32 月夜2
竜神は初音を探し、空を旋回する。
本殿にはいない。
ならば霊山である佐保山にある神殿か。
「竜ちゃん!」
初音が空を見上げ、手をふっている。
「初音、息災か」
竜神は初音の姿をみつけると、急ぎ降り立つ。
初音と会うときはいつも竜の姿のことが多いのだが、今日は人型となった。
「弥勒という男に会ってきたぞ」
竜神がいうと初音は目を丸くした。
「竜ちゃん、ミロクとお友達だったの?」
「・・・そんなわけないだろう」
初音の言葉に竜神は力が抜ける。
「天狗から弥勒が初音を泣かせたと聞かされたのでな。ところで初音、弥勒はいったい何をしでかしたのだ?」
初音はしばらく考えていた。
「クルミをくれて、お饅頭をくれて、ほめてくれて、頭撫でてくれて、ご飯たべさせてくれて、それから、ちゅうして、蜜柑と櫛くれたの」
え、餌付けされていたのか・・・。
竜神は更に体の力ががっくりと抜けるのを感じた。
いや、まて。
今、何か聞き捨てならぬ言語がまぎれていたような。
「・・・ちゅう? それはいったいどういう・・・」
初音の肩をつかむ。
「えーっとね、生温かくて、変な感じだった。ちょっとびっくりして、どきどきした」
・・・いや、感想を聞いているわけではない。
っていうより、弥勒、コロス。
「・・・弥勒のヤツ、なんて野郎だ」
ぼそりと竜神はつぶやく。
「あのね、腹筋が割れているの。河童的にはかなりイイ体なんだって。ちょっと憧れちゃうの」
・・・いや、どんな野郎か、とはきいていない。弥勒の体の構造はどうでもいい。河童的な評価は更にどうでもいい。
そ れ よ り。
ちょっと憧れちゃう?
ちょっと憧れちゃうだと?
弥勒、消去! 消す!
「あのね、内緒の話なんだけどね。」
初音は竜神の耳元に口を寄せる。
「ミロクってね、竜ちゃんにちょっと似てるの。体がおっきくて強いところとか、声がでっかいところとか、頭撫でてくれるとことか、おいしいものくれるとことか」
はにかみながら初音はいう。
「だから、なんかね、好きになっちゃったみたいなの。エヘ」
エヘじゃなーい!!
何だそのオトーサンに似てるから、カレのこと好きになっちゃった的な流れは。
俺に似ているという理由で初音は弥勒を好きになったというのか?
俺はスルーで?
理不尽だろ! 理不尽すぎるだろう!! それ。
竜神はガックリと膝をついた。
「そ、そういえば、その弥勒の野郎から初音が姫巫女を降りて、結婚すると聞いたが」
顔をあげて、初音の肩を再度つかむ。
「そうなの。姫巫女を降りて、神官の榊と結婚するはずだったけど、破談になったの。榊、山神様に連れて行かれちゃったの。良い男じゃーとかいって」
初音は神妙な顔で話す。
「それからですね、山神様は姫姉様の未来の旦那様の姿を見せてくれたんです!これが、また、イケメンで!」
横から夢乃が口を挟む。
「まさか弥勒の野郎じゃないだろうな」
竜神がギロリと睨むと、初音は嬉しそうな顔をした。
「そうなの! 竜ちゃん、よくわかったね! すごいね!」
初音・・・そんな嬉しそうな顔しないでくれ・・・。
竜神は泣きたい気持ちだった。
「・・・弥勒なんか・・・」
竜神は忌々しそうにいった。
とたんに、初音の顔が曇る。
「竜ちゃん、ミロクのこと嫌いなの?」
初音は竜神をじいっとみている。
「ぐ・・・・」
「嫌いじゃないよね? ね?」
「ぬぅ・・・」
「私、ミロクのとこ、お嫁にいっちゃだめ?」
「ううむ、むむむ・・・・」
「竜ちゃん?」
大きな瞳を潤ませてじっと見上げてくる初音。
そんな泣きそうな顔で俺を見ないでくれ。
「う、ううむ・・・・」
竜神は自分のココロが折れるのを感じた。