26 ただの花嫁1
源雅浩が突然、王宮を訪ねてきた。
弥勒は慌てて用事をキャンセルし、雅浩を迎え入れる。
「雅浩がわざわざ城まで来てくれるとは、めずらしいな」
「ああ、親友のためならな。少し、急ぎの用でな」
温和な表情をくずさず雅浩はいうが、少しばかりの急ぎの用でないのは明らかだった。田舎にすっこんだまま、どの行事ものらりくらりとかわし、すっぽかしていた男が重い腰をあげたのだ。
「初音のことか? 何か、彼女の身に?」
勢いこんで聞く弥勒を雅浩はまあまあ、となだめる。
「初音殿のことだ。順番に話そう。少し前に神官が訪ねてきてな。姫巫女に占いをしてもらったのが、俺ではない事に気付いたようだ。誰に名を貸したか、執拗に聞いてきた。で、大和弥勒様だとバラした」
雅浩は表情一つ変えずにいう。
「バラしたのか?」
薄情な親友もいたものだ。
「まあ俺も神領区の領主だから、神殿に逆らう訳にもいかなくてな」
あっさりとそういって、笑う親友を、弥勒は睨む。
「まあ、そう睨むなって。有益な知らせももってきてやったから。初音殿のことだが。やっぱり巫女だったぞ。それも、姫巫女だ。だから、御簾越しに会っていたのはお前の想い人ってわけだ。よかったな」
御簾越しのとりすました女はサル娘だったのか。
まさか、サル娘が姫巫女とは・・・・。
あんのサル娘!!
雅浩は弥勒の表情を面白そうに観察していたが、口を開いた。
「だが、よくない知らせもあってな。姫巫女は引退することになったらしい。巫女の継承式の知らせが届いた」
「それって、まさか、俺のせいなのか?」
弥勒の問いに雅浩は首を振る。
「そこまでは俺にもわからない。でも、公にはされていないが、引退した巫女はすぐ、巫女の血を残すために神官の誰かと結婚させられると聞いたことがある。姫巫女にも婚約者がいたはずだ」
ザワリ、と嫌な気分になる。
「継承式は一か月後だ。随分と急な話だ。おそらく、その継承式までに手を打たなければ、手遅れになるだろう。一か月後には初音殿は神の花嫁から、人間の男の妻になる。俺に教えてやれるのは、ここまでだ。」
そういうと、雅浩は立ち上がった。
「ではな。健闘を祈る」
温和な表情、雅な足運びをくずさないまま、雅浩は言いたいことだけいうと帰って行った。