びっしり〈2016年6月〉
「……男性は、病院で痛む膝を切り開いてみると――膝の皿の裏に、フジツボがぎっしりー」
「ぎゃああああ!」
現世が涙目で悲鳴を上げた。
イソマツはその様子を見てケタケタと笑う。
ここは、家のお茶の間である。
「ちょっと現世に変な話しないでよ。夢で見たらどうするの」
タンクトップ姿の桐野が窘めるように言う。風呂上りのため肌がほんのり赤味ざしている。
「相変わらず過保護だねぇ。キリちゃん」
現世がイソマツに抗議する。
「そうだ、そうだイソマツ! 湘南に住んでおるというのに、海を見るたび鳥肌がたってしまうではないか!! どうしてくれる!!」
「まーまー。これは作り話だけどさ、蜂の巣とか蓮の実とか、小さい穴やブツブツがいっぱい集まっているの見ると気持ち悪くなるって人、よくいるよね。
……え、えとなんとか恐怖症っていうんだけど、なんだっけ」
桐野は「集合体恐怖症ってやつだね」と答える。
「そーそーそれそれ」
「なんなのだ、それは?」
現世が質問する。
「恐怖症の一種で、『あるパターンが繰り返される模様』なんかに過剰な恐怖や嫌悪感を覚えることをそういうんだって。メカニズムや原因はまだ解明されていないんだけど、先祖にあたる動物が毒を持っている天敵から逃げるための警戒反応が人類に進化しても残ってしまったからだとか、ある数学的パターンを認識するのに脳が多大な酸素を要求するのを防ぐための防衛反応ではないかとか、いわれているね」
「ひどい場合は、色鉛筆の束を上から見ただけでダメって人もいるみたいねえ。これは先端恐怖症とも被ってそうだけど」
「あ。色鉛筆で思い出した。この間、貸してあげた十二色のヤツ。そろそろ返してよ」
桐野が言った。
「キリちゃんてさあ……基本ノリが悪いよね」
「ああ?」
すごむ桐野。
イソマツは蛇ににらまれたように、身を縮める。
「……ハイ。今すぐ返しますです」
桐野の「わたしの机の上に置いといて」という声を背に、イソマツは二階の自室に戻った。
二階のイソマツと桐野の部屋は隣り合っている。
イソマツが障子張りの和室、桐野がドアの洋室である。
洋室のドアのノブをひねり「お邪魔しますよう」と、イソマツが入る。
「電気のスイッチは……ここかな?」
カチリ。
「……」
部屋の中には、至るところに手作りのぬいぐるみが置かれてあった。
モデルは全て現世である。
本棚の上。学習机。ベットの上。タンスの上。ラックの中。
小、中、大のぬいぐるみが――みっちり。びっしり。ぎっしり。
……
…………
………………
「おおイソマツか」
現世が言った。お茶の間に戻ったイソマツ。
桐野は席を外している。
「……ん? 何だ、ひきつった顔をして」
「現世ちゃん」
「む?」
「……やっぱり、ぎっしりびっしりって怖いよネ!」
現世は眉根を寄せて「今ごろ何を言っておるのだ?」と返した。