入学式
桜が咲き誇る中、遠野拓斗は高校の校門を初めて潜る。今日、四月九日は高校の入学式だ。かなりの人が集まっている中庭では、クラスが発表され張り出されていた。
「拓斗―!」
騒がしい中、中庭の隅の日陰で文庫本を開いてた拓斗に男の声が掛かる。
「なんだ?」
パタンと文庫本を閉じて拓斗は声を掛けてきた同級生の上原想太が駆け寄ってくる。萩原想太は家が向かいで、小学校入学と同時にここに引越してきてから、よく三人で遊んでいた内の一人だ。
「いわゆるあいさつだよ。クラス一緒だろ?」
「何組?」
「一組」
想太の言った組は拓斗と同じだった。拓斗は溜息を吐く。その態度を見て想太は怪訝な様子を見せた。
「おーいー。せっかく親友が一緒のクラスになったってのになんで溜息が出るんだ?」
「お前は揶揄ってくるから。それにそもそも一組自体が嫌だな」
想太は一瞬疑問符を浮かべ、すぐにニヤリと笑った。想太がこの顔をする時は何か揶揄うネタを見つけた時だった。
「宮島がいるから?」
拓斗は無言を返した。宮島薫は拓斗達と中学校が同じの女子で、拓斗とは犬猿の仲であった。拓斗は無言を返した。
「図星だな?」
拓斗は想太のニヤついた口調にイラッとして言い返そうとした時、一人の女子が駆け寄ってくるのが見えた。
「おーい。二人とも、クラスどうだった?」
「おう、両方一組だぜ。花岡はどうだったんだ?」
「瑞希って確か四組だっけ?名前を見つけてたんだけど合ってるよな?」
「お!たっくんは目がいいねー。ばっちし合ってるよ」
花岡瑞希。彼女は想太の幼馴染で、拓斗とは家が隣だったこともあり、拓斗と想太と瑞希はよく一緒に遊んでいる。
「ていうか、たっくんってまた薫ちゃんとクラス一緒じゃん。何回目?」
「……七回目だったかな、多分」
「小二で一回、そんで小四から小六までで三回、中一、中三の二回だっけ?」
拓斗は苦い顔になる。その様子を見て、薫と仲が良い瑞希は不思議そうに首を傾げる。
「不思議だね〜。薫ちゃんってたっくんの苦手な『ザ・陽キャ』って感じじゃないじゃん?むしろ、似てるって思うんだけど」
「確かにな。拓斗、お前は宮島のどんな所がダメなんだ?」
その問いに今度は拓斗が首を傾げた。拓斗は薫のことを嫌ってはいるが、明確な理由があるかと言われれば見つからない。
「……なんというか、存在自体がイラつく?」
拓斗のその返答に二人は唖然とする。そらそうだ、と拓斗は思った。しかし、拓斗にとってはそれが理由だった。どうにもイラつく。薫の言動だけじゃない、というより言動以外の何かが拓斗の神経を逆撫でしているのだった。
「薫ちゃん、可哀想」
「拓斗、流石に引いたぞ」
二人の非難を聞き流しながら、拓斗は頭の中で薫の存在を消し、思考の奥底へと避難したのだった。
入学式は何事も無く終わり、教室に入った。
「いやー、長かったな」
席に座り一息着いた時、想太が話しかけてきた。
「そうだな」
拓斗は短く返答しながら、開いた文庫本に目を落とす。想太は文庫本に目を向ける。
「それ、おもろいか?」
「ああ」
「タイトルは?」
「『朝焼けの空』」
ふ〜んと想太は興味無さそうに相槌を打つ。想太は身体能力が高く、運動神経も良いが、代わりに学力が微妙なのだ。ましてや読書なんて想太とは程遠いものだった。無言の時間が続く。その間にも拓斗の中で切ない世界が進んでいく。気づけば想太はどこかへ行っていた。多分同じクラスの別の友達の所だろう。それから五分くらい経っただろうか。教室の扉が開き、担任の若い男性教師が入ってきた。
「そろそろ席に着けー」
時計は規定の時間の三分前を示していた。全員が一斉に席に着く。
「それじゃあ少し早いが始めるぞ」
そこから先生の自己紹介が始まった。名前は山田太郎。年齢は三十歳で趣味はゲーム。美味しい物を食べる事が好きで、特に辛い物には目が無い。好きな色は翡翠色。彼女は過去にいた。そして、「転生者」だ。拓斗の目がスっと細くなる。
この世界では、昔から不思議な力を持つ人々がいた。その人々にはそれぞれ違う世界の記憶が存在し、その記憶に着目したとある科学者によって、五年前に異世界の存在が証明された。そして、この世界にどういう原理か異世界人が転生してくる。一説によると、この世界は無数にある世界の終着点なのではないかと考えられているが、残念ながらまだ証明されていない。
山田先生が転生者である事実を明かすと、教室の中が少しざわついた。山田先生は教室が静かになるのを待って続ける。
「転生してきたのはちょうど二年前、『転生者特例措置法』が発令された年だった。幾つか項目があるが、最も重要な項目は二つ。『如何なる場合でも、転生前と転生後を切り離して考えること』『如何なる存在であろうと転生前については黙秘権を行使出来ること』だ。よって俺は転生前については何も喋るつもりは無い。だから転生前の事は質問しないでくれ。それさせ守ってくれるなら俺は君たちと仲良くしたい」
そう言って山田先生は締め括った。教室の雰囲気が質問を許さず、次へ進めようとしていた。実際、時間に余裕もあまり無く、山田先生の情報は一通り出た。
「よし、じゃあ次は——」
山田先生が次へ進めようとした時、一つ、手が挙がった。途端に教室が静まる。手を挙げたのは拓斗だった。
「お、おい、拓斗」
想太が斜め後ろから小さく呼び掛けるが、拓斗は反応しない。
「え、えっと。じゃあ後ろの丸メガネの……遠野君」
山田先生が困惑した様子で拓斗を指名する。拓斗は目に掛かっている黒髪を払う事もせず質問をした。
「先生の誕生日はいつですか?」
「——へ」
山田先生は素っ頓狂な声を上げる。それと同時に、誰かが笑いを堪えられなかったのか、クスクスと笑い声がする。次の瞬間、場の空気が一気に緩み、それぞれの笑い声が教室に響いた。
「あれ、俺誕生日言ってなかったっけ?」
山田先生は少し思案して、ニヤリと笑う。
「じゃあ、当ててみろよ。チャンスは一回だ。当てれたら何かしよう」
今度は拓斗が思案する番だった。全員の視線が拓斗に集中する。一分が経とうとした時、拓斗が不意に教室の壁に掲示してあるカレンダーを見た。
「四月九日」
拓斗が言った日付はまさかの今日だった。教室中に驚きの声が出た。そして、そこに一つだけ感嘆が混じっている事に拓斗は気付いた。
「どうですか?山田先生」
しんっと教室が静まる。充分な間を空けて、山田先生が口を開く。
「——正解だ」
次の瞬間、教室中に歓声が沸いた。山田先生は驚いた顔で聞く。
「よく当てたな。どうやったんだ?」
拓斗はなんでもない様子で答える。
「……なんとなくですね」
そして、拓斗は顔色を変えず言う。
「お誕生日、おめでとうございます」
チャイムが終礼を告げた。
放課後、拓斗が帰宅の準備をしていると、一人の男が近付いてきた。
「初めまして、遠野君。俺は二階堂空也。どうとでも呼んでくれ」
「ん、遠野拓斗。呼び捨てでいい」
空也は苦笑する。拓斗の返しはお世辞にも丁寧ではない。ただ、必要な情報を端的に言っていて、投げやりな言葉の裏には空也を受け入れる事を暗に示していた。
「OK、拓斗。俺も呼び捨てで構わない。よろしく」
拓斗は黙々と鞄に荷物を入れる。といっても、今日は入学式のため、荷物が少ない。ものの数秒で終わらすと、鞄を肩に掛ける。
「……一緒に帰るか?」
拓斗のそばで無言で佇んでいた空也に、拓斗は面倒くさそうに声を掛ける。
「親は大丈夫なのか?」
「それはこっちの台詞なんだが」
拓斗は欠伸をしながら答える。
「親は仕事。最近忙しいみたいだからな」
「そうか。俺は親が待ってるけど、友達を車に乗せていいか聞いたらOKだって言ってたから」
空也は教室の扉に手を掛ける。
「行こうぜ」
そう言って空也は教室を出た。拓斗もその後を追おうとした時、扉の所で山田先生とすれ違った。
「あ、先生」
「おう、気を付けて帰れよ。最近物騒な出来事があったから、な」
そしてその場を去ろうとした山田先生に、拓斗は唐突に質問を投げかけた。
「山田先生、あなたの能力は何ですか?」
次の瞬間、山田先生は立ち止まる。
「……さあな。それは俺の前世に触れていると思うが?言ったよな、前世については答えない、と」
「確かに一線を超えた質問だと思います。けど——」
拓斗はそこで一拍置く。その一拍は、躊躇いの一拍ではない。
「これは今の俺たちに関する事でもあると思いますが?」
ほう、と山田先生は声を漏らす。山田先生は拓斗に向き直る。拓斗はそこで、今まで感じたことの無いような圧倒的な圧を感じる。それでも拓斗は真正面からぶつかる。暫しの沈黙を破ったのは、山田先生だった。
「——ふ」
山田先生の漏らした声が、張り詰めていた空気を揺らす。それを皮切りに山田先生が笑い出した。拓斗は呆気に取られる。ひとしきり笑った後、山田先生は少し悪戯っぽく笑う。
「これは一本取られたな。確かに君の言う通りだ」
「じゃあ——」
「だが、それは君も一緒だろ?」
その言葉に、拓斗は一瞬目を見開く。そこで、山田先生はスマホを取り出す。
「……なんの真似ですか?」
山田先生のスマホにはのCONNECTのQRコードが表示されていた。CONNECTとは、緑のアイコンがトレードマークのチャットアプリだ。
「ここじゃ話しずらいだろ?だったら今夜とかどうだ?」
「……っ」
拓斗は少し躊躇いながらも山田先生とLINEを繋いだ。そして、お互いがスマホを仕舞った時、教室の扉が開けられる。
「おい拓斗、大丈夫か?——って、先生⁉︎」
教室に顔を出したのは空也だった。拓斗は驚いた顔で空也を見る。山田先生は対して驚いていないかのように、普段通りに振る舞う。
「やあ……二階堂君、だっけな?遠野君はどうやら忘れ物をしていたみたいだ」
「そうですか。拓斗、見つかったのか?」
拓斗は慌てて頷く。
「悪いな。思った以上に手間取ってな」
「そう、か。まあ良かった。ふっと振り返ったらいなかったからビビったよ。ちょっと前まで神隠しがあったし」
神隠し——一ヶ月前ぐらいまで、至る所で人が消える現象が多発していた。様々な憶測が飛び交ったが、結局解決する前にぴたりと起きなくなった。
「あれはもう起きないだろ」
拓斗は欠伸をしながら教室の扉へと向かった。
「それではさよなら、先生」
そう言って、拓斗は教室を去った。
「……中々、面白いやつもいるじゃないか」
誰もいなくなった教室でポツリと男が呟いた。
結構人がいる校門で空也は苦笑する。
「お前、結構無茶すんだな」
その言葉に拓斗は首を捻る。その様子を見た空也はため息をつく。
「拓斗、あれで気付かないわけないだろ。先生の能力を問い質した時は流石にビビったけど」
「あ……」
——抜かった。
拓斗は聞こえないように舌打ちを見舞う。すかさず空也が反応する。
「おいおい。さすがに舌打ちは酷いんじゃないのか?」
そこで拓斗は驚愕すると同時に納得する。さっきの舌打ち、それをこの雑踏の中空也は拾った。
「お前、階段辺りから盗み聞きしてたな」
空也は小さく驚く。山田先生との会話のを始めるにあたって、周辺の気配を探ったが人の気配は無かった。そして、この耳の良さ。というか化け物だろ、と拓斗は思った。
「へぇ。場所までピッタリ当ててくるとは思わなかったな」
「おい——」
「お察しの通り、俺は転生者さ」
次の瞬間、お互いの体が交錯する。それはあまりにも些細な動作。周囲は何も変わらず騒々しい。一息もの時間、二人は睨み合う。そして、先に動いたのは空也だった。
「終わりだ終わり」
両手を挙げ、敵意が無いことを示す。拓斗は少し訝しみながらも殺気を消す。空也は手を差し出す。
「悪い悪い。少し魔が差した。これで勘弁してくれないか?」
拓斗は渋々その手を掴む。空也は微笑み、校門の方を見る。
「親が待ってる。行k——」
そこで言葉が切れた空也に拓斗は不審な目を向ける。空也の視線の先には一人の女子が瑞希と薫と楽しそうに談笑していた。
「……空也?どうした?」
「……」
完全に黙り込んでしまった空也に戸惑う拓斗。そこでふと薫と目が合う。
『——あ』
お互いそこそこ離れている。なのにも関わらず「あ」と声が聞こえた気がする。そしてきっと、それは薫も同じことを思ったであろう。間違いなくハモった。
「ん?あ、来た来た。おーい、たっくん!」
薫の反応で気づいた瑞希が手を振る。こうなると逃げられない。拓斗は溜息をついて瑞希の元へ向かう。
「……よう。待ってたんならスマホ鳴らしてくれたら急いだのに」
「あはは、確かにね〜。でもでも、新しい友達とめっちゃ喋れたから全然OKだよ」
そこで、薫の隣にいる女子が口を開く。
「初めまして。神谷縁です」
「えっと、遠野拓斗です。敬語外して貰って大丈夫ですよ」
縁に対しての拓斗の初対面の印象は『綺麗』だった。長くツヤのある黒髪を無造作に真っ直ぐ下ろされた先は腰ぐらいまである。顔もモデルと言われても不思議じゃないほど整っていて綺麗だ。拓斗が一瞬見とれていた時、縁の視線が拓斗の後ろを捉えた。
「あ、もう。居るなら声かけてよ、空也」
「ははは……悪い」
明らかに居心地が悪そうな空也の声。拓斗はスっと瑞希の元へ行き、小声で話しかける。
「色々聞きたいけど……とりあえず、神谷ってあの神谷グループの神谷か?」
「らしいよ。しかも跡継ぎ」
拓斗は一瞬唖然とする。神谷グループとは、医療から飲食までと幅広く手を広げている商業団体だ。その掌握力は凄まじく、世界三大グループの筆頭であり、世界経済の30%を掌握しているとまで言われている。その跡継ぎがすぐそこにいる。拓斗は空也と楽しそうに話し込んでいる縁の周囲は思わず見回す。
「んで……あの二人、どういう関係?」
「ん〜……多分付き合ってる?」
「何それ」
「瑞希、何話してるの?」
ひそひそと話していると、薫が怪訝な表情でこっちへ来る。
「あ、薫。今ね——」
「なるほどね。それは本人から聞いた方がいいんじゃない?まあ、縁もよく分かってないみたいだけど」
「ん?宮島さん、それってどういうこと?」
「知らない」
相も変わらず拓斗には無愛想な薫に、瑞希は苦笑した時、縁が話しかけてくる。
「えっと、良かったら皆さんで私の家のパーティーにこのまま来ませんか?車もありますし」
三人はいそいそと解散する。
「えっと、僕は大丈夫だけど……本当にいいの?」
瑞希はチラリと空也を見る。空也は何故か少し疲れた顔をしていた。
「えぇ。もしよろしければ」
縁は軽く微笑む。
「私も大丈夫だよ」
「俺は……空也と帰るから——」
「それならちょうど良かったです。空也も一緒ですから」
拓斗は口を閉じる。拓斗の逃げ道は既に無くなっていた。
「……分かった。それじゃあお邪魔します」
そう言った直後、縁はぱあっと顔を明るくする。見るからに嬉しそうだ。この子、モテるだろうな。拓斗は何となくそう感じる。ちなみに宮島はモテていた。そらそうだろう。誰に対しても(拓斗を除く)優しく接し、明るく、顔も整っていて可愛い。モテない方がおかしい。
「はぁ……」
「ふぅ……」
拓斗は横を見る。空也もこっちを見ている。ため息が被った。
「悪いな、縁が」
「いや、大丈夫だ。にしても——」
拓斗はちらっと薫と瑞希と楽しそうに話している縁を見る。
「できた女だな」
「確かに」
空也は苦笑しながらも少し嬉しそうな表情を浮かべる。
和やかな雰囲気とは裏腹に、三人は心境穏やかではない。
「おい」
拓斗、瑞希、薫はその一言で背筋が伸びる。目の前にはサングラスをかけた大男が一人、黒塗りのリムジンの前で腕を組んでいる。少し離れたところには縁と空也が苦笑している。
「お前ら——」
二人はビクビクしながらその言葉を待つ。いつも余裕のある拓斗、薫が緊張した面持ちでいるのが瑞希には少し楽しく感じ始めていた。
「——GSSはできるか?」
「——へ?」
拓斗から素っ頓狂は声が漏れる。後ろで縁は溜息をつく。GSS——Guns Shooting Survivalとは、今や世界で人気なオンラインFPSのバトルロイヤルゲームのことである。
「……お父さん、今聞くことじゃないでしょ」
「いや、しかしだな——」
「爺や、鞄詰めるのを手伝って」
「かしこまりました」
縁が声をかけると、運転席から一人の執事が出てくる。推定七十歳ほどだが、背筋がきっちりと伸び、執事服がよく似合っている。手際よく鞄を詰めていく二人に取り残された縁のお父さんにそっと拓斗が近寄る。
「俺、やってますよ」
「本当か⁉︎」
縁のお父さんは嬉しさと驚きが混じったような表情を浮かべる。本当に嬉しそうだ。
「マジです。ダイヤIです」
「おぉ……」
縁のお父さんは感嘆の声を漏らす。この反応を見るにさすがにダイヤI以下かと拓斗は思った。
「流石、若者はやるなぁ!是非一緒にやらないか?」
その誘いに拓斗は頷く。ダイヤ帯といえば、上位2%圏内の上位帯であり、その中の一番上に位置するのがダイヤIだった。拓斗もそれなりに自信があった。
「これが連絡先だ。これで諸々送ろう」
差し出されたスマホの画面にはQRコードが表示されていた。拓斗はもスマホを取り出し、友達追加をする。
「お父さん、拓斗君、そろそろ行きますよー」
縁が二人で話し込んでいるところに声をかけてくる。よく見れば、拓斗と縁のお父さん
「それじゃあまた連絡する。今日は我が家のパーティーを存分に楽しんでくれよ」
そう言って縁のお父さんは車に乗り込んだ。
黒塗りのリムジンは市街地を走る。車内の冷蔵庫から出てきたトマトジュースの入ったグラスを片手に拓斗は外をなんともなしに眺める。
「何かあるの?」
「……いや、特に」
拓斗は声のかかった方へ向く。途端に拓斗の視界には縁の顔が一杯に広がる。
「……近いです」
拓斗はすぐに視線を外に直す。ふふ、と縁が笑う。ふと、拓斗の背筋がゾッとする。空也が凄まじい形相で拓斗を睨んでいた。拓斗は気づかないフリをしながら話題を探す。
「……なんでトマトジュースなんですかね?」
「美味しくない?」
縁にケロッと返される。
「美味しいです」
「でしょ?」
拓斗は明らかに高そうなボトルのトマトジュースに目をやる。
「拓斗、敬語抜けてないよ?」
「ん、あぁ。そうで……か」
拓斗は困り果て、視線を彷徨わせる。縁は楽しそうに笑う。
「トマトジュースってさ、他のジュースと並んでたらほとんどの人が見向きもしないの」
縁は歌うようにオレンジジュース、リンゴジュース、コーラと例を挙げていく。
「でも、実際ちゃんとしたやつ飲んでみたら他に負けないぐらい美味しいし、私の中では一番になった」
縁は外を眺めながらふわりと微笑む。
「見かけとか、周りに流されないってこういうことなのかな、なんて思ったんだ」
拓斗も縁に釣られるように視線を外へ向ける。車はいつの間にか市街地を抜けて、街のはずれを走っていた。
拓斗、薫、瑞稀は車を降り、呆気に取られる。
「いらっしゃいませ、お三方。歓迎しますよ」
車を降りた瞬間、数人に出迎えられる。
「リムジンの時点で察してはいたが......」
「やっぱり......」
「あわわわ」
目の前にそびえる大きな屋敷を見上げる。
「富豪だよな」
「お金持ちだよ」
「あわわ」
驚く拓斗と薫の横で瑞希は言語能力を失っていた。空也は慣れた感じで使用人に軽く挨拶をして縁と中へ入っていった。三人も急いで会釈してついて行く。アニメやマンガでしか見たことがないような大きな扉を開けた先には、荘厳なホールが広がった。
「皆様、こちらになります」
使用人は、入り口から向かって正面の両サイドを階段が囲む大きな部屋へと案内する。
「これってリアル......だよな?」
拓斗たちは辺りを見回しながら部屋へと入る。調度品は知識がなくても高いことが分かる物が置いてあり、まさに貴族のパーティーの想像通りの光景が広がっていた。
「適当な席でおくつろぎください。もうしばらくお待ちくださいませ」
そう言って使用人は引っ込んでいった。ふと、瑞希が声をあげる。
「あれ、えっちゃんは?」
「誰?『えっちゃん』って?」
拓斗は聞きなれない名前に反応する。薫もキョトンとした顔を見せる。
「縁のことだよ?」
瑞希もキョトンとした顔を見せた時、入り口の扉がバンッと開く。三人がそこへ向くと、白いワンピースを着た縁がスニーカーで思いっきり扉を蹴っていた。
「は?」
「へ?」
「……?」
三者三様の反応が同時に出る。少し後ろでは着替えた空也が頭を抱えていた。青いパステルカラーのパーカーに、ベージュのワイドパンツとかなりラフな格好だった。
「……?どうしたの、みんなしてそんな呆けた顔しちゃって?」
縁はトコトコとこちらに歩み寄る。ワンピースにはうっすらと緑色と桃色で花が咲き誇る枝が描かれている。
「すいません、これはお嬢様のルーティンのようなものなのです」
突然、背後から声がかかる。拓斗はゾッとして勢いよく振り向く。そこには使用人と同じ服を着た推定30歳弱の女性がにこやかに佇んでいた。
「申し遅れました。執事長をしております、佐藤あずさと申します。以後お見知り置きくださいませ」
深々とお辞儀をするあずさに皆、驚いた様子もなく会釈を返す。そこで、縁はわざとらしく頬を膨らまして突っかかる。すかさず空也が言い返し、皆が笑う。その光景について行けず、拓斗は愛想笑いを浮かばながらお手洗いへ立つ。空也の案内を経て辿り着き、拓斗は洗面台の鏡を見つめながら考える。視線は虚像の瞳を射抜いている。
「何かお気づきになられましたか?」
音はなかった。拓斗はゆっくりと声のした方へと向く。そこには変わらずにこやかに佇む佐藤さんの姿があった。
「あなたは……一体何者ですか?」
「それは、こちらのセリフですよ」
佐藤さんは途端に表情を消す。拓斗は向き直りいつでも動けるように身構える。佐藤さんは思考を探るように瞳の奥を覗き込む。
「遠野様、一体何が視えておられますか?」
「なんの話をしているか分からないんですけど——」
突如、佐藤さんの体がブレる。が、動こうとした姿勢のまま固まった。うっすらと周囲に光を反射する何かが部屋に張り巡らされる。
「お二方、そこまででお願いします」
そこで扉がゆっくりと開き、リムジンを運転していた執事が姿を見せる。執事が何か佐藤さんに囁くと、複雑そうに佐藤さんは構えを解く。そして、固まっていた拓斗に向かって頭を下げる。
「いきなり疑ってかかるような真似をしてしまい申し訳ございませんでした、遠野様。どうぞ、パーティーをお楽しみください。それでは失礼します」
そう言って佐藤さんは部屋を出ていく。いつの間にか周囲を取り巻いていたものは消えていた。拓斗はそこでようやく緊張を解く。それを察した執事はニコリと笑って近付く。
「申し訳ございませんでした、遠野様。執事長様にとって縁お嬢様は可愛い妹のようなもの。妹を溺愛した姉は前のめりになってしまうのですよ。重ね重ね非礼をお詫びいたします」
頭を下げる執事に拓斗は困ったような表情を浮かべる。
「いや、大丈夫ですよ。顔をあげてください、北沢さん——」
拓斗はそう言った直後、はっとした表情を浮かべる。執事、もとい北沢さんは顔を上げ微笑む。
「私のことは爺やとお呼びください。縁お嬢様にもそう呼ばれておりますから」
爺やは拓斗に背を向ける。
「ただのお節介ではありますが、その眼はもう少し上手く隠した方が良いですよ」
そう言い残し爺やも部屋を出ていく。拓斗は苦い顔をして頭を掻いた。
初めましてAgnesです。ひとつ前のはプロローグなのでこれが実質初投稿になります。何を後書きに書けばいいのかよく分かっていませんので二つだけ。
投稿した後に活動報告を書いていますのでよろしければご覧ください。世界観や人物をより深く理解する手助けになったり、ならなかったり……まあとにかく、合わせて読んでいただけると幸いです。
もう一つはこの作品を引き続きよろしくお願いします。あくまで趣味なので不定期にはなってしまいますが……満足のいくものを書いていくものを書いていくつもりなので、お付き合いいただけると幸いです。では、また次話で会いましょう。




