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1 雨乞い1

「姫巫女はどこにいった?」

 神官長は巨体を揺らし、イライラと無人の檜舞台を見あげた。

 雨乞いの儀式が始まるというのに、舞を奉納するはずの肝心の姫巫女が見当たらない。


「雨を降らせる自信が無くて、逃げ出したのでしょう。神官長殿」

 馬鹿にしたような口をきくのはこの国の王子だった。


 昔は何を行うのも神頼みだった。

 神と話をすることのできる巫女や、巫女と国の橋渡しを行う神官達は絶大な権力を持っていた。国の王が住まう王宮の敷地と、巫女や神官達が住まう神殿の敷地は隣り合っており、その関係の深さを物語っている。


 ところが人が増え、国同士の争いが増え、戦が増えるにつれ武力を持って鎮圧する武人達に権力が集まるようになる。国を治める王は、武人と神官の中立の立場であったが、王の家系が代々優れた武人を輩出するようになり、王族は次第に巫女や神官達、神殿の人間を疎ましく思うようになっていた。


 この若い王子も周辺の国を次々に武力で制圧することに成功し、武人としての輝かしい実績を持つ。それゆえに、安全な神殿に鎮座し、加持祈祷など効果もわからぬことを繰り返し、贅沢を享受し、政に口をはさむ神官達に対する不信感は相当なものがあった。


初音はつねさまー! もう、どうしましょう? 雨乞いの儀式が始まるというのに」

 女官達は青ざめて姫巫女を探し回るが、神殿の中にはどこにもいない。御簾みすの影にも、蔵にも、かまどの前にも。


 108代目姫巫女こと、初音はつねは史上稀にみる困り者のお転婆姫だ。今までも神殿からの脱走、神事のサボリ、厨房での盗み食いなど姫巫女にあるまじき悪行の数々を繰り返してきた。


 しかし、今日ばかりは日が悪い。巫女や神官を良く思わない王子が雨乞いの儀式に参加するといってきたのだ。神官以外の者を神事に立ち会わせるのは、めったにないことである。それなのに、姫巫女が行方不明など、神殿側の面子は丸つぶれだ。



 その頃、初音は神殿を抜け出し、沼のふちで空を眺めていた。

 初音の横には小さな緑の河童がちょこんとすわっている。

 河童はテケテケと小さな雷太鼓を鳴らしていたが、手を止めて空を見あげた。


「雨、降らないねぇ。竜神様、雨を降らせてくださーい!」

 河童が小さな緑の手を合わせる。

「雨、降らないねぇ。竜ちゃん、早く雨降らせろー!!」

 初音も空に向かって吠える。

 この辺りの川や湖を統べる水の神、竜神の姿を久しく見ない。

 小さな沼は水が少なくなり、干上がりそうだ。


「勿体ないけれど、最高級食材をお供えしよう」

 河童がごそごそと出してきた萎びたキュウリを見て初音は首をかしげる。

「竜ちゃんはどっちかっていうと、肉食じゃない?」

「魚の方がいいかなぁ? 尻子玉の方がいい?」

「・・・尻子玉より、ウナギが食べたいよね。なんとなく」

 河童と初音があれやこれやと言い合っていると、生暖かい風が吹き、ゴロゴロと雷鳴が聞こえてきた。


「竜神様、キター!!」

「竜ちゃん、帰ってきたー!!」

 2人? は立ち上がる。

 ごぉぉぉーっと風が吹き抜け、田んぼの稲がさやさやと嬉しそうに波うち、ザーっと雨が降り出した。

 河童は頭の皿に雨を受け、小躍りして喜んでいる。


「お供えものは、昔から人柱と決まっておる。キュウリごとき俺が喰うか。初音、お前が人柱になれ。喰らってやる」

 ごぉごぉと風を纏い、雨を降らせながら、竜が降りたった。

 見あげる程に巨大な竜は青緑色や藍色の美しい鱗に覆われている。


「竜ちゃん、帰ってきてくれたんだね。よかったぁ」

「よかったですー」


 びしょ濡れになりながら、嬉しそうに初音と河童が竜に張り付く。


「うざい、河童離れろ。初音、さっさと人柱になれ。嫁にしてやる」

 竜が頭を下げて初音を覗き込む。長い髭が頬に触れて、初音は一歩下がる。


「やだよ。まだ喰われたくないもん。それに、巫女はお嫁にはなれないんだよ。生涯、独身なんだよ! 巫女は神様のお嫁さんなんだから!」


 ニコニコしていう初音に竜は呆れ顔でいった。


「だから、竜神の嫁だろうが。・・・ちっ、邪魔な奴が来たな」

「オラもアイツ嫌い」


 竜は天へ駆け昇って雲間に隠れ、河童は慌てて沼へ飛び込んだ。


「初音、竜神を呼んだのですか? ・・・相変わらず凄まじい力だ」


 気が付くと神官の一人、さかきがずぶ濡れになりながら初音の後ろに立っていた。

 全く、どうやって居場所をつきとめるのか、榊はすぐに初音を見つけてやってくる。


「神殿に帰りましょう。風邪をひいてしまう」

 初音は空を見上げ、沼をみると、しぶしぶ榊の後につづいた。



 姫巫女不在のまま、姫巫女が舞を奉納するはずだった檜の舞台は豪雨にさらされていた。時折、雷鳴が混じる。


「雨だ」

 人々は口々に言い、嬉しそうに空を見上げる。


「ただの偶然だ。その証拠に肝心な姫巫女はいないじゃないか」

 王子は憮然とした表情のまま、空を睨む。今日は、姫巫女や神官達のインチキを暴くためにきたようなものだった。姫巫女の祈祷だの、舞だの、はなから信用していない。舞を奉納したところで雨など降らないに決まっている、と高をくくり見物に来た。

「偶然にきまっている。加持祈祷かじきとうを当てにするくらいなら、川を堰き止め、ため池をつくり、干害に備えた方が良い」

 王子は吐き捨てるように言うと、神殿を後にした。



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