19 天狗2
初音に初めて会ったのは10年くらい前か。
ワシは山深い場所で、沢にはまって動けなくなっている子供をみつけ、つい拾ってしまった。
6、7歳くらいだろうか。
薬草カゴをもっているから、薬草をとりにきて道に迷ってしまったのだろう。
「オマエ、ソイツどーするのよ? ちゃんと責任もって、喰えよ」
仲間の天狗が子供をのぞきこんでいう。
子供は怯え、ワシに縋りついてきた。
「コイツ喰えるのか? 肉少なそうだな。」
ワシの言葉に驚き、子供は手を離す。
木の枝の上に座っていたワシから手を離せば、真っ逆さまだ。子供を救い上げて膝に乗せる。
「家に戻すにしても、迷子をお家に帰してあげる優しい天狗、なんて不名誉な勘違いだけはされるなよ」
仲間はニヤニヤ笑いながら飛び去った。
「・・・わかった」
とはいったものの、どうしたものか。
「お前、ウチは何処だ?」
子供はビービー泣いたまま、
「あっち」
と指差す。
「何処から来たんだ?」
「そっち」
と今度は反対方面を指差す。
お前は気ままな旅人か? 全く、らちがあかない。
抱き上げると鼻水をみょーんと垂らしていた。
キタナイ。
鼻水を拭いてやり、果物を食わせる。
子供は泣きやみ、ワシに抱きついて眠ってしまった。
腕の中の眠る子供をみる。
子供はホカホカと温かかった。
仕方なく、岩穴に子供を運んだ。
小汚い子供を湯に入れてやる。
岩穴の一部を繰りぬき、温泉が湧き出るようにしてある。
子供を膝に乗せると、湯に身を沈めた。子供は気持ちよさそうに目を細めている。
人間の子供か。
ウザい生き物と思っていたが、存外可愛い。
ワシの行く所へはどこへでもちょろちょろついてくる。
食べ物を食わせれば可愛い顔をする。
名前は初音だということもわかった。
それから一年。
嘘も真もたくさん教えてやった。
色々な物を食わせてやった。
山の神、海の神、湖の神、川の神の存在。
それぞれ一人ではなく、複数いる。
魂はどんなものにも宿り、刻を経て、ヒトや動物の念や祈りも取り込み、成長する。神になるものも邪となるものもそれは見る者により姿を変える。
近くの湖に住む竜神は初音が気に入ったらしく、度々遊びに来ては初音を背に乗せ空を飛び、湖をもぐっていた。
少々お馬鹿な初音と気があうのは河童だろう。
精神年齢が同じ2人はよく悪戯を思いついて遊んでいた。
河童と初音の悪戯がすぎた。
最近の噂の真相――河童とヒトの子がつるんで悪戯している――を確かめに来た神官にみつかり、初音は人の住む所、神殿に連れ戻されてしまった。
もともと初音を家に帰すつもりでいたのだ。
人のもとに帰れるのならば、その方がいいだろう。
そう思い、そのまま初音を見送った。
それから、かなり長い間、寂しくて仕方なかった。
初音の天真爛漫な笑顔や、湯上りのほこほこと温かい体、ワシの口癖をすぐにマネする口調。何もかも思い出す。
時折、初音が薬草摘みに山に来る時があるが、そのときはこっそり会いに行く。
初音は喜んでいろいろな話をしてくれる。
このまま初音を攫って、岩穴に連れ帰ってしまおうかと思うこともある。
だが、初音には初音のやることがあるのだろう。
最近は、巫女から姫巫女に昇進した、と威張って報告してきた。
何がどう違うのか聞いてみたが、本人もさっぱりわかっていなかった。
ワシにしてみれば巫女でも姫巫女でも愛しい小さなヒナにかわりないのだが。
最近成長した初音につきまとうこの不埒な弥勒とかいう男。
どうしてくれようか。
煮て喰うか、焼いて喰うか。
肉もたっぷりついて、喰いでがありそうだ。脂肪分が少なそうで、固めの肉だが。
初音が望めば八つ裂きにして天日干しにしてやるものを。
だが、いくら初音に弥勒を八つ裂きにしてやろう、といっても首を横にふるばかりだ。
ダメ。
ミロクはクルミくれたの。
ミロクはおまんじゅうくれたの。
ミロクはほめてくれたの。
ミロクは頭なでてくれたの。
ミロクはおいしいご飯くれたの。
初音は弥勒にしっかり餌付けされてしまったらしい。
少し、寂しい。
何かあったらすぐ自分を呼ぶように初音に言い含め、神殿に送り返した。
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