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4 出会い2

「おい、しっかりしろ、サル。生きてるか? 大丈夫か?」

 べしべしべし。

「おい、サル。死んじまったのか?」

 べしべしべし。ほおを叩かれ、初音は目を開けた。



 至近距離に男の顔を見てのけぞる。

 巫女は男と顔を会わせてはならない。もちろん触れ合ってもいけない。

 唯一の例外は神官だけだ。

 なのに、至近距離に男の顔があり、なおかつ、抱きかかえられるように背に手をまわされている。

 女官の亜紀の憤怒の形相が目に浮かぶ。

 はーつーねーさーまーーーーーーーーーー!!!

 幻聴まできこえるようだ。


「ひぃっ。ごめんなさい、ごめんなさい。もうしませぇん!!」

 初音はあたふたと男の腕から抜け出そうともがいた。


「おい、大丈夫か。頭を打っておかしくなったのか」

 突然暴れ出した初音に驚き、男は初音を抱え込む。


「ちょっと落ち着け。落ち着けって言ってるのがわからんのか! このサルは!!」


 サル?

 初音は止まった。

 サルって私のこと、いいました?


「よし。落ち着いたな。ケガはないか?」

 男に抱き起され、立たせられる。

 落ちたときに切ったのか、袖が裂け、腕から血が滲んでいる。

「腕にケガをしたみたいだな。泉の水で洗おう」

 男はそういうと、初音を軽々と抱き上げた。

 驚いて男にしがみつき、男が上半身裸なことに気が付いて、悲鳴をあげる。

 神官しか身近に男がいない初音にとって、ちょっとした衝撃だった。


「ったく、騒々しいやつだな。耳元でわめくな」


 男は泉につくと岩の上にそっと初音をすわらせ、袖をまくる。

「すまなかったな。まさか、あんな木の上にサルがいるとは思わず、武道の稽古をしていた」


 さっきからサルサルいって。失礼な男ね。

 初音は初めて男の顔をみた。


 あれ・・・結構好みかも・・・。

 黒髪を短く刈り、精悍な顔立ちをしている。

 男と目が合い、あわてて目を逸らす。


「武道の稽古? あれが? 大気を引き裂くような衝撃がありました。 おかげで木からおっこちて・・・」

 初音が顔をしかめていうと、男は笑った。

「体内の潜在エネルギーを凝縮させて一気に放出させる技だ。まだまだ未熟で、あの程度の衝撃にしかならん」

 未熟でよかった。完熟していたら、死ぬところだった。初音は息をつく。


「ところでお前、なんであんな場所にいたんだ? ここは王宮の敷地だ。許可無しに入ることは禁じられている」

 男は初音の腕の傷を洗い、手ぬぐいらしい布を巻きつけながらいう。


 初音はムッとして男をみた。

「木の実や薬草を採っていただけよ。王宮の敷地? 私がいた所は神殿の敷地よ。落っこちたところが王宮側だっただけで」

 勝手にあんなところで武術の稽古をしている男の方が悪い。


「ああそうか。でもどちらにしろ、一般人は入れない場所だ。早々に消えた方がいいぞ。神殿のやつは強欲で陰険だからな」

 男は初音を部外者だと思っているらしい。強欲で陰険、といわれた初音はカチンときた。

「ちょっと、強欲で陰険って何よ? あなたこそ、王宮の敷地でのうのうと武道の稽古なんてしていていいの?」


 男はポカンとした顔をして初音をみていたが、やがて笑い出した。

「俺はいいんだよ。お前、頭、葉っぱだらけだぞ。・・・サルのくせに、綺麗な髪だな」

 笑いながら男は初音の頭についた落ち葉を丁寧にとる。

「サルサルって、私は初音です。サルじゃありません!」

 初音がむくれ顔でいうと、男は更に笑みを深めた。

「初音か。俺は・・・弥勒みろくだ。 どちらにしろ、神殿の敷地には入らない方がいい。神殿の連中など、信用できん。インチキの姫巫女を祭り上げ、嘘ばかり吐いている。そのうち・・・」

 男はいいかけて、やめた。


 インチキの姫巫女?

 どういうことよ?

 この前の雨乞いもちゃんとやって、雨も降ったじゃない。

 インチキといわれる筋合いは無い。


「いい加減な事、いわないでよ。私、もう帰る。カゴもどっかいっちゃったし」

 初音はムッとして立ち上がった。

 せっかく集めた木の実や薬草はカゴごとどこかへいってしまった。

 探そうかとも思ったが、夕暮れが近づいている。

 山の日が落ちるのは早い。


「送るよ。家はどこ?」

 男は立ち上がると尻をはたき、落ち葉を落とした。


 まさか、神殿の巫女ですともいえない。

 巫女が人前に顔をさらすなど、とんでもないことだ。

 ましてや、サルのように木に登り、木から落っこちたなど。


「いいです。自分で帰れますから」

 プイと顔を背けると、初音は元来た道を帰ろうとした。


「遠慮するな。結構遠くから来ているんだろう? あ、王宮や神殿の敷地に入っていたことは黙っててやるから。お前、そっちは神殿の敷地だから、入っちゃいけないっていってるだろ?」

 グイとケガをした腕を捕まれ、初音は呻いた。

「痛っ、離してよ! 大丈夫です。慣れていますから」


「あ、悪い。痛かったか? その、悪かったな。せっかく集めたキノコか?木の実か?あれもどっかいっちゃったみたいだし。 詫びといっちゃなんだが・・・」

 男がいうのを初音はキッパリと遮った。


「いいです。また採りにきますから。それじゃ、ミロクさんも気を付けて。王宮侵入の罪で、王宮の人に八つ裂きにされないようにね!」


 そういうと、初音は駆け出した。あっという間に初音の姿は木々に隠れてしまう。





「・・・やっぱり、サルだな。あいつは」

 弥勒は初音の消えた方をしばらく見つめていたが、うんうん、と一人で頷いた。

「しかし、あいつ、俺のことを完全に部外者だと思っているらしいな。ま、この恰好じゃ当然か」

 ボロボロの袴に上半身裸じゃな。

 技の稽古をしていると、着物がハンパなく傷む。焦げるといってもいい。もったいないのでこの恰好に落ち着いた。

 乙女に会う格好じゃない。


 足を踏み出して、チリン、という小さなに気付く。

 拾い上げると、それは小さな可愛らしい鈴だった。飾りひもも7色で編みこまれていて美しい。

「サルの落し物か。あいつ、けっこういいとこのお嬢なのか?」

 山で木の実やキノコを物色している割には綺麗な髪をしていた。

 手当てした腕もぬけるような白さだった。

「ま、いいか。そのうちまた会うだろ」

 弥勒は独り言をいうと、鈴のひもを指に絡めた。




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