エピローグ
アルト王子殿下の、開いた夜会で?
聖女覚醒後から一ヶ月後。 王城に【王族より重要な報せあり】書簡が、ハーバルト王国の貴族や、隣国へと書簡が送られ急遽、王宮での夜会が開かれた。
会場となった大広間は、幾千の蠟燭に照らされ、天井のシャンデリアが黄金の光を揺らしている。王族席に繋がるようにレッドカーペットが、敷かれていた。
「いったい、何の知らせだ?」
「王子殿下が直々に説明なさるそうだ」
「何だか、不安ですわ」
期待と不安が入り混じる空気の中、大広間の扉が開く。凛とした面持ちのアルト王子だった。純白を基調とした礼装。肩には金糸で王家の紋章が刺繍され胸元には、王家の証、蒼銀の勲章が輝いている。詰襟の上着には細やかな金の装飾が施され、腰には 儀礼用の細剣。白の手袋をはめたその姿は、若き王族としての威厳と気品を余すことなく纏っていた。深紅のマントを肩に掛け、金糸の刺繍が灯りを受けてきらめいている。ゆっくりと一同を見渡し、やがてアルト王子が口を開いた。
「今宵は、急な招集にも関わらず参集してくれたこと、心より感謝する」
アルト王子の低い声が、会場を満たす。
「他でもない―聖女が誕生したからだ」
その言葉に、会場がどよめいた。アルト王子が右手を静かに掲げ、合図とともに、再び扉が開くと、そこには、白銀の髪色に、青い瞳の一人の女性が立っていた。シルク生地のドレスを基調とし、淡く透き通る青─それはアルト王子の瞳と同じ色だった。氷のように澄んだ青ではなく、春空を映したような 柔らかな青。胸元から裾へと、金の小さな宝石が流れるように散りばめられ、重なる生地は、歩くたびに波のように揺れていた。背中には大きなリボンが垂れ、まるで淡い光をまとっているかのようだった。春の首元には、聖女の証である聖印が静かに輝く。その神秘的な姿に、会場のざわめきが止まる。アルトはゆっくりと春へ手を差し出した。
「春、行こうか」
アルト王子の低く穏やかな声。春は一瞬、息を呑むと、アルト王子の手を取った。二人は並び、真紅のレッドカーペットへと足を踏み出すと、王族の礼装と、青のシルクのドレス。紅の絨毯の上で、その対比は鮮やかに映えた。春は緊張で胸がいっぱいだったが、アルトの歩幅に 合わせて一歩ずつゆっくりと進む。アルト王子と繋いだ手の温もりから、"大丈夫、守るから"と、伝わってきた。王族席に到着するとアルト王子が、春の手を取り、高く掲げる。
「この国に新たな聖女が誕生した、異世界から来た春である!」
その瞬間、春の身体から淡い光が溢れ、ドレスの色と重なり、まるで天より祝福を受けてい るかのようだった。息を呑む音が重なる。そして、アルトは続ける。
「聖女としてこの国に尽くすかどうかは、彼女自身の意思に委ねる。我が国では、強制はしないと約束をしよう」
会場がざわめきで溢れる。
…聖女が、誕生したなんて。
…これで、我が国は安念だと思ったのに!
…本人が拒否をすれば、安心して暮らせませんの?
「静粛に!!」
ダリアンが声を上げた。そして、アルト王子が隣に立つ春に目線を下げると声を再び、発した。
「そして───」
アルト王子が春の肩を、優しく引き寄せ深紅のマントが翻り、二人を包み込むように揺れた。春の心臓が跳ねる。
「春を、私の妃に迎えることを、ここに宣言する!」
アルト王子の言葉を聞いた会場中に衝撃が走り、春は目を見開きながら、隣のアルト王子を見上げた。
「…ッ。で、殿下?」
春の、小声は、誰にも届かない。一方、客席の最前列。ミランダ嬢は、顔面が蒼白になり、扇子を握る手が震えていた。
…まさか、偽聖女と噂された女が王子妃にですって!
愛娘の顔色に気付いた父である、ジェームズ卿が、席を立ち、一歩前へ進み出る。
「殿下。身分なき者を王室に迎えるなど前例がごさ いません。そのような決断は、国を危うくいたしま す。その者には、何の後ろ盾もない、身分もない者を王子妃になさるおつもりなら、私は反対します!」
断固たる進言に、同意の拍手が広がる。
「聖女とはいえ.....」
「王子妃となれば話は別だ」
「国王陛下がお倒れになられて、ご不在なのに」
「アルト王子殿下、気でもお触れに?」
「軽率すぎるのでは?」
ダンツ!!
アルトが強く足を踏み鳴らす。会場に響く音が全ての声を押し黙らせた。
「前例がない? 家名がない?身分がない?そんな理由で彼女を否定すると言うことか?」
アルト王子の鋭い眼差しが、会場を凍らせる。
「そのようなものに、縛られるくらいなら、私は、王位継承権を、放棄する!」
息を呑む音が重なった。春は慌ててアルト王子のマントを掴む。
「殿下、発言をお取り下げください!」
春の小声の懇願。しかしアルト王子は微動だにしないまま先を見据える、その背中は覚悟そのものだった。
──その夜、王城の夜会は揺れに揺れるのだった。
バキッ。扇子が折れると、レミー·ミランダ嬢が春を睨みながら、恨み言を吐き出していた。
「絶対に…絶対に、認めないわ…」
夜会を後にしたミランダ嬢の瞳には、憎悪の炎が宿っ ていた。
⋆˙⟡
1ヶ月前の、ミランダ邸。
「な、なんだと、失敗した、だと?」
夜の静寂を引き裂く怒声が、ミランダ邸の執務室に響き渡った。重厚な机の向こうで立ち上がったのは、レミー嬢の父、ジェームズ卿。
バーン!拳が机を打ち据え、羽根ペン立てが倒れ、書類が床へと散った。
「 偽聖女の首を持ってこいと、伝えたのになぜ失敗たのだっ!!」
ジェームズ卿が、立ち上がると暖炉の上に飾られていた剣を掴んだ。豪奢な装飾の施された長剣。鞘から引き抜かれた刃が、暖炉の炎を反射し、鈍く光る。キィン─。金属の擦れる音が、冷たい空気を震わせる。
「理由次第では、貴様の首をここで切り落とす!」
床に膝をつく刺客は、額が絨毯に触れんばかりに頭 垂れている。
「はっ。禁忌の森にて、聖女の力が覚醒、加えて、アルト王子殿下が予定より早く城へ帰還。 偽聖女の救出に向かわれ、我らの作戦は潰えました。申し訳ございません──」
「聖女の力…が、覚醒、だと?」
その言葉が、重くジェームズ卿に落ちる。彼の手がわずかに震え、刃先が揺れる。カチ、カチ、と小さな音を立て、ついには握力を失 った手から剣が滑り落ちた。
…あの女が、本物の聖女だというのか─?
⋆˙⟡
そして、さらに遠く。
闇夜の森の奥で、黒い外套をまとった人影が、月を仰いで微笑む影。
「もうすぐ、会える…聖女様。早く会いたいな──ふふっ」
甘やかな声は夜風に溶け、誰の耳にも届かない。聖女の誕生、アルト王子の王子妃、宣言。 膨らむ憎悪と、近づく2つの影が、動き出そうとしていた。これが、ハーバルト王国の運命を大きく動かす、序章にすぎないことを。
第1章 エピローグ完⋆˙⟡
エピローグって書いたことなかったなと、何を書けば?何を持って来るストーリがいいのかと、悩みましたが、3本ストーリーをギューっと圧縮した形のエピローグになりました。次回⇒番外編は、胸焼け注意報です。
挙げるではなく、掲げるに訂正しました。




