2 雨乞い2
ずぶ濡れの初音を待っていたのは、神官長の説教だった。
「姫巫女殿。雨乞いの儀式をすっぽかして何処をふらついていた? おかげで私の面子は丸つぶれだ。」
「・・・・・」
足元に水たまりを作り、初音はむっつりと黙っている。
ちゃんと、雨乞いはしたし、雨も降ったのに。
「まあまあ、神官長。初音はちゃんと雨を降らせたのですから、説教はそのくらいに」
すかさず神官の榊が初音を庇い、延々と続きそうな神官長の説教を強制的に切り上げた。
「初音、風邪をひいてしまう。部屋にもどって服を着替えなさい」
自身もずぶ濡れのままの榊は初音の肩を押して部屋から出し、神官長に向き直る。
「神官長。いくら王子とはいえ、神事に部外者を参加させるのはいかがなものかと思いますが? 神殿に部外者を、しかも若い男をあげるなど、言語道断です」
榊は神官長を前にぴしゃり、と言い放つ。
神殿は、巫女と巫女の世話をする女官、神官以外は入れないことになっている。
神官長は目の前の年若い、生意気な神官を睨みつけた。榊はその才と美貌でよく知られ、次の神官長と噂されている。神殿の人事を握る長老達の覚えも目出度い。
「貴様は、初音、初音と姫巫女を我が物のような言いぐさで・・・」
神官長にしてみれば、榊は目の上のタンコブだ。
「初音は、いずれ私の妻となる娘です。もっとも、妻にするのは初音が姫巫女の座を退いた後ですから、まだまだ先の話ですけどね。それが、何か?」
榊は神官長を睨み返した。
巫女は修行中の者も含め何人もいる。
たくさんいる巫女の中で一番力が強いとされる者が姫巫女となる。力が一番強まるのが、十代後半の乙女、ということになっているため、現在の姫巫女が初音であるだけで、あと数年経てば、更に年下の巫女達も力をつける。初音が「姫巫女」であるのはほんの数年のことなのだ。
公にはされていないが巫女としての力は母から娘へ受け継がれやすい。そのため、「姫巫女」をお役御免となった後は、次の巫女を生むことを期待される。
初音にもまだ知らされてはいないが、一番有力な夫候補は神官の榊だった。
「フン。あのサル娘を嫁にするとは、お前もご苦労なことだな」
神官長は捨て台詞を吐くと、どかどかと部屋を出て行った。
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王子が神殿を出ると、従者の助六が馬を従えて待っていた。
「おかえりなさい、弥勒様。雨乞いは成功したようですね。ささ、早くカゴの中へ。濡れてしまいます。姫巫女様は噂通りの美女だったんですか?」
子犬のように目をキラキラさせている従者を弥勒は不機嫌にポカリと殴る。
「うるさい。姫巫女など出てこなかったぞ。だいたい誰も姿を見たことがないのに、なぜ美女だってわかるんだ? 本当に巫女がいるのかどうかも怪しい。神殿の連中は、信用ならん。今日の檜舞台も、神殿の建物も、えらく贅沢で、金がかかっていた」
弥勒は助六がひいていた馬の手綱をつかむ。カゴではなく、馬で城まで戻るつもりだった。城と神殿の敷地は隣り合っている。ただし、どちらの敷地もべらぼうに広いが。
「伊周殿は、御簾越しに姫巫女に会われたそうですよ」
助六は空を見あげながらいう。厚い雲が覆い、しばらく雨は止みそうにない。馬は迷惑そうな顔でうなだれている。
「神殿には神官以外入れないはずだろう。今回だって、ごり押ししてようやく入れてもらったんだぞ」
「ところが、コレさえ渡せば、個人的な占いをやってくれるらしいですよ」
助六は指で輪っかを作って言う。
「賄賂をわたせば、個人の占いも引き受けるのか。神殿は腐りきっているな。姫巫女の占いとやらも怪しいものだ。そのうち、化けの皮をはいでやる」
弥勒は雨に濡れて迷惑顔の馬を無理やり走らせた。