18 天狗1
「初音を泣かせたのは貴様か」
天を覆い尽くすばかりの怒号が響く。
貴様か
貴様か
コダマ達が繰り返す。
突風の中から現れたのは見事な羽を持つ青年だった。
初音を背に庇い、弥勒の前に仁王立ちする。
赤の髪、吊り上った目、爛々と光る金の瞳、十分デカい弥勒よりさらに大きい。尖ったクチバシ。
人間ではない。
「あやかしか・・・?」
弥勒は息を飲む。
「ワシは初音を守護する者。天狗と呼ばれている。初音を泣かせるヤツは引き裂いてやろう」
初音は泣きやんで、天狗をみあげた。
「天狗・・・」
初音はつぶやく。
「初音よ、久しぶりだな。お前の泣き声が聞こえたから来てやったぞ。コイツを始末すれば良いか?」
初音は天狗に抱きついた。
天狗も初音を愛しい幼子のように抱き上げながら、弥勒を睨む。
「もう天狗や河童の声が聞こえなくなっちゃたのかと思って、悲しくなって泣いたの。でも、天狗の声も聞こえるし、姿も見える。よかった・・・」
初音が甘えるように天狗の胸に顔をうずめた。
「そうか? いつでもワシを呼べよ。お前はいくつになってもワシのかわいいヒナだ。こんなクソはいつでも始末してやるからな」
天狗は初音を抱き上げたまま、大きく翼を広げた。
「クソ?」
なにか、聞き捨てならぬ言葉が聞こえてきたような気がしたが。
「待てよ、初音を何処へ連れて行くつもりだ?」
弥勒は天狗を見あげた。翼を広げるとさらに体が大きく見え、その存在感は圧巻だ。
「お前はワシの姿が見えるだけではなく、話もできるらしいな。ククク、面白い。ほう? 微かにお前からあやかしの匂いがするぞ。あやかしの血が交じっているな」
天狗は笑いながらいい、初音を抱いたまま飛び立ってしまった。
「初音・・・」
クソと呼ばれた弥勒は立ちつくしていた。
天狗がこの世にいると聞いたことはあったが、本物は初めて見た。
圧倒的な強さだ。
最強の武人といわれた自分をクソと呼び、たった今腕に抱いたばかりの初音は取り上げられてしまった。
何よりも、嬉しそうに天狗に縋りつく初音の姿が、心に痛かった。