大学一年生①
静かな廊下に足音が響く。
一階は話し声が聞こえていたが、四階ともなると聞こえなくなるものらしい。
私は連なるドアの一つに止まり、ドアをノックした。
しかし、反応する声は想像していたものと違う声だった。
首を傾げながらも「失礼します」と言ってドアをゆっくりと開けた。
そこにいたのは私が話しかけたかった人ではなかった。
私と同じくらいの若い人。おそらく大学生。なぜ先生の研究室にいるのかわからない。代理としているのだろうか。
帰ろうかとしているところで、彼が私に話しかけた。
「すみません、先生に何か用ですか?」
「あ、聞きたいことがあって……。」
「今、先生の代理をしてるんです。パソコンのことですか?それなら僕も出来ますよ。」
「……!本当ですか!?」
それを聞いた私は、彼のそばに行き、いそいそとバッグからノートパソコンを取り出す。
急いで作りかけのファイルを開き、彼に見せる。
「えっと、今表を作ってるんですけど、この結果にするのにどんな数式をつけるのかわからなくて……。」
「あはは。確かに、あまり使わない数式だし、見つけづらいですよね。」
彼はそう言って、すぐに数式を見つけ、数字を打ち込んだかと思うと、すぐに結果が出た。
「ありがとうございます!使い慣れてるんですね……!」
「好きなんですよ、こういうの。」
「そうなんですか?」
「僕、パソコンとか、VR器具とか、まあ、機械系のやつが好きで、習ってるやつとは少し違うんですけど、まあ、趣味でやってる程度です。」
彼はそういい、にっこりと笑った。
私はその姿に、とある人物と重ねてしまう。
じっと見ていたからなのか、彼は首を傾げ、「どうかしたんですか?」と聞く。
それを聞いて焦ってしまった。
「あぁ、すみません。なんだか、昔いた友達と似てて……。」
「へぇ……。」
彼が少し動揺した気がした。
「どんな子だったんですか?」
「あの子も、機械が好きだった。私、あの子にパソコンのソフトの使い方とか聞いてたんです。仲良かったと思ってたんですけど……。」
「離れ離れになったんですか?」
「そう。何も言わず、去っちゃって……。この時代なのに、連絡も何も出来ないんですよ。せめて、何か言ってから……。いや、なんでもないです。」
話しすぎたと思い、話を遮る。彼はそんなことももろともせずににこりと笑った。安心させるような笑い方だった。
「そういえば、どこが似てたんですか?」
「わかんないです。」
「わかんない?」
「はい。」
彼の問いに、何も答えられなかった。
見た目とか、声とか、性格とか、これと言ったものはなかった。
言うなれば、彼らの趣味だろうか。けれど、それ以上に――。
「雰囲気が、」
「雰囲気?」
「雰囲気が、似てました。なんででしょうね?」
そう言って、笑った。
彼は驚いた表情をしていた。
「……そろそろ帰らなきゃ。さようなら。」
「……はい、さようなら。」
私が手を振ると、彼も手を振ってくれた。
ドアを閉め、エレベーターに向かう。
懐かしい気持ちになった。こんな感情になるのはいつぶりだろうか。
なんだか清々しく、また頑張るぞと気を引き締め、歩き出した。
「――なんで、バレたんだろ。」
「あれ、都門だ。」
大学内のバス停のところに幼馴染の都門がいた。
彼は私に気付くと、ひらひらと手を振った。
彼に駆け寄り、なにしてたのと声をかける。
「バス待ってる。心もでしょ。」
「確かに私もそうだけど……。」
「なんだか嬉しそうだね、どうしたの?」
私が嬉しそうなのがすぐにバレた。私は恥ずかしくて顔を片手で隠し、そんなにわかりやすかった?と聞く。
「なんとなくね。友達くらいならわかるかも。」
「そ、うなんだ……。」
わかりやすいのかわかりにくいのかわからなかったが、なんとなく恥ずかしいので目を逸らす。
そうしていると、それで、と声をかけられる。
「何かあったの?」
「あぁ、華子に似てた子がいたの。姿も性別も違うんだけど……。」
「へぇ……。話してて楽しかったんだ。」
「うん。波長が合うというか……。でも、少し違うというか……。でも、なんだか懐かしい感じだった。」
私がそういうと、都門は笑い、「よかったね」と答えた。
何も話すことはないと思ってスマホをいじろうとすると、都門が、もし、と話し始める。
「もし?」
「もし、華子とその人が同じ人だったら、また仲良くなれる?」
都門はそういうと、フ、と微笑んだ。
「姿も、性格も、性別も違う。それでも、また仲良くなれる?」
いきなりの質問に戸惑いながらも、私は少し考えて、答えを出した。
「……うん。仲良くなるよ。」
「大丈夫?」
「わかんない。でも、仲良くなりたいよ。」
「……そうなんだ。」
都門がそういうと、バスがやってきて、ゾロゾロと皆が入っていく。
行こうか、と都門が言うと、私は頷いて、バスへと歩き出した。
また先生に留守番を頼まれた。
することがないので、机の下から貯蔵されている本を取り出し、ペラペラと紙をめくった。
そうしていると、コンコン、とドアの叩く音が聞こえた。
どうぞ、と答えると、ドアが開いた。
そこには、見知らぬ学生がいた。
「失礼します。」
「ああ、こんにちは。すみません、今先生はいなくて……。」
「大丈夫ですよ。実は、あなたに用があって……。」
「僕?」
彼はドアを閉め、部屋へと入っていく。
「昨日、女子生徒が来ませんでしたか?多分、表を作るのに困っていたと思うんですけど……。」
「えぇ、はい。来ました。」
「俺はその子の友達です。和田都門と言います。」
ぴく、と体が動いたが、なんとか隠す。
「そうなんですね。よろしくお願いします、都門さん。」
「ええ。……あの、間違っていたらすみません。」
彼はどこが真剣な、それでいて迷っているような表情を浮かべていた。
「……貴女は、応寺華子さんじゃないですか?」
「……え?」
どうしてバレたのだろうか。
「あの、どういう……?」
「いえ、間違えていたならすみません。」
ここで、私は本当のことを言ってもいいのかと迷った。だから、一つだけお願いをした。
「……誰にも言いませんか。」
「約束します。」
そう言った彼の目は、真っ直ぐ、私に突き刺さった。
私はマイクの出力を変えた。
「……はい、私は間違いなく応寺華子です。あの、どうしてわかったんですか?」
「いや、ただの憶測ですよ。」
「憶測?」
「あの時、もし学校を変えるなら、近いところにするでしょ?それに、この大学、理工学科ありますし。」
「……本当に、それだけなんですね。」
それだけでここまでいけるのかと感心する。
「それで、私に何か……?」
「ただの質問です。また、戻るつもりはないですか?」
「ないです。」
私はキッパリと答えた。声を変えるだけでも辛いのだ。
「もう過去には戻りたくないです。」
「……わかりました。ならいいです。ご迷惑かけてすみません。」
彼はそういうと、帰る準備をし始めた。
私はもう一度注意をしようと声をかける。
「あの。」
「はい。」
「……心には、伝えないでくれますか?」
「どうして?」
「……ごめんなさい。ちょっと後ろめたくて。」
私がそう言うと、彼は「わかりました」といい、にっこりと笑った。
「誰にも告げ口は致しませんよ。」
では、と都門は去っていく。
私はどっと疲れが来たのか、椅子にもたれこむ。
もう本を読む気も失せてしまった。




