰まっている。キラキラ光っていた物は、数珠状の腕輪だった。高価な石を丸く磨いたものが紐に通されている。宝石の一種だろう。
布袋を開けてみると、中にはいっぱいクルミがつまっていた。
「クルミだ!」
初音は布袋をいそいそと枝から外した。
宝石の方には興味が無い。
全く興味が無いわけではないが、舞を奉納するときなどは、初音も宝石のついた重い冠など、ごてごてと着けさせられる。宝石を見慣れている初音にとっては「重い仕事着」を思わせる物でしかない。本来は宝石にも一つ一つ意味があり、それぞれの役目を持っている。だが、目の前の腕輪は、そういった宝石の意味は無視され、ただ輪の形に結ばれているだけだ。
初音は座り込むと、クルミを手にとった。
「ミロクの仕業かな?」
クルミは固い殻に覆われ、中身が取り出せない。
「う~。割れない・・・。 お~い! リス! 出ておいで~!!」
背中のカゴをかちゃかちゃ鳴らす。チコの木の周辺に陣取っている食いしん坊のリスは、初音のカゴがかちゃかちゃ鳴る音をききつけて、よく木の実をねだりに来る。そのリスに殻を割ってもらおうと思ったのだが・・・。
「肝心なときには出てこないんだから。役立たず」
むぅ、と頬をふくらませる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・何やってるんだ? あいつは?
弥勒は初音の姿をみつけると、気配を消して近づいた。
この前は初音にケガをさせただけでなく、拾い集めた木の実まで吹き飛ばしてしまった。
お詫びに宝石でできた数珠の腕輪と、クルミを初音が訪れそうな場所―この前の泉のほとり―の木の枝に結びつけておいた。初音が現れるとは限らないが、真冬になる前にもう一度ここを訪れるような気がした。二回来てみたが、初音が訪れた様子はない。もう来ないのかと思ってあきらめかけた今日、ようやく初音が現れたのだ。
初音は宝石には見向きもせず、クルミを大喜びで袋から出している。
面白いのでみていると、今度は大声でリスを呼んでいる。
まったく、サルのやることは予想がつかない。
「お前、リスを呼んでどうするつもりだ?」
初音の後ろに回り込み、肩に手を置いた。初音の体がぴょん、と飛び上がる。
「うわっ、びっくりした。ミロクだっだの? クルミの殻を割ってもらおうと思って・・・。リスを呼んだけれど来てくれないの」
初音の言葉に吹き出す。
「リスは呼んだら来るのか?」
「いつもは呼ばなくても来るわよ」
初音は当たり前のようにいう。
「貸してみろ。殻を割りたいんだろ?」
弥勒は初音からクルミを受け取ると、手で割ってやる。
「ほれ」
初音は目を丸くしてみていたが、殻の割れたクルミを受け取ると中身を取り出し、モグモグ食べだした。
「お前、サルみたいだと思ったけど、食ってるときはリスみたいだな」
一生懸命クルミを食べる初音は何だか小動物のようで、可愛らしい。
「私、あんなに意地汚くないもん」
宝石には見向きもせず、クルミを貪り食っているくせに、か。弥勒は苦笑する。
木の枝から腕輪を外す。
「こっちはいらなのか?」
女なら、泣いて喜びそうな品だと思ったのだが。
「ん、いらない」
初音はそっけない。むぐむぐとまだ口を動かしている。
腕輪には全く、関心がなさそうだ。
「お前、変なヤツだな。宝石には興味ないのか。おい、あんまりいっぺんに食うと鼻血出すぞ」
弥勒は初音のすぐ横に腰を下ろした。全く、見ていて飽きない。
「血がもったいないから、鼻血はださないもん」
また弥勒は吹き出す。
本当に変な女だ。
初音は幸せそうにクルミを食べていたが、突然ピタリと動きを止めると、じっと弥勒をみた。
「クルミ、欲しいの?」
初音が食べているのをじっと見ていたせいで、物欲しそうにみえたのだろうか?
弥勒は苦笑して、いや、と否定した。
初音はちょっと首をかしげると、ごそごそとカゴを探り、木の実を出してきた。
「チコの実あげる。滋養強壮にいいんだよ。疲れたオジサンも、元気になるよ」
ニコッと笑って木の実をくれる。
・・・疲れたオジサンって、もしかして俺のことだろうか。
いまだかつて、そのように形容されたことは一度としてなかった。
「・・・ありがとう」
微妙な嬉しさでうけとると、初音はまたニコッと笑った。
「どういたしまして。生でも火であぶっても食べられるよ。固いから気をつけてね」
固いから気をつけて、といわれても、どう気をつければいいのだろう。気合を入れて食べればよいのだろうか。
・・・まあどうでもいいか。初音の笑った顔、可愛いし。
弥勒はチコの実をてぬぐいにつつむと、腰に下げた。
「・・・なぁ、初音。次は、いつ来るんだ? その、いつ来るかわからないと、この前みたいにお前を吹っ飛ばしちゃうかもしれないし」
弥勒がいうと、初音はきょとん、とした顔をして弥勒をみた。
「もう来ないよ。冬になったら木の実とか薬草とれないから」
初音の言葉にそりゃそうだよな、と納得する。
来春まで、初音とは会えないということか・・・。
ちょっと、寂しい。せっかく面白い生き物を見つけたのに。
「・・・お前、どこに住んでいるんだ?」
弥勒が問うと、初音の顔に警戒の色が浮かんだ。
「私、そろそろ行こうかな。薬草摘みも途中だし。クルミ、ありがとうね」
クルミだけは大事そうにカゴの中に入れて、初音は立ち上がった。
「じゃね、ミロク」
「待てよ。お前、どこの誰だ? 苗字は?」
初音は弥勒の言葉には答えず、さっさと山の中へ姿を消してしまった。
・・・・・・・・・・・
「弥勒様、明日は本当に神殿へ行かれるんですか?」
助六はちょっと厄介だな、と思いながら主人に問う。
王子の寝室には怪しげな付けひげや、ヅラや衣装が並べられていた。
「ああ。この前の雨乞いの儀式も結局姫巫女は姿を現さなかったからな。本当にきちんと占える巫女がいるのかどうかも怪しい。ちょっと神殿まで行って確かめてくる」
「確かめるって、大和の国の暴れん坊王子が直接神殿を訪ねるのは、無理でしょう。だいたい神殿には、男性は入れないでしょう?」
助六は付けひげをつまみあげる。
「お前だっていってただろ。伊周が賄賂をわたして姫巫女に占ってもらったって。明日は「源雅浩」という名で姫巫女に個人的な占いを頼む事になっている。賄賂もわたしてあるし、変装には自信がある」
「偽名ですか?」
胡散臭い変装になりそうだな、と思いながら助六は問う。
「実在する人物さ。田舎にすっこんでる気のいい男だよ。一応本人の了解は得ている。彼の顔を知るものもそういないだろうし、変装して彼に成りすまして、巫女の化けの皮を剥いでやるさ」
自信満々でいう弥勒に助六はため息をついた。助六の主は言い出したら聞かない男だった。