5 出会い3
「ンまぁ、姫巫女様。なんですか、その恰好は。袖が破れているではありませんか! お怪我は?」
また、女官の亜紀に捕まった。
長い永い説教を無我の境地で切り抜けること、30分。
「とりあえず、お風呂にしましょうか。こんなに汚れて。ばばちいったらありゃしない」
ようやく亜紀から解放される。
ハァ~。
散々な一日だった。
なんだかいいことがありそうだと思ったのに。
私の勘がはずれるなんて。
せっかく採取した木の実は全部パァだし、変な男には会うし。
神殿のヤツは強欲で陰険、か。
おまけにインチキの姫巫女だなんて。
勝手な事ばっかりいって。
あ~腹が立つ!
初音は湯を蹴り飛ばした。
そういえば、男に触っちゃったけれど、いいのかな。
巫女の力が無くなったらどうしよう?
もし、力が無くなっていたら、あの男、ぎったぎたにして、塩漬けにしてやる。
いや、塩がもったいないか。
初音は男の引き締まった体を思い出し、思わず赤面してザバリと湯からあがった。
「あら、初音様。お顔が赤いですよ? 今日の湯は少し熱すぎましたか?」
亜紀に言われ、ブンブンと首を横に振ると慌てて白い着物に着替えた。
神官達がどのような基準で選ばれているのか定かではないが、神領区のそれなりの家柄の見目麗しい男から選ばれているのは間違いない。神官長のように美食を繰り返し、ぶくぶくと太ってしまう者もいるが、神官達はたいていどの男も容姿が整っており、立ち居振るまいも優雅だ。そういった男達と、今日初音が会った男はまるで違っていた。
「初音様、神官長がお話があるそうですが」
亜紀が声をかける。
巫女あっての神官だが、実質は神官の権力の方が強い。
初音は渋々神官長と向き合った。
「申し訳ありませんが、近いうちに一人占ってほしい者がいるのです」
神官長は初音の顔色を伺うようにいう。
自分では外の者に顔を見せるなといっておきながら、金をもらえば、占えとくる。拒否権など、ない。
「今度は源雅浩という男です。神領区の領主で、管楽の得意な30代の貴族です。妻を流行り病で亡くして以来、田舎にひっこんでいる」
初音はげんなりする。
占いは占いでも、個人の占いは苦手だ。
竜神や山神と自由に対話できる初音にとって、天変地異を占うのは得意だ。が、人の世の理には疎い。人の浮気心を予知するよりは火山の噴火を予知する方がたやすい。
仕事上のライバルのだれそれ氏の弱点を占ってほしいといわれても、無理だ。
巫女とはいえ、できることには限りがある。
また、自分の事も占えない。
自分の未来を占うことは禁じられているし、実際無理だ。
「そういえば、男に触れると、巫女の力が無くなるというのは、本当なの?」
初音の唐突な言葉に神官長は探るような視線を向けた。
「・・・何故そのような事を? 誰かに触れられたのですか?」
神官長の声はあくまで冷静だったが、目が怖い。
「い、いえ。ただ、ちょっとでも男に触ったら、いけないのかなって」
神官長はなおも探るような目で初音をみていたが、口をひらいた。
「・・・男に少し触れたくらいで力が落ちることはありませんよ。ただ、よからぬ思いで触れてくる者もいるのです。穢れれば、力は無くなりましょう」
初音はホッと胸をなでおろした。
ミロクとの接触は全く大丈夫そうだ。
でも、穢れると、何ができなくなるのかな?
何をどうすれば、穢れたことになるのかな?
初音にはよくわからないのだった。
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「弥勒様、さっきから何ニヤニヤしているんですか。鈴なんかながめちゃって、厭らしい」
従者の助六が主人の弥勒を胡散臭い目でみている。
「どこぞの女にでももらったんですか?」
弥勒は鈴をしまうと助六の頭をペシッとたたいた。上機嫌だ。
「いや、女じゃない。サルがもっていた」
弥勒の言葉に助六はへーそうですか、と気の無い返事をした。
どちらにしろ、助六の主人である弥勒が女に夢中になったことなど無いのだ。