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フェアリーリング・ダイアリーズ  作者: Cigale
現世・桐野・イソマツ(2014-2017)
9/15

雨の日のバス停 〈2015年11月〉

白滝(しらたき)なら濡れていこうと思うけど、秋雨はちょっとねえ」

「『それをいうなら「春雨(はるさめ)」でしょ』っていうツッコミ待ってんなら、血の雨降らすけど?」


 イソマツと桐野は、坂の上のバス停で次のバスを待っていた。

 先客は、極彩色の赤い雨傘を差した若い女性が一人のみ。

 この辺りにはさしたる商業施設もなく、非常に閑散としていた。このバス停に停まるのも、三十分に一本の系統だけである。

 鉛のような黄昏時に降りしきる十一月の雨は、身体を冷やし、重たくさせていく。


「ねーねー。キリちゃん」

「うるさい。黙って待ってられないのかい」

「急に寒くなったからね。口を閉じると、凍りついてしまいそうなんだ」

「そのまま凍結してしまいな。静かになって助かる」


 イソマツは「うぅ~ん、いけずぅ」と嘲る。


「じゃあ、心理テストね! キリちゃんも参加してよ」


 桐野は「しねーし」と一蹴する。

 けれどもイソマツは、それを無視して話題を切り出す。


「こないだネットで見たんだけど、流行っているらしいよ。『二人の男女が公園でデートしていると、花が咲いていました。この花は、次のうち何色か? 赤・黄色・青・紫・ピンク』」

「人の話聞けよ……」


 そう言いつつも、桐野は少し考え込む素振りを見せる。

 それから、ぼそりとつぶやくように答えた。


「黄色」

「……!」


 イソマツは、頬に熱が帯びていくのを感じた。


「アンタは何色にしたん?」

「……僕も、黄色」


 うつむき加減にそう答えると、しばし口を閉ざしてしまった。


「おい。黙ってないで、結果教えろよ」


 桐野は急かすようにイソマツに言う。


「……いや。実はこれね。恋人同士の相性を占うテストなんだ」

「は!? なんで、そんなんやらせたんだよ」


 桐野は、眉を吊り上げて反感を口に出した。


「いや、まさか当たると思わなかったからサ……。冗談のつもりだったんだよ」

「『色が同じだったら相思相愛』なんていうんじゃないだろうね?」

「まあその通りなんだけど……、これには続きがあってね。共通していた『色』によって、これから起こることを予言する占いの要素もあるんだ……」

「で、黄色はなんなんだよ」

「――二人は、熱い抱擁を交わす」


 げしっ。


「¡Ay(アイ)!」


 げし、げしっ。


「死ねッ。気色悪いモンやらせんじゃねえ」


 桐野は執拗にイソマツのすねを蹴り続ける。灰色のジーパンに、桐野のスニーカーの靴跡が黒く染まっている。


「ごめんよ、もうしないよー。お詫びといっちゃなんだけど、ネットで読んだこの辺の面白い都市伝説話してあげる」

「いや、もう黙ってろよ」

「上州自治区に棲むAさんの家は、ちょっと変わっていてね。夕飯に『恐怖のみそ汁』っていう恐ろしい献立を――」

「『今日、()の味噌汁』とかいったらぶん殴る」

「え……と、じゃあね。相州自治区の某小学校に通う、Bちゃんのお話ね。Bちゃんは学校でいじめられていてね。自分の部屋で夜な夜な、人形にその日にあったことを話しかけるらしいんだ。それは『悪魔』をかたどっているというウワサがクラスで立って――」

「『あ、クマの人形』とかいったら蹴っ飛ばす」


 げしげしげし。


「もう蹴られたし! いま蹴ってるし!」


 イソマツのジーパンの裾は完全に濡れそぼっていて、ゴワゴワになっていた。


「まともな話ねーのかよ」

「ええとね……。あ、思い出した! この清丸町! ここでも怪談じみた話があるんだ」

「いや、話せとは言ってねーよ」


 桐野の言葉を無視して、イソマツが話す。


「で、その話ってのはね。


――バス停で待つ、赤い傘を差した女の悪霊の話なんだ」


「『白いワンピース』と同じくらいの定番アイテムだね」

「こんな、寒い雨の日の話ね。ある若い女性が赤い傘を差してバスを待っていたんだ。そこへバスがやってきたんだけど、どうも様子がおかしくてね。バスの運転手が過労で半分寝ていて蛇行運転していたんだ」

「話もテンプレそのものだね。てゆーか『赤』が見えたら、反射的にブレーキくらいかけそうなもんだけ……ど……」

「まあまあ。それでとにかく、バス停に突っ込んじゃったんだ。女の人はひかれちゃって即死でさ。それで浮かばれない女性は、そのバス停の地縛霊になってね。こんな寒い雨の日に現れては、バスをスリップさせて、事故を引き起こすんだって。だからその女性が現れたとき、けしてバス停にいちゃいけないんだ。バスに巻き込まれちゃうからね」

「……」


 イソマツは、桐野の異変に気づいた。

 黙り込み、イソマツを凝視している。


「ん? どうしたのキリちゃん。さっきから黙りこくって。ていうか顔真っ青だけど大丈夫? 風邪引いた?」


 否。

 桐野が見ていたのは、イソマツの後ろだった。

 ようやくのことで震える人差し指を、イソマツの背後へ向けた。


「――イソマツ、後ろ」


 イソマツは振り返る。

 そこには、先客である血の様に赤い雨傘を差す若い女性が立っていた。


「……」


 傘は見事な赤で、女性の着る白いダッフルコートまで染め上げて、地面にまで染み出しているような錯覚をイソマツは覚える。

 そんなことは、当然あり得ない。

 だが、それは錯覚ではなかった。


 女性の頭の方から大量の血液が溢れ出し、白いダッフルコートを染み込ませて、下へと流れ落ちているのだ。


 傘が傾き、女の顔が覗き見える。

 剥がれた皮。えぐれた肉。凄惨な相貌(そうぼう)が徐々に照らし出されて――


「――!」


 突如、イソマツが桐野に飛びかかって巻き付いた。

 放心していた桐野の目に、光が戻る。

 ――ギャキイイイイイイイイイィィィィィ

 轟音。

 宙を舞うバス停の標識。落ちて、木製のベンチを砕く。

 イソマツが、桐野の胴に腕を回したまま後ろを振り向く。

 さっきまでイソマツたちがいた場所に、バスの巨体がたたずんでいる。

 あのまま居たら、二人とも確実に跳ね飛ばされていた。


「おーい、大丈夫か!?」


 バスの中から、真っ青な顔をした中年の男性運転手が飛び出てきた。


「「……」」


 ヘッドライトに照らされる、ずぶ濡れになったイソマツと桐野。

 二人は固く抱きしめあったまま、ただただ呆然とバスを見つめていた。


 赤い傘の女も、流れ出た血も、もうどこにも見当たらなかった。

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