大学一年生③
走る。全速力で走る。
沢山の角を曲がった。沢山の人とすれ違った。
その中に彼女はいなかった。
もう家に行ったのだろうかと思っていた時、目線の端に彼女が映った。
「……っ待って!」
私は少しだけUターンし、ようやく彼女の元に辿り着く。
「……なんで、追ってきたの。」
その声は、男性のままだった。
そうだ。男性なのだ。
普通、売られているVRゴーグルは、マイクが付いていない。だから、姿は変えれても、声は簡単に変えられない。その先入観もあって、彼は華子ではないと思っていたのだろう。
「……私、聞きたいことが沢山あるの。」
「そうだよね。」
華子はそう言うと、耳の方をいじり、声を変えた。マイクでもついているのだろうか。
「できるだけ答える。」
「……なんで、何も言わず転校したの?」
私がそう言うと、彼女は少しだけ目を逸らした。
「……私が引っ越すってなったら、心、反対するでしょ?んで、私のことを丸め込んで、やっぱいいやってなる。私は、それが嫌だった。」
「それでもいいじゃない。なにも、変わることなんて……。」
「あるよ。」
いつの間にか、彼女は私の方をじっと見ていた。
「ある。」
「え……?」
「ずっと迷惑をかけるのと、一回一回、間隔をあけて迷惑をかける。どっちがいいと思う?」
「何、言って――。」
「転校して、姿を変えてから、沢山のことがあった。最初は、遠巻きに見られてたけど、"話し方"を変えたから、私、人気者になったの。毎日楽しかった。」
「……。」
声が出なかった。
華子は、成長していた。
本当の自分を見せられなくて苦しんでいると思ってた。
けれど、彼女は楽しそうに、その話をしていた。
「卒業まですぐだったけど、今でも関係が続いてる友達だっている。……ごめんね。」
「……元には、戻らないの?」
「戻りたくない。この日常がいつ崩れるかわかんないけど、それよりも、全て曝け出して皆に嫌われてきた日常より、全て隠して好かれた今の方がよっぽどいいから。」
華子は、困ったように笑った。
全てが瓦解する。
培ってきた全てが、壊れる。
華子のような人たちを守るためにここまできたのに、華子は、もう自分で行き先を決めてしまった。
しかも、自分を隠すと言う、多様性を真っ向から否定する形で。
「……心、最後に話せてよかった。」
「さい、ご?」
「うん。最後に、"応寺華子"として、話せてよかった。もう、関わるのはやめにする。」
私が項垂れていたところに、彼女は追い打ちをかけるように話を続ける。
彼女は私に近づき、手を取った。
「ありがとう。もう、大丈夫だよ。」
そう言って、華子はその場から去った。
泣いた、夜通し。
自分の不甲斐なさに。自分のやっていたことが、考え方が、間違っていたことに。
私は、何をしたらいいんだろう。泣き腫らした後、そう言う感情に陥り、再び泣く。それを何回も繰り返していた。
朝起きると、それはもう大惨事だった。
とりあえず鼻を噛み、顔を洗い、メイクして、いつも通りご飯を食べた。
「心、大丈夫?」
「え?」
都門と昼食を食べていると、いきなりそう言ってきた。
「いや、今にも泣き出しそうだから、心配になって。」
都門にそう言われ、ウッとなる。
確かに、思い出してしまったら、今にも泣いてしまいそう。
心は未だ憂鬱のままだった。
「話聞くよ。大丈夫、誰にも言わないから。」
カラカラ、と紙コップを揺らし、笑う。
彼はかなり芯のある人間だった。
人にいい部分と悪い部分の両方を併せ持つことを知っている。
昔、そういうことみたいなのを言われた。
そして、様々な人と友達になれるし、偏ってもない。
だから、彼は信用できる。ちゃんとした答えを出してくれるはずだから。
「……華子に会ったの。」
「嘘だろ。」
「ほんと。」
そこから、昨日あった出来事を話した。その中で、既に都門が華子と会ってることを知った。
「……そうか、あの子は吹っ切れてるのか。」
「そうみたい。」
「でもなぁ、俺が会った時はそんな感じじゃなかった。」
「そうなの?意外。」
「あの時、あの子は何も言わずに去っていったことを後ろめたいと思ってたって。」
「そんな風には見えなかった。」
「本当に、華子さんは離れようとしてたんじゃないか?前に聞いたよな。姿形違っても、仲良くなれるかって。」
「聞かれた。」
「多分、彼女は面持ちが違うから、仲良くなれないと思ってる。前は心に守ってもらってた部分があるから、尚更。」
「……私は、どうすればよかったんだろう。」
彼が結論づけた時、私はもう一つ、聞きたいことを聞いた。
「どうすれば、華子を苦しませずに済んだんだろう。私は、ずっと、このままで幸せになってほしいと思ってた。けど、今のあの子は、全て隠して、でも幸せだって――。」
「人にはいいところも悪いところもある。」
「……前にも言ってたね。」
「でも、彼女は極端に解釈しすぎた。何も、一から変えなくてよかった。でも、彼女にとって、この世界にとって、そうするしかないと思ってしまった。」
その言葉を聞いて、私は、ある決意をした。
「……救いたいなんて大それたこと言えない。けど、また、話したい。有座原太のままでいい、また、友達になりたい――!」
「……俺も、そうするべきと思ってた。もう一度、話し合おう。心には時間が、あの子には言葉が足りないと思うから。話し合った後、もう一度仲良くなるか、考えよう。」
「……そうだね。ありがとう、都門。」
「俺も協力するよ。頑張って。」
そう、都門が応援してくれた。
華子、もう一度、話をさせて。私たち、また友達になれるよ。




