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フェアリーリング・ダイアリーズ  作者: Cigale
現世・桐野・イソマツ(2014-2017)
13/16

マレビト。想フ〈2017年3月〉

「沈丁花のいい香りがするのう……」


 現世が言った。するとイソマツが「そうだね現世ちゃん」と応える。


 良く晴れた土曜日。

 現世とイソマツは因幡邸を出て、清丸町の住宅街を歩いておった。

 二丁目から三丁目を少しだけまたいで、四丁目へと二人は向かっておる。

 今日は桐野の受験した、清丸魔導高校の合格発表日なのである。

 二人は、そのお迎えに行こうというのだ。


「これが匂うと、『春だ』って感じがするね」

「そうだのう。こないだは白かったあの丘も、あんなに青々として」


 屋根と屋根の間から、草色に突き出た何かを見て現世は言った。

 円島のほぼ中央にある小高い丘、星刻丘(せいこくきゅう)である。 

 この辺りはニッショーケン(・・・・・・・)の関係で、余り高い建物がない。そのためかなりの距離を置いても、星刻丘が見えるのだ。

 

 五年前。現世はあの丘で捨てられているところを発見された。


 それが現世の最初の記憶であり、それ以上前のことを憶えていなかった。

 因幡家に引き取られている子どもたちは皆孤児であるが、家族も素性わからない完全な天涯孤独は現世ただ一人である。

 星刻丘は霊力が集まる霊地であり、国防軍に管理されて高いケージに囲まれている。そのため、捨て子など普通はありえないはずなのだ。

 だがあの夏の日、現世はそこに現れた。

 晴天の下。フッと何の前触れもなく、そこに現れたのだ。


 そういや現世は「自分が自分であることが不思議」なんて、いつから思い始めたのかのう……。

 自分の生まれや出自がわからないから不思議なのか?

 けれどもそういうものは、そもそも「生きること」だけで手一杯でそういうことに頭も回らんのだろうか。

 そうすると、現世は恵まれているということなのだろうな。……


 名もない幼児が、因幡家に引き取られて、「因幡現世」という名前をつけられて、清丸町で少し不思議な日常を過ごしている。

 自分自身の存在自体が不思議な現世が――自分の存在を、この世界を不思議に思う。

 それは奇妙なことなのかもしれないが、あたり前のことなのかもしれない。

 

 こういうことを意識し始めるようになったのは……。

 ――そうだ。

 イソマツと桐野が来てからなのだ。

 あいつらと一緒にいると、いつも何かしらの不思議なことに巻き込まれるようになりおった。


 隠水(こもりず)の森。地下迷宮。日輪山から見た夕焼け。

 氷雨の中で震える幼い妖獣。

 いつも三人でいく不思議なお菓子やおもちゃを売っている駄菓子屋。

 巨人や山のように見える夕焼けの雲。

 月輪山で迷いこんだ霊界線路。

 暗闇のお茶の間で、部屋の隅に居て消え去った謎の存在。

 木漏れ日を欠けさせ、コインを置いていった何か。

 図書館を守るセーラー服の守護者。

 来訪した黒いサンタクロースの影。……


 全て、イソマツと桐野が来てから経験したことなのだ。

 この三年間、本当にいろんなことがありおったなあ。

 でもそれらは不思議なだけじゃなく、なんというかそう……。

 そう、楽しかったのだ。

 楽しかったからこそ、現世は「不思議」を追い求め続けるのであろう。

 ……すね子のように辛いこともあったけれど。


 それでも、「不思議」は色々なことを現世に教えてくれたのだ。

 そんな「不思議」を求める()も「不思議」で。……


 ......Di......g, ...g-dong......


「およ?」


 現世は、何か聞こえたような気がした。

 ……気のせいか。


 ......Ding-dong, Ding-dong......


 違う。

 気のせいではない。

 鐘の音が、どこからともなく聞こえてくるのだ。


(ふむ。この近くに、こんな鐘の鳴る場所があったかのう……)


 音は、どことなく星刻丘の方から聞こえてくるように思えた。

 現世は振り返ってみた。


 50メートルくらいのレンガの塔の影が、道路の向こうにぼんやりと突き立っていた。

 

「……」


 春の陽炎。

 というには、あまりに大き過ぎる。

 レンガブロックを積み重ねたような形をしているその塔には、青緑に光る大時計が備え付けられていた。


 ……夢でも見ておるのであろうか。


「――夢でもどっちでもいいじゃないか」 


 不意に、後ろから声をかけられる。

 現世の背後に、豊かな黒髪を湛えた背の高い女性が立っていた。

 三角帽にネイビーブルーのマント、持ち手の部分が湾曲した杖。その女性は、現世が今までに見てきた魔術師の中で、一番魔法使いらしい格好をしていた。……はちきれんばかりの乳房にノースリーブのサマーセーター、デニムのホットパンツという、いささか官能的で奔放的過ぎる衣装を除いては。


「君が見えるかどうか、ということが重要なのだから」


 甘い、それでいて澄んで明朗な声で女性は言い放った。

(……心を読まれている!?)


 現世は警戒しながら、女性を見る。


「……おや? おぬし、どこかで会ったような……」


 腰まで伸びた長い黒髪。黒曜石のような、強い輝きを持つ目。大きく半月を描くような微笑み。

 女性の容姿は、どことなく見覚えがあった。

 しかし、誰なのかが思い出せなかった。


「君は――この世界が不思議でしかたがない。自分が存在していること自体が、不思議でしかたがないと思っているね」 

「――!」


 現世は確信した。

 この者は、心を読んでおる!


「だ、だからどうしたというのだ!」


 現世は、きっぱりとした口調でそう怒鳴った。


「ははは。そんな怖がらなくていいよ。私は君の敵じゃあないさ」


 快活な調子で笑い出した。と、思うと――

 ずいいっ。


「ひっ!?」


 現世の目を食い入るように、顔を近づけてきたのだ。

 大胆不敵な現世ですら、この女性の行動には面食らってしまうのである。


「君の疑問は尤もだ……。だけどね、今からほんの少し先の未来で君は、いま頭の中にある『不思議』を塗り替えてしまうもっと強烈な『不思議』に出逢うだろうよ」

「もっと強烈な……『不思議』?」

「そう。それに出逢ったとき、自分という存在を君はきっと省みる――いや。省みざるを得なくなる・・・・・・・・・・


 意味深な言い方をする女性に、現世は苛立ったのだ。


「それは一体……具体的にはどのようなことなのだ?」

「そこを答えるワケにはいかない」


 ……まあ、そんなことだろうと思ったよ。


「ただね。ひとつだけ言ってあげよう。君はこの桜の季節が終わるころに――


 生涯の『相方』と言っていい人物に出逢うだろう」


 ……「……あなたはこれから少し先の未来で、この書物の小世界(コスモス)を愛する素敵な読書家と出逢います。そして二人は、この世界で唯一無二の関係となることでしょう」……

 ……「その人はあなたよりずっと年上で、でも時おりあなたより幼く見える、そんな不思議な少年です。

 かけがえのない人と『世界を知る楽しさ』を、あなたは嫌というほど知ることになる……」……


 そういえば莉央殿の予言でも、同じようなことを言っていたような……。

 女性の意味深な言葉が、図書館の守護者の予言を現世に思い出させたのだ。


(さて)……」


 女性は踵を返す。


「これ以上、私から何かいうことはないのだ(・・・・)。――それでは、時機(とき)が合えばまた逢おうではあるまいか(・・・・・)

「――!」


 女性のその口調を聞いて、現世の脳内に何の根拠もない――ただ、真実であることを強く直観できる、あるひとつの推論が電流のように奔ったのだ。

 現世は、あわてて去り行く女性を呼び止める。


「待て! まさか、おぬしは私の――」


「おーい、現世ちゃん。何やってるの」


 現世は、視線を横に向ける。

 イソマツが呼びかけているのだ。


「……!?」


 気づくと、時計塔の影も女性の姿も消えていたのである。


「ほら。もう高校着いたよ」


 現世とイソマツは、清丸魔導高校の正門前にいたのだ。


(……あれ。今、現世はどうしていたのであろうか……。何かあったような気がするのだが、何も思い出せん。白昼夢だろうか……)


 鉄筋コンクリートの五階建ての校舎はところどころが薄汚れているが、それが年季の重さを感じさせてくれた。


「ああ。まだ混み合っているねえ」


 イソマツが言ったのだ。

 正門を潜ると、つぼみをつけた桜の樹の下に設置された掲示板があった。合格発表はとっくにされているのだが、校内には受験生や保護者で溢れていているのだ。


「合格者用のガイダンスが終わったあたりのハズなんだけどね……。まだ連絡来てないから、これは受かっていると思ったんだけど」


「イソマツ……現世……」


 聞き慣れた声がした。

 現世とイソマツは振り向く。

 そこには、制服姿の桐野が立っていたのだ。

 どことなく覚束ない足取りで、現世たちの方へ歩み寄る。


 その右手に握られているのは――


 バサッ。


「「……!」」


 桐野は、両腕で現世とイソマツを抱きしめるように覆いかぶさった。


 ……

 …………

 ………………「受かってた」


 地面には、入学者向けのパンフレットが転がっていた。


 現世は、桐野の顔を見る。

 その表情は、現世がこの三年間で見たことのないものだった。

 人前どころか誰にも涙を見せない桐野が――泣いていた。

 大粒の涙がとめどもなく溢れ、現世の頬にこぼれ落ちた。


 ……ああ。そうなのだ。

 「不思議」を楽しめるのは、こいつらと一緒にいるからなのだ。

 いっちゃんや涼ちゃんが見守ってくれるから、現世は自分の不思議と世界の不思議を楽しめるのだ。

 そして、これからも、何があっても、素敵な日々のなかで、もっと楽しい不思議に出逢える。

 その「楽しさ」を、こいつらと一緒に、いつまでも分かち合っていたいものだのう。……


 互いに交わす言葉は、なかった。

 桐野の苦労を知っている二人は、ただただ微笑み、抱きしめてあげたのだ。


 三人の頭上では、桜のつぼみがもう開きかけていたのであった。

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