おれは満月の夜がきらいだ〈1996年9月〉
おれは満月の夜がきらいだ。
普段夜ふかしに甘い母さんも、月が満月のときだけは「早く寝なさい」と言う。一度はそれで、お祭りにもつれていってくれなかった。
だからおれは、満月の夜がきらいだ。
ある日の夕方。おれはいつも一緒に帰る平祐に、そのことを言った。
そうしたらアイツは、「じゃあさ、維弦。次の満月の夜、こっそり家を抜け出しておいでよ」と、ランドセルをカタカタ揺らしながら言った。
次の満月の夜。
おれは平祐に言われた通り、窓を開けて外へ出た。
約束の場所へ向かうため、海岸通りをひたすら走る。夜の潮風が心地いい。冬じゃなくて良かった、と思った。
平祐からは「オレと会うまでに月は見ないで」と言われていたので、おれはそれを守った。
戦前に使われていた造船所の廃墟が見えてきた。約束の場所はその下の浜辺だ。
小さな影が立っていた。平祐だった。
「維弦、海を見て」
墨汁のような夜の海に、ぽっかりと月が浮かんでいる。
ゆらり。
その時、海の上の月が揺らいで、割れた。
海を割って、黒い影がせりあがってきて、こっちへ迫ってくる。
――だけど、おれはそれどころじゃなかった。
心臓が高鳴って止まらなかった。いま見るべきは明らかにおれたちに迫る何かなのだが、おれは月を見続けていた。身体がすごく、ざわざわとする。
……やがて、何もかもがわからなくなった。
憶えていたのは、すぐ近くで鳴りひびく犬の遠吠えだけだった。
……
…………
………………
気がついたら、おれは自宅の寝室で寝ていた。何故か涙目の母さんに、「二度とこんなことはしないで」と怒られた。学校で平祐に会うと、頭にたんこぶがいっぱいできていた。
おれはやっぱり、満月の夜がきらいだ。




