高校三年生①
涼しい風が吹く。
外の木達は若葉が生い茂り、さざめきが聞こえた。
最近は高校でもノートパソコンの購入が推奨されていた。だから、私と華子は自前のノートパソコンを持ち寄って、総合授業の課題をしていた。
「心」
「なぁに?」
パソコンの方を見ていた華子はそっと私の方を向いた。
「心って、心理学系のやつ調べてるんだよね?」
「うん。華子は、デジタル系だっけ?」
「そう!そうなんだよ。もー、ほんとやんなっちゃうよ。なんてったって、私の班私以外男子なんだもん。話せる人なんてこれっぽっちもいない!」
早口で、ぺらぺらと話しまくる華子に少し気圧されていた。
「そうだよね。女子はそれを選ぶ人少ないもんね。」
ゴーグル型メガネを直す。目の前の人には見えていない。
「いいなぁ、心の班は全員女子で……。なんで、こういうのって男子ばっかなんだろう。」
むすくれながらぶすくさと呟く華子を見て、私はのんだか悲しくなった。
ここ数年で、VR技術は発達した。
『リアルカスタム』という、私たちや周りの人たちの姿形だけでなく、私たちの声、景色の色調までも調整できる簡易的なVR器具が生まれたことで、私たちの生活は一変した。
ほとんどの人がその器具を装着して過ごし、その器具をつけていない人は時代遅れだと言われるほどである。それはもはや流行りではなく、昔できた電球やスマホのような私たちの必需品となってきていた。
そして、この技術の特徴として、見たい景色を見れるだけでなく、「見られたい自分」を形成することが可能ということだ。
自分の顔や体型に自信が無くても、自分の姿さえ調節してしまえば、簡単に理想の美人が出来ると言うわけで、過度なダイエットや整形が必要なくなった。
だが、弊害が存在した。
「華子、最近どう?」
「どうって言われても……。私、心と同じクラスでしょ?見たらわかるって。友達も、話せる子すらいないよ。好きなこと話したら、みーんな遠くにいっちゃうの。私はただ、好きなことを話したいだけなのに……。」
華子の焦燥し切った様子が痛ましく映る。跳ねた髪をちょんちょんといじっていた。
『女子は家庭系や文系、男子は経済系や理系』
そんな昭和のうちに終わってしまったであろう偏見が再び復活しようとしている。
声や見た目を変えられると言うことは、性別すらも偽れるということ。
過去に起こった出来事も関係してか、『心が女の子なら、体も女の子にすればいい』『機械いじりがすきなら、男の子になればいい』という、偏見と押し付けが横行していた。
その上、見た目も美しくできる為、ルッキズムも加速していた。
そして、華子もその押し付けの被害に遭っていた。
華子はそのことについてずっと苦悩している。彼女は友達も少なく、誰かと話せば相手はすぐにどこかへ行ってしまう。
私は、そんなことが許せなかった。
「……華子をそんな目に遭わせる世間が憎いよ。」
「心?」
頭が沸騰して、衝動を抑えられなくなる。
変な顔が見られないうちに、私は頭を下ろした。
「華子が今の技術のことが気になってるのはわかる。でも、おかしいじゃない。その技術のせいで、華子たちのような趣味を持ってる人たちでさえ嫌われて、変化を求められてしまうのは。そんなの、私はいや。」
「心……。」
「この技術の功績も、私は認める。でも、やっぱり、差別や偏見を膨張させたこの技術は、私は好かないよ。」
キーボードから手を離し、だらんと腕をぶら下げた状態でぎゅっと拳に力を入れる。
短く呼吸をして心を落ち着かせようとしていると、華子が口を開いた。
「……別に、このご時世になったのは、VR技術のせいだけじゃないでしょ?」
その声は冷たく、けれど諭すような声だった。
「過去にあったことを覚えてる?ジェンダーとか、障害を持ってる人とか、そんな人たちを助けようとする活動家、いたよね。彼らも、原因だと思うよ。」
「……。」
「彼らの活動は日を追うごとに加熱していって、デモを起こして交通の邪魔になったり、本屋で売られている本に対して規制しろ!って騒いだり、あと……あぁ、美術館に飾られている作品にペンキを塗ったり。イラストレーターに凸って筆折らせたことだって……。」
華子の言葉は耳が痛く、いつの間にか机に突っ伏し、耳や顔を覆うように腕を組んでいた。
「そんな活動に辟易していた頃に、VR技術が簡略化されて、普及して……。もし、そんな人たちがこんなことしてなかったら、きっと今みたいなことはそんなになかったんじゃないかな。きっと、この技術はトドメなんだよ。」
「……確かに彼らの活動は過激だけど、マイノリティの人たちのためにしたのよ?私は、敬意を払いたい。」
「あんなの、ただのパフォーマンスだよ。ただ自分のイライラを吐き出して、よければ自分の都合のいいようにしたいだけ。余計なお世話どころか、ただの迷惑だよ。」
私が反論をするが、すかさず心に論破されてしまい、萎縮する。
少し空気が悪くなってしまい、いけないと思ってしまったので、話を変えようと私はとあることを聞くことにした。
「ところで、華子はどんな内容の課題をするつもりなの?」
私が質問をすると、華子は待ってましたと言わんばかりに、表情を明るくさせ、話し始めた。
「そりゃもちろん、『これから仮想現実技術はどう言う方向で発達していくのか』って話だよ!今は軽いゴーグル一つで景色、人物、動物、その他諸々が様々な姿に変形する!なら、次はどんなアプローチをしてくるのかっ!そう言うのを調べてるんだ!」
「華子、楽しそうだね。」
「そりゃ、そうだよ!ね、心は?」
「私?私は、『これから生きにくくなっていくマイノリティの人たちが生きやすくするには』っていうテーマでしてるよ。この時代、どんな問題点があって、その解決方法を知る。そうやって、彼らが生きやすくなるのか考えるの。」
私はそこまで言い終えて、華子の目を見る。
彼女はきょとんとした顔をしており、首を傾げた。
「華子も、ちゃんと生きやすくするように頑張るから。」
言い終えると、彼女はへへ、と困ったように笑った。




