23 神の花嫁1
昨日から姫巫女の元気がない。
朝になっても布団から、出てこない。
「姫巫女様、どうされたのです? 困ったわ。榊様を呼んできて」
女官の亜紀がいうまでもなく、榊がやってきた。
「どうしたというのです?」
「それが・・・・初音様の元気がなくて。昨日の夕食も残されて、今朝は朝食の時間になっても起きないのです」
女官の亜紀の言葉に榊は厳しい表情をした。
「お前たち、少し席をはずしなさい。初音?」
初音はさらに布団の奥にもぐってしまう。
布団からちょろんと初音の髪が出ていた。
「初音?」
今朝からではない。
天狗が初音を連れ帰ったときから初音は少しおかしかった。
天狗は、自分は初音を守護するものだ、とだけ名乗り、初音を榊に預けると飛び去った。天狗は人前に姿をさらすのを嫌う。
その天狗が初音を連れて現れたのだ。
何かあったとしか思えない。
布団をめくると、さらに初音は奥にひっこんだ。
カタツムリかお前は。
榊は有無をいわさず初音の両腕をつかんだ。
「初音! 出てきなさい」
初音をズボッと布団の外に引っこ抜く。
熱があるわけでもない。
顔色も悪くない。
「ちゃんと話をしなさい。何があったのです?」
ふい、と顔を背ける初音。榊と目をあわせようとしない。
――反抗期? な、わけないか。
暴れん坊で食いしん坊だが、悪い子ではない。
榊のいう事は一応ちゃんと素直に聞いたし、多少ズレてはいても、巫女の勤めをはたそうとがんばってきた。
そんな初音を温かく見守ってきたつもりだし、大切にしてきた。
初音に甘い、と女官達にいわれることもある。
初音が幼い頃から知っているせいか、ついつい子供に対するような扱いをしてしまう。初音も世俗と切り離されて育てられているせいか、お年頃とはとてもいえないほど言動が粗野で幼い。
だが、これは・・・?
涙の滲んだ目は潤み、頬は桃色。もともと長く艶のある黒髪は乱れ、肩を覆っている。
初音を見慣れたはずの榊にもドキリとさせるような・・・これは、色気か?
蛹から蝶へ、というよりは、サルから人間へ進化したのか?
反抗期よりタチが悪い。
男が絡んでいる。
榊の直感はそう告げていた。
「初音。正直に答えなさい。俗界の人間に会いませんでしたか? ・・・男に」
榊の問いに初音の肩がビクン、と震える。
よくよく嘘のつけない娘だ。
「いつあったのです? 話をしたのですか? ・・・触れられたのですか?」
初音の頬が、赤く染まった。
それをみた榊は怒りで青ざめた。
私の花嫁を。
初音を抱き寄せる。
「どこの誰です?」
初音はいやいやをするように首をふる。
「知らない」
「本当に? 名も知らぬ男と会ったのですか? どこで?」
初音は榊の詰問にポロポロ涙をこぼした。
「もう二度と会いません。ごめんなさい。薬草採りにいって偶然会っただけです。ちゃんと、お嫁になることはないって、いいました」
嫁になることはない・・・?
求婚されたということか?
いったい、いつの間に?
そんな男に会っていながら、自分に隠していたことが、ショックだった。
そして、悲しそうに肩を震わせて泣く初音の姿に狂おしい嫉妬を感じた。
初音は、その男を慕っている。
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