15 尻子玉作戦1
こりもせず、初音は神殿を抜け出して、緑の河童のところに来ていた。
最近は妹分の巫女、夢乃が初音の脱出を手伝ってくれている。
夢乃も初音を見習い、悪い子に成長中だ。
「オラの沼、ちょっと手狭になってしまったのだ。引っ越そうかな」
先の土砂崩れで、西の沼のほとんどが埋まってしまい、河童の爺さんと娘が引っ越してきた。だが、もともとそれほど大きい沼でもない。
「沼じゃないけれど、泉なら知ってるよ。たぶんヌシもいないし、お魚もいるし、即入居できると思うよ」
初音はミロクと出会った泉を思い浮かべて言う。
「泉かあ。できれば人里に近い、ドロドロした沼がいいんだけど、まあいいや。オラを案内してくれ」
そういって、2人?して泉を目指して歩く。河童の住む沼から泉までは結構遠い。
河童は泳ぐのは得意でも山歩きは苦手なのだ。
お皿の水が乾いちゃうよ~とぼやきながら初音の後をついてくる。
ようやくたどり着いた泉は、春爛漫でなかなか良い感じだった。
「ここがオラの新しい住処かぁ。こんな良い泉にヌシがいないなんて、信じられないな」
初音と河童は泉を見下ろす。
河童はちゃぽん、と泉に飛び込みひと泳ぎした。
「確かにヌシも何もいないな。でも竜神だっていつも湖にいるわけじゃないし。強そうなヤツ、この辺りでみかけなかったか?」
小魚をパクリとくわえ、河童は辺りをみわたす。
「強いヤツ? ミロクかなあ。ミロクがよくこの辺りで武道の稽古をしていたみたいだから。ミロクが騒がしくするから、誰もよりつかないのかも」
初音も辺りをみわたしていう。
「ミロク? 土砂崩れのときに現れたあのマッチョ男か。では、ミロクがこの泉のヌシということか」
「ミロクはヌシじゃないと思うよ。ミロクは泉には住まないと思うし、ここに勝手に住んじゃえばいいんじゃない?」
初音はしゃがみこみ、ナズナをぶちぶちちぎる。
「でも一番強い者がヌシだからな。オラがここのヌシになるためには、住むだけじゃだめなんだ。ミロクを一度は倒さないとな」
河童は腕組みをしていった。
「ふーん。ここに住んで、ミロクを倒して一番強いことを証明して、初めてヌシになれるんだね」
「そうだゾ。初音も協力してくれ。初音が教えてくれた泉だから、初音とオラで泉のヌシになろう」
2人?がヌシについて語っているとき。遠くから眺める者がいた。
――オヤ? あれはサル姫、もとい、初音殿?
助六は泉を覗き込むようにして座る初音をみつけた。
助六の主、弥勒は最近すこぶる機嫌が悪い。
初音がいつの間にか王宮から姿を消してしまったことがよほど悔しいらしい。
弥勒も暇ではない。
弥勒が自由に出歩けないときは、助六が初音が現れそうな場所――弥勒が武道の練習場にしている泉――を見回るよういいつけられている。
サル姫のことは王城でも噂になっている。
弥勒王子は一度だって城に女を連れ込んだことなど無い。
その王子が嬉々として泥だらけのサル姫を腕に抱いて現れ、自ら甲斐甲斐しく世話を焼き、膝の上に乗せ、初孫を見つめる爺のように蕩けていたのだ。
噂をするなという方が無理だ。
しかも、そのサル姫は、忽然と姿を消している。
助六はどうせ無駄だと思いつつ泉を見に来たので、初音を見つけたのは意外だった。
急いで、弥勒様に知らせないと。
でも、初音殿は一人で何をしているのか?
あやかし―河童や竜神―などの姿を見ることができるのは一部の力がある人間だけだ。力を誇示するために、人にわざと姿をみせることもあるが、たいていはみえない。声をきけるものは、もっと少なく、心を通い合わせるのは無理とされている。
あやかしと心を通い合わせるのは、心を持っていかれるのと同じくらいの危険があるのだ。巫女が修行をする所以もここにある。
一部、下等なあやかしを使役することができ、それを生業とするものもいるが、それは例外中の例外である。高等なあやかしは神とも呼ばれ、気まぐれで人のいう事など聞かぬ者が多い。せいぜい、巫女を通じて、要求し、その見返りを与えるくらいが関の山なのだ。
力の全くない助六には、河童の姿も見えないし、声も聞こえない。
主が愛する初音が何をしているのか、気になった。
助六には初音が泉の傍に座り込み、ブツブツと独り言をいっているようにみえた。
「でもミロクって結構強いんだよね・・・」
(確かに、強そうではあるな。オラも格闘技協会相撲支部役員として、ミロクのマッチョな筋肉には正直、あこがれちゃうぞ)
河童の声は助六には届かない。
「んー。あこがれちゃう」
――初音殿・・・。弥勒様にあこがれちゃっていたのですか?
正しくは弥勒にではなく、弥勒の筋肉にだが、助六が知る由もない。
(あのマッチョな筋肉をゲットして、打倒ミロクだ! 腹筋体操を毎日やろう! 初音も一緒に腹筋体操やるゾ。泉の正式なヌシになるために、ミロクに追いつけ、追い越せだ。)
「んー、すぐには無理かもしれないけど、ミロク(のマッチョな筋肉)にちょっとでも近づけるよう、がんばろう」
――お近づきになりたいだなんて。弥勒様はきっといつでもウエルカムです。
(近づくだけじゃダメだ。ミロクより強くならないとな!ミロクをコテンパにして、ギャフンといわせてやろう。最後はミロクの尻をまくって、尻子玉を引っこ抜くって作戦はどうだ?)
「ウーン、ちょっとエッチな作戦のような気もするけど、がんばろう!」
――え?エッチな作戦で弥勒様を?? な、なんと厭らしい。早く弥勒様に報告しないと。
(よし。ミロクの尻子玉を抜けるよう、我々は相撲の特訓をしよう。こうみえても格闘技協会相撲支部役員だからな)
「よし!がんばるぞぉっ」
気合を入れる初音にそっと背を向けると、助六は弥勒の元に急いだ。
「弥勒様、先ほど初音殿をお見かけしました」
忠実な助六は弥勒の所に馳せ参じる。
「何? どこにいる? 久しぶりに会いたいものだな。元気そうにしていたか?」
初音、ときいて弥勒は頬をゆるめる。
「は。それが・・・。ミロク様に憧れているとおっしゃって。お近づきになりたいともおっしゃっておみえでした。それから、その、エッチな作戦でがんばっちゃうとも」
弥勒は怪訝な顔をして助六をみた。
「はぁ? 初音が? お前にそんなことをいったのか?」
初音がエッチな作戦でがんばっちゃうとは・・・。なんだかぴんと来ないが。
「いえ、独り言でブツブツと。」
「嬉しいような、奇怪なような、何やら妙な気がするな・・・」
弥勒はブルッと体を震わせた。
本能で身の危険を感じたのかもしれない。
弥勒は嬉々として、泉に急いだが、そこに初音の姿はすでになかった。
尻子玉・・・お尻(肛門)にあると想像された玉。河童が大好きな臓器といわれる。