高校三年生④
心がざわつく。
夏休み明けのLHR、そこに華子の姿はなかった。単なる風邪だろう。そう思うようにした。しかし、ざわつきは治らなかった。
華子のトークチャットが消えた。いつの間にか消えていたのだ。だから、連絡手段がない。聞きたいことがあっても、聞けないのだ。
私は、このざわつきを抑えつけるため、先生に華子がどうなったか聞くことにした。
結果がよかろうと悪かろうと、このざわつきを抑えるためなら、甘んじて受け入れるつもりだ。多分。
「先生」
「はい、なんでしょう。」
「華子……応寺さんは、今日休みですか?」
ああ、この聞き方じゃあ、そうであってほしいと思っているも同然じゃないか。
私は祈りながら、先生の返答を待った。
しかしその返答は、私の意志とは反対に残酷な結果を持ってきた。
「えっと、知らないのかい?君は応寺さんと仲良いから、知ってるのかと……。」
「あの、何を……。」
その先の答えは、もう知ってるようなものだった。
「転校したよ、応寺さんは」
その時はあまり現実感はなく、「あー、転校したんだな」と思うだけだった。案外薄情だなと思った。
しかし、そのことについて段々と現実味を帯びてきて、いつまで経っても華子は戻ってこなくて、どこかへ行ってしまったのだと感じた。
電子機器さえあればどこでも繋がれる時代に、電子機器が好きなあの子は、その繋がりすらも切って、本当にどこかへ行ってしまった。
移動教室の際、どの友達とも話さずに、一人で歩いていた。
後ろからの下劣な笑い声に顔を顰めながら、歩いていると、その方角から足音が聞こえた。
「あっれー?守田じゃん。」
「……。」
私は彼女――無雨に向かって話しかけるなという目線を送ると、彼女は何も気にしませんというように笑った。
「聞いたよー?応寺転校したんだって?連絡きた?」
「うるさい……。」
「あれー?みんなの話をよく聞く守田ちゃんがそんなこと言っちゃっていいのかなー?」
「うるさい……っ。」
「まさか、そこまで仲良くなかったとか?ごめんね?変なこと言っちゃって……。あの子、人を寄せつけなさそうだもんね。自分の好きなことしかやらないんだもん。」
「うるさいっ!!!!」
私は無雨をドン、と押し、その場から離れようとした。
少しよろけただけですぐに立て直した無雨は、すぐさま私に追いつき、「待てよ」と私の腕を掴んだ。
「っ離して!」
「あのさぁ!私たちの気持ちも考えてよ!あの興味のない話をぺちゃくちゃ話される気分をさぁ!辛いんだよ、あれ!だからアイツは皆に嫌われた!」
「……っ、アンタ達に華子の何がわかるの!?あの子はずっと耐えてた!どんなに皆から遠巻きに見られても、いじめられても、誰も傷つけずに優しい存在でいようとした!」
「だからその原因がアイツ自身にあるんだって!」
「うるさい!だからっていじめていい理由にはならないのよ!」
「じゃあ我慢すればよかったの!?私たちが!?一人の為に!?やってらんないだろ!?」
「……っ、そんなんだから華子はいなくなったの!アンタ達が優しくないからっ!許さなかったから!」
私がそういうと、無雨は俯いた。やっとわかってくれたかとおもったが、依然として掴む手は力強いままだった。
「……ほんとに、弱い者にしか味方しないんだね。私たちの気持ちも考えてよ。」
「……は?」
「弱い奴らを世話する気持ちを、私と違う奴らと関わる気持ちを。――そんな奴らと関わっても、誰も味方してくれない時の気持ちを。」
意味がわからなかった。
彼女には慈悲の心がないのか?
自分のことしか考えていないのだろう。全くもって理解ができない。
ふつふつと、よくわからない気持ちが湧き上がる。
グッと顔を顰めていると、無雨が口を開いた。
「お前、本当に周りを見ているのか?」
言っている意味がわからなかった。
「じゃあ、なんで嫌われている応寺を助けなかったの?そうしたら、お前も、応寺も、私たちも、幸せだったんじゃないの?」
「……っ!」
私は力一杯に腕を振り上げ、拘束を解いた後、咄嗟に彼女に殴りかかろうとした。
その時、誰かが止めに入る。都門だった。
「心、やめろ!」
「離してっ!アイツを黙らせなきゃ!」
周りのざわつきの中に悲鳴が入る。
無雨の周りに人が集まってくる。無雨は笑っていた。
私は必死に都門の拘束を振り解こうとするが、効果はない。
「離して!」
「そうしたら君、殴るだろう!」
「でも、アイツは何もわかってない、華子のことも、私のことも、身の回りのこともっ!」
「わかった、わかったから一旦落ち着いてよ!」
私と都門が言い合っていると、無雨が声を出して笑った。
「……ほんと、自分のことしか考えられないやつ。」
その言葉が冷たく心に刺さり、力も入れずにぐったりと力を失う。
私の操作すら効かなくなった涙腺が、どんどん緩くなり、床に涙をこぼす。
「……心。」
「わ、私は……っ。」
うずくまる私とそれを慰める都門のことを、無雨は冷たい目で見ていた。そのあと、「行こ」と言い、無雨達はその場を去った。
私と都門は人気のない場所へと向かった。周りはすでに授業なので、先生の声と筆が走る音しか聞こえなかった。何か悪いことをしてる気分だ。
えぐえぐと泣く私の手を引く都門の手は温かく、段々と冷静になっていく。
座れる場所を見つけたので、その場に座る。
私たちはお互い口を開かなかったが、まず事情を話さなければと思い、声を出そうとすると、都門は最初から見ていたらしく、私に何かあったら助けに行こうとしていたらしい。結果がこれだ。
「……心、あまり、あの子のいうことを気にしない方がいいよ。彼女のいうことは、あまりにも辛すぎる。」
「……うん。」
「理由はあれど、いじめは良くないからね。……本当に、残念だったと思うよ。俺も、彼女と話したかった。」
「華子と?」
「うん。」
ぐす、と鼻を啜る。涙は収まっていた。
「……別に、いじめが理由で転校したんじゃないと思うよ。もっと別の理由があるはず。だから、そんなに自分を責めないでくれ。」
「……ありがと。」
ふと、とある考えが頭をよぎる。
――もし、転校が嘘で、引きこもっていただけだったら?転校した先でまた、いじめられていたら?
そんなたられば話を考えていた。
――それに、華子みたいに、悩んでいる子は沢山いる。なら、私はどうするべきか。
「……都門。」
「何?」
俯いていた顔を上げ、都門の方を見る。
「私、華子みたいな人を救える――たとえばカウンセラーとか、そんな人になる。」
都門はハッとしたと思うと、困ったように笑った。
「じゃあ、僕も頑張らなきゃね。」
「え?」
「一緒に行くよ。」
都門は、膝を抱え込んでいた私の手を自分の手と重ねた。
「一緒にやった方が、助け合いになっていいだろ?」
都門はそう言って笑った。
私も、精一杯の笑顔を見せる。
「……そうだね。」
待っていて、華子。
私が、華子を助けるから。




