13 土砂崩れ2
土砂崩れは王宮へも急ぎ伝えられていた。
弥勒が供を引き連れ、馬を出す。
「皆、無事か」
村と療養所の寄合場に人々が集まっていた。
療養所の若旦那と村長が広場に皆をあつめ、全員の無事を確認し終わり、がやがやとしゃべっていたところだった。
弥勒の姿を見つけると、膝を折る。
「王子殿下がわざわざお越しを?」
もっと大騒ぎになっているかと思いきや、皆、意外に落ち着いている。
「状況は?」
「まだ、土砂崩れが完全に止まっていないので状況は確認できませんが、西の山の南斜面が崩落しています。西の山の集落の者と、療養所の人間は無事、避難しました」
療養所を取り仕切る若旦那が説明する。
「大和の殿下。幸いにも、サル姫様と河童様が土砂崩れを事前に知らせてくれたため、ケガ人も出ませんでした。ただ、峠道がふさがれてしまったようですが」
「サル姫と河童?」
弥勒は怪訝な顔をする。
「あそこで、休んでいらっしゃいます。河童など、悪さをするばかりと思っていましたが」
「初音!?」
初音はドロドロの格好で座り込み、ブツブツと文句をいっていた。
どうせ私はサルですよ。
フンだ。
弥勒は吹き出す。
なにをやってるんだ、あいつは。
「サル姫、ケガはないか?」
弥勒は初音を抱き上げた。
「ミロク? なんでここにいるの? じゃなくって、サルじゃないから!!」
初音はむくれている。
「たった今、私はサルですよ、って自分でいってただろ? ドロドロに汚れちまったな。お前、土砂崩れを予言したんだと? 凄いな」
「違うもん。河童が教えてくれたんだもん」
「お前、やっぱり変なヤツだな」
「変じゃないもん!」
「褒めているんだぞ」
「褒めてないじゃん!!」
むくれ、怒る初音が可愛い。
「土砂崩れを教えて、みんなを助けたんだろ? スゴイと思うぞ? 褒めてるんだぞ?」
初音の頭を撫でてやる。
「ホント?」
初音が弥勒をじっと見上げてくる。
「ああ」
弥勒が答えると、初音は機嫌を直したのかニコッと笑った。
く~っ・・・可愛いじゃないか。
「お前、頬をすりむいたのか? 手当をしような」
初音を馬に乗せると自分も初音の後ろに乗る。
王宮の門をくぐり、馬を降りた弥勒は、初音を抱いて奥へ進んだ。
「ミロク、どこ行くの? いいの? 勝手に入って」
初音は弥勒に抱き上げられたまま、キョロキョロしている。
「ああ」
弥勒は短く返事をしながら、このサル姫がまだ自分の正体を知らなかったことを思い出す。
「で、でも怖いオジサン達が近づいてきたよ? 怒られるよ?」
わらわらと現れたのは弥勒の部下達だ。
初音が弥勒の首にまわした手に力を入れ、しがみついてきた。
河童やキツネは平気でも、人間の男は苦手なようだ。
弥勒の顔に笑みが浮かび、初音を抱く腕に力がこもる。
「大丈夫だよ」
「王子殿下、お戻りで」
いかつい男共が弥勒の前に膝を折る。
「おや、そちらの可愛らしい姫様は?」
初音は弥勒と「怖いオジサン達」を交互に見て困惑している。
「西の山で土砂崩れがあった。このサル姫が事前に教えてくれたお陰で、被害は最小限ですんだ。今、先発隊に状況の確認をさせている。サル姫が少し怪我をしたから先に戻ってきた」
「わかりました。では、サル姫様、こちらへ。お怪我の手当をいたしましょう」
いかつい男が腕を差し伸べるが、初音は怯えた顔をして弥勒にすがりつく。
「いや、いい。サル姫の手当は俺がやる」
弥勒は初音を抱いたまま、王宮に入った。
驚いた顔の女官や武官達に初音は困惑し、弥勒の胸に顔をうずめた。
弥勒はどっかりとあぐらをかくと、その上に初音を座らせた。
まるでお爺ちゃんが孫娘を抱くかのような格好だ。
「どれ、怪我は?」
「怪我って、これのこと? 舐めとけばなおるよ?」
指先にほんのチョッピリの切り傷。柔らかな頬にも擦り傷があり、赤くなっている。
「舐めとけば、ってお前、猫じゃないんだから。ほっぺたにも擦り傷があるな」
そういいつつ、弥勒は初音の指先とほおをペロリと舐めた。
ピシリと空気が固まった。
怪我なんかよりも、女官達の視線の方が絶対に痛い。
「うーむ、怪我は大したことないが、お前、泥だらけだな。風呂にでも入れるか」
悲鳴のような声が周りから聞こえ、女官達に囲まれる。
「殿下! サル姫様の湯あみはお任せください!」
初音は着物を脱がせられるのは慣れているし、風呂も好きだ。
でも、この居心地の悪さはなんだろう?
皆がジロジロと初音を珍獣かなにかのように観察してくる。
それに、ミロクは何なのだろう。
デンカって、なんだろう。
それよりも、サル姫様ってなに。
風呂に入れられ、小ざっぱりした着物に着替えさせられる。
「サル姫様、こちらへ。お食事の用意ができました」
またサル?
と思ったけれど、食事、というキーワードの方がより初音のココロを強くとらえた。朝から何も食べていない。
わーい。
初音は自分の前に置かれた膳を瞬く間に平らげた。
女官達が口を挟む間もなかった。
おひつに入ったご飯も勝手に自分でよそっておかわりまでして食べてしまった。
初音の横には手をつけられていない膳が一つ。
弥勒は初音と一緒に遅い昼食をとろうと思っていたのだ。
「・・・初音、まさかもう全部食っちまったのか?」
用事をすませ、部屋にもどると、初音の膳だけ空になっている。
「おいしかったです。ごちそう様です」
初音は幸せそうな顔で、手を合わせる。
「あ・・・ああ。口にあったのなら、よかった」
どこからどこまでも初音だ。
必ず期待を裏切る行動をしてくれる所が期待を裏切らない、というか。
弥勒がもそもそと食事を始めると、初音は疲れていたのか、ウトウトしだした。
「全く、手のかかるサルだな」
弥勒は嬉しそうにいいながら初音を抱き上げる。
「布団を用意してやれ」
「は? はい」
女官達は慌てて部屋を出る。
「手のかかるサル」を嬉しそうに寝かしつける弥勒を女官達は生暖かく見守っていた。
王子殿下が初めて女?を連れ帰った事
女?がサル姫である事
あの王子殿下が甲斐甲斐しくサル姫の世話をしている事
初孫を見る爺以上にしまりのない笑顔でサル姫の寝顔を見つめている事
女官達にとって、全てが異様かつ、不気味な出来事だった。
弥勒が初音を布団に入れたときには初音はすでに夢の中だった。
すやすや眠る初音の頬にそっと唇を落とすと、弥勒は立ち上がる。
「サル姫は疲れているようだ。俺が後で家まで送るから、少し寝かせてやれ。もしサル姫が目を覚ますようなら、すぐに知らせるように」
上機嫌で部屋を後にする弥勒を女官達はお辞儀をするのも忘れ、茫然と見送った。
女官達の前で、初音はすぴー、と幸せそうな寝息をたてていた。
その、天下泰平な寝顔に油断していたのがいけなかった。
数時間後、空っぽの布団を前に女官達は弥勒から怒鳴られることになる。
初音は数時間昼寝した後、目を覚まし、勝手に姿を消していたのだった。