大学一年生②
大人数の人たちが笑いながら廊下を歩いている。
無雨たちは大学でできた友達と共に話しながら歩いていた。
右隣には教室があり、中の様子がわかる。
そこに、彼がいた。
その教室で彼は同じ学科の人たちとパソコンを囲んで話し合っていた。
その横顔に、無雨は一目惚れした。
何か一つに打ち込む姿がかっこいい、ただ流れに乗って過ごしていただけの彼女にとって、それはあまりにも輝いて見えた。
「無雨ー?」
「……あぁ、ごめんごめん、そっちいくからねー。」
ずっと立ち止まっていた無雨は友達に呼びかけられると、すぐにその場を去った。
しかし、無雨の脳裏にはあの光景がこびりついていた。
彼のことが知りたい。
出来るだけ無視したい。私はそう思った。
彼女――無雨は、嫌がらせなのか、私のところを付き纏うようになった。
姿も性格も変わったんだし、もう関係ないはずだよね……?なんで、付き纏ってくるの?
しかも、話す内容が、名前はなんですか?とか、趣味は?好きなものは?とか、変なこと聞いてくるから、なんだか気味が悪い。
だから名前と、学科くらいは教えてやった。
すると彼女は、調子に乗り出したのか、もっと踏み込んだ話をするようになった。
家族は?母校は?恋人はいないのか?
そんなことを聞く彼女は恋する乙女みたいで、なんだかいけないものを見たような気分だ。
「……えっと、む……嶋田さん。」
「無雨、でいいですよ。」
そう言って笑う彼女、正直言うとムカムカする。
「……なんで、僕に付き纏うんですか?」
そう言うと、彼女はショックを受けたような顔をした。
「え……。私たち、友達じゃないんですか?」
「と、友達……?」
なんでそんなことが言える?ただただ付き纏ってただけじゃないか。
「じゃあ、友達と認めてくれるように頑張るので!」
「そうじゃなくて……。なんで、僕なんですか?何か接点なんてありましたっけ?」
白々しいと、私でも思う。
けれど、なんでか知りたくなった。これで、私のことを貶めるためとか言われたら、あまりのショックに立ち直れなくなるかもしれないけれど。せっかく手に入れた立場なのに。
悶々と考えていると、彼女は照れながら口を開いた。
「私、教室で一生懸命頑張るあなたがカッコよく見えて……、あ、付き合いたいとかじゃないですよ?友達から……とか、そんなので……。あはは、なんて。」
そう言って、彼女は笑った。
……よくそんなことが言えるな。あの時は一生懸命やったって、ただ貶すだけだっただろ?
性別も、声も、性格も違えば、態度を変えるのか?
――お前には、一貫性がないんだな。
「原太さん?」
そう言われ、私はハッとした。
感情的になってはいけない。落ち着け、私。
「……いえ。そうなんですね。」
「私、何も夢がないから、夢を持てる原太さんが羨ましいなぁって!」
……なんだよそれ。お前は。
「……お前は、夢を壊そうとしてただろ。」
「え?」
気づけば涙が溢れていた。
心も沸々としていき、今にも溢れそうだった。
「ど、どうしたんですか?」
そうやって優しくしようとする無雨を見て、私はもう耐えられなかった。
「……っ、なんで、なんで私にはそんなことしなかったんだよっ!!」
「……え。」
「前のまんまだったら、夢を追ってたら邪魔してきたのに、なんでそんなこと言うの?」
涙と共に、言葉が溢れ出てくる。
「原太さ――。」
「触らないで!」
私は伸ばされた手を跳ね除け、そのまま立ち去った。
唖然と立ちすくむ彼女を、私は見てられなかった。
私は、あの時と同じようにドアを叩いた。
知ってる声が聞こえる。今日もいないようだった。
「失礼します。」
ドアを開け、中に入ると、先生ではなく、生徒である彼がいた。
「えっと……、何か聞きたいことでも?」
「あ……。今日は、先生に聞きたいことがあるので……。あと何分くらいしたらきますか?」
「少し時間がかかるかも、もしよければ待ちますか?」
「そうさせてもらいます。」
私は彼の向かいにある椅子に座った。
「そういえば、名前聞いてませんでしたね?よければお伺いしても?」
「えっ……と。」
「あぁ、別に、嫌だったらいいんですよ。」
「いや、そう言うわけではないです。ただ、ちょっと戸惑っただけ……。」
「なら、よかった。」
私たちは二人の距離を推し測りながら、おずおずと言ったふうにお互いに耳を傾けた。
やっと言う気になったのか、彼は深呼吸をして、そのまま口を開いた。
「有座原太と言います。なんとでも呼んでください。」
「有座さん……?」
「はい。……あなたの名前は?」
「あぁ、私の名前は、守田心と言います。今は心理学科で勉強してます。」
「いい名前ですね。」
彼はそう言って笑った。彼が笑うと、私が少し救われる気がした。
救えなかった彼女に勝手に重ねて、申し訳ないと思いつつも、私にとっても救いになっているのは確かだった。
先生と話をした後、有座さんも留守番を終わらせた為、帰ろうとしていた。
私はいつの間にか、彼に「途中まで一緒に帰りませんか?」と言っていた。
彼は一瞬驚いた後、「いいですよ」と笑って見せた。
彼との会話は、やはり、華子とは違うものだった。まだ仲がそこまでよくないからだろうか。それとも、彼がどこか自分をセーブしようとしているからなのか。
私はよくわからなかった。どうして彼の話が長くなろうとしたところで自分自身で止めるのかを。
「原太さん。」
「はい?」
「別に、沢山話してもいいですよ。」
私がそう言うと、彼はえ、と小さく漏らした。
「怒ったりしませんよ、私。」
「でも、僕は貴女の話も聞きたいんです。一人で沢山話していても、それは会話じゃないでしょ?」
――違う。彼は華子じゃない。
彼女はそんなこと言わない。
あの子は、自分のことしか考えられないじゃない――。
「心さ――。」
「守田心じゃん。」
後ろから声が聞こえ、振り向くと、そこには無雨がいた。
「……どうしたの。」
私がそう言うと、彼女はニタリと笑った。
「あれ?華子、またこいつにくっつくよくになったんだ?」
「……え?」
そう言われ、バッと彼の方を向くと、青ざめた顔で無雨を見ていた。
そんなわけない。だって、華子はそんなこと言わない。私から離れない。だって、彼女は――。
彼女は?
「無雨!流石に言い掛かりよ!」
「私、聞いたの。コイツが、昔のままだったら夢を否定してきたくせにーって。そりゃそうだろ。私はお前のことが嫌いだったからね。」
無雨はゆらゆらと体を揺らし、時折たん、と足踏みをした。
「原太くんと応寺は違う。性格のウザさも、夢への向かい方も、性別も、見た目も、何もかも違う!でも……、でもっ、あぁっ!裏切りやがって!私の、私の恋心を弄びやがって!!」
コイツは、いつまで経っても馬鹿者だ。
そう思わずにはいられない。
有座さんは段々と青ざめていく。
「なんで、言ったんだよ。」
「お前、私に当たり散らしただろ。それと一緒だよ。」
「……本当なの?」
「あ……。」
「あなたは、本当に、彼女なの?」
聞きたかった。本人なのかどうか。
だって、違う部分がありすぎる。聞きたいことも、ある。
「……。」
青ざめながらずっとカタカタと震えていた。
そうして、やっと出てきた一言目が
「ごめん。」
だった。
「……追いかけないの?」
有座さん――華子は逃げた。どこかへ行ってしまった。
信じられなかった。本当に彼女は華子だった。その事実に耐えかねて、ずっと立ち尽くしていた。
そんな時、無雨からあの言葉を言われたのだ。
「……。」
「まあ、そうだよねー。私が守るべきか弱い子が強くなって帰ってきたらショック受けるよねー。」
「……。」
「弱い子が強くなったのが許せないんでしょ。だって、自分の出る幕が無くなるから。」
「そんなことはっ!」
「じゃあ早く追いかけろよ。」
「……っ。」
私は彼女の挑発に負けてしまい、悔しかった。
けれど、聞きたいことも沢山あった。
やっと心の整理がついた私は、彼女の後を追った。




