プロローグ.空に落ちる
視界が滲んだ。
夕陽のせいか、それともどこか心が震えているせいか。
左手に添えたのは、思いを詰め込んだ原稿。
右手には、夢を信じて手に入れた万年筆が握られている。
茜色に染まる夕陽を背に、僕は静かに机を立った。
何かを終わらせるために。
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風が強かった。
まるで誰かが、上空から引っ張っているように、コートの裾が空を仰いでめくれる。
夕焼けが街を朱に染めていた。
ネオンの灯りが、その輪郭をゆっくりとかき消していく。
夢が壊れたとき、僕はもう、自分が何者かもわからなくなった。
信じていた言葉も、信じていた人も、何もかも、どこかで擦り切れてしまっていた。
「飛べたらいいのにな」
屋上の柵を越えたとき、ふと口からそんな言葉が漏れた。
空を飛べたら、全部置いていける気がした。
何かが終わる音も、聞こえなかった。
ただ、風がひゅうと鳴って、重力が静かに僕を迎えに来ただけだった。
目を閉じると、空が広がった。
羽のようなものが背に触れた気がした。
そして僕は、ただ、どこか遠くへ溶けていった。