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フェアリーリング・ダイアリーズ  作者: Cigale
現世・桐野・イソマツ(2014-2017)
2/15

月輪山の霊界線路 〈2015年10月〉

 大きなケヤキの樹が一際目立つ林を超えると、使われなくなった線路が視界に入ってきた。


「あれはたしか……、イソマツが前言ってた廃線であるか?」


 キノコが入ったカゴを両手に持って、現世が訊いた。


 円島には、日輪山(ひのわやま)月輪山(つきのわやま)という二つの山系がある。

 二つの山は、円状の島の中にまた円があるように、半月が二つくっつくような形で広がっている。北の半月が日輪山で、南の半月が月輪山である。現世たちは自宅から一時間かからず月輪山に入れるところに住んでおり、今日も中腹でキノコを拾っていたのだ。

 だが先ほどから、どうも迷い込んでしまったようだった。


「¡Que() si(・シ)!(そうだよ)」とイソマツが答える。


「ここには昔、小さな鉱山があって専用線を走らせていたんだ……。だけどあるとき、石炭が入った貨物車(ホッパ)を牽引する機関車が脱線してね。運転手が亡くなっちゃったんだ」


 イソマツは腕時計を見た。針は四時ちょうどを指している。


「その事故が起こったのが、四時だったってわけさ」

「それで幽霊貨物車が、この時間に走るって? 馬鹿馬鹿しい」


 桐野が、呆れた表情を見せて言った。


「この線路は、鉱山側と反対方向に歩くと四丁目の近くに出るはずだ。線路沿いをくだっていこう」


 イソマツがそう提案すると、三人は線路をまたいで歩き出した。

 しかし、であった。


「ねえ。いくらなんでも変じゃない?」


 桐野が言った。

 歩き続けて十五分。一向に、人里の気配がしてこないのだ。


「……この山の中腹は平らだったハズなんだよね。この方向だと、徐々になだらかな下りになっていくはずなのに」


 イソマツさえも、顔に不安の色を浮かべ始める。


「あれ……。さっきみたケヤキではないか?」


 現世が言った。

 まっすぐ同じ方向に歩いているのに、同じ木に辿り着いてしまった。


「間違って、ぐるりと回ってしまったってこと?」

「いや……そうじゃない。妙だと思ったら、景色がまったく変わっていないんだよ」


 イソマツがそう言うと、一同に寒気が走る。


「……まさか、このケヤキの樹の向こうには」


 桐野が震え声をあげながら、林の中を潜る。

 すると――さっき見たばかりの線路がひかれていた。


「……」


 現世たちは、本気で気味が悪くなってきた。

 半ば混乱状態で、また木々をかき分けた。あるいは、逆に戻ってみることさえもした。

 だが、どれだけやっても結果は同じだった。

 前に進んでも横の林を超えても、結局全く同じ場所に辿り着いてしまうのだ。


「……結界」


 桐野がつぶやいた。


「¿Qué()?(は?) 霊的結界だって? 一体、どこの術師がこんなところにどんな目的で張るというのさ」


 イソマツが食ってかかる。


「知らないよ! だけど、これはそうとしか考えられない。一定の範囲をぐるぐるして出られないようになっているんだ」


 二人のやり取りを聴いていて、現世はふとある考えに至った。


「まさか、その機関車とやらがこの結界を――」


 そこで、現世は言葉を止めた。

 全身の血が、ざあっと引いていく。


「どしたの、現世?」

「レールが振動しておる」


 桐野とイソマツの顔が青ざめていく。

 そんなハズはない。そんなハズは――

 二人の表情は、そう信じたがっていた。


 ……シュッ……シ……ガッ……


 進行方向と逆の向きから、音が不意に聞こえた。


「イソマツ。事故が起こったのって正確には何時何分?」


 桐野が訊く。


「四時四十四分ジャスト……。ちょうど今だ!」


 ……ガッシュ……ガッ……ガッシュ、ガッシュ


 音が徐々に大きくなっていく。

 それは紛れもなく、機関車が稼動して車輪を走らせる音だった。

 

 桐野は全身を粟だたせる。


「まずいのだ! 線路から離れ――」


 そう現世が言いかけて、止めた。

 動かない。

 三人は線路に縫い付けられたように、その場から動けなくなっていた。


(隠れても無駄だ)


 そんな風に嘲弄されているように、現世は感じ取った。

 桐野とイソマツが互いに目配せをして、線路の向こうに目を向ける。


 バッ!


 桐野は懐から伸縮式の杖を取り出し、線路へ向ける。

 イソマツは火花が散る人差し指を、線路へ向ける。


「キリちゃん、分かってるよね」

「あたり前でしょ。わたしたちの役目は――」


 何があっても現世だけは護ること。

 それが、二人に課せられた役割だった。


「イソマツ! 桐野!」


 悲痛な声で現世が言う。


 ガッシュ、ガッシュ、ガッシュ、ガッシュ。


 少量の白煙。正面のランプ。

 その背後にある見えかつ見えぬ(・・・・・・・)黒鉄の巨体が、わずかにイソマツたちに認識された。


(……まずいのだ。二人はこのまま、まともにかち合うつもりだ。何か。何か、手はないか)


 現世は、この状況を打開する知恵を絞る。


(――そうなのだ!)


 現世は一つの考えを思いつく。それは、すぐさま口を突いて出た。


「桐野! 唱えるのだ! 結界の霊力場を収束させる呪文があるだろうが!」


 桐野は、ハッと気づいたような表情になる。

 それから息を思い切り吸い込んで発声した。 


「《ブロークン・テリトリー》!!!」


 絶唱。青白い光が三人を包む。

 目が、眩む――


 ……

 …………

 ………………


「およ?」


 現世が声をあげた。

 三人は気づくと、月輪山の麓にいた。

 木々の向こうには街の明かりが見える。辺りを見回すと、もう暗くなり始めていた。


「イソマツ、今何時?」


 桐野が夢でも見ているかのような表情で訊いた。


「五時半……。一時間以上も時間が跳んでいる」

「結果の外と中では時間の流れ方が違う。――どうやら、わたしたちは脱出できたようだね」


 桐野が言った。

 それから、柔和な笑みを湛えて現世に言った。


「怖い思いさせちゃったね。さ、帰ろ」


「馬鹿者!!」


 現世のそれは、枝葉が揺れるような大音声であった。


「げ、現世ちゃん?」


 イソマツが戸惑いの色を浮かべて言った。


「現世が一番怖かったのは……。あの線路から離れられないことでも、幽霊列車でもない……。


 お前らの身に取り返しのつかないことが起こることだッ!!」


 大喝。

 現世の目には、涙まで浮かんでいた。

 

「『現世だけでも』……か? ふざけるな! 守られて、自分だけが助かった身のことも考えてみろ! ――みんなで生き残れる方法を探し考えるのを、最後の最後まで止めるんじゃないッ」


 現世の言うことはもっともである。

 あのとき、いつもの桐野なら難なくできたであろう手段を、早々に放棄してしまっていた。

 あのままだったら二人はもちろん、現世までどうなっていたかわからない。


「「……」」


 桐野とイソマツは目を合わせ、憔悴した声で言う。


「うん……。現世のいう通りだね。ごめん」

「......Perdón(ペルドン).(……ごめん!) 僕らの方こそ、ああいう場面で冷静にならなきゃいけなかったのにね」


 現世はゴシゴシと目をこする。

 そして、いつもの尊大な態度でこう言った。


「うむ。わかればよいのだ」


 三人は笑い合いながら山を降りる。星くずのような街灯が、彼らを優しく迎え入れてくれているかのようだった。

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