29 竜神1
天狗は竜神に絞殺されかかっていた。
屈強な天狗の体に竜の巨体がまきつき、ぎちぎちと締め上げている。天狗は余計な事―初音が弥勒に泣かされていたこと―を竜神に教えてしまった自分を呪っていた。
「弥勒とかいう男が初音を泣かせただと? なぜ、八つ裂きにしない?」
竜神は青筋をたてて怒っている。
竜神と天狗は旧知の仲だ。竜神は天狗のところにいた初音をいたく気に入り、いつも初音の遊び相手になってやっていた。初音が神殿へ行ってしまった後も、初音を可愛がっている。
「竜神、落ち着いてくれ。八つ裂きにしようかとも思ったが、初音も弥勒を憎からず思っているみたいだったから・・・」
天狗はそういってしまって、更にしまったと思った。
竜神の締め付けが激しくなり、骨が、体が、ミシミシと鳴っている。
三途の川がみえる。
「初音が弥勒を憎からず思っているだと? どこのどいつだ? 絞め殺してやる。そいつの居場所を教えろ」
「大和の王子だよ。神殿のとなりの王宮に住んでいる。武人でそれなりに腕もたつ」
息も絶え絶えに天狗が教えると、竜神が力を抜いた。
「よし。弥勒のところへ行く」
竜神は竜の姿から人へ姿を変えた。
青黒く光る長い髪、鋭い目。端正で美しい容姿だが竜の姿であったときの威圧感と迫力はそのままである。
「竜神、あの弥勒とかいう男、あやかしの血の匂いがした。おそらくあやかしの血が交じっている」
天狗の言葉に竜神は顔をしかめる。
「まあ、有り得ない話ではないな。我ら一族や山神なども何度か人と婚姻し、子をなしているからな」
竜神にしろ、山神にしろ、人の姿となったときは美しい容姿であることが多い。そもそも絶世の美女や傾国の美女など、人でないことの方が多いのだ。権力が美女を集めてしまう構造上、王族にそれらの血が流れていてもおかしくはない。
「弥勒とやらを絞め殺して、初音を連れ帰ってヨメにしよう。では、行ってくるからな」
竜神はニィと笑うと姿を消した。