おまけ・子猫の呟き
「晦」の朔視点です。
ここ、結構気に入っているんだ。
新しい住処も悪くないが、不必要に機嫌を取ったり媚びない距離感も悪くないし、首から背中を撫でる手も気持ちいい。
なんとなく猫を家に置いておけない事情を察し、他で寝場所と食事を貰う事にしたけれど、たまには遊びに行ってもいいかと思って来てみたら……網に爪を取られて身動きが取れなくなるは、挨拶もそこそこに風呂場でシャワーときたもんだ。元々汚れるのは嫌いだし、玄関で靴を脱ぐのも知っているから気をつけてきたのに、いきなりシャンプー!泡が目に沁みるし変な臭いが残って、鼻が利きにくくなるから嫌なのに……。
他にも文句を言えばきりがないが、まあいい。
冷蔵庫から出された缶の中身を見慣れた餌皿に注がれたから。
冷蔵庫から出された水が冷たく美味しい事も知っている。けれど水ではなく缶のそれを美味そうに飲むのに、僕は一度として舐める事すら出来なかった。美味しそうに飲む姿に、何度生唾を飲んだことか。
それが今、目の前にある。
ぷちぷちと泡がはじける小麦色のそれを、そっと舐める。
ちりっと舌を刺激する苦味に一瞬引くが、甘ったるいミルクと違う芳香にもう一舐めすると、冷たい飲み物なのにほんわかと体が温まる。その不思議な感覚に、さらに一舐め。
「いける?」
不安そうに見つめてくるので安心させるように「なー」と答えると、小さく笑われた。
「たまには遊びにおいで」
かつりと缶と皿をぶつけて微笑まれ、こっちもにんまりだ。
人とか猫とかそんな垣根はなく、浮かれ気分は伝染するらしい。
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その晩、ふわふわと気持ちよい浮遊感に身を任せ、久しぶりに人と寝た。
翌朝になってわが身を振り返り、一皿飲み切って酔いにまかせた無様なさまは、二度とするまいと恥じ入る事になるとは思いもしないまま、ぐっすりと。
「猫と月」はここで一旦最終話とさせていただきます。
続きを書きたい気持ちがあり、朔・普通の猫版とちょっと人になれる版のどちらにしようか迷って並行して構想を練って、より納得できる方を出せたらと思っています(ひょっとしたら決められず両方とも……)。
ここまでお付き合いありがとうございました。
くー