21 人妻デスカ?1
初音は隠していたべっ甲の櫛を取り出してみる。
小さな花と小鳥の図柄。とても可愛らしい櫛だ。
またそっと櫛を胸元にしまう。
初音、アイツのことが好きなのか?
去り際にいった天狗の言葉を思い出す。
天狗は、怖いことや困った事があれば、いつでもたすけに来るから、といって神殿まで初音を送ってくれた。
ミロクの笑顔、ちょっと好きだけど。
腹筋割れてて、憧れちゃうけど。
土砂崩れのときも、褒めてくれて、嬉しかったけど。
巫女は、男の人、好きになっちゃ、いけないんだもん。
でも
ミロクにちょっと会いたいなあ。
おまんじゅうもう一度ほしいなあ。
初音はミロクの笑顔とおまんじゅうを思い出していた。
そして、その願いは意外とすぐにかなうこととなった。
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弥勒よ、国も落ち着いたし、そろそろお前も身を固めてはどうか?
と、父から打診されて一か月。
周辺の小国との小競り合いを武力で抑え、鎮圧した。
まずまずの平和といっていいだろう。
これ以上答えをのばすわけにもいかないか。
弥勒はため息をつき、三人の候補を思い浮かべる。
いずれも才色兼備の申し分のない女性ばかりだ。
三人の中の誰が良いか・・・。
考えていても、いつのまにか初音のことしか考えていない自分に気付く。
どれだけ考えても、初音のことばかり、思い出してしまう。
でも、初音は候補ですらないのだ。
三人の候補と初音を並べれば、美女の中にサルが一匹。
おまけにあやかしなどとつるんでいる珍妙な娘だ。
それでもどうしても初音が忘れられない。
なんとかして初音に会いたいと思い、唯一会える確率の高い、あの泉に何度も足を運んだ。助六にも毎日泉を見に行かせた。が、あれから一度も初音とは会えなかった。
初音が落とした鈴を源雅浩に見せたところ、これは神殿の関係者しか身に着けることは無い、と言い切った。金色の鈴は小さく、桃の花をかたどっていた。そして7色の飾り紐が結ばれている。桃の花は神殿周辺に魔除けとして植えられている木で、神殿のシンボルともなっている。7色の紐もしかり。
恐らく、神領区の貴族の娘なのではないか、というのが源雅浩の推測だった。
神領区の貴族の娘であれば、娶れぬこともないのではないか。
過去を紐解くと、権力の調整をするためか、王族は何度か神領区の娘を娶っている。
しかし、今いる神領区の貴族の年頃の娘に初音らしき娘はいない。
どうにかして、会いたい。
そう源雅浩に告げると、もう一度、名前を貸してやるから姫巫女に占ってもらってはどうか、と勧められた。
源雅浩の名を借り、もう一度姫巫女に占いを頼む。
姫巫女に何とか初音のいる場所を、どこの誰の娘なのかをたずねるつもりでいた。
たっぷりと神官長に賄賂をわたし、まんじゅうも女官に土産にわたし、指定された日時に神殿を訪ねると、この前と同じように御簾越しに姫巫女が待っていた。
「また、来たのか」
弥勒は姫巫女の声を聞いて、おや?と思う。
前聞いたときの拒絶感が無いような気がする。
御簾越しの対話が始まる。
「ミロク、何を望む?」
「この前はありがとうございました。おかげで、愛しい娘に会う事ができました。・・・今一度、会いたいのです」
「・・・・・あのサル娘にか」
「はい。どうしても、急ぎ伝えたいことがあるのです」
「・・・・何を? 申してみよ」
「まわりから結婚を迫られています。あの娘の居所、姓がわかれば、その、ええと、もしかすれば妻にできるかもしれません」
「・・・・・・・」
長い、沈黙があった。
「姫巫女、私の未来の妻はあのサル娘なのでしょうか」
「・・・・・・・」
また、沈黙。
「いえ、いいのです。未来を知りたいわけじゃない。未来は自分の手でなんとでもなります。娘の居場所だけでもいい。教えてください。俺にとって、大切な娘なのです」
沈黙。
「姫巫女?」
ややあって、押し殺すような声がした。
「無駄じゃ」
「無駄かどうかはわかりません。居場所だけでも、どうか」
弥勒は御簾越しに微かにため息のようなものを聞いたような気がした。
「・・・その娘は、すでに花嫁となっておる。そなたの嫁になることはない」
花嫁?
思いもよらない言葉だった。
弥勒から血の気がひいた。
初音がすでに誰かの花嫁となっているのか?
「いったい、どのような男の・・・?」
自分の声が上ずるのがわかる。
「この世で最も気高く高貴な者に身をささげておる。あきらめよ」
押し殺すような、震えるような声がした。
「なぜ、いつ・・・」
「ずっと昔から決まっていたことじゃ。あきらめよ。去れ」
姫巫女の声は擦れていた。
茫然としたまま、弥勒は神殿を後にした。
初音が人妻?
嘘だろ?
読んでくださってありがとうございます。