虐殺の天使(金尾問はず語り)
〈めかり時藥我を待つそれだけさ 涙次〉
【ⅰ】
魔界が今や合議制で運営されてゐる事は、既に書いた。
「シュー・シャイン」に依れば、その議長を務めてゐるのは、「市民サン=ジュスト」なる若い男の【魔】だと云ふ。
「シュー・シャイン」にはその知識は欠けているやうだつたが、「サン=ジュスト」と云へば、フランス革命期の「虐殺の天使」ルイ・アントワーヌ・ド・サン=ジュストを想起させる。
カンテラ、一抹の不安を覺えた。サン=ジュストのやうな過激派を大將に擁立すれば、魔界はそちらに靡き、過激化するだらう。尤も、歴史上の著名人の名を騙る事は魔界にはよくある話。「まあ、様子見か」結局、そこに落ち着いてしまふ。
【ⅱ】
金尾は每日弁当を持つてくる。事務所にゐれば、悦美と牧野の料理が食へるのだが、彼はいつも、ベーグルにサワークリームを挾んだのを自分で用意してゐる。
カンテラ曰く、「彼はシオニストなんだらう。聖別された食べ物しか、食べないのだ」。實際、夢の中で、遷姫にはその事、告白してゐた。
金尾はマンションの自室に、ベッドを持たなかつた。夜になれば、泥と化す彼なので、バスルームで眠る。従つてベッドは不要なのである。
遷姫は、そんな彼の眠りの中、かう問ふた。「金尾ドノハ所謂しおにすとカ?」金尾「分かります?」遷「イヤごーれむハゆだやノ魔物デハナイカ」日本にもシナゴーグはあり、黑衣長髭のラビはをり、日本人にもユダヤ教徒は、ゐる。「父は外交官でした... イスラエル大使館付の書記官。大使館には同じく大使館付のラビがをり、その影響で、ユダヤ教徒となつた。私は父の勧めで、ユダヤ教の世界に足を踏み入れました」
だが、彼は青春時代の一時期、荒れてゐて、暴走族の一員となつた。棄教- 元より不安定なティーンの事だから、その儘心は「荒み」の一途を辿り、遂には魔界堕ち... 今では考へられない事だが、当時は氣持ちの振幅が激しかつたのだらう。そこでちやほやされた彼は、人間界より魔界に愛着を抱くに至つた。【魔】となつたのである。
と云ふ譯で、カンテラに拾はれてから、人間めいた者として己れを律するには、やはりユダヤの律法が必要なのだと、彼は思つた。ゴーレムに變身出來るやうになつたのも、その心理の影響なのではないか、と自分では思つてゐる、と彼は語つた。
【ⅲ】
サン=ジュストのお眼鏡に叶ふ過激な【魔】、と云へば、自爆テロの「セールスマン」が最右翼だらう。サン=ジュストは一應、魔界の議會で話し合つた事として、彼を無理無理蘇生させた。何せ、結界を物ともせぬ「セールスマン」。カンテラ一味に食ひ込むには、好都合な人選(?)である。
君繪の乘る乳母車には、移動用の結界が張られてゐた。そのせゐもあつて、悦美は油断してゐたのだ。一人で君繪を公園に連れてゆき、「公園デビュー」を果たさうとしたのだが... 胸騒ぎがした金尾とテオは、密かに悦美の後をつけた。
「やあ可愛いね。女の子ですか」風體から云つて、堅氣の、悦美思ふに、営業さんのサボり組かしら、が語り掛けてきた。勿論「セールスマン」、である。「えゝ」その瞬間、
「危ない!!」金尾が割つて入つたと同時に、「セールスマン」は自爆した。
悦美と君繪は無傷だつたが、金尾は即死。肉片と血飛沫が飛び散つた。「どどだうしやう、金尾さんが...」テオ、念の為、その肉片を一欠けら拾ひ、脊中の猫用バッグに入れた...
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〈春深し飛び出たくなる家の澱 涙次〉
【ⅳ】
金尾のなれの果てゞある肉片は、カンテラに手渡された。外殻(=カンテラ)に依る蘇生術が直ちに始まつた。「彼も【魔】の端くれ。これで蘇る事は間違ひない」
一日目、頭が。二日目、胴体が。三日目、手足が。それぞれ、外殻の中で形作られ、結果、金尾は元の姿の、金尾として復活した。「秘術・ホムンクルス」である。
悦美「良かつた(大泣き)」カンテラ「魔界原理主義者め、思ひ知らせてやる」。さて、カンテラ、どんな策で、サン=ジュストに對抗するのか。勿論、金尾のゴーレムの氣が濟む迄、「自らの」身の復讐をさせてやらねば。それには、夜を待たねばならない。
と云ふ譯で、このエピソオド、續きます。
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〈夜を待て魔神復活壽ぎの中に己れの復讐があり 平手みき〉
また。